インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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君思う故に

「お前ら久し振りだな」

まだ時間が早めだった為か、食堂内に人は居なかった。落ち着いた雰囲気の店で、木材が重点的に使われている食堂。昔から色褪せない店に、懐かしさを感じる。

ヒカリ達が顔を出すと、主人である五反田弾が嬉しそうに笑った。

「お久し振りです」

全員が礼をして挨拶する。

声が聞こえたのか、奥から弾の奥さんである虚が顔を出した。

「こんばんは、皆大きくなったね」

学生の時代とは少し変わり、柔らかい表情を浮かべている。それでも真面目そうな印象を受けるのは、根の性格が変わっていないからだろう。

「大きくなったって……。久し振りに会ったって言っても一ケ月くらいじゃないですか」

「いやいや、大きくなったよ」

ヒカリのある一点をジッと見ながら虚は言った。

「セクハラです弾さん」

「俺関係ないじゃん!」

被害を被る弾であった。

虚としては、ヒカリの身長と胸の大きさの比例を不思議がっているだけなのだが。

「皆、何食べる?」

虚の質問に、一度顔を見合わせた。

「お任せで」

「同じく」

「右に同じ」

「はい。あなた、お願い」

「おう」

虚が弾に微笑みかけ、弾が力瘤しを作って笑って見せた。

カウンター席に着き、零を挟むようにヒカリと百花が座る。弾が揶揄うようにニヤニヤと口を歪める。

「おっ、両手に花だな」

「弾さん。この配置は結構、胃にくるんですよ……?」

特に、今のヒカリと百花はいつ火花が散ってもおかしくない。

争いの内容が零ではなく、白を巡ってというのが何とも締まらない話であるが。

「そ、そうか」

弾は一夏がIS学園に通っていた頃、一夏を良いご身分だと思っていた。女性に囲まれてハーレムじゃないかと羨ましがった事もある。

零もIS学園に通う事になった。一夏と同じ境遇の彼に、現状はどうだと聞いてみた。その時の零の反応は忘れない。一気に無表情になり、周りに女性しかいない辛さや、好奇の目に晒されること。覚悟はしていたが、あまりにも心が休まらない状態がキツイと、本気で堪えていたようだった。いくら弾でも流石に同情せざるを得なかった。

「何であれ、元気そうで良かったよ」

零が復活したのはヒカリが入学してきてからだった。幼馴染であり、男の大変さも含めて、何かしら察してくれる彼女は心の拠り所だった。

好意を抱いている女性が近くにいることにより、無意識に周りの女性が見えなくなったことも大きいだろう。ヒカリが来てから、他の女生徒のあからさまなアピールや誘惑も完璧にスルーするしていた。恋は盲目というが、零の場合は本気でヒカリ以外眼中に無かった。

だからヒカリが学園の女生徒から狙われそうにもなったのだが、そうならなかったのは僥倖だろう。

「ミックス定食お待ち」

虚が3人の前に食事を置いていく。

「唐揚げに野菜炒めにメンチカツに…本当にめちゃくちゃ乗せてきましたね」

「男ならガツンと食っとけ」

それぞれ良い案配に分けて3人に出した。いただきますと、キッチリと挨拶をしてご飯を食べ始める。

弾から見ても、零とヒカリはお似合いに見えた。既に付き合っているものばかりと思っていたのだが、零に否定されて驚いたのを覚えている。

恋愛相談にでも乗ってやろうかと提案したが、断られたのも記憶に新しい。

ただ、五反田弾も親となり子宝に恵まれた。零のヒカリの距離がどうも違和感があるのも察知している。元々鋭い虚も当然気付いているだろう。

「…………」

虚はチラリと弾に視線を向けた。

弾が小さく頷き、虚は小さく頷き返した。

取り留めもない会話をしながら食事を進め、無為な時間が過ぎて行く。

「そういえばヒカリさん」

食事を終えた頃、虚が切り出した。

「この前、棚を整理してたらデータ媒体が見つかって、中に白さんとラウラさんの写真が見つかったの。見てみる?」

この発言に嘘はなく、ボーデヴィッヒ一家の誰かが来たら渡そうと考えていた。

「見ます」

白の部分で目が輝いたヒカリは、コクコクと何度も頷く。付いてきてと虚が先導し、ヒカリは中へと引っ込んでいった。

「……相変わらずだな、ヒカリちゃんは」

弾がヒカリの反応に苦笑いする。零は神妙に頷いて答えた。

「ええ、相変わらずです」

「昔からあんな感じだっけか?」

「いいえ」

弾の質問に答えたのは百花だった。

「昔は普通でしたよ」

零は百花を見た。笑わず、何処か空中を虚げに見ている彼女は、普段の姿から想像出来ないものだった。

「……百花?」

百花の視線が零を捉えた。

「言い始めたのは、にーちゃが告白する前だよ」

「……っ」

その言葉で、零は思い出す。

何故あの時、自分がヒカリに告白したのか。

中学受験が差し迫った忙しい時、零はヒカリに告白した。仮にこの時期に告白するにしても、普通なら受験の結果が出た時にするのがふつうである。

なのに、零は告白をした。

何故か?答えは単純。焦ったからだ。

そう、子供心に焦ったのだ。ヒカリの好きという言葉に。自分以外の誰かに好意を向けているという事実に、零は焦ったのだ。それがヒカリの実の父であろうとも。

ヒカリの近くに零はいた。零の近くにもヒカリがいた。

だから無意識に、ヒカリは自分のものであると錯覚していた。

だから、零は嫉妬した。ヒカリが側にいない未来を幻視して絶望した。

だから、後先が見えずに告白したのだ。

分かっていたくせに。

理解していたくせに。

察していたくせに。

本当は、知っていたくせに。

あの時のヒカリの様子がおかしいのに、気付いていたくせに。

「…………」

……己の望みを優先してしまった、大馬鹿野郎が。

 

 

ヒカリは映像媒体で画像を見ていた。

学園に居た頃の白とラウラの写真。今とあまり変わらないというように見えるが、やはり少し若い印象がある。

中には海の写真だったり、結婚式の写真があったりした。

「…………」

ヒカリが手を止めたのは白の写真。

風景の中にたまたま白が映っている、何でもない写真。

それは昔の写真で、白が学園に来たばかりの頃で。

無表情で、無感情な、人形のような。

何もない空っぽの存在。

今と比べると考えられない白。

今でも無表情な時はあるが、決して何もないわけではない。

「…………」

だが、ヒカリは一度だけ、この白を見たことがあった。

「どう?」

虚の言葉に顔を上げる。

「お父様もお母様と変わっていませんね」

「ええ、本当に。人造人間だとは言え、羨ましいわ」

「同感です」

頷くヒカリに虚が目を丸くした。

「あら、2人の子供だからヒカリさんも同じ感じになるんじゃない?」

「遺伝子を直接弄られてるわけでもないので、普通に歳をとりますよ。お父様の予想ですけどね」

「残念?」

ヒカリは緩やかに首を振った。

「歳を取らないのも、歳を取るのも、誰かと一緒であれば素晴らしいものだと思います」

どんな在り方であれ、孤独でないのなら、そこには救いがあると思えるから。

「大人だね、ヒカリさんは」

虚の評価に、ヒカリは微笑んで答えた。

「大人になろうと背伸びした子供ですよ、私は」

柔らかく笑みを浮かべる彼女は、とても大人びていた。

「……ねえ、ヒカリさん」

虚が静かに切り出す。

「零くんと何かあった?」

「何もありませんよ」

そう、何もない。

ずっと隠してきたから。

ずっと今まで通り過ごしてきたから。

だから。

……だから。

「何かを、起こさなくてはいけないんです」

私が、そうしなければいけないから。

 

 

白はラウラを見送った後、1人で過ごす予定だったが、唐突に織斑姉弟に呼ばれた。

居酒屋で飲んでいるから、迎えに来て欲しいとの旨だった。

「酒を飲むなら考えろよ」

白は車を出して飲み屋から2人を拾いに行き、彼らに注意を述べた。教員達で呑んでいたらしく、これから二次会に行く者も多いようだ。

教員達とは此処で別れることになるので、挨拶をして車へと乗り込んだ。

「すみません、白さん」

助手席に座った一夏が素直に謝り

「堅い事言うなよ」

後ろの座席に座った千冬が太々しく言った。

白は軽く肩を竦めて、淡々と聞いた。

「……で、どこ行きたいんだ」

「家だと思わないのか?」

「それならタクシーを呼ぶだろ。わざわざ俺を呼び出したのは、何かしら直接言いたい事があったからだろう」

白の言葉を肯定するように、千冬が薄く笑う。

「そうだな。なら、山の上まで涼みに行くか?」

「…………。山道を通るなど、酒を飲んだ身で言う台詞じゃないな。海辺で我慢しておけ」

千冬の言葉の裏を読み取りながら、白は車を発進させた。普通にハンドルを握り、普通に車を動かす白を、一夏は横目で見ていた。

彼の行動に支障が無いか、注意深く見ていた。

「……白さん、体は大丈夫そうですね」

「前にも言っただろう。無駄な心配をするな。あの程度で影響があるわけない」

「死に掛けといてよく言う。もう一度ラウラに叩かれろ」

千冬が口の端を上げて言う。

神化人間である白が死に掛けたのだと、苦々しく笑う。

「叩かれるのは勘弁だな」

「なら、二度とあんな真似はするなよ」

「ヒカリには、あんなことは二度としない」

白は一度区切り、本音を吐露する。

「だが、ラウラが危なくなれば、俺は同じ過ちを繰り返すだろう」

一夏は驚いて白の顔を見て、千冬は双眸を睨みつけるように細めた。

「ラウラに嫌われてもか」

「ああ。……俺は、そういう存在だからな」

この命で愛する者を救えるのならば、喜んでこの身を差し出そう。

「……どれだけラウラが大切なんだよ、お前」

白は分かりきった問いだと、ハッキリと答えた。

「全ての何よりも」

迷いも躊躇も一切なく、ただ愛おしく。

「特大な惚気だ」

「本心だぞ」

「だから尚の事、質が悪い」

大袈裟に呆れてみせる千冬。一夏は少しだけ顔を伏せて言った。

「……でも、白さん。悲しむ人は大勢いることは、覚えていてください」

「善処する」

白は海の方面へとハンドルを切った。

「……それで、わざわざ説教をしに呼んだのか?」

「いや、それは序でだ。本題は零の事だ」

自分の息子の名前が出たことに、一夏が驚いた。

「零の?」

「ああ、だからお前も巻き込んだんだ」

千冬は昨日の零の様子と会話を伝える。一夏は所々反応を見せたが、白は黙ったまま運転を続けた。

「まあ、つまりだ。やっと彼奴らの仲が進展するかもしれない」

そして、それが意味することは。

「2人が過去と向き合うということだ」

白は車を停めた。

周りは静かな空気だけが広がり、横には海が広がっている。

白がヒカリや千冬も含めて全員に言いたいことは、ただ一言だった。

「俺に気を遣わなくて良いだろうに」

白からすれば、本当に、ただそれだけの話なのだから。


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