インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
昔ながらの日本をイメージした喫茶店。
内装は畳が主で各場所に分かれて机が置かれている。柱も大きく、黒に近い色のどっしりとした木々が使われていた。メニューはお茶や和菓子などが主で、拘りを随所に感じられる。値段もそこそこ良い値をしており、内装いい、値段といい、普通の学生には敷居が高い印象を持たせた。
そんな所に、場違いを思わせる2人の学生が居た。
零とヒカリである。
店側は別に学生だろうが子供だろうが気にしてはいないが、他人の目から見れば、この場に学生服はやはり浮いている。ヒカリは元々気にしていないし、零も数分で周りの事は気にしない事にした。
零は一夏の関係で、お高い店の経験も豊富なので慣れてはいるが、自分の財布が少々心配であった。あまり使うこともないのだが、貰っているお小遣いは普通の家庭と変わらない。奢らなくても良いとヒカリは言った。しかし、好きな女の子に見栄を張りたいのが男の子なのだ。
「茶の種類が豊富ですし、和菓子も多い。迷いますね、迷いますね!んもう!」
ヒカリはメニューに釘付けで、目を爛々に光らせてテンションを上げていた。
見た目はとても日本人には思えないが、心は根っこからの日本人気質のようである。
「零くん!飲み物も食べ物も別なの頼みましょう!分け合って良いですか?」
物凄いキラキラな笑顔。
和菓子と家族には敵う気がしない零であった。
「ヒカリが気にしないなら、良いよ」
間接キスという単語をモヤモヤと頭の中で浮かばせながら、零は承諾した。こういう所が初心なのかとちょっと悩んでしまう。
「どれ頼みます?」
「いや、それならヒカリが決めて良いよ」
ヒカリが食べたい物を、という提案をしたが、ヒカリは首を振った。
「駄目です。ちゃんと零くんが食べたい物を選んで下さい。私の為に遠慮なんかしてはいけません」
……こういう所で、自分ではなく相手を思うのがヒカリだよな。
「分かった。じゃあ……」
零も和紙で作られたメニュー表を手に取り確認する。
「…………」
ビシリと固まった。
「悩みますよねぇ」
「お、おう」
……も、文字だけだと。画像はないの?分からない。何も分からない。ってか、お茶の種類多過ぎじゃね?何これ。煎茶とか玉露とかは聞いた事あるけど、何でこれも種類があるんですかね。和菓子も、どれがどんなんだか想像もつかない……。春の彩りとかなんなの?どんな物なの?
「ヒカリ」
「はい」
「降参だ」
「はい?」
結局、零はヒカリに注文を任せた。
私もそこまで詳しいわけではありませんよと言いながら、ヒカリは手慣れた様子で注文をする。店員はヒカリが日本語で話す事を一瞬だけ驚いたが、すぐに営業スマイルに戻した。外見は日本人に見えないので、こういう時などはよく驚かれるし、街中では多くの通行人の目を惹く。後者の場合、ヒカリの綺麗さも原因であるのだが。
「メニューは店によって様々ですし、気になったものを選べば良いんです」
「でも、物が想像つかないしな」
結果的にヒカリが欲しい物を選ぶ形になったが、良いだろうと判断する。
「ヒカリの和菓子好きって、なんか理由があるのか?」
「いえ、多分、コレに関しては特に影響は受けてないと思います。別にお父さんもお母さんも特別好きでもなさそうですから」
……ラウラさんは兎も角、白さんは美味しいとか分からないとか言ってたしな。
零としては、というより、一般人の感覚からすれば、味の美味しさが分からないという感覚がイマイチ理解出来ない。
遠慮などではなく、身内が作った物しか口にしない場面を見た時は、子供心に異様な光景に思えた。白は零の異常に思う感覚が普通だと言っていたが。大きくなった今から考えると、そんな一面を見せてくれるだけ、自分にも気を許してくれているのだろうと考えた。
「まあ、多くの事は両親の影響ですかね。大抵の子供はそうですし」
「そうだな」
「ええ、本当に。……本当に、どうしようもないです」
零が肯定すると、ジト目で何故か睨みつけられた。何を責められているのか分からない零は、苦笑いを浮かべて曖昧に濁した。
「で、でもアレだな。ヒカリの場合、白さんの影響の方が大きいじゃないんか?白さん大好きなんだし」
「さあ、どうでしょう」
ヒカリの返答を意外に思った。ヒカリの事だから、自信満々に肯定をするかと思ったのだが、どちらかと言えば否定するような表情をしていた。
「昔は、特別好きというわけではありませんでしたし、普通でしたよ。今では、とても大好きですけど」
「そうだったのか?」
薄い記憶を思い返すと、確かに昔のヒカリはあまり父親の話題を出さなかった気がする。言い始めたのは、いつ頃だっただろうか。
「今は大好きですよ。ライクじゃなくてラブですよ」
「分かったから強調しないでくれ」
何が悲しくて好きな人の恋話を聞かなきゃならないのか。しかも相手が父親だと複雑な気分になる。
ただ、何か引っかかった気がした。
「おお、来ましたよ、零くん」
零が思考の海に沈む前に、ヒカリの言葉に引き戻された。
緑茶と小皿に乗せられた小さな和菓子が運ばれてくる。薫り漂う葉の香りと、花の形に彩られた和菓子。美味しそうよりも綺麗な印象を受けた。
「いただきます」
「いただきます」
それぞれ一口和菓子を口にする。2人共背筋を伸ばし、上品にする姿はとても様になっている。
頼む時はテンションを上げていたヒカリであるが、食事時は静かに堪能していた。仄かな甘味に、僅かに口元を綻ばせる。零は緑茶を一口啜り、ヒカリの表情が見れたことに満足していた。
「零くん、お茶を一口貰って良いですか?」
「おう」
「ありがとうございます」
湯呑みを受け取ったヒカリは、零と反対側の縁に口を付けた。
「…………」
……何を期待してたんだ、俺。ああ、でも、ヒカリの唇って色っぽいな。柔らかそうだ。
ボケーッとヒカリを見ていると、ヒカリは零の視線に気付いた。それを勘違いしたのか、ヒカリは湯呑みを置いて、和菓子を一口サイズ切り取る。菓子楊枝に刺すと、零の方へと差し出してきた。
「どうぞ」
「……へ?」
どう見ても、所謂あーんの状態である。
「どうぞ」
「い、いや、いいよ」
「分け合おうと言ったではありませんか。私も零くんの一口貰いますし、気にしないでください」
……そういう問題じゃないんだけど。
「……あー」
変に抵抗するのも可笑しな話なので、零はヒカリから一口貰うことにした。
口を付けて、早めに身を引く。
「美味しいでしょう?」
「……おう」
……味なんて分かるか!
「では、私にも下さい」
口を開けて待つヒカリに、零は硬直した。
……え、これ、あーんてやり返すの?口開けっ放しで、はしたないですことよ。そして、なんかちょっとエロいですわよヒカリさん。
「早くしてください」
「……了解」
……可愛い声でおねだりしないでもらえませんか。
雛鳥が親鳥から餌を貰う映像で理性を保ちつつ、和菓子をヒカリの小さな口へと運んだ。
白い雛鳥は餌を貰えて満足そうに頷いた。
「これも美味ですね」
何が一番悪いかと言うと、ヒカリが演技ではなく素で行っているという点である。演技なら多少は笑って流せるが、素の動作の為に、やられた方は酷く悶々とせざるを得ない。
「……ヒカリ」
「何ですか?」
「お前、やっぱり白さんの子供だな」
白が無自覚でラウラを照れさせたり恥ずかしがらせたりするのを思い出して言った。ワザとではなく天然でやってる辺りが恐ろしい。ラウラ曰く、天然S。こっちが恥ずかしいことを平気で言ったりやってきたりする。その天然っぷりを、ヒカリはしっかりと受け継いでしまったようだ。
「何を当たり前のことを言ってるんですか」
キョトンと首を傾げるヒカリに、零は苦笑いで応えた。
会計は結局押し切られて割り勘となった。ヒカリの頑固さはなかなか強い。
「奢りたいなら、働いて自分のお金を自由に使える時にしてください」
「……そうすると、奢らせてくれるのか?」
「嫌ですよ、割り勘です」
「…………」
理不尽だった。
その後、食事を終えた2人は店を出る。行きと同じようにヒカリが自転車に乗り、零が自転車を押し進めた。
ヒカリの家に着くと、庭にいたラウラが気付いて近寄って来た。
「おかえり、2人とも」
「こんにちは」
「ただいま戻りました」
日焼け防止の為か、大きめの帽子を被っているラウラ。庭の極小の畑から採った野菜を、小さな籠に詰め込んでいた。
「わざわざ送ってくれてありがとうな、零」
「いえ」
自転車を降りたヒカリは猫のクッションを零に差し出した。
「ありがとうございました」
「あー……」
零はクッションを受け取ろうとせずに、自分の頰を掻く。少し恥ずかしそうにして、目を逸らして言った。
「よ、よければ明日からも送るけど?」
どうだ、と自分の喧しい心臓の音を聞きながら願った。
夢にまで見たヒカリと一緒の登校。厳密に言えば小学生まではやっていたが、中学からバラバラになってしまっていた。
だから、これは再び距離を近付ける為の願い。
「…………」
ヒカリは手を引っ込めて、モフモフとクッションをこまねく。
零が自分の喧しい心臓の音を聴きながら返事を待っていると、ヒカリが一度頷いた。
「……そうですね。暫くは大事を取りたいですし、お願いします」
「おう」
零は内心ガッツポーズを取りながらそれを押し隠して応えた。
ヒカリの言い方だと少しだけと取れるが、それでも嬉しい物は嬉しい。
「では、この猫のクッションは私が預かっておきますね」
「そうだな、明日また使おうか。では、ラウラさん、俺はこれで」
「うむ」
そこで、ラウラが思い出したかのようにプチトマトを一つ差し出してきた。
食うか、と聞くラウラに首を振る。
「いや、別にいらないです」
零はほれほれと楽しげに見せてくるラウラに苦笑した。手を振った後に自転車に跨り、去って行く。
「むぅ、プチトマトじゃ引き止められなかったか」
「どれだけプチトマトを過信してるんですか。といえか、何故引き留めるのですか?」
「感想を聞く為に決まってるだろ?」
零の背中を見送りながら、ラウラはヒカリに尋ねた。
「……で?デートはどうだった?」
「デートではありません。ただお茶をしに行っただけです」
ヒカリはそっぽ向いてラウラに応えた。カフェではなく本当にお茶なのが、何となく締まらない。
「ふふん、でも、一般的にそれをデートと言うんだぞ?」
「世間の事なんてどうでも良いです」
「お父さんの変な所真似するなよ」
ヒカリは顔を戻し、そう言えばと聞く。
「お父さんは?」
「出掛けた」
プチトマトを噛んだラウラは、何でもないように答えた。
白はIS学園に来ていた。
警備室の中で待っていると、ドアがノックされる。警備員が出て外の人物を確認した後、振り返って白を呼んだ。
「白さん、いらっしゃいましたよ」
「ああ」
白が立ち上がり、外へと出る。
そこで待っていたのは、腕を組んで綺麗な姿勢で立つ女性。
「よう、学園長」
「お前に学園長と呼ばれると痒いからやめろと言ってるだろう」
笑ながら立っていたのは、織斑千冬、その人であった。