インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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自問自答

「どうか、私を見失わないでください」

 

今朝のヒカリの言葉を思い返しながら、零は考え込んでいた。

購買で買ったパンを噛み千切りながら、学園の屋上で壁に背を預けている。味を気にすることもなく、空をジッと見上げ続けた。座り込みながら、思考だけを動かしている。

ヒカリに何があったのかを推し量ることは出来ないが、ヒカリの想いと言葉の重みの一端を垣間見た。

そして、零は思ってしまった。

 

自分は本当にヒカリを愛せるのか。

 

「……はぁ」

くしゃりと空いた袋を握り潰す。

ヒカリの事は好きだ。

それは胸を張って言える。この想いを偽りではないと断言も出来る。

ただ、愛する事とはそういう事ではない。

自分ではない他者。一人分の人生を抱え、支え合い、背負っていくこと。共に歩いて行くこと。長い道程で手を繋ぎ、いつか死に至るその時まで。

零の友人でも付き合って恋人がいる者がいる。結婚すると言う者もいるし、他に好きな人が出来たと別れる人も居る。知り合いではないが、遊びで付き合っている人間もいた。そういった人間達が発する言葉。

好きだよと、愛してると、簡単に口にする言葉。

「……軽い」

軽い言葉だと思った。

そういった言葉を聞く度に、零はなんとも言えない気持ちになった。

好きなら、本気で愛しているなら、もっと互いの事を想い合うべきではないか。その覚悟が必要ではないのか。

簡単に人を好きになり、簡単に捨てて行く。

それは本当に好きなのか。

愛しているのか言葉が、あまりにも薄いように思えた。

零が問う言葉は、思う考えは、重過ぎると周囲の者に笑われた。そんなに本気にならなくて良いと首を振られた。

それなら、何故、人を好きになるのか。恋人という体が欲しいだけなのか。欲を解消したいだけなのか。誰かを好きでいる自分が好きなのか。

零は同年代の反応に不満を持った。

その事を白に話した事もある。

誰が見ていても幸せそうな夫婦。歳を取っても互いに愛し合い、支え合う姿は羨ましく思える。そんな彼だからこそ、零は白に自分が間違っているのかと疑問をぶつけた。

『人それぞれだ』

白の答えは酷く無難で、そして、現実的だった。

『正しい間違いの問題ではない。人の数だけ考え方も想いもある。似たり寄ったりはあるが、千差万別だ。それに若いのなら、そこまで考えてないのも当たり前だろう』

白は淡々と語る。

『例えるなら、器だな。俺からすれば、お前のそれは器がただ硬いだけだ。外殻だけが固まった、中身の無いものの存在だ。当然、お前の周囲の者はその外殻すら柔いものだが』

『外殻、ですか』

『外殻の硬さや形、大きさを作るのは自分自身。そして、注ぎ込まれるのは相手から貰う物。液体かもしれないし個体かもしれない。量も重さも分からない。故に、合うかどうかも分からないし、どちらかが合わせて性質を変えることもある』

『……抽象的ですね』

『それだけ数が多く、不定形だからな』

あくまでも俺の考えだから、そのまま取るなとも忠告された。

『俺は俺の愛を持ち、ラウラを愛している。ラウラもラウラの愛があり、俺を愛してくれている』

結局はそれだけの話だ。

『どう愛し、どう受け止めるのか。正解の無い問いを、お前自身で見つけるしかない』

愛する方も。

愛される方も。

どちらが欠けていても、成り立つ物では無いのだから。

愛の種類も形も一つではない。

だから、白は敢えてヒカリの名は口に出さなかった。

白にとってこの世で心から最も愛する者は、ただ一人だから。

「…………」

……こうやって迷ってる事自体、既に駄目なのだろうか。いや、駄目とかそういう話じゃない。もっと、自分の気持ちをはっきりさせて。でも、それは覚悟に足りうるのか。

「ああ、くそっ」

……頭が混乱してきた。

ガシガシと頭を掻く。

水でもあれば頭からかけたい気分だった。

大前提のシンプルな問い掛け。

現時点で確実な答えを、一つ口にする。

「俺は、ヒカリが好きだ」

そこに間違いはない。絶対に心変わりしない想い。

それがどれだけの厚みがあり、重みがあり、覚悟があるのか。

それを再度考えようとして

「何を小っ恥ずかしいことを言ってるんだ、お前は」

突然降ってきた声に飛び跳ねた。

「ち、千冬さん!?」

零を見下ろしてニヒルに笑う千冬がそこにいた。自分の言葉を聞かれた事を恥ずかしく思いつつ、それを隠し切れずに取り乱しながら聞いた。

「い、いつからそこに?」

「千冬さんじゃなくて学園長だ。私が来たのはさっきだな。だけどお前、もう授業始まってるぞ、不良め」

「え⁉︎」

慌てて腕時計で時間を確認する。千冬の言う通り、既に昼休みは終わっていた。

「うわっ!本当だ!すみません、すぐ戻りま……」

「ま、落ち着け」

立ち上がろうとした零の肩を抑える。

「そんな状態では授業を受けても耳に入ってこないだろう。無駄な時間を過ごすくらいなら、少しでも悩みを無くすと良い」

そう言って、千冬は零の隣に腰掛けた。スーツが汚れるのを気にする様子もなく、どこに持っていたのか、缶珈琲を取り出して零に渡した。

「ど、どうも……」

「三百円な」

「金取るんですか⁉︎しかも高い!じゃあ、いりませんよ!」

「冗談だよ」

ケラケラと笑う千冬に、零は小さな溜息を吐いた。

「……でも、学園長がこんな所で油売っていて良いんですか?そもそも、どうして此処へ?」

「暇がなければ来ないさ。あと、この学園の監視は完璧だからな。気になる情報があればすぐ耳に届く。だから、悪事も不純異性交遊も出来んぞ。やるなら外でやれ」

「ちょ、教師なら止めてくださいよ」

「人間一人一人完全に監視して教育出来るわけないだろう。自分と他人に迷惑を掛けなければ良いさ」

迷惑を掛けない所に本人が入っているのが、千冬なりの優しさだろうか。自分を傷つける行為を行うなと、そう言っていた。

少しだけ空白の時が生まれる。

何も言わない千冬に、零が切り出した。

「……何があったか聞かないんですか?」

「聞いて欲しいなら聞いてやる。言いたくないなら黙ってろ」

恐らく、白も同じ様な台詞を吐くだろう。男らしい発言に零は苦笑いを浮かべた。自分よりよっぽど男らしい。

「大した話ではないんですけどね……」

ヒカリの境遇、今の関係、そして自分の悩み。

零は全て語った。

その間、千冬は黙って聞いていた。

「……だから、俺はどうなんだろうと、思いましてね」

俯いた零を、千冬は優しく声を掛けた。

「零」

母親の様に、優しい声質。

「お前は臆病になっているんだ」

その言葉は零の言葉に突き刺さった。

零は一度フラれている。小学生の時、ヒカリに無理ですと断られた。

それでも彼女の事を想い続けてしまう自分自身を嫌になったこともある。同時に、一度断られた想いを告げることが出来なくなっていた。

怖かったのだ。

自らが傷つくことではなく、彼女を傷つけてしまうことが。

「お前は何故ヒカリを好きになった?」

その問いに対する答えはただ一つ。

「ヒカリだからです」

零の答えは変わらない。

昔から、何一つ変わらない。

「なら、それで良い」

「え?」

千冬を

「難しく考えるな。まだ若いお前が愛とか人とか把握し切れるものか。大人でさえ、私でさえ分からない。ただ……」

「ただ?」

「こんな物かなぁ、と感じるだけだよ」

そう言って笑う千冬は、本当に綺麗だった。

「未練でなく、思い込みでもなく、純粋にヒカリの事が好きなら、それで良い」

千冬は立ち上がって、スーツに付いた汚れを軽く払った。

「ま、ヒカリの場合は少し面倒だからな。事態が動くには彼女から話を聞くしかないとは思う。お前に出来ることは……」

「どんな事でも、受け止めますよ」

「分かってるじゃないか」

真剣に頷く零に、千冬は口の端を上げた。屋上から去ろうとドアを開いた所で、千冬は足を止めた。

「……ああ、序でに教えておいてやる。ヒカリの傷が出来たのは、小学生の時だ。お前が中学受験の勉強で忙しかった時だな」

じゃあなと手を振って、千冬は今度こそ去って行った。

「…………」

零は再び空を見上げた。

全ての迷いが解消されたとは言い難いけれど、多少は気持ち的に落ち着いた。

零はまだ高校生だ。人生経験が浅くて当たり前。考える事も、答えを出す事にも、まだまだ不足が多過ぎる。

だから、今はそれを知っていれば良い。

その上で、今可能な最大限を行う。今できる精一杯の事を。

「ふぅー……」

長く細い息を吐く。

千冬が最後に残した台詞。

中学受験の年は忘れもしない、零がヒカリに振られた年だ。しかし、何故わざわざ教えてくれたのだろう。そして、そこにどのような意図があるのか。

忙しかったから気付かなくて当然だと言う慰めか。それとも、そこに重要な事が隠されているという暗示か。

新たな疑問に、結局、授業が終わるまでずっと屋上にいた。




零、人生初のサボりの理由「愛について考えていました」

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