史上最強の弟子ケンイチ〜宇喜田転生伝〜   作:夏野菜固定金具

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闘争と想い

突きの武田の左腕が動かなくなってから一年が過ぎようとしていた五月末の本日、オーバワークに喘ぎながら未だ嘗て無い餓えと悔しさに身を詰まらせて黙々と、強さを得る為の訓練を重ねていく。

 

左手さえ使ってりゃ拳豪も確実なのに。

 

誰が言ったかこの言葉。この言葉は季節と合わさって左手の痛みを引き立たせる。ロクに動かない癖に痛みだけは一丁前に主張するところがたち悪い。

利きてがダメになってやさぐれてもボクシングを捨てきれなかった。拳を振るえる場所で直ぐに思い付くのはジムでは無く路上の喧嘩。そうなるのにさして時間はかからず、そうなってからも実戦で磨き上げて来た。おかげで簡単には負けないと一端のプライドが出来たが、それと同時にこの時に左手が動いていればと思うことも多くなって行った。その思いが一等強くなったのは現在の相方の一人である宇喜田と闘ってからだろう。自分のフィニッシュブロー、左ストレートがどこまで宇喜田(怪物)に通用するだろうか。叶わない思いがつのっていく。それを振り切る様に精を出して訓練を重ねる。右広背筋は以前の倍近くになり、ボディバランスを取るために何とか動く左肩に重りを付ける。三分で集中を切らないためにインターバルを含めた四十五分間ぶっ続けでシャドーを行う。今まで右手でやることの少なかったアッパー、フック、スマッシュ、コークスクリューなどを洗い出してフィニッシュブロークラスまで高める。間合いを測るためにオーソドックススタイルを学び、スイッチスタイルを確立させる。ジャブの拳速を上げていく。インファイトの技術を学んで研ぎ澄ます。下半身をスクワットで練り上げる。そしていつか、左手が動く様になったときのためにリハビリを欠かさずに行う。ここまでしてもなお、いや、したからこそ、左手を振るえない事が恨めしい。

 

「ン?あー、またやっちゃったじゃな〜い。」

 

気絶するまでのオーバーワークを続けていた武田は目を覚まし、丁度良いと訓練を切り上げた。

街の不良相手なら正直右手で十分だが、宇喜田相手にはそう言ってられない。なら動かない手の分、右手を中心に全体的なレベルアップをしなければならない。出会った当初は素人に毛が生えた程度だった宇喜田だか、ここ最近急速に実力をつけて来たのだ。置いて行かれたく無い。並んで闘いたい。出来ることなら合間見えたい。

頭を振って思考を切り替える。どうにも最近訓練が頭打ちになって来ている。ここは古代ローマの拳奴達が使っていたという拳闘術にでも手を出してみようか。

 

武田は己を高める算段を悪い頭で考えながらシャワーを浴びに行った。

 

 

 

 

 

 

人に嫉妬するということは果たしてダメな事なのだろうかと、古賀太一は自問する。

 

自分は背が低くて体重も軽い。だからこそ体格の良い喧嘩自慢達に嫉妬して、その感情を燃料に勝つ方法を考えた。結果腕より力の有る足での戦いを選び、難しいとされる足技に磨きを掛け実戦に使えるまでにした。当初は小さい体躯で相手の懐に飛び込み足技での一撃で沈めるスタイルだった。それから懐に飛び込まないで遠間からの一撃中心にしたスタイルへと鞍替えをして行き、その過程で自分より恵まれた体格を持つ者達を下して行った。正直快感と言って差し支え無かった。そして生まれ持った才能だけで闘っている奴らを努力で得た力で倒して行く物語の主人公と自分を重ねて、いつしか酔いしれて行った。

 

酔いが覚めたのは肛門への一撃が原因だった。

 

あの一撃で今までのプライドは打ち砕かれ無様な姿を晒すことになった。しかも自分が見下していた生まれ持った才能だけで戦っている様な奴の手によって。素人臭さ全開の宇喜田という男に負けたことが許せなかったし、何より自分には無い体格という才能に嫉妬してしまう事が許せなかった。あの時まで久しく得ることのない感情で、かつて乗り越えたはずのものなのに身を焦がした。さらには宇喜田を含めたトリオにされてしまい、嫉妬の対象が身近に居ることに耐えきれず適当な理由をリーダーの武田に言っては逃げていた。それだけなら仲が悪いといえたのだが、宇喜田が自らを鍛えるために努力を始めた辺りから感情が憎悪に傾いた。才能有る者が才能の無い者の特権である努力という領域に足を踏み入れて来たのだ。その時から積極的に距離を置く様になって行った。

 

 

そんな折に武田から声が掛けられ集合場所に行けば宇喜田の姿があり、心が憎悪に染まってしまい武田を睨みつけてしまう。きっとこのお人好しの計画だろうと勘繰っていると、急に宇喜田が自身の努力の結果報告をしだした。いぶかしんでいると、気付いたら尻に一撃をもらっていた。そのせいで気が遠くなり、意識が無くなる寸前に「友」という言葉が耳に入った。わけがわからない。

 

武田に介抱されてラグナレクの支部で気が付いた。尻が熱を持っていた。すぐさま身体の具合を確かめる為にサンドバッグを蹴る。すると、今までと違った感触が帰ってきた。いつもより体重が乗り、速く蹴り抜く事が出来る。思い当たるのは尻が持つ熱。その原因である宇喜田。認めたく無かった。どうやら尻を庇うことによって重心が変わり、より一層上の段階へ進めたらしい。あんなマヌケな攻撃でこんな事になるのは嫌だった。だからこそ練習を重ねた。このままでは尻を撃ち抜かれてパワーアップした男という称号を戴くことになる。断じて避けなければいけない。練習を続けて行くと宇喜田への感情は嫉妬に戻った。変に高かったプライドも治まっていった。今では嫉妬の対象として宇喜田を目指している。奴に勝ちたいと思う。

 

 

 

 

 

 

辻新之助は自らを野心あるチャレンジャーと位置づけている。

頭も良く無いし勉強だっててんでダメ、だけど人より上でありたいという人間として当然の感情を喧嘩に注ぎ込むという、いわゆるグレるという状態になったのは何時だったか。そうなってから自分より力で劣る者、根性で劣る者、喧嘩で劣る者を見下していた。強い奴や歯向かって来る奴らも叩きのめして自分の前で土を舐めさせた。しかしこれらの行為は勉強ができ無い自分に誰かがしてきた事ではなかろうかと疑問が出て来て、それからコレまでの事がつまんなくなった。何故つまらなくなったのかという自問に自分より下の連中と同じ事をしているからという答えを出して、ならソイツ等とは違った別の事をして行こうと結論付けた。それから辻新之助はチャレンジャーの様に喧嘩に明け暮れた。勝ちの見えない一対多数、到底敵わないであろう大人との喧嘩(ゴンタ)などといった自らを試す事を繰り返して勝ちと負けの数を積み重ねて行き、自分だけの強さというものを手に入れた。

 

そして自分の〝程度″というものを知った。

 

ラグナレクにおける準拳豪を決めたあの日、宇喜多という怪物とヤリ合った後第一拳豪に自分だけの部隊を願った。これこそが自分の強さの証しだと思った。しかし宇喜多(怪物)の願いはラグナレクのトップと闘うこと。それを聞いた瞬間自分の希望するものが行動が、子供が大人にモノをねだる様と重なった気がして嫌になり、同時に宇喜多への憧れと羨望が去来した。あんな風に成りたいと素直に思えた。

 

「辻隊長!第四拳豪ロキ様からのご命令ですっ!」

 

今、辻新之助は憧れをそのままにしない為に歩みを重ねている。自分だけの強さを確固たるモノにする為に着実に目標とした人物を追いかけている。

 

「技の三人衆に協力して目標の掃討を命ずるとのことですっ!」

 

何もかもが、目標と定める人物と比べるにはおこがましいレベルであると解っているが、負けてないとも思っている。確かに怪物にはなれないが倒せる可能性はあるはずだし、それを実現させる為に日夜鍛えているのだ。

 

「おぅっ!すぐに行く!」

 

今日も近づく為、倒すために鍛えに行く。

 

 

 

 


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