インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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零の読み方は「れい」です。
ヒカリが片仮名なのは、ボーデヴィッヒの外国名に合わせた為です。あと、光の単語は割と使うので、混じり合わないようにしました。


織斑零の事情

織斑零。

本来女性しか動かせない筈のIS。過去に織斑一夏が動かした前例がある為、男の子供が生まれた際には適性があるかないかの調査が義務付けられていた。長い期間適正者は見つからなかったが、十数年前に再び男性操縦者が現れたと発表された。

名を織斑零。

かつて世間を騒がせた、織斑一夏の息子であった。

「ひいいいい!」

数分前、織斑零は逃げていた。

振り返れば女性の集団がいる。最初は2人に追いかけられていた筈なのに、いつの間にか増幅していた。

今日は全学年のトーナメント大会。大会前、零はヒカリのクラスに出向いて、彼女にパートナーとなってくれないかとお願いしていた。その時の情景がコレである。

『ヒカリ、俺のパートナーになってくれ!』

唐突に両手を握られたヒカリは、一切動揺することなく、冷たい視線で淡々と答えた。

『無理です。あと、全学年大会の、という主語をつけてください』

こっ酷くフラれてしまった。

零がヒカリを選んだのは幼馴染であるから、という理由がある。親が友人同士であり、家族ぐるみの付き合いもある。小さい頃から何度も顔を合わせているヒカリのことを、零はよく知っていた。ヒカリもまた、零のことをよく知っていた。

零は運動も出来るし、頭も良い。もちろん、顔も良い。少し抜けている所もあるが愛嬌として受け入れられる雰囲気があった。

幼い頃からモテていた零であるが、その自覚はない。自覚がないというより、周りの好意に囲まれ続けていたので、鈍感になってしまっているのだ。だが、これまで告白されてきた経験もある。しかし、その全てを断っていた。

零はヒカリに恋心を抱いていたからだ。

幼稚園の頃で自覚し、恋の熱が冷めたことは一度もない。小学生の時には告白もしたことがある。あの苦い経験は忘れない。

『俺と付き合ってください!』

『申し訳ございません、無理です』

一発玉砕だった。

『……そんな落ち込まないでください。私達は小学生です。これからも一緒にいるとは限りません。それに、将来は中学高校大学、社会に出て、多くの多種多様な人と出会います。自分を含め、考え方も思想も変化していきます。その中で、生涯の掛け替えのない人を見つけるのが、一番良いのです。また、見つからないと嘆くばかりでは何も変わることはありません。視点を変えたり、時には振り返ることも必要なのです。……失った時に気付くこともあるでしょう。その時に、本当の愛を見つけたのなら、その手をしっかりと握れば良いのです』

更に、やたら大人な意見を言われた。当時小学生の零が理解できる筈もなく、周りにいた小学生達も目を点にする。その中で担任の教師が涙目になって教室から飛び出して行き、翌日には恋人が出来てたりしていた。

大きくなった時に、あの時の台詞は何だったのかと尋ねれば、親の受け売りですとの返答が返ってきた。

兎も角、零は今でもヒカリのことが好きである。真剣に好意を持っている。

自分がIS学園に行くのは分かっていたので離れ離れになると思っていたが、ヒカリが入学してきたのは嬉しい誤算であった。

嬉しさのあまり、入学当日に一学年の教室に赴き、ヒカリに会いに行ったが

『何でいるんですか?』

と、聞かれた。

一応世間的に有名な話なんですけどそんなに俺に興味ないですかそうですかと、零は泣いた。

有名な彼を1学年で知らない者はいないが、2年や3年になると、過ごしてきた分だけ織斑零の人となりを知っている。彼の勤勉さや一途さ、優しさに惹かれた者も多い。

そんな彼が、自ら積極的に、どう見てもヒカリに好意を示している。

周りからすれば、ヒカリは突如現れたライバルであり敵であった。

敵視はされたが、イジメにまで発展しなかったのは学年の違いがあったからだろう。また、少し経てば彼女自身の実力に圧倒され、逆に魅了されてしまう者も居た。

今では、完全に恋敵として認識されているのがヒカリの立場である。

零の存在により、必要以上に目立ってしまった彼女。そういう事情を抱えた為、両親に来ないでと言ったのだ。

「それで、何ですか」

半眼のヒカリに、零は思い切り頭を下げた。

「頼む。今日の大会、ペアを組んでくれ」

零の真剣な様子に、ヒカリは真面目に考えるようにした。

「既にペアは決まっているのではないですか?」

大会までにペアを作る期限があった筈だ。申請も終わっている。結局、零はクラスからクジ引きで決めたと言っていた。その時の騒ぎはヒカリの知ることではないが。

「そうなんだけど、相方が昨日から体調を崩してしまったんだ。当日で他にペアが決まってない人なんかいない。先生には特別にペアが決まっている人と出てもいいと言われているんだけど……」

「なら、またクジ引きでも何でもして決めれば良いではないですか。先程の生徒達だって、喜んで先輩と組みます。私に頼む必要はないでしょう」

ヒカリは顔を俯かせて去ろうとした。零は慌てて手を伸ばして、壁へ手を付ける。逃げ道を塞ぐ。ヒカリを壁と自分で挟むようになった。

零が口を開こうとする前に、ヒカリが言葉を零す。

「……何で私なんですか?」

顔を伏せたまま、ヒカリは尋ねた。

零はハッキリと答えた。

「ヒカリだからだ」

風が吹き抜ける。少しだけ沈黙が場を支配した。

邪魔をするように、予鈴の鐘が校舎に響いた。遅刻寸前なことに気付いた零を無視して、ヒカリは言った。

「遅刻したくないので、退いていただけませんか?」

「あ、ああ……」

腕を下ろすと、ヒカリはサッサと歩き出す。

……強引過ぎたかな。

零は肩を落としてヒカリの後をついていった。トボトボと歩いていると、前から声が飛んでくる。

「後ろからついてくるとストーカーみたいなのでやめて下さい」

「あ、はい。すみません」

立ち止まる零。遠ざかる彼女の背中を見ながら、嫌われたかと本格的に落ち込み始める。

少し歩いた所で、ヒカリが振り返った。

「何してるんですか」

「な、何って……」

「遅れますよ。後ろで歩かないでと言ったんです」

「じ、じゃあどうすれば」

「並んで歩けばいいじゃないですか」

彼女の提案に零はどうしようかと悩むが、ヒカリが動かないのを見て、動くしかないと彼女の横に立つ。

ヒカリが歩き出したので、歩調を合わせて進んだ。

「その、噂とか、いいのか?」

「今更ですね。さっき手を握ってきた人の言う台詞ですか」

うっと言葉を詰まらせる零。そんな彼に、ヒカリは肩を竦めてみせた。

「堂々としててください。相方がそうでは不安になってしまいます」

「……受けてくれるのか?」

「他の方の場合、急拵えでは碌な連携が取れないでしょう。その点を考慮すれば、長年一緒にいた私達なら何とかなります」

校舎へと入り、清掃の行き届いている階段を上る。1年と2年の分かれ道に着いた所で、ヒカリは零に頭を下げた。

「では、申請はお願いします」

「うん、本当にありがとう。あと……ごめん」

「ええ、全く。やるからには勝ちますよ」

「だけど、目立つの嫌いじゃなかったか?」

当たり前だが、優勝すれば当然目立つ。それはヒカリの本意なのか。

「変な噂とか、悪目立ちは嫌いです。プラス要素の目立ちも、あまり好ましくはありません」

「なら……」

ヒカリはまだ何か言おうとする零の鼻を摘んだ。自然と黙った零に、その状態のまま言う。

「男性操縦者の息子。世界で2番目の男性操縦者。そんな大層で無責任な肩書き、大嫌いです」

だから『目立つ』のは嫌いなのだ。

「織斑零という人間が凄いのだと、教えてあげましょう」

男性操縦者の息子だから偉いのではない。

2番目の男性操縦者だから凄いのではない。

そんな余計なフィルターなどいらない。

織斑零はそんな二つ名に惑わされることなく生きてきた。怠ることなく努力をし、周囲の期待以上に、いつも頑張ってきた。時に苦しんで、泣いて、それでも立ち上がってきた。

それを、ヒカリは間近で見てきた。

織斑零という人物を一番よく知っている。

「ヒカリ……」

ヒカリは無自覚の時も、自覚している時でも、零を支えてきた。

「まったく、やっと離れられるかと思っていたのに……」

ヒカリは優しく微笑んだ。窓から光が差し込み、彼女を照らし出す。

「本当に、零くんは私がいないと駄目ですね」

零がヒカリの笑顔に見惚れている間に、ヒカリは背を向けて自分の教室へと入っていった。

「……卑怯だろ」

先輩ではなく、昔の様に零くんと呼んでくれた。自分に笑いかけてくれた。

それだけで、零は心が高ぶった。

「……ああ、優勝してやる」

支えてくれる、彼女の為にも。

自分の気持ちが高揚し、自然と拳を握り締める。

「あ」

そして、遅刻確定のチャイムが鳴った。

 

 

荷物を準備していたラウラがハッと顔を上げた。

「何かヒカリの方からラブコメを感じる!」

「何だそれ」

冷静な白が思わずツッコミを入れた。母親の勘だと、両手を腰に当ててえっへんと胸を逸らした。よしよしと白が頭を撫でる。ラウラは気持ちよさそうに目を細めた。

「白。ブルーシートいるかな?」

「学園だからいらんだろう」

「出来るなら、久し振りに屋上で食べてみたくてな」

昔の学園の風景を思い出して、少しだけ懐かしむ。

「イベント中だから封鎖されてるかもしれんぞ」

「うーむ、確かにそうだな。まあ、良い場所あればそこで食べたいし、一応持って行こう。後、何か忘れ物はないか?」

白が一度天井を見上げて、真剣な顔でラウラに振り返った。

「殺虫剤」

悪い虫の除去の為に。

「零を殺す気か」

白の頭をペチリと頭を叩いた。

「忘れ物と言えば、ヒカリに行ってきますのキスをされなかったな」

「ん?最近恥ずかしがってやらないようになってなかったか?」

「二人きりの時はこっそりしてくれるんだ」

白とラウラが当たり前のようにキスをするので、小さい頃のヒカリも習慣のように行っていた。

大きくなってから友人に聞いたか、あるいは思春期か、恥ずかしいと拒否し始めた。

それでも、見送りや迎えの時が白だけの場合、頬を赤らめてモジモジとしながら

『……き、今日だけですよ』

と言って、キスをする。今日だけと言いながら、割と毎日同じことを言っていたりする。偶に、もっとしても良いですよとねだられたりした。

「何だと、嫉妬してしまうぞ」

むむむ、とラウラが唇を尖らせた。実の娘に嫉妬する母親の図がそこにあった。

「親子の触れ合いだろ。それに……」

白はラウラに乗せていた手を頬へ移し、そのまま唇を重ねる。舌を絡ませ、互いの唾液が混じった。

暫くの間、二人はずっとそうしていた。

「ラウラは特別だからな」

「相変わらず、ズルいな」

準備を他所に、2人は再びキスを交わした。

 

 

同時刻、学園の教室にて。

「はっ!家の方からラブコメを感じます!お父様の貞操がピンチです!お母様に奪われてしまうのでは⁉︎」

「何言ってるの?ヒカリちゃん」

「ていうか、父親に貞操も何も……」

「相変わらず、お父さん大好きっ子だねぇ」

「流石です、お嬢」

ヒカリはクラスメイトの生暖かい視線を意に介することもなく、みっともなく取り乱す。

「お父様ー!お父様ー!」

ヒカリの叫びは空へと消えて行った。




ヒカリは両親大好きです。お父さんはもっと大好きです。父親にツンデレを発揮します。
家では、お父さんお母さん呼び。
外では、お父様お母様呼びです。

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