インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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登校風景

翌日の朝。

玄関を出たヒカリは半眼で前を見ていた。

「お、おはよう」

固い笑顔の零が視線の先に居た。自転車に跨った状態で、ぎこちなく手を挙げている。自転車の籠には猫のクッションと零の鞄が入っていた。

「おはようございます」

きっちりと行儀良く挨拶を返したヒカリは、零に近付いて尋ねた。

「何をしてるんですか?」

「えっと、体調悪かったらと思って、駅まで自転車で一緒に行こうかなぁ……と」

「2人乗りは原則禁止です」

そういえばそうだなと、頰を描く。自分に対してだけは礼儀作法に厳しいヒカリが乗るとは思えなかった。

ヒカリがちらりと後ろを振り返る。玄関に白がいた。

「おはようございます」

「おはよう。いってらっしゃい」

行って来いと手を振って、ドアを閉めた。

わざわざ玄関外まで顔を出して見送ってきたのかと首を傾げた所で、ヒカリが盛大に溜息を吐いた。

「……折角、お父さんが送ってくれる予定でしたのに」

「あ、そうだったのか」

零と同じで、昨日倒れたから学園まで送ろうとしたのだろう。ドアを閉めたのは零に譲った合図だ。

……しかし、ヒカリはそれで良いのかな?

「行きましょう」

「……おう」

歩き出したヒカリを追いかける形で、零は隣に並んだ。

「自転車、乗りなよ」

「2人乗りはしません」

「いや、俺が押していくからさ。乗るだけ乗れば?」

零の提案に、ヒカリは不思議そうに首を傾げた。

「え?私に触れたいとか匂いを嗅ぎたいとか、あわよくば抱き着かれたいとか思ってたんじゃないのですか?」

「邪推し過ぎだろ!」

だが、乗っていたら結果的にそうなった。その事に気付いて零が真っ赤に染め、彼の反応を見て、ヒカリはニマニマと意地の悪い笑みを浮かべる。

「初心ですね。可愛いですね」

プニプニと楽しそうに頰を突いてくるヒカリ。

「……お前のそういう所、ラウラさんそっくりだわ」

……くそっ、ニコニコ笑いやがって。可愛いじゃないか。

しかし、昨日の事を気にしていないようだ。俺は思い出すだけでも色々恥ずかしいのに。冷静に考えれば、ヒカリのセミヌードを見てしまった。そして、下心は全く持って無かったが、ヒカリを抱き締めてしまった。昨日の姿と、ヒカリの柔らかさは鮮明に記憶に残っている。今にも顔から火が出そうだ。

「そうですかね、私は父親に似てると思いますけど」

「ラウラさんはそう言ってたな」

零の言葉を聞いて、ヒカリがそうでしょうと胸を逸らしてエッヘンと威張った。

……どこに威張る要素があったんだ。それにしても、本当に余裕というか、なんとも思ってないみたいだ。そういえば、俺の事を初心とか言ってたな。

ハッと零の頭に一つの可能性が過った。

「ひ、ヒカリ。まさかお前、誰かと付き合ったこととか、付き合ってたりするのか……?」

……それならヒカリがこうなのも納得がいく!でも、思わず聞いちゃったけど、そうですとか返ってきたらどうしよう!全然心の準備ができてないのに!ああ、そうだよな、ヒカリって綺麗だし可愛いし美人だし、外見だけじゃなくて、内面も良いし。てか、全部好きだし!

重度のファザコンなのは、うん……。

と、兎に角、周りの男が放っておくわけがない。俺が1年の頃は中学の様子なんて分からなかったしな。くっ、俺はどうすれば良いんだ!ヒカリの幸せを願うなら祝ってやるべきなのか!?

どうなのかとヒカリの様子を恐る恐る窺った。

「…………」

ヒカリは無表情だった。

先程までの表情を一切合切消して、無表情に零を見ている。

「ど、どうした?」

いきなり表情が変わった事に、一人脳内で盛り上がっていた零は少し冷静になった。それでも、大分混乱していたが。

「……はぁ」

ヒカリの大きな溜息に、零がビクリと肩を跳ねさせた。零の頰にヒカリの右手が添えられ、キリキリと抓られた。

「零くんは馬鹿なんですか?馬鹿なんですね?大馬鹿なんですね」

「す、すみません?」

何故怒っているのか理解出来ない零。より混乱している中、ヒカリはブツブツと呟いた。

「そりゃ、あの時はアレでしたし、仕方ないとはいえ、私が悪いんですけど……」

ヒカリは俯かせていた顔を上げて、零を見上げる。

こんな時だが、零はヒカリの上目遣いが可愛いと思ってしまった。

「……良いですか、よく聞いてください」

ヒカリは頰を少し赤く染めて、力を込めて言った。

「私の側には素敵な男性が居るんです。誰かと付き合うなんて、有り得ないですよ」

2人の間を風が吹き抜ける。

数秒の沈黙。

零は何度か瞬きをして、得心を得たと頷いた。

「確かに、お前は白さんが大好きだもんな」

零は誰とも付き合ってないと分かって、にっこりと笑った。

安心する彼の頰を、ヒカリが両手で抓あげる。結構な力を込めて。それはもう、万力を込めて。

「いててててて!」

「やっぱり貴方は一夏さんの息子ですねっ」

「ええ!何で⁉︎何か不本意なんだけど!」

ヒカリは両手を離すと、自転車の籠に自分の鞄を突っ込んだ。頰を痛がる零から簡単に自転車を奪い、走り出す。

「ちょっと⁉︎置いてくなよ!」

「知りません」

走って並走する零を冷たくあしらった。取り付く島もないヒカリに、零は必死に走りながら声を出す。

「ごめん!何が悪かったのか分からないけどごめん!後でちゃんと考えるから!」

「考えなくて良いです」

「じゃあ、お詫びに放課後に甘味処を奢るよ!もちろん和菓子で!この前出来た店、行きたいって言ってただろ!?全部俺の奢りで食べて良いから!」

「そんな物に私が食いつくと思っているのですか?でも止まってあげます。反省しているなら結構ですので。ええ、これ以上、零くんを走らせては登校前に汗臭くなっちゃいますしね」

ピタッと止まったヒカリを、逆に零が数メートル追い抜いてしまった。息を整えつつ、心の中で呟く。

……チョロいよ、ヒカリさん。

「どうぞ」

「ありがとう」

自転車を返され一息吐く。まさか持ってきた自転車がこんなことに使われるとは思わなかった。

「ところで、この猫のクッションは何ですか?零くんの趣味ですか?」

「ゲーセンの商品だよ。妹が手に入れてさ。ヒカリが後ろに乗るならと思って持ってきたんだ」

「……そうですか」

ヒカリは猫のクッションを手に取ると、モフモフと手の中で遊ぶ。

「そこまで準備されていたのなら、乗らないのも悪いですね。だから、折角なので乗ってあげます」

猫のクッションを置いて、その上に横向きで座った。

「乗るのか」

「駄目ですか?」

「いや、その為に持ってきたし、全然構わないよ」

じゃあ行くかと、零は自転車のハンドルを持って前に押した。ヒカリだけを乗せて、カラカラと自転車が進む。

「……乗らないんですか?」

「2人乗りは駄目なんだろ?」

「…………。ええ、そうですね」

咄嗟とはいえ、零はヒカリを食事に誘えた事と、本来の目的を果たせて満足していた。

ヒカリが後ろで頰を膨らませているとは、露ほどにも知らずに。

駅まで着いた零とヒカリは、駐輪場に自転車を置いてホームへと進む。この辺りに来ると外から来ている学生もちらほらと見受けられた。

学園へ到着すると、門の所でヒカリが一歩先へ進み、零に振り返る。

「では、零先輩。私はこれで」

「ああ」

学生モードと言うべきか、少しヒカリの雰囲気が変わった。切替がしっかりできているのだろう。その辺りは、零も共通である。

思考の隅では、この時だとメガネが似合いそうだなと、邪念を孕んでいたが。

一礼したヒカリが背を向けて進もうとした所、急に足を止めた。

「?」

どうかしたのかと聞く前にヒカリが振り返り、小さく微笑んで言った。

「……放課後、別に奢ってもらわなくて大丈夫です。でも、一緒に行く約束は守ってくださいね。楽しみにしてますよ、零くん」

零の返事を待たず、ヒカリは歩き去って行った。

「……ずるいぞ」

赤くなった顔を手で覆い隠す。

あと何度惚れ直せばいいのか、見当がつかなかった。

「おはようございます」

「おはよう、ヒカリさん」

「おはよー」

クラスメイト達に挨拶して席へと着く。

「〜♪」

珍しく鼻歌を歌ってご機嫌そうなヒカリを、クラスメイト達は不思議そうに見ていた。

 


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