あの後、朝御飯を食べた後に切りのいいところまで宿題を終わらせていったヒカリは、11時に近づいた辺りで勉強を止め自分用のお弁当を作り始めた。
そして11時23分、
「よしっと。鍵も閉めたし、それじゃ行ってきま〜す」
ヒカリは兄の学校へと歩き出した。……そこで何を見るのか知らぬままに。
〜〜太一の通う中学校〜〜
「ふ〜。到着っと」
問題なく中学校までたどり着いたヒカリはとりあえず現在時刻を確認する。
「ん〜と、今が……11時42分ね。うん、予定どうり♪」
予定どうりの時間に到着出来た事に満足そうに笑うヒカリ。
昼には少し早い時間なのに何故この時間に着くように動いたのか?
それは簡単な話で、
「あ、やってるやってる♪」
ボールを追いかけグラウンドを駆け回る太一の姿を見たかったからだった。
今はどうやら練習試合をしているようで一つのボールを奪い合っていた。
「お兄ちゃん、やっぱりカッコイイ!」
近くに腰かけて太一の活躍を眺めるヒカリはそう歓声をあげた。
確かに太一の活躍は素晴らしくまさしく“八面六臂の大活躍”といったところだった。
ただし活躍しているのは太一だけではなく他にも素晴らしい活躍をしている者もいるのだが、ヒカリの目に映るのは太一だけだった。
〜〜12時ごろ〜〜
ピーーーーー!!
「試合、終了ーーー!! 全員集まれーーー!!」
12時を少し過ぎた辺りで笛の音とサッカー部顧問の声がグラウンドに響き渡った。
「今回は2−1でAチームの勝ちだ」
その結果にAチーム側の人は喜びBチーム側の人は悔しがった。
ちなみに太一はAチーム側のメンバーで同じチームの人と喜びあい、そのあとBチーム側の人に気がついた点をアドバイスしていた。
そして、
「よし、これから飯にする。1時から再開だ。それじゃ解散!」
うい〜す、と言ってそれぞれご飯を食べるために別れていくサッカー部員の中で太一だけはその場に留まっていた。
何故なら、
「お兄ーちゃーん!!」
そう自分の名を呼びながら駆け寄って来ている妹に気がついていたから。
「ヒカリー!」
満面の笑みを浮かべながら駆け寄って来るヒカリに、これまた満面の笑みを浮かべながら太一もヒカリの方に歩いていった。
「お兄ちゃん、凄かったね!」
「おぉ、なんだ見てたのか。どうだ? 兄ちゃんかっこよかったろ♪」
「うん! とってもかっこよかったよ♪ そうだ、これお兄ちゃんのお弁当だよ」
「おぉ、ありがとなヒカリ。お前も弁当持ってきたんだろ?」
「うん! 作ってきたよ♪」
「よし、なら食堂で一緒に飯にするか♪」
「うん!」
そうして八神兄妹は仲良く話しながら食堂へと去っていった。
ちなみにその周囲では、
「なあ……あれ、なんだ?」
余りにも仲の良い二人を恨めしそうに見つめる一人の部員Aがいた。
その部員Aの近くにいた部員Bは驚愕の一言を、
「ああお前、八神夫妻初めて見たのか?」
言った。
「夫妻!? 結婚……はまだ無理だから……。え、なに八神先輩って婚約者いるの!?」
余りにも予想外な一言に声をあらげる部員A。そんな部員Aに対し至極当然のように部員Bは語る。
「いや? 兄妹だよ、あの二人。つーか妹ちゃんがお兄ちゃんって言ってただろ」
「は!? じゃあ何で夫妻!?」
夫妻と呼ばれているのに兄妹。余りにも意味の分からない事に混乱する部員A。
「まあ、落・ち・着・け」
そんな部員Aを何やら凄まじい眼力で部員Bが黙らせる。
「お、おう」
「まずは深呼吸だ」
「は? なん−−」
何の脈絡もなく言われた為に異議を申し立てようと部員Aは声を挙げようとするも、
「まずは深・呼・吸・だ」
再び自らに向けられた眼力の前に脆くも消え去った。
「お、おう。えっと……深呼吸、だな?」
「そうだ。さあ、息を吸って……」
息を吸う部員A。
「息を吐いて……」
息を吐く部員A。
それを3回繰り返した後に部員Bが問うた。
「落ち着いたな?」
「ああ、落ち着いた」
……十中八九の人が「落ち着いた」ではなく「呆然」としている、と見るだろう。
「なら、後ろを見るんだ」
「後ろを……」
そこには実に仲良く話しながら食堂へと向かっている八神兄妹がいた。
「あれ、何に見える?」
「何に……」
呆然としたまま考える部員A。
その頭には「兄妹」や「恋人」等の単語が浮かぶがどうにもしっくりこない様子。
そんな部員Aに部員Bが囁く。
「夫婦に、見えないか?」
「……ああ、成る程! ピッタリだ!」
実に納得がいった様子の部員A。
……それはどうなんだ? という突っ込みは、してはいけない。
何度か太一とヒカリが一緒にいる姿を見た人はその距離感に思わずそう思ってしまっただけなのだから。
何しろあの兄妹“共に在るのが当たり前”とでも言えばいいのか、距離感がごくごく自然なのだ。
ごくごく自然なまま、あまりにも仲が良すぎるため、気がついたらそう呼んでいたらしい。
ちなみに太一もヒカリもその事は知らない。
「いや〜、実に納得したよ。ありがとう!」
「そうか! 分かってくれたか!」
納得のいった部員Aの様子に、実に安心した様子の部員B。
実際に、説明の仕様が無いので内心不安だったのだ。
そんなときに、
「でさ、一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
不思議そうに問う部員Aにこれまた不思議そうに聞く部員B。
「あの二人って兄妹、なんだよな?」
「間違いないと思うけど、それが?」
「……あの二人、どうなるんだろうな……」
「………………」
部員Aの疑問に何も答えられない部員B。
何故ならそれは彼らを知っている人全てが思っていることなのだから。
「……飯にするか」
「ああ、そうしよう」
……とりあえず、考えるのは止めたらしい。
〜〜八神兄妹、食事終了〜〜
「「ごちそうさまでした!」」
自分たちが八神夫妻等と呼ばれているなんて露知らず、八神兄妹は仲良く食事を終えた。
「あ〜、しっかしほんとありがとな、ヒカリ。さすがに昼抜きは厳しいからな」
ご飯も食べ終わって、改めて太一はヒカリにお礼を言った。
「ううん。今日特に予定があった訳じゃないから。それに……」
「それに?」
「最近、あんまりお兄ちゃんと一緒にご飯食べれて無かったから嬉しかったし♪」
「……そうか。……なあ、ヒカリ?」
「何?」
「ごめんな。最近あんまり一緒にいてやれなくて」
ヒカリに寂しい思いをさせていることに気づき、太一はヒカリの頭を撫でながら申し訳なさそうに謝った。
「ううん。お兄ちゃんが頑張りやさんなのは私が一番知ってるもん。構わないよ♪」
「そっか。……ありがとな」
その後、しばらく話を続けた後に、この後どうするのか話をした。
「んじゃヒカリはこの後どうする? 兄ちゃんのカッコイイとこ、もうちょっと見ていくか?」
「ん〜、いや今日はもう帰るよ。また機会があったら来るから、その時にはもっとカッコイイとこ見せてね♪」
そんなヒカリの言葉に太一は、
「おう! その時は最高にカッコイイとこ見せてやるよ♪」
シスコン全開で約束した。
その後ヒカリは帰路についた。
〜〜ヒカリ、帰り道にて〜〜
「はあ〜、今日はお兄ちゃんと一緒にご飯を食べれて、いい日だね♪」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら家へと帰っているヒカリ。
そんなとき、ふと自分のポケットを探ると、
「あれ? 嘘! 財布がない!?」
自分のポケットに財布がない事に気づき慌てるヒカリ。
しばし考えてから食事の時に一度出したままなのだと気づき、
「大変! 早く取りにいかないと!」
焦りながらも食堂へと走り出すヒカリ。
おそらく、太一が回収してくれているとは思ってはいるが、万が一がないとも限らないからこそ走っているのだが、結果としてヒカリは何よりも見たくなかったものを見てしまう。
「あ、お兄……」
食堂へと到着したヒカリは太一が黒髪・長髪の美人と何やら親しげに話している様子を、そして、
「−−−−!!!!」
その美人が太一に色っぽく抱きついている様子を見てしまった。
それを見てしまった瞬間ヒカリは、
「−−−っ!」
財布の事も何もかも忘れてその場から逃げ出した。
〜〜10数分後〜〜
ヒカリは走った。
今どこにいるのかも分からなくなる位まで。
そして、
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
さすがに息切れであまり人通りのない住宅街で立ち止まった。
「−−っ。うぅぅぅぅ………」
ヒカリはその場にうずくまって涙を堪えていた。
何故ならば先程の光景で気づいてしまったから。二つの事に、気づかされてしまったから。
そう、それは、
(お兄ちゃんの一番はいつまでも私、じゃない)
事と、
(お兄ちゃんと私が結ばれる事は、無い)
事に。
そこまで考えてしまった時にヒカリの瞳からは涙が溢れかかった。
(だめっ! 泣いちゃ、だめ)
そう自らを叱咤するもヒカリの瞳からは涙がポロポロと流れて止まらなかった。
(分かってたことでしょう! 私がお兄ちゃんと結ばれる事が無いなんて事も! この気持ちが間違っていることも! 認められることが無いことも! お兄ちゃんの為にも諦めなくちゃいけないことも! ……全部、全部! 分かってた、ことでしょう……。そうよ、それに−−)
そう涙ながらに自分に言い聞かせながらヒカリは意図的に明るい声で語る。
「あんなに、綺麗な人、なんだもの。それに、お兄ちゃんと、あんなに、仲良さそうに、話してたんだし、きっと、いい人に、決まってるよ! だから、だから、喜んで、あげな−−」
そこまでが限界だった。
「あ、あぁぁぁ……うぁぁぁ……」
涙を堪える事なんてもう、できなかった。
「お兄、ちゃん、お兄、ちゃん……いや、嫌だよ! 離れたくなんか、ないよ! ずっと、ずっと! 一緒に、いたいよ……!」
後はもう、言葉にもならなかった。
後から後から涙が溢れるままに泣きじゃくることしか、出来なかった……。
……だからこそ、その後ろからせまってくる人に気づけなかった。