インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
千冬と並び、学園の地下室へと向かう。
千冬がカードを取り出し、幾つものセキュリティを通り過ぎて進んで行った。
「そういえば、そろそろ復職する気になったか?」
千冬の問い掛けに、白は僅かに眉を寄せた。
「何だ、数年も経つのに、未だに籍が残ってるのか?」
「退職届は燃やした。お前みたいな人材を手放すのは惜しいからな」
「全く、俺が別の就職先へ進む気だったら、どうするつもりだったんだ」
「やらんだろ、お前は」
最後の扉を開けて、千冬は僅かに目を細める。どこか遠い目をして、小さく呟いた。
「家族の側から、お前は離れんよ」
長年の付き合いだ。千冬は白の事をよく理解していたし、白もまた、千冬の事を理解していた。
白は僅かに目を伏せる。
「……もう少し、あいつらの側にいる」
「……そうか」
分かっていたと言うように千冬は微笑んだ。
「悪いな、俺の我儘で」
「なに、そんな我儘を言える事自体、喜ばしいことだろうよ」
かつての過去の事を思えば、こんなにも喜ばしい事はない。
廊下を進んだ先、一つの部屋に辿り着く。千冬はノックをしてからドアを開けた。
「やぁ、久し振りだね、白くん」
束が椅子に乗ってクルクルと回りながら挨拶した。千冬や一夏と違って、見た目が一切変わっていない束である。また、白やラウラとも違って、性格や言動もいつまで経ってもそのままだった。
「……ああ。クロエ、束の我儘なんて聞かなくても良いぞ」
白は束の椅子を必死に回していた女性、クロエ・クロニクルに声を掛けた。
ラウラと似ている彼女は、同じ人造人間である。白は詳しくは知らないが、ラウラよりも失敗作よりの存在らしく、白が学園に入る頃には既に束の下に居たそうだ。束の『お願い』を聞いて世界中を駆けずり回っていたそうだが、束が落ち着いた事で、彼女も学園に秘密裏にやってきた。
束はクロエという存在を手元に置いている理由を明確にしないが、人造人間であり、一人ぼっちだったことに、思うことがあったのかもしれない。
「い、いえ、これしきの、ことで……」
息を荒く吐いてるせいで、言葉も途切れ途切れだった。
そこへ、奥からマドカと青年が姿を見せる。青年は白を見て笑顔で挨拶した。
「こんにちは、白くん。……束、君まだ回ってたのかい?」
「まあね!」
仮にも人造人間であるクロエが疲れる程である。どれだけ回っていたのか。よくそれだけ回って目を回さないものだと変に感心する。
「ほら、白」
身長と髪を伸ばし、見た目も千冬に似てきたマドカが一枚の紙を差し出した。
そこに書かれたのは、ヒカリ・ボーデヴィッヒの文字。
「特に異常は無い。気絶の理由も前と同じだし、心配は無い」
「……だろうな」
細かい数字のデータを確認し、異常がないのを認める。真剣な面持ちの白に、マドカは呆れて溜息を吐いた。
「もう完治したって言ってるだろうに。そんなに信用できないか?」
「いや、そうじゃない」
「そうそう、親心ってそんな物だよ」
マドカの言葉を白が否定し、彼の気持ちが分かる青年が同意して答えた。
「マドカも子供が出来たら分かるよ。というか、いい加減に結婚を考えたら?」
「いや、ないな。独り身のが楽だ」
唇を尖らせるマドカに、青年はやれやれと肩を竦めた。
「これだもの。白くんも何が言ってくれないか?」
「嫌がってするものでもないからな。別に構わんだろ」
復活したクロエが珈琲を淹れてきたので、白は感謝しつつ青年に答えた。
「第一、お前も結婚はしてないし」
「それ言われると返せないけどね」
「まあ、良い人に出会えれば変わってくるだろう。……引き篭もってたら出会いすら無いけどな」
珈琲を啜りつつ、束を横目で見る。
私も独り身が楽だー、と言いながら、今度は自力でクルクルと回っていた。
「私は結婚したぞ」
ドヤ顔で誇る千冬。
……俺とラウラが結婚して焦ってたのはどこのどいつだ。
「今、お前の娘は大学生だったか?」
「ああ、まだ1年だ。早速遊びまくってるようだがな」
「自由奔放の塊みたいな奴だし、ああいうのは自由にさせていれば、意外と世の中上手く渡って行くだろう」
白と千冬の会話に束が耳を塞いだ。
「嫌だー。ちーちゃんの歳取ったような会話聞きたくないー」
「いや、実際歳とってるからな」
千冬は束を適当に流した。白はもう一度紙を確認した後、マドカへ返却する。マドカは用紙を受け取って説明を付け足した。
「ま、あの症状は一生付き纏う物だ。一々気にしてても仕方ないぞ。寧ろ、コレだけで済んで良かっただろ」
「そうだな。……それは、心の底から、そう思う」
深く頷く白。
あの傷で、あんな無茶をして、よく生き残っていたものだと改めて思う。
思考する白に、青年は目を細くして尋ねた。
「大丈夫かい?」
「別に、平気だ」
「……君の体も?」
青年の問い掛けに、全員の視線が白へと向いた。
白は小さく息を吐く。
「それこそ、問題ない。ヒカリでさえ異常がないのなら、余計に俺が影響が残る筈ないだろ」
この身体はそれ程頑丈なのだから。
どんな事をしても、簡単に生きてしまう体なのだから。
「まあまあ、それでも、一度検診しようよ」
「あの時やって、異常無しと言ったじゃないか」
「定期検診も必要と言っただろ?サボったのは君だよ。ほら」
青年に背中を押され、仕方なく奥の部屋へと進んで行った。それを見送った千冬は、机の上にクッキーがあるのに気付いて一つ摘む。
「お、ちーちゃん!それ私が作ったんだよ!どうよ?」
束が目を輝かせて千冬に尋ねる。千冬は正直に、嘘偽りなく答えた。
「……凄く微妙」
美味くもなく、不味くもなく。可もなく不可もなく。なんとも評価し難い味だった。
「……なん、だって?」
さらさらと束が灰になっていった。
「ああ!束様が粉になっていく!吹き飛んでいってる!」
「面白いな、コレ。フーフー」
「ちょっとマドカさん!吹き飛ばさないでくださいよ!どうしましょう、掃除機で吸い取るべきなの⁉︎」
ワタワタするクロエとそれを面白がるマドカ。千冬はその光景を眺めながら、長年掛けてもコレかと、束の腕を残念に思った。元々、味覚を治す所から始まり、やっと料理を作る段階に行けたものの、実力は全く上がらない。
「ま、才能がないんだろうな」
天才を通り越し、天災と呼ばれた篠ノ之束。だが、どれ程騒がれる存在であろうとも、こうしてお菓子の一つもまともに作れない。結局、束も普通の人間なのだと、当たり前の事を千冬は噛み締めた。
「引っかかったな!私はここだ!」
「うわっ!下から生えてきた!」
「床の修理費があああ!」
ギャーギャーと騒ぐ声をBGMに、千冬はもう一口だけクッキーを口にした。
先程と同じ、下手くそなクッキーの味がした。
表の騒がしさを耳にしつつ椅子に座った白は、青年が道具を準備するのを見ていた。視線を感じてか、青年が白に声をかける。
「しかし、あの時は死ぬのかと思ったよ」
「そうだな、ヒカリが生き残ったのは、運が良かった」
「いや、僕が言ってるのはヒカリちゃんのことじゃない」
「…………」
「君の事だよ、白くん」
振り返って言われた言葉に、白は答えない。
黙って袖を捲り、腕を伸ばす。青年は関節辺りを簡単に消毒した。
「君の事だから、自分の命とヒカリちゃんの命を天秤に掛けたと思う。当然、自分の命を捨てる選択をしてね」
ラウラの為に死ねない理由を得た白。
それでも、生死の価値観は変わらない。彼にとって、生を繋ぐ意思の糸はあまりにも細い。自身の命のバランスは酷く曖昧だ。
大抵のことで自ら死を選ぶことはなくなった。だが、大切な物の為ならば、自身の命を掛ける必要があるのならば、躊躇いなく命を捨てるだろう。
「…………」
青年が特別製の注射器を持って、白の血を吸い取っていく。溜まっていく赤い血を眺めながら、白は言った。
「死ぬ気だった」
青年が顔を上げる。
白は静かに、自分の体にある赤い血を眺めていた。
「……そうかい」
血を抜き終わり、白の腕を離す。
白は針が刺さった腕を見た。一瞬で傷は塞がっている。針がそこに刺さった事など、もう分からない。
「もう、あんな真似二度とできなくなったけどな」
「それが良い。家族を想うなら、特にね」
青年は笑みを浮かべて言った。
白は困ったような、嬉しいような、少し複雑な表情で笑って見せた。
検査結果は異常無し。
青年達に見送られ、白と千冬は帰路に着いた。
夕日を眺めながら白は歩く。
血のような赤さに照らされながら、白は歩き進んだ。沈む日によって長く伸びた、自分の影を見た。
その影がまるで底の無い穴のようで。
そしてそれは、決して離れることがなくて。
「…………」
白は一歩踏み出した。すると、影も動き、同じ距離を保って移動した。 どう動いても同じ距離。
ここから穴に落ちて終わる事も、穴から離れて安全になることもない。
……きっと、これが今の俺の生死。
常に隣に在り続け、常に存在を主張する。付き纏う癖に、その先に進むことを許され無い。
死ねない理由の束縛は俺を人間にして、そして、俺を否定し続けるのだろう。
これは多分、一生付き添う物なのだ。
少なくとも、俺が白で在る限り、永遠に。
「白」
名を呼ばれた。
間違えるはずもない、愛しい人の声。気配で分かってはいたが、それでも。
この声を。
あの姿を。
その笑顔を。
それだけで、思うのだ。
「迎えに来たぞ」
ラウラがそこにいた。
光の中のラウラを見て、白は彼女の元へ歩いていく。
「…………」
……ああ、そうか。
俺は、生きていて良かったのだ。
死ぬことを許されなくて。
生きることを許されて。
だから、今ここにいる。
「ラウラ」
ラウラは白の隣に来ると、彼の手をそっと握る。白はラウラの手を優しく包み返すと、並んで歩き出した。
「……ヒカリはどうした?」
「留守番。私が我儘を言ってな、一人で来させてもらった」
「そうか」
その理由も、その想いも分かっている。
「どうだった?」
「問題無かった。今までと同じ症状だそうだ。一応確認しただけだし、過度な運動をさせなければ平気だろう」
ラウラはヒカリのことを分かっている。大事な事を隠しはするが、ヒカリは分かり易い。言葉は本音を隠しても、表情も、仕草も、本心を曝け出しているのだから。
だから、彼女は問うのだ。
「白は、大丈夫だったのか?」
この世界で最も愛する人のことを。
「問題ない。俺は大丈夫だ」
白は答える。
嘘偽りのない答えを、その口から発した。
「だから」
だから、お願いだから。
「……泣くなよ、ラウラ」
静かに涙を流すラウラの頰を手で拭う。
ラウラの頭にあるのは、恐らくあの時の光景。血に染まったヒカリを、血で汚れた白が抱えていた、あの姿。
「ヒカリは生きていて、俺は此処にいるから」
「うん」
「俺は、お前の側にいるから」
白は優しく、それでも強くラウラを抱き締めた。ラウラも白を抱き返す。
片時も離れないと約束したあの日から、その誓いを違えることはない。
「…………」
ヒカリは、その光景を遠くから眺めていた。
ヒカリは愛されている。それを実感している。
大きく、深く、重く、愛されている。返しきれないほどに。
愛されているのだ。
歩き始めた2人は、ヒカリに気付いていたのか、手を振ってくる。ヒカリは両親の方へ歩み寄り、白とラウラもまた、子供の方へと歩み寄った。
少しだけ言葉を交わすと、白とラウラは繋いでいた手を離し、それぞれヒカリの手を握った。
伸びた影の中で、3つの人影が並ぶ。
手を繋いで、帰路へと着いた。
その手は決して離れることはない。
ヒカリの簡単なイメージ画像。
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ロリ巨乳ってアンバランスを違和感なく描くって難しい。
身長150センチ(アホ毛込み)←ここ大事