インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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父親の背中

織斑一夏。

史上初の男性操縦者である彼の存在はIS業界に置いて、様々な功績を残してきた。

その中でも世間を大きく変えたのは、女尊男卑の風潮を変えたことだろう。女性が優遇されているのに変わりはないが、女性というレッテルだけで偉ぶる人が減った傾向がある。

各大会で優秀な成績を収め、平和活動にも貢献。モンドグロッソ優勝の後、選手として引退を表明した。現在はIS学園の教師を勤めている。

その実績と歳を感じさせない風貌。そして、人当たりの良さから、学年を問わず人気が厚い。

1年A組。

彼の担当するクラスには、ヒカリの姿があった。

「織斑先生」

HR後、ヒカリは一夏へと話掛けた。

「ん?どうした?」

「織斑先輩のペアが出場出来ないとのことで、私が彼と共に出場することになりました。問題はないですよね?」

ヒカリの発言により、クラスが僅かに騒ついた。クラス中に零と出場することが知れ渡るが、どうせ直ぐに分かることだ。

「そうだな、トーナメント表は機械が設定してくれるから、被ることはない。その点は安心して良いよ。ただ、出場が多い分、体への負担は大きくなる」

「はい、理解の上です」

「なら、俺から言うことはない。くれぐれも無茶はしないようにと言うだけだ。特に、君の場合はね」

「……はい」

「……ごめんね、零が無茶を言ったんだろ?」

最後だけ、父親としての一夏が謝った。

「いえ、構いません。確かに、多少無茶ではありましたが……」

ですが、と続ける。

「彼を、こんな事で潰させはしません」

ヒカリの思いを汲み取り、一夏は頷いた。

「ありがとう。宜しく頼む」

一夏が去っていくと、クラスメイトがわらわらとヒカリに群がってきた。

「ヒカリちゃん、織斑先輩とペア組むの?」

「成行上、仕方なく。あ、もちろん桜さんとのペアもやりますし、手を抜くつもりもないので安心してください」

桜と呼ばれた女生徒は心配そうに眉を寄せた。

「ううん、私は良いけど、本当に大丈夫?織斑先生も言ってたけど、試合数が多くなるよ?」

しかも、勝ち上がっていく程、休憩がなくなっていく。後々の疲労がどれ程になるかは想像に難くない。

「ええ、問題ありません」

ヒカリは微笑んで見せた。

それにホッとするクラスメイト達。仮に零がこの場にいても、心配は残るが安心はするだろう。

だが、もし白がこの場に居たら、嘘を吐くなと切り捨てていた。

「でも、織斑先輩と出るなんて羨ましいなぁ」

「ねー!」

「いやいや、零先輩に釣り合うのなんてヒカリさんくらいだよ」

後は女性らしく恋愛話に花を咲かせる。零の話題に、ヒカリは少し肩を竦めるだけだった。

「ヒカリさんは、零先輩のことどう思ってるの?」

話を振られたので、軽く答えた。

「まあ、幼馴染ですし。嫌いではありませんよ」

「じゃあ、 ヒカリちゃんの好きな人は……」

そこまで聞いた生徒を、周りが目でバカと訴えた。

好きな人は、と聞かれた時点でヒカリの瞳が一気に輝く。誰かが止める暇もなく、間髪入れずにヒカリが答えた。

「お父様です!」

それはもう、力強く答えた。

「ああ、始まった……」

ヒカリに恋愛話を振ったものは誰しもが一度は経験する、ヒカリの父親談義。質問以上に父親について熱く語るヒカリは、とても幸せそうだった。

好きな人は父親。

好みのタイプも父親。

自他共に認めるファザコンである。

「だから、どんな人か写真見せてよ」

「嫌です」

だが、頑なに父親の写真だけは誰にも見せない。

「見せたら絶対に惚れます。私から奪わせませんよ」

「いや、惚れないし奪わないけど」

「何故ですか⁉︎惚れないわけないでしょう⁉︎」

「この状態のヒカリちゃん、本当に面倒だわぁー……」

家ではこんな熱愛を語ることはない。本人を前にすると、表情には出さないが、照れて恥ずかしがってしまうからだ。実の所、今朝の高い高いも満更でもなかったりするし、チラリとそんなことをされたいとも考えていた。白はちゃんと見抜いていたのである。

一度、ラウラとヒカリで白について話し合った時は、気付けば次の日が顔を覗かせていたことがあった。

誰も知ることはないが、ヒカリの父親好きはラウラの影響が半分くらい占めている。

休憩時間でヒカリの口は止まる事を知らず、大会開始まで語り続けられた。

「もうそろそろ行かなきゃ不味いですね」

「そ、そうだね」

ヒカリの話が終わったことにホッとする一同であった。

「でも、本当にヒカリちゃんはお父さんが好きだね」

「……ええ」

ヒカリは微笑んだ。

「大好きです」

何処か儚げで、とても綺麗で、そして静かな微笑みだった。

そして、大会が始まった。

選手を目指している者はこういった大会が一番の宣伝となる。救助隊や軍を目指すものも同じだ。ISの栄養士や整備士を目指す者にとってメリットは少ないが、大御所が見ている前で恥は晒せないと維持を張る者も多い。

今ではISの数も増加され、人口数も多くなった。また、兵器などの面は軍などの特別な場合のみ使用されることとなり、スポーツ専用のISが台頭してきた。

真実を知っている者は、青年が必死に束を抑えながら裏で頑張っているのを容易に想像出来た。

ISは今でも技術の最先端を行く存在。知識も技術も、どれも貴重である。IS学園も入学の敷居が高くなっていた。

そんな中、IS学園で最も注目を浴びているのが零である。

2人目の男性が出てきたことにより、織斑一夏の再来と騒がれた。

白を始めとする関係者は、当然、一夏の息子がISを動かせる可能性は考えていたし、検査の結果で動かせることは判明していた。大人達で何度も話合いを行った結果、隠し続けるより明るみに出した方が今後の為になるのではという結論に落ち着いた。

「最大限のフォローは約束しよう」

青年はそう言って深く頷いた。

今後、世間の動き次第で、態と男性操縦者を増やすことも視野にいれている。それは人体を弄る方法ではなく、ISの構造を変えていく作業だ。もう、過ちは繰り返さない。あと何十年も生きて、彼は贖罪を行っていくのだろう。

織斑零は人の期待以上の成果を上げた。

そこには持ち前の才能もあるが、当然、彼の努力が多分に含まれる。才能があろうとも、方向性を間違えたり腐らせてしまったら意味がない。

彼は彼自身の力を理解して、発揮する能力があった。

この大会でも、他の者よりも圧倒的な差を見せた。

勝ちを上げても凛としている姿に、生徒達の見る目も熱い。

「……ヒカリ」

また一勝上げたところで、零がヒカリに呼び掛けた。

「何ですか?」

「あそこに、ご両親が……」

零が言い切る前に勢い良く振り返った。

彼女の視界に、ラウラを膝に乗せて座っている白が目に入る。2人して笑いながら手を振っていた。

「う、う、う……」

ヒカリはプルプルと震え

「羨ましいー!!」

思わず本音を叫んでいた。

「そっち⁉︎」

相変わらずの父への熱愛っぷりに、零は自分の恋の難しさを改めて感じたのだった。

控え室に戻り、昼休憩の時間に入る。

ヒカリは駆け足で両親の元へ向かうと、抗議の音を上げた。

「何て羨まし……げふんげふん!何でここにいるんですか?」

「弁当を届けになー」

ラウラの明からさまな棒読みに怒る気力も失せた。

「全くもう……」

何より、彼女の中で来てくれて嬉しい気持ちが上回っていた。自然と零れ出た笑みは隠せない。

「屋上って空いてるか?」

「駄目です、封鎖中ですよ。庭なら空いてますけど」

「そうか、じゃあそっちだな。シートを持って来たから、広げて食べよう」

「分かりました」

「見ろ、ヒカリ!ウサちゃんシートだ!可愛いだろ?」

シートの兎柄を見せてニコニコと笑うラウラに、ヒカリは小さく嘆息した。

「私、たまに本気でお母さんの年齢を疑います」

「え、そんなに老けて見えるか?」

「逆ですよ逆」

何ともない日常の会話が、ヒカリにとっては大きな精神安定剤だった。自分では未だに出せないヒカリの自然な笑顔を、零は遠くから眺めていた。

家族に嫉妬するなんてどうかしてるとも思うが、それでも、悔しかった。

「じゃあ、準備を頼む。俺は零と少し話があるから」

「了解」

白とラウラが示し合わせた瞬間、零の後ろに白がいた。後ろ襟を掴まれて、抗えない力で運ばれて行く。抵抗は出来ない。逃げられない。

「さあ、零。話合いをしよう」

ずりずりと万力で引きずられていく。

「ぎゃあああ!助けてー!」

零はヒカリに手を伸ばし懇願した。それを見たヒカリは

「…………」

両手を合わせて厳かに頭を下げる。

合掌。

「マジっすかあああぁぁぁ……」

エコーだけ残して、白と零は消えた。

「じゃ、準備しようか」

「はい」

何事もなかったかのように、ラウラとヒカリはその場を後にした。

 

 

「……この辺りで良いか」

白は零の後ろ襟を離し、歪んだのを直してやる。序でに全身の埃も払ってやると、周りに誰もいないのを確かめて言った。

「零。今回、ヒカリが二つのペアを作っているが、何故か知っているか?」

真面目な顔の白に、零は自分と今朝の出来事を正直に伝えた。白は軽く目を瞑り、何かを考え込んでいる。

「……あの、何か不味かったでしょうか」

「…………」

白はそれに答えずに、目を開いて零を真っ直ぐに見た。

「……先に言おう。お前はお前の出来る事を全力で全うしろ。もちろん優勝すれば最大のアピールになるが、少しでもこの場で一つでも多くの事をアピールしろ。それが将来に繋がる」

「……はい」

白が言ったのは当たり前の事で、零も自覚している。白が無駄な事を言う人間ではないのを零はよく知っていた。だからこそ、何故改めてそんな事を言うのか。それが解せない。

「そこで、質問だ」

一つ、指を立てる。

「途中でヒカリが落ちた場合、お前は戦い続けるか?ヒカリを助けるか?」

「…………っ」

ヒカリが落とされる。

ヒカリの実力は高い。そう簡単に落とされる玉ではない。

……だが、もしそうなったら。

「恐らく、お前はヒカリを取る。お前はそういう奴だ」

そうだろうと、零も思った。

白の前だからという訳でなく、零の心の底からの本音だ。ヒカリの存在は零の中で大きな割合を占める。彼女の落ちる姿を想像しただけで、胸が張り裂けそうになった。

「だから、俺と約束しろ」

白は立てた指を零の胸に向けた。

 

「そうなったら、ヒカリを見捨てろ」

 

白から出た容赦無い発言に、零の体が固まる。

「ヒカリがお前と組んだのは、お前を優勝させる為だ。お前を世界へアピールする為だ。お前の将来の道を、作る為だ」

勝負は非情だ。そこには必ず勝者と敗者がある。今回のように、そこで道が閉ざされてしまう者もいる。仲間が犠牲となって作ってくれたチャンスを潰すなど、それこそ愚の骨頂だ。

だから、ヒカリは見捨てなければならない。

彼女を想うなら、彼女を捨てなければならない。

ヒカリの想いを踏みにじらない為にも。

「……白さん」

零は知らずに俯かせてしまっていた顔を上げて、白の目を見た。

「ヒカリが落ちると、そう思っているのですか?」

「落ちる」

何故そう思うのか。

それを彼に聞くのは卑怯だ。きっと、彼女から聞かなければいけないことだから。

「……分かりました。ですが、一つ訂正させて下さい」

零は力強い声で言った。

「これは、俺の選択です。貴方に約束されたからじゃない。責任は、俺にあります」

白は逃げ道を用意してくれた。ヒカリが落ちるのも、助けなかったのも、お前の所為ではないと。白と約束したからだと、言い訳をくれた。

だが、零は断った。

白の好意に甘えては自分を偽ることになる。

何より、それこそヒカリへの裏切りに感じられた。

「……良いだろう。残りの試合、ベストを尽くせ」

白は零の横を通り過ぎる。その背中に振り返って、問い掛けた。

「……白さん。貴方なら、どちらを取りますか?」

「身内だ」

アッサリと即決され、しかも真逆の答えを返されて言葉に詰まる。

「何故、ですか?」

「俺とお前とでは事情が違う。それに、俺は世界や世間なんてどうでも良い。俺が大切なのは、俺の周りの人間だけだ」

白は顔だけ振り返って、笑って見せた。

「だから、何かあったら、お前も助けてやるよ」

去って行った白の背中。大きな頼もしい背中を見て、零は溜息を吐いた。

「本当、敵わないな……」

ヒカリが父親を好きなのも無理はない。

男である自分さえ、彼に憧れてしまうのだから。

ヒカリの隠された想いを正確に読み取り、それを教えてくれた。ヒカリの想いを無駄にしないだけでなく、零の将来を案じて進言してくれたのだ。

「ああ、遠いな……」

彼の背中に追いつくにはまだまだ何もかも足りない。

自分の父だけでなく、もう一人の父親の姿を、いつか追い抜けるように。

零は一歩踏み出した。


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