インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
先日の大会の結果。
零は準決勝で敗北したものの、ヒカリを助けた姿が女心を掴んだらしく、学園では彼の人気をより高めていた。
教室に入るとクラスメイトから話し掛けられ、昨日の話題で持ちきりになる。ヒカリを取った事が若い生徒達には受けていたが、大人の視点となるとまた別だ。目の前にあった勝利を捨てたこと。時には冷たい考え方も必要と求められる。ヒカリを助けず、相手を倒したのなら、その点が評価としても上がっていただろう。
「……ま、いいか」
選択を後悔しているわけではないし、まだ自分は若い。なら、年相応にそれなりの行動を取ってもいいだろうと、自身を納得させた。
「織斑くんは写真買うの?」
「写真か……」
大会の写真が今日から売られる。値段は格安で、現像物でもデータでも買うことができるし、両方選ぶこともできた。
「どうかな」
……取り敢えず、見るだけ見ておくか。
「ところでさ、放課後は暇?大会終わったお疲れ様会でもやろうかって話が出てるんだけど」
多くの女生徒から迫られたが、零は首を振って答えた。
「ごめん、パス。先約があってね」
「えー?そんなー」
「皆で楽しんできて」
丁度良いタイミングで予鈴が鳴る。
織斑くんが来ないと意味ないのに、と呟きながら皆が席へと戻って行った。
零は授業の準備をしながら、放課後の事と写真の事を考えていた。写真という媒体にあまり興味はない。修学旅行でもカメラを持って行かないし、携帯で写真を撮ることもそうそうなかった。父親である一夏は写真をよく撮っているが、零はそのような行動をあまり取らない。
……でも、昼休みに見るだけ見ておこうか。
取り敢えず放課後のことを楽しみにしながら、零は授業に集中した。
零の集中力は高く、物覚えも早い。零はヒカリのことを自分に厳しい子だと思っているが、零も自分が思う以上に自身を甘やかしていない。また、周りからの評価で天狗になることもない。それだけの強い精神がある故に、男性操縦者として祭り上げられても普段通りに過ごすことが出来ていた。これも幼い頃からの教育の賜物である。
何人かの熱い視線に気付くこともなく授業を終え、昼休みの時間を迎えた。
食堂へ行く前に見ていくことにし、足を販売所へ向ける。
到着すると、既に多くの生徒が訪れていた。空き教室を幾つか使用して写真が壁一面に貼り付けられている。それぞれのトーナメント番号に分けられ、試合毎の細かい映像が順番で並べられていた。
写真の枚数そのものが思いの外多かったので、見るのもやめようかと考えた時、視界の隅で白銀の色を捉えた。
零が見間違える筈もない色だ。
「ヒカリ」
呼び掛けると、くるりと彼女が振り返った。
「零先輩……⁉︎」
すると、何か慌てた様子で背中を向け、何かゴソゴソとしてから零の方向に振り返った。
一度咳払いをして、深くお辞儀する。
「失礼しました。こんにちは」
「こんにちは。写真買ってたのか?」
「両親が欲しがったもので」
ヒカリの答えに深く納得した。
「ああ、あの人達なら欲しがるだろうな」
「自分達で撮ってた写真もあるんですけどね」
自分達で幾つも撮っていたのに、更に写真を欲しがったそうだ。白とラウラの事だから、あるならあるだけ欲しいのだろう。
「愛されてるねぇ……」
「愛されてますよ。重過ぎて、返せない程に」
「重いのか」
「ええ、東京タワーサイズのウェディングケーキのカロリーぐらいには」
……なんだろう。大きさじゃなくて、カロリーで表されると、より重く感じる。
「もう買ったのか?」
「私は終わりました。今は友人待ちです」
視線が簡易レジの方へ向けられる。何人かの生徒が列を成していた。
……一人だったら食事も一緒に誘いたかったけど、そんなうまい話は無いよね。
「どんな写真買ったんだ?」
当然、両親の願いなのだからヒカリが出ているのは当然ではあるだろうが。
「まあ、適当に……」
ここら辺と指を差そうとした所で、ピタリと不自然に手が止まった。
何かと写真に目を向けようとすると、ヒカリが前に身を乗り出した。
「気にしないでください。見ないでください」
「……何だ、急に?」
「えーと……」
しどろもどろになるヒカリを不思議に思い首を傾げる。そこへ、ヒカリの友人である、ペアでも同じだった桜が戻って来た。
「お待たせ、ヒカリちゃん。あ、織斑先輩、こんにちは」
「こんにちは」
桜が挨拶し、零が返す。
「そうだ、織斑先輩、アレ見てください。皆に格好良いと人気なんですよ!」
桜はそう言って、ヒカリの後ろにある一枚の写真を示した。ヒカリが慌てるが、元々の身長差もあり、完全に隠せない。
「……ああ」
それを見た零は、ヒカリが隠した理由を理解した。
零が気絶したヒカリを横抱きに抱えて守る場面。
確かに、他者から見たら、王子が姫を守るような格好良いシーンであろう。だが、これは零本人からすれば、敗北を決定付けた瞬間でもあった。
「気にしなくて良いぞ、ヒカリ」
「……はい」
自分に気を遣ってくれたのだと解釈した零は、微笑みを浮かべて言った。しかし、何故かヒカリはぎこちない。
2人のテンションに気付かない桜は、そのまま続ける。
「もう、私も惚れ惚れしちゃいました!本当に王子様みたいで!ヒカリちゃんなんか、この写真を真っ先に買って手帳に挟んで」
「ふんっ!」
隙だらけの桜の脇腹にヒカリの肘打ちが突き刺さった。
ぐぼぉっと、年頃の女の子が出しちゃいけない声を出して、桜がその場に崩れ落ちる。膝から真っ直ぐ落ちる姿が無駄に綺麗だった。
「……い、良い拳だぜ、ヒカリちゃん」
ヒカリの体術に零は怯えながら、内心でツッコミを入れた。
……拳じゃなくて、肘だよ。
「次やったら喋れないように喉を潰すか、顎を砕きます」
「ヒカリちゃん、容赦ねぇ……」
「お父様仕込みです」
護身術として白に少しだけ鍛えられたヒカリであるが、既に護身術のレベルは軽く超えていた。
男より力がなく、そんなに鍛えていないヒカリだが、人体の急所を的確に撃ち抜く技術を白から伝授されている。
「…………」
……白さんの攻撃の教えって、ガチだからなぁ。
白に鍛えられたことのある零は遠い目をした。零も同じことが出来たりするが、その時の指導の所為で、少し白が怖いのである。別に怒られはしないのだが、攻撃が一々的確なので、普通に生命の危機を覚えた。
すぐに現実に帰ってきた零は、ヒカリから溢れ出るオーラを感じながらも尋ねた。
「……ええと、ヒカリはこの写真を買ったのか?」
自分が気絶してる写真なんて何で買うのかと、疑問を浮かべた。
「買ってません」
ヒカリは背中を向けたまま淡々と答えた。
「え?」
「買ってません」
「いや、でも、今その子」
「買ってません」
「……はい」
追求しても無駄だと判断し、零が先に折れる。
「私が零先輩の格好良い写真を買い漁ってるわけないじゃないですか。いや、もしかしたら偶々入ってるかもしれませんけどね。ええ、偶然にも。偶然て恐ろしいですね」
「お、おう」
「では、私逹はこれで。御機嫌よう。いきますわよ、桜さん」
「あい……」
零はヒカリにズルズルと引かれていく桜の姿を、ポカーンとしながら見送った。
「……飯、行くか」
取り残された零は、取り敢えず自分の腹を満たしに行った。
反対方向で、桜は引き摺られながら抗議の声を上げた。
「もう、隠す必要なんてないじゃない」
「なんのことでしょう。私にはサッパリ分かりませんね」
「何で意地張るかなぁ」
「……意地じゃないです」
ヒカリの足が止まった。桜は顔を上げるが、彼女の顔は見えない。
「私の都合で振り回してしまったのに、それが無くなったからって、身勝手過ぎるでしょう……」
「ヒカリちゃん?」
ヒカリは深く息を吐いた。
「何でもないです。忘れて下さい」
振り返ったヒカリは、寂しそうな笑顔で笑っていた。