余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第六話:footprint(前編)

「第一艦隊が分断されている……?」

 

 そう、単縦陣をとらせている、第二艦隊旗艦たる大和はつぶやく。雲霞のような敵をさばきながら、自動制御の機関砲が耳を弄する音を立てている。上空では、ミグ25やF-35が空を真っ黒に染め上げる深海棲艦の蝙蝠型戦闘機にサーモバリック弾を叩き込み、陽光か爆炎の光りか区別がわからないほどだ。

 

「敵駆逐艦至近!魚雷、撃ちます!」

 

 その声に、はっとなる。吹雪と響が、器用に足首をねじり、前進しながら横向きになって、魚雷を扇状に放出。双方とも酸素魚雷であるため、航跡が見えない。データリンカの予測位置に警戒しなくてはならない、と艤装側がクリップする。

 

 水柱が立つ。天に届かんばかりの鮮血を吹き上げる駆逐イは、女の悲鳴としか思えない絶叫を放ち、沈んでいく。大和も同様に火柱を吹き上げ、こちらの進路をふさぐ形で交差する戦艦ル級率いる敵艦隊に統制砲撃を加える。不利な状況下だが、大和、金剛、榛名の斉射に耐えきれるものはそういない。駆逐艦の二名は射程外のため、周辺警戒を行っている。いつ、上の鰯の魚群のようにぐるり、と回って太陽を遮っている戦闘機が降りてくるか、わからないからでもあった。

 

「大和さん!」

 

 その声榛名の声にはっとなる。新しい指示が届いているのに、戦闘中に夢中になりすぎて、気付けて居なかったのだ。

量子リンカの指示を見て、にっと笑う。

 

「さあ、みなさん。西村艦隊の専売特許じゃないことを見せつけてやりましょう!」

 

 そう、それはCV-22の搭乗員たちが危険を冒して撮影した映像に含まれていた情報、敵の北部の根拠地とみられる比田勝港に突入し『陽動』を行え。という物であった。

 

 

 

 

余計者艦隊 佐世保失陥編 第六話:footprint

 

 

 

 

「戦艦レ級は橋を挟んで北側にいます。それが……」

 

 どうしたのか、という言葉を、加賀は飲み込む。そうか、そういうことか。という様子だった。

 

「対馬での戦闘状況が思わしくなければ、誘引できる、そういう事ですね?」

 

「ああ。……だが、突入した連中からの情報、まだ上がって来ていないのだろう?」

 

 そう都合よくは行かない。そう考えていた矢先、航空管制から声が上がる。

 

「CV-22からの着艦要請です! 被弾しています!」

 

「何ですって。どこから来たの?」

 

「対馬の北側の先行偵察を行っていたとのことですが、方向舵が故障して帰還が困難になっていた、とのことです。量子リンカで情報のやり取りは出来ていますが……目下、深海棲艦の電波妨害下のため、通信が困難です!」

 

「位置情報、伝わっているのね?」

 

「ええ、ですが……」

 

 そう言い淀む航空管制に対して、ワッチについていた人員より報告が上がる。

 

「航空機が見えます!ああ……高度が落ちてる!」

 

 こちらの上空ギリギリをかすめるようにフライパス。そして。

 

「着水成功……? 良いパイロットね」

 

 そう加賀はつぶやき、提督に向き直る。

 

「救援に向かうよう、鳳翔きょう……鳳翔さんに支持を出します。よろしいですね?」

 

「問題ない。向かわせろ」

 

 そうして、彼らはある情報を手に入れる。北部の比田勝港に「何」が居るのか、を。そして、それはまさしく奇貨であり、宝石よりも希少な情報であった。

 

 かくして、第二艦隊に命令が下達される。それは、比田勝港突入命令であった。撃滅はほぼ不可能。不可能だが、やるほか、ない。痛めつけるだけ痛めつけ、引け。そういう、指示である。この際は、やむを得ず接近するよう指示したことが、きわめて好都合ではあった。

 

 

 

 

「霧島さん!」

 

 その熊野の声に、はっとなる。舞踏にも例えられる、艦娘たち特有の回避運動を行い、砲撃をかわし、かつ全速力で逃げているエルドリッジを防護するべく、応射している。それに没頭するあまり、通信の情報がつかめていなかった。

 

「電文……いえ、量子通信ですわ。これより陽動のため、大和、金剛、榛名の第二艦隊は突入を実施!」

 

「姉様たちが……?!」

 

 どういう状況なのか、と考えた瞬間、至近弾を浴びる。破片が突き刺さり、桜色の装甲を減衰させる。突き破ってこそ居ないが、命とりな状況だ。自動制御の対空砲火は、発砲したのと同じレ級より飛び立つ戦闘機群を寄せ付けないため、ひっきりなしに火を噴いている。呉からの艦娘たち、長良、電、曙も同様に空への対処で必死だ。

 

「逃げ切れれば……逃げ切れれば、勝ちなのに!」

 

 そう、荒潮が呪詛を吐く。言ってる場合か、といううめき声。雨のような砲撃が黄色い水柱を立てる。

 

「着色……? どういうの?!」

 

 霧島の呟き。レ級の「正体」を示唆はしていたが、この時には、わからなかった。

 

 橋を挟んで北側、すなわち山城、摩耶、最上の第一艦隊の半分であるが、こちらも状況は似たりよったりである。単横陣に切り替え、盛んに砲撃し、命中弾こそあるものの、致命傷を与えるには至っていない。

大和から奪った四十六cm三連装砲であったとしても、本来それを想定していない山城であるため、射撃時に航跡がフラつくことがある。

 

「なんてこと……!」

 

 北側に後退させるためには、ふさぐような形でこちらにいてはならない。と言って、手加減をしていてはこちらはおろか、エルドリッジがやられてしまう。そうなっては、元も子もない。

 

「姉御ッ!」

 

 砲弾を被弾し、装甲が減衰する。袖に破片が食い込み、破孔を作った。

 

「これ以上無茶はできねえ!距離を離さないと!」

 

 その言葉に対し、反射的に首だけを向ける。

 

「まだエルドリッジは平戸島の南端を通過していません! 後退は認められない!繰り返します、後退は認められない!」

 

「じゃあどうすんだよ! くそ……!」

 

 摩耶の装甲を貫通し、砲撃を行っていた片方の二十・三cm連装砲を破壊する。あわてて、爆発前にベルトを外し、それを投棄。火力が減少。

 

「ともかく! 私たちは……!」

 

 装甲が、桜色の花を咲かせ、弾丸をそらす。その光景に、心の臓が悲鳴を上げる。

 

「後退はできない!」

 

 山城は、半狂乱に近い声を出す。そう、摩耶とてわかっている。逃げれば、エルドリッジは沈む。だが、と言ってこれ以上、レ級の砲撃に耐え続けられるわけでは、ない。畜生、という声が、いずれの口からも、漏れた。

 

 

 

 

「突入、突入、突入!」

 

 ト連送を送る景気づけでもやってやろうか、という程度には、大和に従う金剛はやけくそな気分だった。殺到する敵。青いはずの海が、真っ黒に染まる。砲撃すれば、曼珠沙華を思わせる真っ赤な花が咲き、悲鳴が立つ。ウォークライと悲鳴のコーラス。

 

「榛名!いざ!」

 

 砲撃音。艤装側がグルーピングを行って制御をおこなうとはいえ、射程距離には差がある。そのために、射撃目標が違い、タイミングがズレることもある。既に比田勝港沿岸よりは三十㎞を切っている。ことに、地上目標であるため、撃てば当たる。そんな状態が、狂騒に近い状態に皆を叩き込んでいた。

 

「……?」

 

 声が、した。

 

「ヨクモ……ヨクモ……この私を……ヤイタナ……!」

 

 幻聴。それにしてははっきりと心胆を寒からしめる声。焼いた。何をだ。それに、此の声には聞き覚えは。

 

「何よ……!」

 

 吹雪の声。射撃した魚雷を再装填し、再び放った時に、毒づいた声に、金剛ははっとさせられる。

 

「焼かれたからって、なんだっていうの!」

 

 お前たちだって、焼いたくせに。そう呪詛を、浴びせる。その声に、響と大和が妙な顔をしている。独り言か、というような調子だ。榛名は、というと、敵戦闘機を機銃で叩き落としていて、その声に応ずる余裕がない。

 

「ヘーイ、ブッキー!」

 

 独り言などでは断じてない。呪詛の声に、彼女は応じたのだ。強化された視力は、その呪詛の主をとらえている。血をダラダラと全身から流す、血濡れの深海棲艦に。そう、血濡れの姫君に。

 

「熱いのは紅茶だけでじゅうぶんネー!」

 

 そう、とぼける。大丈夫だ、いつものようにふるまえている。一瞬、金剛は下唇を噛む。

それを見て、大和は再び一撃し、何事か情報を参照している。もっとやれるのに、という言葉を、唇が形度っていた。

「総員、傾注!」

 

 再度、統制射撃。発砲炎、黒煙、そして。

 

「大物釣りに成功! 」

 

 こちらに向かってきている大物を洋上で迎え撃たなければならない。比田勝港から遠ざかる進路をとり、南に寄せる。

 

 

 

 

「助かった……?」

 

 敵が、姿を消す。山城が砲撃を浴びたようだったが、砲は破損していない。エルドリッジ、健在。霧島は、おもわずだらん、と腕をたらした。

 

「もー、まだライブ、終わってないからね」

 

 そう言って、那珂はとぼける。あいまいにそれに頷き、変針。そうだ。まだ終わってはいないのだ。まだ、下関には入れていない。予定の航路の半分も到達していない。

 

 終わっては、居ないのだ。対馬を奪還したわけでも、レ級を沈めたわけでも、ないのだから。

 

 

 

 

「作戦、順調に推移しています」

 

 その加賀の声に、ふう、と嘆息する。第一艦隊と合流した佐世保の人員は、唐津港沖を通行している。損傷こそあるものの、喪失した艦はなく、エルドリッジも健在。一〇〇点満点に限りなく近い状況だ。

 

「……あのCV-22のパイロット、大丈夫なのか?」

 

「意識は失っていますが……。命に別状はない物と思われます。彼の情報のおかげで助かりました」

 

 そう、加賀は短く言う。いかに危急の事態とはいえ、陸海軍にはお互いのわだかまりがまだ残っている。それを、象徴するように思われた。

 

 第一艦隊はこれでよし。だが。第二艦隊は、と考えを向ける。比田勝港突入、そしてレ級との会敵と決戦、となれば、かなりな負担だ。

 

「大和たちは会敵できたか?」

 

「いえ……レ級とは遭遇していません」

 

 遭遇していない。という一言に、どうにも違和感を覚える。引いたとはいえ、擬態であり、再びエルドリッジを襲う可能性もある。

 

「捕捉はできているか?」

 

 その問いにも、再び加賀は首を振った。状況があまりにも不気味に過ぎる。作戦開始から三時間と、昼に近くなっている現在、陸軍は下島を駆け抜け、爆心地付近の標高四五〇メートルの御岳に向かい、国道三八二号線を核で薙ぎ払いながら北上しているとのことである。若干爆心地は御岳の北側に落ちており『元』森林がジャマにはなっているものの、パワードスーツのジャンプユニットの燃料はまだ残っている、とのことである。

 

 不気味なほど、状況は上手く行っている。レ級と戦わないで済むのなら、それに越したことはない。だが。それでも、まだ、何かある。というちりちりとする感覚が、提督にはあった。

 

 

 

 


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