インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白は窓を開ける。
寮の部屋の暖かい空気が流れ出し、外の冷えた空気が入り込む。肺の中に凍えるような冷たさが支配された。
季節は冬。
四季の移ろい行く日本の中で、白は空を見上げた。
「白」
名を呼ばれて振り返る。
茶色のコートを着たラウラが近寄ってくる。
「クリスマスプレゼントだ」
そう言って、ラウラは白の首にマフラーを巻いた。グレーの色で模様が描かれた物。作りはしっかりしており、白はそれを手に取ってマジマジと見つめた。
「手作りか」
「おお、やっぱり分かるんだな」
ラウラはこの数ヶ月マフラーを編む練習をしていた。
自分達の部屋だと何を作ってしまうのかがバレてしまうので、箒の部屋や他の友人の部屋を借りたり、教室で休み時間にチクチクと細やかに進めていた。
教室ではラウラ1人だけの筈なのに、熱で当てられた生徒達が何名かいた。地道な作業の為、鈴は焦れったいと何とも言えない表情で眉を寄せていた。
セシリアは自分もやってみようと嬉々として参加したが、自分の不器用さ加減に絶望するだけとなった。料理といい、どうやら家事の才能がないらしい。
「神経を使うな、これは」
そう言いながらも上手く編めたのは箒だった。集中力の高い彼女は、集中が持続する時間も長い。一心不乱にやる物事には慣れているのだろう。
割と器用にこなしたのはシャルロットだった。手早く作っていく姿は慣れているようにも見えたが、作るのは初めてだと言う。
「可愛いものは好きだからね」
と、答えになっていない答えを出すシャルロットであった。
何だかんだ、ラウラの影響と流れで編み物を作った彼女達であったが、作った物はどうしようかと悩んだ。
出来上がったのは帽子とセーターと手袋とマフラー。
クリスマスプレゼントというわけでもないが、揃って一夏へのプレゼントとなった。
「コレあげるが、クリスマスプレゼントとは別だから」
「え、あ、うん。ありがとう」
じゃあ、何でわざわざ手作りの物をと、作った経緯を知らない一夏は首を傾げるばかりだった。
この一件で、一夏は千冬のクリスマスプレゼントは編み物を渡そうと便乗することになる。
何を作るか悩んだ挙句、マフラーを選択した一夏だが、元々の家事の才能もあり他の女性陣よりも数倍良い出来のものが出来上がった。
「これが、現実……」
力(主婦)の前にてセシリアは撃沈した。後に、彼女は悲しい出来事でしたと語った。
白とラウラは揃って学園を出た。
街へと繰り出して、活気のある人波の中を進んでいく。
白とラウラは手を繋ぎながら散策していた。特に目的があるわけでもなく、ただブラブラと歩くこと自体が目的である。
何故、2人はこうしてデートしているのか。
もちろんデート自体は特別でもなんでもなく、理由もあってないようなもの。
敢えて言うなら、数日前の白からの問いがきっかけではあった。
クリスマスプレゼント。
その単語を聞いた白は、頭を悩ますこととなる。
「プレゼントか」
実の所、白はプレゼントを用意していなかった。
というのも、白は自分の罪、自分の武器、そして自分自身をラウラへと渡した。
自分があげられる物の中で、最上の物を既にラウラの物となった。ならば、これ以上何をあげれば良いのか。それを自信を持ってあげられるのかと、己の人生の中で最も悩んだ時間が長く続いた。
結局、白は思いつくことができず、ならばいっそ本人に聞いてしまえと、欲しい物は何かと問う。サプライズなどはなくなるが仕方ないとも妥協していた。
「うーん、私も特に物が欲しいわけでもないからなぁ」
「そうなのか」
ラウラの返答に、困ったと頭を掻く。普段から無欲な白は、たまにラウラから何が欲しいかと聞かれても答えを持ち合わせていなかった。
ラウラもこんな感じだったのかと、人間的なことを少しだけ学んだ白だった。
「そうだ、白。デートしよう」
名案とばかりに目を輝かせるラウラ。白は目を丸くし、首を傾げる。
「もちろん構わないが、それがプレゼントになるのか?」
「うむ、今はクリスマスシーズンだ。外もイベントに合わせて彩られているし、特殊なことをしていたりする」
その時期、そのイベントでの独特な空気。時代もあり、風土によっても変わる。その一瞬はその時にしか味わえない。
「だから、充分だ。それを白と経験できるなら、充分過ぎるよ」
屈託無く、心の底からの言葉に、白は分かったと頷いた。
そんな経緯があり、2人はデートをしている。
ショッピングモールの中央に巨大なクリスマスツリーが飾られていた。豪華な飾り付けに家族連れや子供がはしゃぐ姿が見える。
「そういえば、学園にも大きなクリスマスツリーが飾られていたな」
「あれは俺が組み立てたものだ」
「え、そうなのか!?」
白の裏方作業の多さは知っていたが、まさか学園の飾り付けまでしているとは知らなかった。
「元々大きい木だから、千冬がISを使って設置する予定だったんだがな。面倒だからと俺に押し付けたんだ」
「より正確に言うなら、細かい作業は面倒だから、ということか?」
「そういうことだ」
「掃除とか整頓とか苦手な人だからな……」
一応、千冬がやることになっていたので一緒にいたが、白の手作業を眺めているだけだった。
「まあ、あいつには向かない仕事だ」
「へっくしゅん!」
「あら、織斑先生、風邪ですか?」
「いや、大丈夫だ。それより山田先生、やはりラッピングが全然上手くできないのだが……」
「……私がやっておきますね」
「すまない……」
食事を取り、他愛もない話をする2人。
それはいつもの日常の光景で、けれど、いつもとは違う日常で。
そうしていて、白はふと気が付く。
こうした普通は白が今まで全く経験してこなかったこと。ラウラも経験がなかったこと。
何の変哲もないこの日常が、ずっと手に入らなかったものであり、何よりも得難いものだった。
ラウラが言った特別の意味。
それを、白は理解した。
「……あ、サンタクロース」
ラウラがガラス窓の外から、サンタの格好をした人間が風船を子供に配っていた。沢山の子供がサンタを囲い、笑顔で風船をせがんでいる。
「……ああいったものにも、憧れたか?」
「さてな。私には縁のないことだったし、自分には関係ないことだとも思っていなかったから、そんなことも想像してなかった」
しかし、サンタに気が行くほどに子供でもない。そういった意味では遅過ぎた部分も、やはりあるのだ。
「……ちなみに、黒いサンタクロースというのがいてだな」
「ブラックジョークはやめてくれ」
「知ってたか」
「悪い子供に動物の内臓を配るとかそんなのだろう?赤いサンタクロースだって、言ってしまえば飲料メーカーの広告が広まっただけだしな」
「夢のない話だ」
「まったくだ」
過ぎ去ったものは取り返せない。だから、2人は心に自然に思っていた。
もし、子供が生まれたのなら、ちゃんとその時にしか出来ないことをやらせてあげようと。
同じ気持ちであることは互いに勘付いており、気の早い話だとも思っていた。
食事を済ませた後、白はラウラに聞く。
「そういえば、ラウラ。クリスマスケーキなんかは作らないのか?」
料理やお菓子作りが趣味な彼女のことだ。作るとばかり思ってもいたが、その準備をしていた様子はない。
「ん?作って欲しいか?」
ラウラの返答に、白は言葉を詰まらせた。
白の肉体は食事を必要としない。美味しさを感じることも不可能であり、食事によって得られる満足感も皆無だ。
理屈だけで言えば必要ない。
それが白の答えとなる。
「…………むぅ」
だが、作って欲しくないと思うわけでもなく、何とも微妙な感覚だった。
……いらないのは確かなのだが、無いと味気ないというか、物足りないというか……。
「…………」
ラウラはラウラで、白が返事を窮していることに驚いた。
てっきり、別に良いと返答されると思っていた。ラウラは白のそういう所は何一つ気にしていないし、受け入れている。だから傷つくこともないし、残念に思うこともない。白の体質に関しては誰よりも理解がある。
「……白」
でも、その悩みは確かに白自身が生み出したものだから。
「帰ったら、一緒に作ろう」
だから、ラウラは微笑んで提案した。
白を促すわけでもなく、ラウラは自分の案として勧める。今はそれで良い。自分達はここまで早く歩いてきたのだから。だからもう、ゆっくりと歩いて行こう。焦る必要など、どこにもないのだから。
「……ああ、そうだな」
手を繋ぎながら歩いていこう。
この先もずっと。
「……あ」
「雪か」
店を出ると、丁度雪が降り始めてきた。
細かく儚い、小さな雪。
積もることもない極小の白い色。
地面に落ちてれば消えてしまうそれは。
緩やかに風に舞い散る。
「そういえば、言い忘れてたな」
「メリークリスマス、白」
「メリークリスマス、ラウラ」
声は重なり、2人の影も、重なった。