兆しと始動
元第三拳豪直属部隊ワルキューレの南條キサラが第八拳豪ヴァルキリーとして活躍を始められたのは、ラグナレクにおける拳豪戦で唯一の勝者となったからでは無い。
確かに拳豪戦で己の強さを示す事は出来たが同程度の強さの奴らが三人残っていて、しかも決着は未だ着いていない。本来は拳豪戦を勝ち抜いた四人による勝負があるハズであったのだが、それを許さない状況にラグナレクが陥ってしまったのだ。
ラグナレクは一帯の不良を束ねる規模を持つに至ったが、どうしても末端まで規律を順守させる事が難しくなり、結果としていわゆる風紀の乱れと言える事態になった。これ自体、元が不良なのだから仕方が無いと言えばそれまでなのだが、末端構成員達の侮りと嘲りの対象が第三拳豪フレイヤとその直属部隊ワルキューレになったのだ。無論ラグナレク草創期から居る者にとっては一笑に付すか命知らずと思うかのどちらかだが、最近増えてきた新参者にとっては第一拳豪やその他の拳豪、古参に色目を使いのし上がった様に感じ、またワルキューレという部隊が女のみで出来て居る事も事態に拍車をかけている。その為に強くあれば男女関係無く拳豪になれるという目に見える例が必要となり、その実例として南條キサラは拳豪に選ばれたのだ。
この事態と拳豪の話しを南條キサラは不服としているし不満にも感じて居るのだが、自らの目標としている第三拳豪フレイヤ、久我館要と同じところに立てるという喜びが勝り、事態の収集を計るためという名目の元に拳豪となることを決意した。
この状況を楽しんでいる、否、望んで興した男がいた。それは第四拳豪ロキだ。彼は今のラグナレクを取り巻く現状を切望して創り出し、思うままに事が運ぶ様を見て愉しんでいるのだ。許されざる反逆であるのだが、拳豪やそれに連なる幹部達は皆人の心の機微が引き起こした事態だと思っているし、コレだけの規模の組織になったのだからという考えも頭をチラつくのでロキが主犯であるとは誰も気付かない上、いつもは彼の手綱を操る第一拳豪でさえもロキが火種を蒔いたとは思い付かなかった。
ロキはまず最初に潰れたばかりの不良チームの者たちを一括りに、或いは似た境遇の者たちをひとまとめにした。そして次に、自分達は強いんだと思わせる為に敢えて簡単な戦闘やリンチを行わせる。ここで忘れてはいけないのが第三拳豪とその傘下から離すこと、それと彼女等の情報を制限して与えることだ。そうすることにより、何故自分達よりも戦っていない女が、力や体力で劣る女が年功序列や気に入られたからというだけで上に居るのかという不満を溜めることとなる。
ココまでの事を不自然に思われない様何度か繰り返して行い、後は自身の配下に不満をそれとなく煽る様に指示を出すのだ。ラグナレクの構成員達が次なる拳豪を決める拳豪戦に注目していた為に順調どころか順風満帆の勢いで事は進んで行ったのだ。
そして今現在、南條キサラが思惑通り第八拳豪の辞令を受けて新しい部隊を造る運びとなった。こうなると新しい部隊の人員は、元ワルキューレの新拳豪に不満を抱えているかもしれない新参者より顔見知りを頼るしかなくなり、その顔見知りの大体が現拳豪の配下にいる者だ。ではその他の顔見知りとなると誰になるか？それは技の三人衆となる。三人衆のうち二人は拳豪戦の最終局面に残るまでの実力を有しており、今回のシコリを残す拳豪戦で反発は必至である。結果誰を第八拳豪の配下に加えても部隊としての体裁を整える程度のことしか出来なくなるのだ。モチロン第八拳豪が第五拳豪ジークフリートや第六拳豪ハーミットの様に個人で活動すると言うのならば、周囲の新参者達や構成員達でさえもその座を狙い何かしら仕掛けて来ることになるだろう。なぜなら今は第三拳豪でさえも侮る空気が蔓延しているのだから。
ココまではロキの予定通りに進んだ。ココから先のロキの予想では第八拳豪が部隊と個人活動のどちらを選んでもラグナレクへの反乱の足掛かりとなる。何せ規律が乱れて構成員が拳豪を襲うことになるのだから。後は反乱が起きるまでに柱となる拳豪級の者たちを探すか育てるかすれば良いし、あるいは引抜けば良いのだ。
しかしそうは行かなかった。第一拳豪の命により第八拳豪バルキリーの配下に着いたのは技の三人衆、それと辻新之助の辻隊であった。辻隊が着いたのは少々予想と外れていたがさして関係無く、むしろ隊長である辻新之助の負けん気の強さにより不協和音は増すハズであったのだ。
だが南條キサラが第八拳豪バルキリーとなってから一ヶ月、四月の半ば程になってもロキの予想する兆候は表れない。どころか着実にヤンチャな新入生をシメ上げて成果を出している有様なのだ。
何処かおかしいとロキは思い、情報を集めて考えたが何もわからない。焦りは募って行くばかりであった。