インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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選択したモノ

白が庭へ赴くと、ラウラとヒカリが準備を終えていた。段重ねの大きな弁当を分けてシートに広げている。この部分だけ妙なピクニックの雰囲気を醸し出していた。

ヒカリは弁当を持たせるつもりは鼻から無かっただろうと、ツッコム気力も無かった。

「悪い、遅くなったな」

「零は死んでませんか?」

「ああ、まだ死んでない。まだな」

零が聞いたら震え上がりそうなやり取りをしつつ、白がシートに座る。

いただきますと礼法を忘れることなく、食事に手をつける。

「やっぱり美味しいですね……」

普段ラウラの料理は口にしているが、こうして弁当といった形で改めて食事をすると、そのレベルの高さを認識する。

「そうか?ヒカリだって美味しいぞ」

「でも、お母さん程美味しくできないです」

「練習を重ねれば美味しくなるさ」

この違いがお袋の味なのかと頭を悩ませた。白は味に関しては何も言えないので、無言のまま咀嚼していた。

「…………」

白の膝をジッと見るヒカリ。

座ってみたい気持ちがあるが、学園という場所と、周りの人達を考えると出来る筈もない。

視線に気付いたラウラが意地悪な笑みを浮かべ、白に垂れかかった。

「ふっ」

「むむむ」

ラウラとヒカリの間に火花が散る。親子の抗争を他所に、白はのんびりと空を見上げていた。

「そう膨れるな。ほら、おはぎ用意したから」

「そんな物で私が納得すると思ってるんですか。もぐもぐ……はっ!」

気付いた時にはおはぎを堪能している自分が居た。恐ろしき甘味の魔力。甘過ぎない上品な甘さとしっとりとした食感が美味である。ラウラ特性おはぎ。なんという魔力か。

「相変わらず、ヒカリは甘い物に目がないな」

「和菓子は卑怯です。和菓子最高です」

ちゃんと飲み込んでから文句を言う。表情は緩々であったが。

「でも、カロリーは良い所いってるよなぁ……」

ジーっとヒカリの胸や尻を睨み付けるラウラ。同じ物を食べてる筈なのにとブツブツと呟いた。

「ヒカリ」

そこで、白がヒカリの顔を見た。瞳の奥から心を見られるような感覚に、ヒカリは自然と背筋を伸ばした。

「……俺は、止めないからな」

「……はい」

ヒカリは深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

昼食を終え、戻っていくヒカリの背中を見送る。彼女の小さな背中を見ながら、白がラウラに尋ねた。

「……良いのか?」

「死ぬことにはならないだろうし、ある程度危険でも、それがヒカリの意思なら止める気はない。白だって同じだから、止めなかったんだろ?」

「まあな」

手を繋いだ2人は、進んでいくヒカリを見えなくなるまで見送った。

 

 

戻ったヒカリが受けたのは、案の定というべきか、ラウラと白の質問だった。あれは誰かと皆に聞かれる。大人の中に若い2人が混じっているのも珍しいし、ヒカリと仲がとても良く見えた。

隠しても仕方ないので、ヒカリは素直に答えた。

「お父様とお母様です」

「えええええええええええ!!?」

教室を衝撃が駆け抜ける。全員が大混乱に陥った。

「嘘でしょ⁉︎幾ら何でも若過ぎるわよ⁉︎」

「事実です。父はもうすぐ50近い筈ですけど」

「え、あの白髪の格好良い人?50⁉︎あり得ないでしょ!」

「お母さんも凄い綺麗だし!若いってレベルじゃないわよ!色々あり得ないでしょ!!」

「だから惚れると言ったでしょう?格好良いでしょう?お父様の格好良さは外見だけじゃないですけどね!お父様の素晴らしさは語りつくせませんよ!」

渾身のドヤ顔に、クラスの皆が若干引いた。

「……で、まさかとは思いますが、お父様に惚れた人なんていませんよね?」

にっこりとした笑顔に影が落ちる。結構な人数が目を逸らしたり頬を赤くするのを、ヒカリは見逃さなかった。

「上等です!皆様をここで潰してやってやりますです!お父様は私のもんじゃー!」

「ヒカリちゃん口調おかしいですことよ!」

「あんたらこんな所でIS展開しないで、大会でやりなさいよ!」

一夏が来るまで、教室は混沌に包まれた。

午後からの大会。

ペアでトーナメント式の対戦は、ISの試合数が多く思われがちだが、そうではない。ペアの片方がIS大破の判定を下された場合、例え勝者のチームでも勝ち上がることはできない。仮に専用機が大破した場合、勝利しても続行は不可能である。このルールは専用機を持つ生徒への配慮であり、ある種の連帯責任を負わせる意味もあった。

その為、試合は実際数より多く削られている。短い時間でどれだけのパフォーマンスが出来るかが鍵となのだ。無論、勝ち上がる程、つまり試合数が多い程アピールの場は増えるが、例え一試合でも普段以上の力を発揮できればそれで良い。

今、どちらのペアでも勝ち続けるヒカリは、徐々に疲れを見せ始めていた。零が大丈夫かと尋ねても、ヒカリは大丈夫の一点張りだった。

準々決勝にて、遂にヒカリと桜のペアが敗北する。桜が落とされ、1人のヒカリはエネルギーを大きく減らされ、降参をした。零のペアの為に、ここで壊されるわけにはいかなかった。

会場のボルテージが上がる中、白の視線だけは冷たく向けられていた。

「……次だな」

「そうか」

白の呟きに、ラウラは眉を寄せた。

そして、差し迫った準決勝。

零とヒカリが飛び出し、相手のペアも飛び出てくる。ヒカリは深い息を吐き、目の前の敵に集中する。ヒカリの様子を見て、零も覚悟を決めた。彼女を心配しているだけでは意味が無い。恐らく、ヒカリも限界だ。この試合が実質、最後だろう。

「…………」

……ならここで、全部出し切るまでだ。

四人のISが飛翔する。

閃光が弾け、爆発が轟き、剣が舞う。

相手も此処まで生き残ってきた生徒達だ。決して弱くない。激しい攻防が続く中、ヒカリの動きが鈍くなった。

「…………っ」

それを見逃すわけもなく、ヒカリに攻撃が集中する。避け切れないヒカリの前に零が飛び出しカバーした。

守られたヒカリは歯噛みする。

……これじゃ、足手纏いになる。

「そんなのは、嫌」

逆に零に攻撃が集中したのを見計らい、ヒカリが動く。攻撃をすり抜け、2人に斬りかかろうとして

「っ」

急に、気を失った。

第三者から見れば攻撃の嵐により意識を奪われたのだと思うだろう。実際、大半の生徒はそう思ったし、多くの関係者もそう見ていた。

だが、間近で見ていた零。そして、白とラウラの目は誤魔化せない。

力なく落ちて行くヒカリの身体。

1人倒したと、一瞬の慢心と隙が生まれた。

致命的で確実な隙。

攻撃を仕掛けるなら、今この瞬間だ。

攻撃すれば確実に片方を潰せる。

勝利に近付く。

だけど、ヒカリは地面へと墜落するだろう。

ISを纏っているし、絶対防御もある。死にはしないし、大した怪我も負うこともない。

だから。

だけど。

……それでも。

 

零は、ヒカリに手を伸ばした。

 

数秒後、零のペアに敗北の二文字が刻まれた。

「…………」

白は担架で運ばれて行くヒカリを眼下に立ち上がると、そのまま歩き去って行った。ラウラは白を横目で見送った後、ヒカリに連れ添う零を優しい眼差しで見ていた。

 

 

……暗い。

暗い、狭い、苦しい。

痛くて、とても冷たい。

このまま死んじゃうのかな。このまま、消えちゃうのかな。

誰か助けて。

助けて、助けて、助けて。

私は、まだ生きていたい。

助けて……。

「助けて、お父さん……」

暗闇の中で、光が灯る。

「ああ、助けに来たぞ」

血だらけの父親の姿が見える。

優しい笑顔が、そこにあった。

私は涙を流して手を伸ばす。

力強い手が、私を優しく包み込んだ。

とても、暖かい温もりだった。

「……お父さん」

ヒカリは目を覚ました。

最初に目に入ったのは白い天井とカーテン。保健室だと、呆然とした頭で理解した。

「此処にいる」

右手に触れる感触。

横を見ると、椅子に座り、私の手を握ってくれている父親の姿が視認できた。

「無茶をしたな」

「……ごめんなさい」

お父さんは片方の手で私の頭を優しく撫でて来た。少しだけ、くすぐったい。

「謝るな。俺は止めはしないが、危なくなったら助けてやる」

今までも、これからも。

「だから、お前はお前の道を進め」

「……うん」

……ありがとう。

 

 

零は保健室の前で立っていた。

拳を握り締めて、ドアの前に立っている。

「入らないのか?」

不意に声を掛けられた。顔を上げると、ラウラがそこに立っていた。

「……今の彼女が必要としているのは、俺ではありませんから」

ヒカリが保健室で寝かされる時、ヒカリは父親を呼んでいた。ヒカリの目から涙が零れ落ちたのを見て、居た堪れずに保健室から出てきてしまった。

丁度その時、白と擦れ違った。

白は何も言わず、零の肩を優しく叩いて、保健室へと入っていった。

「俺は幼なじみですが、子供の頃で思い出せないこともあります。そして、彼女の全てを知っているわけでもない」

ヒカリの涙を拭ってやれないことが、どうしようもなく悔しくて。

「俺は、情けないです」

ラウラは零に対し、母親の笑みを浮かべた。

「お前は立派だ」

「そんな事はありません。あの時、白さんからこうなる事は予告されていました。彼のアドバイスがあったにも関わらず、俺は、ヒカリを取りました」

「後悔しているか?」

「いいえ。でも……」

「それで良いんだよ」

ラウラの言葉に零は顔を上げた。

「零が選んだ選択だ。そこに後悔がないのなら、それはお前にとって偽りのない心だったんだろう。お前にとって、それが正解だったんだ」

「で、ですが、ヒカリの想いも、白さんのアドバイスも……」

「それで、さっき白は何か言ったか?」

「……いいえ」

怒る事も褒める事もなく、肩を叩かれただけだった。

ただ、それだけだった。

「白も同じさ。アイツは最善策を提示しただけだ。最善とはな、周りも含めて皆に損がない方法なんだ」

ラウラは零の胸に手を当てる。その仕草に、零は試合前に自分の胸を指差した白を重ねた。

「最善が、常に正しいとは限らない。自分や相手にとって、最高ではない時もあるからだ」

織斑零、と彼の名を呼ぶ。

「お前にとって、一番大切なのは何だ?」

他人も周囲も関係ない。

自分にとって、一番大切な物。

「俺は……」

答えようとした零の唇を指で止める。

「言わなくて良い。それは、お前の心に留めておけ」

「……はい」

零は頷いた。

……本当に、この家族には敵わない。

「昔ヒカリに何があったのか、聞きたいか?」

ラウラの提案に零は首を左右に振って答えた。

「いいえ。それはヒカリの口から聞かなければいけないことです」

「ふふっ、そうだな。でも、簡単には教えてくれないぞ?」

ラウラは笑いながら言った。

「白の悪い部分を、ヒカリは似てしまっていてな」

「……?」

 

「大切な人ほど、自分の大事なことを隠したがるんだ」

 

ラウラの言うことを一瞬理解できなかった。

「ええっと……」

「あと、零はIS選手を目指しているんだろう?」

「え?ええ、まあ……」

少なくとも、今の目標はISの選手として活躍すること。だから、この大会でも活躍をしたかった。

「お前が選手になりたいと言い始めた時から、ヒカリは技術者になりたいと言っていた」

ISを、選手を支える、技術者。

「それって……」

「本当の所はどうかは知らないけどな」

ずるっと零が倒れた。思わず脱力してしまう。

「ら、ラウラさん。そりゃないですよ」

「だって、私は本人じゃないからな」

悪戯っぽく笑うラウラは楽しそうで、本当は同い年ではないのかと疑ってしまうほどだった。

「ま、頑張れ若人。経験談から言うが、ああいうタイプは苦労するぞ?」

「覚悟はできてます」

零は立ち上がり、苦笑いを浮かべながら答えた。

そこに、零の肩に手が乗せられ、男の声が降ってきた。

「そうか、その時が楽しみだ」

ギギギ、と油を差し忘れた機械のように零が振り返る。いつの間にいたのか、白が後ろに立っていた。

「たっぷりと歓迎してやる」

「良かったな。歓迎してくれるそうだぞ」

……いやいや!ラウラさん!貴方と白さんの歓迎の意味が天と地ほど違いますよ!血の雨が降りますよ!

「ヒカリが目を覚ました。会ってやれ」

白がそのまま進んで行き、ラウラが白の隣を付き添って歩く。自然な形で一緒に居る彼等を、零は眩しく思えた。

 


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