インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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涙の理由

数分後、現場は軍により港は閉鎖された。既に男達は連れて行かれている。今頃尋問の準備でもされている頃だろう。白は顔や皮膚に刺さった破片を短剣で抉り取ろうとしたが、ラウラに全力で止められた。

「これぐらいやったことあるし、俺は大丈夫だ」

「見てるこっちが嫌なんです!」

見なければいいだろ、と白の発言は聞く耳持たず、救急箱を貰ってくるので待っててくださいとラウラはフラフラな足取りで歩いていった。

あの様子では命に別状はないにしても、医療箱貰いに行ったらそのままラウラ自身が捕まってしまうのではなかろうか。

白はラウラを無視して取ってしまおうと地べたに座って、短剣を取り出す。深く刺さった破片がある箇所に刺そうとして

「失礼、貴方が白で良いだろうか?」

そこに声が降ってきた。

白は諦めて短剣を仕舞い顔を上げる。織斑千冬が立っていた。こうして間近で見ると、女性というよりはまだ少女とも呼べる年齢かもしれないと、白は思った。

「そうです」

「申し遅れました。私は織斑千冬と申します。この度は弟の一夏を助けていただき、本当にありがとうございました」

頭を下げる千冬。日本人らしい礼節に、白はなんとなしに懐かしいものを感じた。

「……お互いに敬語はなしにしよう」

そう前置きして、白は口を開く。

「俺がやったことは軍の命令だから感謝はいらない。むしろ、何故軍に任せずに決勝を棄権した?」

「……信用していなかった、とは思わないでくれ。単純に、モンドグロッソの大会より弟の方が大事だった。それだけだ」

「だが、モンドグロッソの決勝は滅茶苦茶になった」

前回優勝者の棄権。決勝がなくなってしまった大会。はたして、どれ程の観客が落胆したことか。

「……それは申し訳ないとは思っている。しかし、こればかりは、絶対に譲れなかった」

「もう、モンドグロッソには出れないぞ」

「それも覚悟の上さ」

千冬の目は真っ直ぐで迷いがない。

成程、強い精神だ。

「なら大事な弟の所に行かなくていいのか」

「今は事情聴取を受けている最中でな。……貴方のことは一夏から聞いた。弟も感謝していたよ」

「そうか」

「唐突なことを聞くが、貴方はIS部隊の一員なのだろう?」

数瞬、答えをどうするか考える。

「誰から聞いた?」

「アデーレ・ヘルマン中佐だ」

……何を考えている、中佐。

「確かに、IS部隊に勤めている。それがどうかしたか?」

「これから、私も世話になるかもしれん」

「何?」

何故、織斑千冬がドイツ軍に関係を持ってくる。確かに弟の誘拐事件は軍が解決したが、そこで話は終わりではないのか。

「報酬代わりみたいな物でな。ISの指導をしてくれないかと頼まれた」

「お前はそれを了承したのか?」

「まあな。……私達姉弟には両親がいない。稼ぎは私がやらねばならないのだが、今回のこともあったしな。正直な話、今とこれからの稼ぎがないのだ」

「…………」

それ以外にも色々と裏の話がありそうだなと、察する白。

「ならば、弟もドイツへ暮らすのか?」

「いや、あいつはそのまま日本に残ってもらう」

千冬は軽く首を振り否定する。それは白にとっては意外な答えだった。

「決勝を投げ出すほど大切な弟だろう」

「私の都合に付き合わせる気はないからな。一夏には向こうの友人もいるし、仲の良い近所付き合いの人もいる。日本政府も周囲の護衛を付けてくれると言っていたし、不便はないだろう。何より……」

一陣の風が吹いて、彼女の髪を揺らす。

「ISに関わらせたくない」

どこか寂しそうな表情は、弟と別れる為か。それとも別の理由か。

白はこれ以上他人の都合に突っ込むのも野暮かと、話題を切り上げることにした。

「もしも本当に部隊に入るのなら、宜しく頼む」

「ああ、こちらこそ」

その時、白の視界の端にラウラが入った。

……捕まらなかったのか。

「ところで、貴方は医者の所へ行かないのか?」

「治療道具が来たから必要ない」

白がそう言って、ラウラを指差す。フラフラとやってくる少女の存在に千冬も気付いた。

「彼女は?」

「軍の一員だ」

「あんな小さな子が?弟と変わらない年に見えるが……」

「事情があってな」

ラウラは千冬の存在に気付き、両手に救急箱を抱えたまま頭を下げた。

「こんにちは。ドイツ軍IS部隊所属のラウラ・ボーデヴィッヒと申します」

「こちらこそ、私は織斑千冬。宜しく」

挨拶もそこそこに、ラウラは白の隣に座り、救急箱を開けた。

「一人で出来るから、お前は自分の検査に行ってこい」

「私は問題ありません。私にやらせてください」

「ボーデヴィッヒ」

「お願いします」

見れば、ラウラの瞳には涙が溜まっている。それでも気丈に泣くことはせず、白に懇願した。

「これぐらい、やらせてください」

何も出来なかった。

しかも、やられただけでなく、白に助けられたことで彼の戦闘のアドバンテージを奪ってしまった。

何故、私を助けたりなどしたのか。何故、あのまま見捨ててくれなかったのか。

助けてもらいながら、そう問い質すのは間違いだと分かっている。何より、ラウラは心の何処かで、戦闘の事よりも自分を優先してくれたことを喜んでいた。

それが許せなかった。自分自身が、ただ許せなかった。

「結局、人質の救出もISの撃退も、貴方がやりました。これくらいは私にやらせてください」

「…………」

悲痛とも言えるラウラのお願いに、白は無言で破片の刺さった手を差し出した。

「……麻酔は効かないから必要ない」

ぶっきら棒な言葉に、ラウラは頭を下げた。

「ありがとうございます」

白は目線を千冬に移す。

千冬も白に目線を合わせた。

「……ISを、お前が撃退したのか?」

ラウラが軽く千冬を睨みつけるが、次の白の言葉で驚きに目を見開いた。

「いや、俺じゃない。こいつだ」

「え?な、何を言って……」

困惑するラウラを他所に、千冬は成程と呟いた。

「そういう事で良いんだな」

「ああ、恐らくそう言われただろ?」

「ご名答だ」

「なら、そういう事だ」

「了解した。……ああでも、もし私がIS部隊に配属になれば話くらいは聞けるだろうな」

「許可が下りればな」

「なら、それまで待つさ」

じゃあなと、千冬は去って行った。

その背中を見送ってから、ラウラは白に詰め寄った。

「今の、どういうことですか」

「どうもこうもない。ISを撃退したのはIS部隊のラウラ・ボーデヴィッヒである。これが軍の書くシナリオだ」

「な……!」

「織斑一夏を助けたのは本人も見ているから、訂正は効かないし間違いでもない。実際、織斑千冬もそう聞いてただろう。だが、ISの目撃者はいない」

白がISを撃退したとラウラが言った時、千冬の表情が驚きに染まったのを白は見逃さなかった。既にアデーレと一夏に話を聞いていたなら、救出の状況も聞いたはずだ。故に白が一夏を助けた流れは知っていた。しかし、ISの方は知らなかった。

何故か?

答えは、情報改竄が行われるから。

「ボーデヴィッヒ。今回のIS撃退はお前の成果として公表される」

「巫山戯ないでください‼︎」

思わず立ち上がり叫ぶラウラ。反動で救急箱が音を立てて倒れた。何人かの兵士が、何事かとこちらに振り返るが、すぐに興味を無くして作業に戻る。

「いくらお前が否定しても無駄だ。そもそも、俺の存在は元より異常だ。他に説明もできん。一番重要なのは、今回の事で、軍は正式に俺をISと戦えるカードと認識した」

「それが何だと言うんですか!」

「少し落ち着け。声も落とせ」

「無理です!そんな!こんな事が……!」

白は溜息を吐いて立ち上がる。

真正面に立ち、ラウラを軽く抱き締めた。

身長差でラウラは白のお腹に顔を埋める形となる。その状態のまま、白はラウラの背中を軽く叩いた。

「良いか、ラウラ。世界はISを現在最高の兵器として扱っている。つまり、ISに拮抗できる物があるなら、それはいざという時のジョーカーとなる。だから、周りにバレないように、情報は隠さなければならない」

「……だから認めろと言うのですか。貴方の成果を、白の頑張りを否定することを。それを私が奪うことを、容認しろと言うのですか」

ラウラのくぐもった声はどこか湿っぽい。

軍に入り、ある程度の期間が経ち、彼女は成長した。誰かに依存するようなこともやめ、強くなろうと前を向いた。

「そうだ」

……それでもこいつは、まだ小さな子供なんだ。

「……私は」

ラウラは両腕を回し、白の服を握り締めた。

「私は、弱くて情けなくて悔しくて、だから強くなりたくて、でもどうしようもなくて。役立たずで足手纏いで、本当に……嫌に、なるくらい……本当に嫌で、だって、貴方に……白に、白と……!なのに……‼︎」

ラウラは泣いた。

言葉は最後は離滅裂になってしまっていたが、それでも、ラウラは自分の意思を伝えたかった。

本当にただの子供のようにラウラは大声で泣いた。

思えば、ラウラが泣くところを見るのはこれが初めてだった。

泣きそうな所は沢山見たことがあるが、それでも彼女は涙は流さなかった。

そんな彼女が今は泣いている。

白のことを思い、泣いている。

「…………」

自分の感情に素直に従い、泣けるラウラ。

 

感情を素直に出せる彼女が、羨ましいと、白は思ってしまった。


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