インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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Lost Xmas Ⅴ

蛇のように蠢く海流。

流れがまるで予測不可能な中で、白は身を任せ、時にそれに逆らいながら海中を動き回る。

2機のISは魚のように華麗に動き、白を海から出さないように先へと動き続ける。

白の遠距離攻撃は海の中で遠くまでは使えないが、リミッターの解除により周囲を切り刻むことは出来る。

互いにつかず離れずの停滞した戦いへと移行し、亡国機業側の思い通りとなる。

動き回り続けている時間が多く、通常の人間であればとっくに窒息している。

「…………」

……このままでは拉致があかない。

「!」

白が急激に反転、攻撃に転じる。

彼の動きを感知し、機雷を大量に展開した。当然、弾くか逃げるかの選択となる筈だ。

通常であれば。

「なっ!?」

出現した機雷を掴むと、そのままISに向かって突き進んだ。ISが慌てて攻撃するが、それは愚策である。水中で起動が自由自在な白に当たることはない。

機雷爆発の瞬間、それをISに向かって投げ放ち、自身は服を盾代わりとして使用する。

海中で一瞬の爆熱が広がった。

白はそろそろ時間だと察し、海上へと上がるために水中を蹴り上げる。爆発のダメージが抜けきらないまま、1機のISが白を追う。

水面へ近付くのとISが追い付くのは同時だった。

ISはなりふり構ってはいられない。白が出てしまえば終わる。自分の体を傷つけてでも白を捕まえようと手を伸ばし

「……!?」

自分の体が斬られていることに気が付いた。

躱したとも錯覚させない自然な流れ。腕を振るうこともせず、相手の勢いだけを利用した斬撃。

「コード2!くそっ!」

もう1機のISが特攻する。

もう白が海上に出てしまうのは確定だ。なら、彼女が取る選択は1つ。

「はああああああ!」

武器を持たず、白を捕まえる為だけに全力を出す。捕まる瞬間、白は真っ直ぐ向かってくる相手の懐に双剣を突き刺した。

痛みが走る。エネルギーが急激に減少。だが、そんなことには構わない。

その勢いのまま海上へと飛び出した。

そして、白を捕まえたままランチャーを展開。白はそれに気付くが、数コンマ遅い。

ゼロ距離での発射。

雪ごと自分の体を厭わずに放たれた巨大爆発。

吹き飛ばされた白は海岸の向こう、巨大な岩へと激突する。衝撃で岩にヒビがはいり、何かが壊れたような鈍い音が響く。

ISは海へと叩きつけられたが、即座に体勢を直す。勢いを弱めないまま、剣を展開。最早生死など問いてはいられない。そんな生半可な敵ではない。

白の顔を目掛け、その剣先が当たる瞬間、彼の顔がハッキリと見えた。

赤い一筋の血の流れ。

体内に宿る命の色。血液と同じの瞳。

こちらを見る表情は何処までも無表情で、何もない。

ただ白く。

何色にも染まらない。

その白き片眼が、鏡のように己の姿を映し出す。

それが、ただ、恐ろしく

 

瞬間、岩に叩きつけられていたのはISの方だった。

 

先程までの立場がいきなり入れ替わった。

先の瞬間、白の手が伸び、ISの後頭部に手を掛けた。自分の体を起こすと同時に相手を岩へと叩きつける。

反動は全て相手を叩きつける衝撃へと変換させた。

顔面を掴まれたIS。

白の反対の手には、指に挟むように2本の双剣が握られている。

逃げ場は、ない。

「…………っ」

死ぬ。

確信に近い何かを感じた瞬間、白が僅かに身を引いた。頭の位置があった空間をレールガンが貫く。

白に斬られたISがダメージを受けながらも反撃をしたのだ。白は一度距離を離し、双剣を構え直した。その間、IS達は再び並び立つ。

そして白もまた、額から流れる血に構うこともなく、ただそこに立った。

「…………」

そして、そこで初めて、白は息をした。

呟いたのは、ただ一言。

 

「捕まえた」

 

何を、という言葉は出せなかった。

動きが鈍いと思った瞬間には遅い。白の俊敏な動きに対応しきれない。

白が片方のISを瞬間的に再起不能にする横で、上から高速で降りてきたラウラが片方の動きを封じた。

一瞬の間で勝敗が着いた。

「遅かったか?」

「いや、ピッタリだ」

ラウラがAICの起動を解いた。

「やはり力を解放しても2機が限界か。私もまだまだだな」

「新型の初実践でそれだけ出来れば上出来だろう」

「些か無理をさせたから、後日メンテナンスを出さなければな」

普段の会話のように自然な2人。白はラウラを横目で見て、ところでと問い掛ける。

「ラウラ、スコールはどうした?」

「隠れられてな。私は捜索しながら遊撃をすることになったのだ」

だから、白を助けに来ても問題ない。

そう言って胸を張るラウラに、白は少々呆れた。小さく溜息を吐いて、額の血を拭おうとする。

「白」

手の武装を解除したラウラの手が、白の額に触れた。血が彼女の手に移り行く。

柔らかな手を感じながら、その手を振り払おうとは思わない。

「……さっき、片目が白くなってなかったか?」

「さあな」

リミッターの解除により目が白くなる報告は過去に受けているが、実際に自分で見たことはない。別に話すことでもないだろうと、白は敢えて説明しようとは思わなかった。

それは無意識にラウラへの過去の説明を避けていることにも繋がっているのだが、本人が自覚することはなかった。

『全員、衝撃に備えろ!!』

唐突に発信された大声。

世界が再び白い光に包まれる。

 

 

 

「見つけたぞ、ミューゼル」

「遅かったじゃない、アンネイムド」

海の近く、崩壊していた雪に埋もれた小さな家。

その中にスコールはいた。ISを身に纏ったまま、オンボロの椅子に座り身を委ねている。

「随分と余裕そうじゃないか」

「余裕?これは余裕じゃないわ」

スコールは笑う。自虐的に笑う。

「これは諦めよ」

作戦は失敗した。白が地上に出てしまった時点で、この作戦の成功率はなくなった。白一人ならまだしも、此処には多くの軍隊がいる。今の戦力では此処からの巻き返しは不可能だ。

「ねぇ、アンネイムド。名前を奪われてもまだ、貴方は軍にいるの?」

「戦うことが私の使命だからだ。悪いが、時間稼ぎに付き合うつもりはない」

「そう。でも、貴方もいずれ分かるわ」

この世界には支配者がいる。絶対的な強者がいる。軍も、政府も、国も。全て操れる人間達がいる。

それが、この世界だ。

「だから、私は奪ってみせる」

その全てを。

「さようなら、アンネイムド」

アンネイムドは、その瞬間、叫んでいた。

敵の捕縛より、味方の安全を優先して。

「全員、衝撃に備えろ!!」

そして、世界が白く染まる。

「ミューゼル!!」

アンネイムドの言葉は、既に届かない。

 

 

 

衛星兵器の第2波。

それを止められなかったクラリッサが悔しさに唇を噛む。

放たれたレーザーは地球へと降り注ぎ、白い光線を落として行った。

「……ここまでだ」

「何?」

Mの呟きにクラリッサが眉を寄せる。

Mは銃を展開すると、衛星兵器へと向けて撃った。

突然、自分の兵器を壊すMにクラリッサは目を見開く。

「何をしてる?狂ったか?」

「狂ってなどいない。この勝負、我々の負けが決定した。故に兵器は排除しなければならない」

瞬間、亡国機業の人間が爆発した。

「!?」

今度こそ、クラリッサは驚愕する。戦闘によっての爆発ではない。完全な自爆。命を自ら散らせる行動。

「……ふむ、あいつ、やはり自爆装置を仕掛けていたか」

しかし、Mと呼ばれた少女だけは何ともない。自爆した仲間を冷たい目で見ながら淡々と判断する。

「貴様ら、仲間だろう!?」

「それについては議論の余地があるが、それをしている暇もないな」

Mは武器をしまい、わざとらしく肩を竦めてみせる。

「これ以上の戦闘は止めておけ。大気圏突破にもエネルギーを使うだろう。私はこれで失礼する」

一方的に告げて、Mは姿を消した。

クラリッサはただ、見ているだけしか出来なかった。

 

 

 

衛星兵器のレーザーは海に直撃した。

高熱での激しい蒸気。

辺りを覆い隠す巨大な煙幕。

加えて起こる亡国機業の人間達の自爆。

白達の場所もまた、巨大な雲に覆われた。

危険だったのはレーザーが間近に落ちたこと。巨大なレーザーは目と鼻の先にある。

奪われた視界の中で、白は小さな温もりだけを感じていた。

やがて雲が晴れる時、白は己の状態を知る。

「……ラウラ」

ラウラは白の顔を優しく抱くように包み込み、大きな機械の翼を広げて白を守っていた。

「ラウラ」

「無事か?白」

「……ああ」

「なら、良かった」

ラウラは笑う。小さく、偽りのない笑顔で笑う。

「…………」

だから、白は言えなかった。

俺を守らなくても良いのだと言えなかった。それは彼女自身の行動を否定してしまうことになるから。

「……終わったな」

戦場から繊維が消えたことで終わりを感じる。

「……ああ」

ラウラから握られた手を、白は否定も肯定もせず、ただ在り続けた。


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