インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「かんぱーい!」
少し小洒落たレストランの中。綺麗ではあるが、固すぎない雰囲気のレストランで女性の声が響く。
そこにいたのは、ラウラと箒。そして、鈴とシャルロットとセシリア、楯無と簪。
かつての専用機メンバーが集結していた。
それぞれにワインやカクテル、サワーなどが配られているが、ラウラだけオレンジジュースだ。大人になっても、ラウラは酒に弱いままだった。
「いやぁ、皆久し振りだね」
シャルロットが嬉しそうに笑いながら言った。
「皆、国にいるからなかなか会えないですものね」
「それでも、昔よりは楽に速く行き来できるようになったじゃない」
「鈴なんかは箒とすぐ会えるんじゃない?」
「そりゃあ、距離は皆と比べて近いけど、時間が無いし、あっても予定が合わない事は多々あるわよ」
「そうだな……。学生の頃は沢山時間があったんだがな……」
「ちょっと寂しくなること言わないでぇ」
早速話に花が咲く。
会社と親の事で一番問題のあったシャルロットであるが、それも今では解決している。
学生の頃に一夏が地下で青年と束に相談を持ちかけた時のことだった。
「一夏くんの友達とは言え、1人に加担するのもねぇ」
難しい顔をしたのは青年である。
世界のバランスを調整していると言っても過言でない彼は、頼み事を一度受け入れると調子に乗らないかと危惧をした。それが例え一夏の友人であっても、人間である限り何処に過信が産まれるかは分からない。
「良いんじゃない?」
意外にも許可をしたのが束。一夏に甘い彼女は、ただしと条件を指定した。
「その娘には相応の苦労をして貰うよ」
出した案はデュノア社の買収。
学生を終える頃には一つの新しい企業が完成され、その会社がデュノア社を買い取ったのである。元々デュノア社が弱っていたのと、青年の圧力や奮闘により傘下に収めることに成功した。ちなみに束は青年に丸投げであった。
その会社の新社長候補がシャルロット・デュノアであることを大々的に報じ、デュノア社の動きを封じた。シャルロットに何かあればデュノア社が疑われる。シャルロットを社会的立場の上位に持ってくることにより、この問題は収集された。
もっとも、コレはシャルロットの命が保証されるだけで、家族の問題が解決したわけではない。また、嘘にする訳にもいかないので、シャルロットは必然的に社長となる立場の自立と能力を要求された。その辺りが、束の言う相応の苦労であった。
「社長になってから結構経つけど、うまくいってる?」
「あはは、何とかって感じかな。周りに支えられて頑張ってるよ」
シャルロットの周りには優秀な者が多く、シャルロットもそれに応えている。家族の話は詳しくは聞いていないが、何かしらの決着はつけたのだろう。既にシャルロットも夫と子供を得ている。もう、シャルロットは彼女自身の道を歩き始めていた。
「更識姉妹は?」
「私は変わらず、国のISの整備で働いてるけど……お姉ちゃんは……」
「ノーコメントで」
「まあ、でしょうね」
ISの整備技術がそのまま仕事となった簪は、国のIS機関で技術者として働いている。
一方で、正式に更識を継いだ楯無は暗部として動いている。そこで何をしているかは語れる訳もない。
「ちなみに、このレストランは安全は保証するわよ」
ニッコリと笑う楯無はとても心強かった。
セシリアは楯無の言葉に同調する。
「そうですね、私に何かあれば、国際問題になってしまいますものね」
「そもそも政治家が各国バラバラの私達と会って大丈夫なの?」
「正式に許可は貰いましたし、変に隠すより堂々としている方が良いですわ。後ろめたいことなんてありませんもの」
「格好良いね、セシリア」
「だから人気も出るんだろ」
セシリアは政治家となっていた。本物の淑女とは何たるかを解き、女尊男卑を謳うのならば、それに相応しい女性になるようにと声を大きくしていた。
女尊男卑を無闇に否定するのではなく、相応しい立場になれるように呼び掛ける。政治の腕も良く、凛として貴族の佇まいを持つ彼女は、男女分け隔てなく人気を保っていた。
「簪もセシリアもそうだが、国には気を付けろよ」
「うん」
「承知しています」
昔の事もあり、ラウラは国を信用していない。勿論、青年と束の管理下にはあるが、何があっても良いようにと警戒を怠る事はなかった。
「鈴の所はどう?儲かってる?」
「そこそこね。まあ、今後も大儲けなんてしないでしょう」
鈴は飲食業を営んでいた。言葉に嘘はなく、そこそこの人気でそこそこの売上を得ている。高望みもしていないので、このままのんびりやっていくのだろうなと言うのが、鈴の漠然とした将来像だった。
「箒とラウラはどう?」
先に箒が答えた。
「道場をやってはいるが、半分遊びみたいなものだしな。百花が育てば譲って引退するさ。後は主婦業ばかりだな」
「私は昔も今も主婦だ。何も変わらないぞ」
皆の羨ましそうな視線がラウラに刺さった。それは勿論、職に関することではない。
「本当に変わらないよね、ラウラ。……見た目も」
女性に限らず、殆どの人間が持つ羨望をラウラは持っていた。
「羨ましい……」
「誰か若返り薬作らないかしら。主に束さんとか」
ラウラは腕を組んで言った。ふん、と少し鼻息を荒くする。
「何を言う、大人の色気が皆無なままだぞ。隣の庭は青く見えるというだろう」
「そんなものかなぁ」
「まあ、それでも白が愛してくれるから良いんだけどな」
ラウラの言葉に全員脱力する。昔から変わらないのは、やはり見た目だけではないようだ。
「その惚気も相変わらずね」
「寧ろ、白の愛は大きくなり続けているぞ」
「え、悪化してるんですの?」
「悪化とは何だ悪化とは」
セシリアが若干引いた。
「しかし、人造人間でも色々あるわよね」
楯無がしみじみと言う。
一夏と千冬は若いと言っても、実年齢と比べてである。年相応に肉体も年数を刻んでいる。
青年や束は成長してから自分の体を弄ったりもしているようだが、ラウラや白は産まれてからそのままだ。
全てを知っている楯無だから出てくる言葉である。
「そういえば、ラウラ」
白という言葉で、鈴が思い出す。
「白とヒカリは、あれから大丈夫なの?」
「ああ、もう完全に回復している。ヒカリの方は後遺症というか、アレで過度な運動は出来なくなってるけどな。でも、普通の運動ぐらいなら問題ない」
「あの時は詳しい話を聞くのもどうかと思って深く突っ込まなかったけど、何があったか聞いて良い?」
「折角集まったのに、暗い話をするのか?」
仕事や家庭がある中、こうして皆で久し振りに会えたのだ。もっと楽しい話題が良いのではないかとラウラは首を傾げたが、肯定したのは楯無だった。
「良いんじゃない?あの人の異常さなんて今更だし、白さんの事なんて隠し事多いから他の人になかなか言えないでしょ?ラウラも愚痴を言って良いのよ?」
白の事を詳細に知っているのは、この中では楯無とラウラだけである。他の皆は白が人造人間であり、その中でも特殊な存在である事は知っているが、どれほど異常なのかは正確に理解はしていない。実際に白の人間らしかぬ行動は、何時ぞやのカフェの一件しかない。せいぜい、ラウラよりも少し凄いくらいの認識である。
それでも、楯無は語れと言った。
ここにいる者達なら、信じてもいいのだと。
「愚痴はないぞ。おい、さり気なく酒を出してくるな」
こっそり酒を前に置こうとする楯無を止めてから、ラウラは軽く息を吐いた。
「じゃあ、話すが、まず何から切り出そうか……」
ご飯を終え、零達は五反田食堂から出た。
「んじゃあ、あたしは先に帰るぜ。にーちゃはヒカリさん送って来な」
百花がそう言うと、零は目を瞬かせた。
「何言ってんだ、まだ早い時間とはいえ、お前だけ帰らすなんて心配だろ。皆で一緒にいたああああ!」
零の発言途中で、百花は背中に背負っていた竹刀を零の脛に当てた。小気味良い乾いた音が鳴り、同時に零が悲鳴をあげる。
「気ぃ遣ってるんだから察しろ馬鹿にーちゃ!」
蹲って痛がる零にボソボソと言伝してから、百花はヒカリに挨拶して颯爽とその場から離れて行った。
「本当に、にーちゃは……」
本当に鈍感で馬鹿だと、口の中で文句を続けた。あれで本当に白に憧れているのかと、溜息を吐く。彼はどこまでも一夏の息子だ。白に決して届きはしない。
「…………」
百花もまた、届きはしない。
憧れは憧れでしかなく、目標というにも烏滸がましく。
「……はぁ」
諦める。
それが、百花の人生の全てだった。
零が周囲に応え続けたように、百花は周囲に流され続けた。反抗もせず、肯定をするわけでもなく、流されるがままに人生を生きてきた。
「やれやれ……」
ただこうあるだけがこんなにも難しくて。
きっとこんな風に悩み続けていくのだろうと、ぼんやりと昔のことを思い出していた。
「……立てますか?」
「…………もうちょい待って」
痛みが下がってから立ち上がり、苦笑いを浮かべて言った。
「行こうか」
「はい」
歩道をヒカリと二人で歩く。車道では多くはないが、ライトを点けた車が過ぎ去って行く。車道側で歩く零は、チラリと横目でヒカリを見た。
たまに通り過ぎるライトの光が彼女の姿を明確に浮かび上がらせる。
「……何ですか?」
零の視線を感じて、ヒカリは目線だけ動かして聞いた。
「いや、何でも……」
……何でもなくは、ないな。
「……ヒカリ、話がある」
「…………」
ヒカリは答えない。
「どこかで話さないか。出来れば、静かな所で」
ヒカリは小さく頷いた。
道を離れた2人は近くの公園へと赴いた。寂れた公園は、時間帯もあり誰もいない。滑り台と砂場、そして小さなジャングルジムが置かれている、小さな公園だった。
ヒカリが先に公園へ入り、零に背を向けたまま遊具を見つめた。幼馴染みとはいえ、人気の無い場所で無防備に後ろ姿を晒している。その事に、何とも言えない気持ちを抱きながら、零は口を開いた。
「……ヒカリ」
彼女の名を呼ぶ。振り向いた彼女には、何の表情も浮かんでいない。
「……………」
零はポケットにある小さな御守りを握り締めた。
血塗れの御守り。
ヒカリの血で染まった、彼女の願い。
昨夜の感情が競り上がってくる。泥のような黒い感情が、例の体を蝕んだ。
口の中がカラカラで、唾もうまく飲み込めない。
零の後悔は幾度と無く行われた。何度自分を責めても、何度悔やんでも、それでもヒカリの言葉が最後に止める。
貴方は悪くない。
だから、零はどうする事もできなくて。後悔も謝罪も、全てヒカリの望む事では無くて。
歯を砕くくらい、強く噛み締めて。
「…………っ」
震える手で、零は御守りを取り出した。
「……ヒカリ」
後悔も、自虐も、悲観も。
全ていらない。
零の事を想って、そして、渡してくれた。
だから、言うべき言葉は、ただ一言。
「ありがとう」
それだけで良い。
たったそれだけが、ヒカリの望んだ事だから。
だから
「……どう致しまして」
ヒカリは笑う事が出来た。
合格を願って、礼を言って。
それだけの普通のやりとり。
本来なら、何年も前に終わった出来事。
ただこれだけの事。
そう、ただ、これだけの事だったのに。
「ヒカリ……」
言葉を続けようとする零に、ヒカリは背を向けて徐にジャングルジムを登り始めた。
唐突な行為に零は惚ける。ヒカリはジャングルジムの頂上まで辿り着くと、バランスをとって立ち上がった。ロングスカートであるから下着が見える心配はないが、しかし、それでも立つ行為は危ない。
零が注意しようとすると、ヒカリが先に口を開いた。
「零くん」
ヒカリは器用に振り返って、零を見下ろした。
満月に重なるように立つヒカリ。
白銀の髪が月明かりに輝いて、彼女の白い肌を薄く照らし出す。
「私の過去は、もう過ぎ去った事です」
その姿は幻想的なまでに美しくて
「もう変えられることは不可能です」
その微笑みは、あまりにも儚くて
「絶望も、後悔も、嘆きも、全て過去です」
綺麗過ぎて、消えてしまいそうで
「零くん」
だから
「私を、受け止めてくれますか?」
ヒカリはソコから飛んだ。
次回、過去編
ふと振り返ったら特別編の話数に驚いた。
こんなに長く続く予定なかったんだけどな……。どうしてこうなった。