インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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Lost Xmas Ⅵ

この一連の事件を見ている者がいた。

宇宙に漂う奇妙な乗り物。人参型の機械が月の裏側から全ての流れを見つめていた。

「……ああ、やっぱりあの人は出てこなかったか」

篠ノ之束。

ISの開発者であり、全ての元凶。

モニターを消して深い溜息を吐く。椅子に体重を乗せて、天井ではないどこかを眺めるように上を向いた。

彼女にとってこの結果は予想出来たことであった。

元々、今回の目的は軍隊がでも亡国機業でもない。

目的だったのは、1人の男。

その為に、軍隊を、亡国機業を、白を餌とした。

「釣りは失敗だね」

前回の捕獲作戦の際、束は敢えて出向いて無人機で攻撃を行った。半分は千冬を奪ったドイツ軍への報復。半分はただの憂さ晴らしだった。

そして、出てきたもう1機の無人機。

束が作り上げた無人機よりも精巧であり、自分が敗北を与えられた唯一の相手。

「まあ、生きてるよね」

彼が簡単に死ぬとは思えない。

少なくとも、彼女の夢を叶える日までは生を作り続けるだろう。

「こうなったら、いっくんを使うしかないかな」

あの男が目に付けていたのは、白と一夏。一夏がISを動かせることを、束は知っている。

今手元にあるのはかつての千冬のIS、白騎士のコアであり、コアの元となった原初のコアだ。

コレと一夏を使えば、いくらあの男であろうと無視することは出来ないだろう。必ず出てくる筈だ。

「さて、動きますか」

束は笑う。

今回のことで起きた負傷者や死者などには目もくれない。他人などどうでもいい。そんなことは、彼女にとって問題にすら値しないことであった。

しかし、あの男を引き摺りだしてどうしたいのか。

言いたいのは、恨言か、怒りか、悲しみか。

……それとも。

答えは分からない。

束自身、その答えを持ち合わせてなどいないのだから。

 

 

 

捕らえた亡国機業のメンバーは全員が死亡。

レーザーの射出と亡国機業メンバーの爆発。死者、怪我人を多数出したものの、各国の部隊は生き残ることが出来た。

得た物は元米軍部隊スコール・ミューゼルが亡国機業で生きていること。衛星兵器という強力な武器が作れること。

命を賭けたにしては安い情報だが、結果が全てであり、それが全てだった。

「今回の作戦、協力感謝する」

アンネイムドとクラルが最後の挨拶へと来た。

「本物のアリーシャ・ジョセフターフは?」

「連絡がついた。ISの実験中に片目片腕を失う程の怪我を負っていて、今でも入院中だそうだ」

「それが亡国機業の仕業かどうかは分からないけれど、そこを突いてきたのね」

「結局、奴らの目的も分からずじまいだったな」

ラウラと白が餌だったということは分かっているが、白で何を誘き寄せたかったのまでは分からなかった。

束が仮に亡国機業を引っ張り上げようとしたとしたら、亡国機業は白の何が目的だったのか。

単純に異常な肉体への探究心か。

それとも、別の目的があったのか。

「奴らの遺品からも何も回収出来ていない。あそこまで肉体諸共粉々にするとはな」

「ドイツ軍の方々は大丈夫でしたか?」

「幸いにもな。それを言うなら、イタリア軍が一番の重症だろう」

「ああ、彼らには気の毒だが、入り込まれていた隙があったのも事実だ。こう言っては何だが、仕方ないことだろう」

多くのスパイに紛れ込まれていたイタリア軍の失態。この戦闘で戦力的にも大きな痛手を打ったが、より大変なのは今後の方だろう。政府から市民まで、どれ程の罰を受けなければならないのか。また、他の国からも圧力を加えられることは間違いない。

「明日は我が身にならないように注意しないとな」

「じゃあ、気を付けて」

アンネイムドが拳を出す。

「次会う時は戦場ではない事を祈る」

クラルは微笑を浮かべて拳を合わせた。

「そろそろ引退して、家族と暮らしたいの。そうなったら、家に招待するわね」

「それはそれでむず痒いな」

ラウラも拳を出して、2人の拳にコツリと当てた。

「今後の事は分からないが、敵対しない事を祈る」

「それが一番だな」

「白さんと仲良くね、ボーデヴィッヒさん」

そうして、3人はそれぞれの国へと帰って行った。

 

 

帰りの飛行機の中。

今までいた場所とはまるで違い、暖かな空気に満たされている。窓の外からは夕陽が見えており、世界を赤く濃く照らしていた。

ラウラは隣に居る白を見る。白は窓からジッと外を見ていた。

ラウラはよく周りから可愛いと言われる。自分の容姿に関してはあまり興味がなく、そういった自覚もない。寧ろ体が小さいので軍人としてはあまりよくないとさえ思っていた。

しかし、沈んでゆく赤い太陽に映し出される白を見ていると、素直に綺麗だと思えた。

それが例え作られた容姿だとしても、感情を失い、何も表さない無表情だとしても。

それでも、白は綺麗だと、そう思えて。

「どうかしたか?」

「ん」

白が振り返って問う。

「何でもない」

「そうか」

白は再び窓の外に視線を移し、淡々と告げる。

「まだ警戒はしておけ。何が起こるか分からん」

「うん」

もちろん、危険があるのは分かっている。

相手が相手だけに油断が出来ないのも当然だ。

だが、ラウラはこの時、何となく気が付いた。

「……白」

……お前はずっとそうやって、生きているこの人生、気を休める事もなく孤独に生きていたんだな。

ラウラは伝えたかった。

もう休んでいいのだと。

もう戦わなくていいのだと。

もう苦しむ必要はないのだから。

それでも、ラウラはそれを言えない。

白の過去を知らない自分には、それを言う事ができない。

本当の意味で彼を支える事が出来ていない今では、この言葉は意味のないものとして消えて行く。

だから、ラウラは言葉を紡ぐ。

今この時に伝えられる精一杯の一言を。

「メリークリスマス」

白は目を一度瞬かせ、小さく返事をした。

「……メリークリスマス」

 

 

 

 

1年と数ヶ月後。

とある深海。

 

スコールは焦っていた。

「あと一歩だ!あと一歩なのに!」

白を逃した日から亡国機業は逃げ続けている。今ではこの船に乗る自分達が最後の亡国機業の人員だ。

白を襲った事で怒りを見せたのか、それとも別な事が要因か。

亡国機業を追い詰めているのは、他ならぬ亡国機業のトップと呼ばれた男だ。

「どうしてこんなことに……」

亡国機業と男は既に離反していた。

両方が亡国機業の名を語っているが、男は世界を支配する力を持っていても特別な行動は一切しなかった。

それに業を煮やしたのは下の者達だった。

どれだけ言おうとも男は首を横に振るばかり。ならば、いっそのこと技術を自分達の手にしてしまえと動き始めたのだ。

だが、男からマトモな技術や情報は一切得られなかった。自分達で無人機を作ろうとも、お粗末な物が出来るだけ。自分達が集まろうと男には勝てない。腕力の問題ではなく、彼にはそれほどの力があるのだ。

だから、亡国機業は白を捕らえようとした。

男が目に付けていた人物。

それがどのような意味を持つかは知らないが、交渉材料として使えると踏んでいた。だが、その結果は失敗に終わる。

そして、それ以来、男からの圧力が増した。

決して人殺しをしてこなかった彼が、亡国機業の人間を消し始めた。真綿で首を絞めるように、徐々に、そして確実に消されていく。

最後に残ったスコールの部隊。

スコールは最後の最後、男が織斑一夏に目を付けていることを知り、賭けに出る。

「隊長!この無人機は偵察用です。完全な戦闘として役立つとは、とても……」

「いいから飛ばせ!ここから日本まで飛ばすんだ!政府共には亡国機業の名を使って圧力をかけろ!」

既に手段は選んでいない。

一夏を捉えることで、男との交渉材料とする。学園という施設であるが、白と相対するより安い物だ。

スコール達にはISを直す機械すら残されていない。

残ったのは使い物にならないISと偵察用の無人機。あとは今乗っている潜水艦だけであった。

世界中の海に手を回され、追い詰められた。もう、時間も残されていない。

「無人機、飛び立ちました」

「よし、よし!後は一夏さえ捕らえられれば……!」

笑うスコールの後ろから声が届く。

「叶うとでも思っているのか?」

「!?」

反射的に銃を構えて振り返る。そこに居たのは1体の無人機と、Mと呼ばれていた少女だった。

「貴様、生きていたのか」

「まあな。そもそも、貴方側に付いたつもりもない」

「あの男の手先だったのか」

スコールの発言に、Mは溜息を吐く。

「我らは元々、亡国機業という一つの塊だった筈だ。あの人の主導の下でな。敵も何もない筈だ」

最後の通告を、彼女は告げる。

「戻ってこい。今ならまだ……」

「ふざけるな」

スコールは笑う。口を歪めて笑う。

「あの技術を、あの能力を使わない道理がない。おかしなのはあの男の方だ!あの知能があれば、あの脳があればどれだけの進化と飛躍が訪れると思う!世界を変え、掌握できる力を持ちながら、それを使わないというのか!?あまりにも愚かしい!」

Mは息を吐く。深く、長く、息を吐く。

「ああ、そうだな。能力があれば使うのは当たり前だ。お前の言うことも、一理あるのだろう」

だけど、それを選ぶのは彼自身だから。

だから、もう駄目だ。

「交渉は決裂だ、スコール・ミューゼル」

「M!!」

スコールが銃を放つが、それは全て背後の無人機によって阻止された。

「私はMではない。織斑マドカだ」

造られたこの身であろうとも、誇りを持ち、名を持とう。

そして、無人機はマドカと共に空間転移をした。スコールは目の前で見せられる、自分達には遥か未来の技術に歯を喰いしばる。どれ程望んでも、どれ程鍛え上げようとも届かない力。

「何故だ、何故なんだ……!」

潜水艦が悲鳴を上げる。

マドカが連れてきたであろう、大量の無人機が外側から攻撃を仕掛けていた。守る術もない潜水艦は、攻撃を与えられてひしゃげていく。

「それほどの力を持っていながら、何故お前は……!!」

そして、最後の亡国機業が人知れず消えて行った。

 

 

「……終わったぞ」

『ああ、ありがとう、マドカ』

マドカが通信を入れると、向こうから男の声が返ってくる。掠れたような声に、男が命を奪ったことへの罪悪感を感じているのが分かった。

「…………」

それに関して、マドカは何も言わない。

慣れろとも言わなかった。そんなものに慣れるべきではないのは、自分も分かっていたことだから。

故に、マドカは違うことを尋ねる。

「飛び立った無人機はどうする?撃墜するか?」

『いや、それは良いよ』

やるものだとばかり思っていたマドカは、その返答を意外に感じた。

「良いのか?織斑一夏が襲われるぞ?」

『大丈夫、彼が動いたようだからね』

男の言う彼が誰を指すのかは分かりきっていた。

『彼が動いたのならばと安心だろう。これからの学園での出来事も、無駄にはならないさ』

「……ふん、私には何故奴にそこまで執着出来るのか分からんな」

何故だか胸がムカムカし始めているのを自覚しつつ、やや乱暴な言い方で返す。

それを感じ取ってか、男から苦笑い気味に返事が来た。

『そうだね。マドカには分からないかもしれないけど、彼はきっと、僕にとって救いとなると、そう思うんだ』

「救い?」

『そうさ』

彼ならば任せられる。

男の呟きは、まるで祈りのようでもあった。

 

 

そして、白はIS学園へと辿り着く。

「邪魔するぞ、IS学園」




次回は普通にクリスマスのイチャコラ上げます。

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