余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨

「状況、爆撃はアボート」

 

 ポップアップしたウィンドウに表示されたその文字を見て、馬淵中佐は舌打ちをする。上を見れば、雷雲が立ち込めているのが目に入った。なんていい天気だ、と馬淵は毒づいた。アボート、すなわち中止ということは、爆撃支援がキャンセルされたということを意味する。理性なき敵、深海棲艦が、地響きをさせながら迫り、砲火を上げる。対馬への強硬上陸そのものには成功し、橋頭保を築いたまではよかった。だが、そこからがいけなかった。戦火を拡大するために前進した部隊が数で押し切られてつぶされ、そして今彼らの野戦司令部がすりつぶされそうになっているのだから、あまりにもいい天気に、毒づきたくもなろうものだ。

 

 あきつ丸はうまくやっているだろうか、と、考えたが、せんのないことである。量子ハイパーリンカは異常なく機能しているし、生きているということまではわかるのだから、それでよしとすべきであった。

 

 九州側にわたるだけの推進剤はもうない。降伏して捕虜としての扱いを受けさせてくれる相手でもない。逃げるにしても、突破したその先には敵がいるのだから、お話にもならない。最後の戦闘の準備が、淡々と進む。突撃して戦線を突破した後は、各人の才覚をもって生き残れ、と下達したためだ。

 

 無責任の極みだな。と馬淵は自嘲し、そして。

 

「くそったれの蛆虫どもに思い知らせろ!突撃!」

 

 その叫びとともに、海洋迷彩が施されたパワードスーツが飛び上がる。ハイパーゴリック推進剤を利用するロケットモーターが耳を弄する爆音とともに作動し、推進力を生みだしたためだ。むろん、ただ飛び上がるだけでは的そのものである。そのために動翼が方向を変え、パワードスーツ「達」を前進させた。

 

機械化歩兵、という言葉が、昔々から存在していた。機械化、という大仰な名とは裏腹に、じつにシンプルなものだった。つまるところ、自動車化された歩兵である、というだけのものだったのである。しかし、それでも歩兵たちにとっては大きな進歩であった。なにしろ、従来では獲得しようもなかった機動能力と、場合によってはいくばくかの装甲を手にできたからである。彼らは、装甲化歩兵と通称されていた。

 

そして、歩兵として破格の装甲を得た彼らは、人間では携行して用いることはできない百二十ミリ無反動砲から、核砲弾を放つ。カリホルニウムを使ったが故に小型化に成功した、彼らが身に着ける中で最も高価な装備品が深海棲艦に吸い込まれ、爆ぜた。

 

 

 

 

余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨

 

 

 

 

 状況終了の声がする。VR訓練ヘッドセットをはずした男は、首を振りながら目頭を揉んでいた。薄目を開けて、周りを見れば皆もそうしている。

ステイシム環境だとわかっていても、五感にダミー信号を流す機構がある以上、本物とさして変わらない感がある。COTS品を利用したため安価ではあるが、今回はアメリカ軍との相互接続に少し手間取ったため、見直しが多少必要だな、と埒もないことを考えた。

普段提督と呼ばれている白井少佐は指揮統制艦である「ブルーリッジ」の撃沈とともに死亡判定を貰い、ステイシムの間中海に浮かんでいるというペナルティを貰った。まあ、今回の想定は敵戦力過剰に加えて、空軍の空爆ができない想定だったからな、とひとりごちて、ため息をついた。

 

 それにしても。とつぶやく。加賀は一体何を考えてこんな無茶苦茶な想定にしたのか、という疑問があったが、しかし。答えは、実のところ嫌というほどにわかっている。少なくとも、提督と呼ばれる「だけ」の立場の彼にも、わかった。

続きを考えようとして、くらり、とする。数次にわたる演習で脳が疲れ切り、体が猛烈に水分と糖分を欲しているのが自覚できるほどだった。

 

「どうぞ」

 

 加賀が、目の前にミルクが入れられたアイスコーヒーを置く。すまん、と短く返し、男はそれを一気に干した。猛烈な甘みにむせ返りそうになるが、しかし。

 

「……いや、ありがとう」

 

 そういって、提督は立ち上がる。この演習はこれで終わりではない。これから米海兵隊、陸軍の代表者との折衝がある。九州の奪還に先立ち発起する作戦、すなわち。

対馬奪還作戦の詰めがあるのだ。

 

 当然の話として、各想定で敵戦力の量が違い過ぎることが陸軍、ならびに米海兵隊より指摘があった。それを受けて、加賀は口を開く。

 

「はい。ですが、それには理由があります。端的に申し上げて、現状敵戦力の算定が困難となっております。スライドに注目ください」

 

衛星写真、航空写真を時系列順に並べた写真を、プロジェクターは表示する。対馬のほぼ全域をまっ黒く覆った写真が写ったかと思えば、それが引いて市街地を除いて緑に映っている写真もある。周期も何もなく、てんでばらばらなのだ。

 

 海兵隊岩国航空隊の指令であるジュリアス・エプスタイン大佐は口を開く。

 

「偵察が必要ですね」

 

 日本語での短い一言。航空偵察では正確な情報が得られない。となれば、実際にどうなっているのかを見定める必要性がある。通訳越しでない発言を加賀や提督、馬淵中佐に謝罪すると、顎に手を置いてもう一度写真を見せてもらいたい旨通訳に伝え、通訳がその旨を伝える。

 

「しかし、実際に上陸しての偵察活動となると……」

 

 道理として、偵察が必要であるというのは言うまでもないことである。おおよその敵戦力の位置はわかっているものの、具体的にどの程度の戦力が存在するのかが不明である。

 

 であるならば、実際に歩兵、ないし艦隊戦力を対馬に偵察が必要であるというのはほぼ間違いがない。というより、必須の事項である。

 

「初めの写真のとおりであるならば、懸念は理解できる、とおっしゃられています」

 

 続けて通訳から発された言葉に、提督はぎょっとする。陸軍の馬淵中佐も、どことなく椅子の座り心地が悪そうな様子だ。加賀も、鉄面皮なりに驚いた表情を隠していない。そもそも、そうそう聞こえて良い言葉ではないからだ。

 

「当基地に燃料補給で一時立ち寄り、帰還できなくなっていたB-70があります。それを投入して核攻撃を行ったあとに強行偵察を行えばよい。とおっしゃっています」

 

 B-70ヴァルキリー。超音速で飛行し、核爆弾による破壊を目的として作られたそれを投入し、核で数を減らした後に強行偵察を行えばよい。そういっているのである。

むろん、ご存じのとおり、日本全土で内戦が行われた艦娘達が洋上を舞う世界ではなく、鋼鉄の船が航行する我々の世界においては、Xナンバーが外れることはなく、採用はなされなかった機体である。

その流麗で優美な機体のシルエットとは裏腹に、運用における制限がきわめて大きな機体であり、弾道ミサイルに比べても使いどころに困る機体であったためだ。

 

 なるほど、これは貸しか、と提督は思い直す。陸海軍が国内で本格的な核攻撃を行った、となるとどちらの派閥においても問題が大きくなる。そもそも、広島の第五師団に核砲撃パッケージは存在していても、核砲弾が無かったのは多分に政治的事情のゆえである。この点に関しては呉鎮守府も同様である。本来であるならば、対馬に戦略核を島根の美保基地の十一航空団隷下の爆撃隊に依頼するべき事項であったからだ。

 

 日本の内戦における疵痕で一番大なるは何か、と問われれば、今の二人はこう答えるだろう。それすなわち『国内での信頼関係の喪失』である。

 

 いつ隣人が自分を別の地域の人間だから、という理由で殺そうとするかわからない。そういう状況が猖獗を極めた内戦時の後遺症であった。その点からも踏み切れなかった本格的な核攻撃を行う、という不名誉を我々が引き受けよう。と海兵隊の司令官は言い放ったのだ。

 

「わかりました。詳細については後ほど実務者間で協議するとしましょう」

 

 その一言を、提督は発する。それに対して、馬淵中佐は不承不承、という様子で首を縦に振った。そのまま、彼は口を開いた。

 

「核攻撃を行い、その後パワードスーツを突入させ、威力偵察を行う。海軍はその支援を受け持つ、でよろしいですね」

 

 決定事項としては、その程度であった。そして、最小想定の戦力であれば陸軍、海兵隊の現有戦力で何とか勝てるが、それよりも悲観的な想定では、海軍の兵力が不足しており、深海棲艦との戦いには決定打を欠く、ということだけが各人の認識として残った。

 

 

 

 

 

 一夜が過ぎた。それぞれの根拠地に戻った帝国陸海軍とアメリカ海兵隊の幕僚、海軍においては加賀がそれぞれの作戦行動計画を復旧した暗号化回線で協議している。その中で、提督は一人の少女に向き直る。むろん、一対一ではなく、後ろには鳳翔が控えている。状況が状況とはいえ、そうしたことに気を配る必要性は無論あるのだ。そして、その余裕が生まれた、ともいえる。

 

黒に近い色の髪を腰のあたりまで垂らしたその少女の名は、榛名と呼ばれていた。

 

 呉鎮守府に戻ってきたのだ。が、錯乱して暴れた時の対策として黄色のクッションで覆われた、外から鍵のかかる営巣に『部屋が無い』という理由で収容されてしまえば、いかな穏やかな榛名とはいえ、なにかある、と思わざるを得ないだろう。それが1週間は続いてみれば、なおさらだ。

 

パイプいすに座ってテーブルごしに見る目は、猜疑に染まっていた。

 

「さて、よく眠れたかな」

 

「はい。あのう、春雨ちゃんは……?」

 

 鳳翔に目くばせをする。一拍おいて、彼女は口を開く。

 

「大丈夫ですよ。元気そうでした」

 

 それ以上何か問うつもりか、と鳳翔は目で語って見せている。どうにも、やりにくい、というように、榛名は身じろぎして見せた。

 

「えっと……あの……。姉さまも居るって山城さんから……」

 

 余計なことを、と舌打ちしかけ、提督はこらえた。引き合わせるべきかどうか迷っている段階で、こういう事をやられてしまえば隔離し続けるか、引き合わせてしまうか。いっそ殺すか。とも考えるが、決断がつかない。

 

負傷した吹雪の接合手術後の面倒を見る、という事で多少落ち着いてはいるが、金剛の精神状態はけっしていいものとは言えない。なにより、目の前の少女が、榛名が深海棲艦から出て来た、と言っている始末だからだ。ばかげた話ではある。

 

 それを非現実的だ、と片付けられれば、よほどよかった。だが、複数の報告の末に、どうやら「艦娘」は「強力な深海棲艦」に成ることがあるらしい、という推論が成り立っている。

 

本当に、ばかげた話だ。

 

「えっと……?」

 

「鳳翔。例の件を話す」

 

「え……?」

 

 それを聞いて、鳳翔は本当に意外だ、という声を上げる。当たり前だ。こんな状況でなければしゃべるものか、と今度は舌打ちを隠さない。

 

「金剛と引き合わせる。君を第二艦隊に編入し、戦ってもらう事となるだろう。だが、君には話しておくべきことがある。君自身にかかわることだ」

 

 一息に告げ、続ける。

 

「これから話すことは金剛と大和、山城に……ああ、最上は事情を知っている。だから彼女たちに話すのは良い。だが」

 

 一拍、置く。

「他の者の口から聞こえてくれば、君を始末する」

 

 まるで今日の昼飯の献立を告げるような口調に、自分の物言いながら嫌気がさす。そう提督は考えた。榛名は、目を見開くと同時に、驚き過ぎても居ない。ああ、だからか、と言うような風であった。

 

頭は悪くない。これは厄介かもしれないな、と提督は考え、息を吐いた。

 

「深海棲艦とは何か」

 

「私たちの敵です」

 

 模範解答だな。と口の中でつぶやく。

 

「では、君は自分が深海棲艦であった、と言われて、信じるか」

 

「……おっしゃっていることの意味が理解できません」

 

「ふむ。そうだな」

 

 顔を赤くして、眉間にしわが寄っている。なるほど、落ち着いているように見えて激情に駆られることが多いタイプか。と考える。姉の金剛に比べれば、表に出ている感情を包み隠すのが上手いのだろう。金剛は動揺と怒りをあらわにし、傍目にも分かるほど動揺をしていた。

 

 そして、頭が良いだけに、そう言われる理由もわかるのだろう。なぜなら。

 

「君の行動には欠落が見られる。赤城、加賀を護衛していた駆逐隊を救援するために戦艦タ級と戦闘を行った記録はあるが、そこからは空白だ。その間何をしていた」

 

 この言葉を聞いて、榛名は音を立てて立ち上がる。椅子が倒れ、金属がぶつかる音を立てた。

 

「それ、それは……っ」

 

「合理的な説明ができないのであれば、君は無許可離隊に問われることになる。なにより、機関も兵装も、君自身も全くの無傷だからだ」

 

 そういって、提督は横を向く。その方がよほどよかったのだが、とつぶやいてしまう。え、という問いの声を無視して、榛名の金の瞳を睨み据え、告げた。

 

「君は深海棲艦だった。だが、それを覚えていない。それはいいが、金剛は深海棲艦だったことを覚えている。君を深海棲艦にしたのは、つまり殺した蓋然性が高いのは金剛だ」

 

 がちゃん、という音。榛名がへたり込み、うそだ、と口が動く。覚えていないのだから、当然だ。当然ではあるが、しかし。

 

 ばかげている。本当に、ばかげている。毒づきたいのをこらえながら、提督は、とどめの一言を言った。

 

「嘘などついてどうする。立て。お前には戦ってもらう」

 

 くそったれ。そう毒づきながら、提督は榛名の腕をつかみ、立たせた。

 

「姉さま」

 

 大和と先任である坂井准尉、そして事務官をやっている潮の居ないプレハブの第二艦隊執務室で、金剛は、ひっ、と悲鳴を上げたいのをこらえながら、榛名に向き直った。殺した手ごたえも覚えている、己の妹が、呼吸をし、目を動かし、そしてためらいがちに口にした言葉に、おびえて見せるわけにはいかない、とばかりに、応じた。

 

「オゥ、榛名じゃないデースか。元気にしてまシたか」

 

 いつものように応じられたか。と考えて、吹雪と響の方を見る。響はわれ関さず、という様子で、資料のページをめくっており、榛名の方を見ようともしない。吹雪は、目をそらして上を見て、金剛の表情を見なかったことにして榛名の方に向き直り、言った。

 

「ようこそ、呉鎮守府の第二艦隊へ。お話は伺っています」

 

 ラフに敬礼。各所に「継いだ」痕が見え、その戦歴を物語るその腕を見て、榛名は少し息をのんだようだった。それを見て、金剛は困惑をする。

こんなに、妹は率直な反応を見せただろうか、と。どちらかというと、護衛艦隊の艦娘たちには無関心だったように思うのだが。という感がある。

 

「よろしくね、吹雪ちゃん」

 

「はい、榛名さん」

 

 にこにこと笑いながら、握手してほら、響ちゃんも、と言う吹雪を見、そして榛名を見る。不思議と、目を合わさない。

 

 ぎこちなく響と握手する榛名を見て、ひょっとして、という思いとともに、吐き気がこみあげてくる。まさか。

 

「榛名。ひょっとして」

 

 一瞬、ごくり、と喉が動いたように見えた。

 

 

 

「いや、しかしプレハブとはいえ冷房が効いてていいな、ここは」

 

 そう言って、榛名の後ろから男が現れる。制帽をぱたぱたと団扇がわりにしている提督だ。

 

「提督」

 

 榛名は、目を泳がせながら逡巡ののちに一礼をする。無関心だった響も含め、全員が敬礼。答礼を素早く返し、そのままで構わん、と提督は口にした。

 

「大和と先任、あとは……潮はどこだ?」

 

「あー、っと、どうだったっけ、響ちゃん?」

 

「物資に受領に行っている」

 

「そうか」

 

 短く提督は返す。プレハブの休憩室を指し、使っていいか、と聞く。

 

「変なことじゃなければ」

 

 そう、吹雪は言う。黒地に白い横線一本のソックスか、と彼女の足元を一瞥し、天井を見て、言う。

 

「するように見えるのか?」

 

「司令官の足元を見る視線が変でしたから」

 

 まさか、この娘は「あれ」を知っているのか、と考えたが、やめた。陸軍の風習で、海軍で知っている者はあまりいない。ことに、中央ではそれが顕著だ。中央から来た吹雪が知っているはずはないだろう。そう考え、言葉を口にする。

 

「いくらなんでも艦娘相手に勝てるわけがないだろう」

 

 そう言って笑い、扉を開けて二人を手招きし、部屋に入った後にソファに座る様に促す。部屋の中には冷蔵庫があり、その裏から延びるテーブルタップからは携帯電話の充電器がたこ足のように連なっている。周防大島、および近海での深海棲艦による電波妨害下では意味が無かったために充電はされていなかったがゆえに、不思議と新鮮に見えた。

書類や整備用の簡易工具やペンキの類が置かれていて、休憩室というよりは倉庫に近い、という印象を提督に与えた。

 

「話と言っても金剛も榛名も察しているだろうが、これからするのはかなり不愉快な話だ」

 

 そう前置きをしてから、提督は息を吸い、吐いた。

 

「君達二人は元深海棲艦だ。少なくとも、状況証拠から言って確度は極めて高い。だが、大きな相違点がある。金剛は深海棲艦だったころの事を覚えているが、榛名は違う、と言っている。そこでもう一度確認するが、本当に覚えていないのだな?」

 

「……はい、榛名は覚えていません。言葉だけでは信頼できないなら、脳スキャンを受けても構いません」

 

 それを聞いて、金剛は物問いたげな表情を作る。どういう事だ、と。私の脳裏にこびりついて離れない「あの記憶」がそちらには無いのか、と。

 

「脳スキャンね。あれも『本当にそう記憶している』のなら意味が無い。だからする必要はないぞ」

 

 そう言っているが、脳スキャンなどをしていない、などはむろん嘘だ。榛名は収容時に艦娘の艤装とのダイレクトインタフェースごしにアクセスし、その間の記憶が無かったことを確認しているため、裏が取れている。これは、あくまで再確認に過ぎない。

 

だから、本当に問題とするべきは「本当にそう記憶している」ことなのだ。脳という物は、事実を偽る器官であり、だからこそ証言という物が本質的に証拠としてあてにならないのである。

 

「なぜそうなったのか、は興味がない。だが、これが表に出てしまえばきわめて政治的にマズいことになる。金剛にはすでに言っているが、榛名、君にも監視がついている。口を閉ざせ、背中に気を付けろ。撃たせるな」

 

 それだけと言えばそれだけの話だが、と言い、提督は立ち上がり、部屋の外に出て行く。その背中に、榛名の言葉が刺さった。

 

「優しいんですね」

 

 振り向きそうになり、提督は自制し、その言葉を無視した。

 

 

 

 

「作戦案がおおよそ固まりました」

 

 中天に太陽ではなく、月が上ったころの提督の執務室に、その声が響いた。顔には疲労が出ていないものの、肩が下がり気味で少々疲れた様子の首席参謀たる加賀が、提督の執務室に現れる。その後ろから、第一艦隊旗艦を務める山城、第二艦隊の旗艦たる大和に、次席参謀の鳳翔が続く。作戦案をこちら側で揉み、帝国陸軍、アメリカ海兵隊の当局者と協議し、おおよその決着を見たのである。

 

 照明の光度が落とされ、プロジェクタのファンの唸りと、空調の音だけが、執務室を支配する。スクリーンの前に立つ加賀と、端末を操作する鳳翔以外は身じろぎもしない。

 

「まず、この写真をご覧ください」

 

 スクリーンには、帝国陸軍、アメリカ海兵隊と共同で行った仮想演習の後に映し出された写真が、並べて貼られている。

 

「いずれの航空写真を分析した結果でも、北部の比田勝港が最も敵の密度が高い、と推計されています。

そこで、まず北部の上島にある比田勝港、御岳、南部の下島の浅芽山、厳原港を標的にB-70での核攻撃を行い、おそらくは降雨が予測できるため、それが収束してからしかる後に厳原港に強行上陸。可能な限り前進して情報収集と戦闘を行い、下島で前進困難となった場合は中対馬病院まで後退して回収、上島の場合は茂木海水浴場跡を予定しています」

 

「一応聞いておきますが、現地住民が生きている可能性は……」

 

 これは山城である。言わずがもなの事であるが、一応は聞いておく、という風であった。

 

「避難そのものは旧韓国の鎮海からの侵攻の時点で終了しています。何より数か月にわたる深海棲艦の浸透を受けて人間で居られるものはいません。東南アジア戦域ですでに知られたことです」

 

「B-70と言うことは……アメリカ空軍にやらせるのですか?」

 

 つまり、われわれの手でやらないのか。そう大和は言いたげである。だが、本国での核攻撃のハードルは極めて高いことも、彼女は理解している。この世界における内戦時に、帝国陸海軍の手で投下された2発の核という特殊事情がある。そのために、広島の第五師団は必要ではあってもパワードスーツ用の核砲弾すら貯蔵していなかったのだ。

 

 一応日本海側の美保空軍基地にB-1は居るものの、肝心の核は別に保管されている。核の即応力という点では全く問題外の措置であったが、政治的事情故である。

 

「政治的な配慮です」

 

 それで話は終わりだ、というように加賀は次のスライドを表示するよう、鳳翔に目配せをする。ため息が、漏れた。

 

「核攻撃後、深海棲艦が山口県、九州沿岸に向かってくる可能性があります。我々海軍はこれを撃退、ないしは撤退に追い込む事が主任務となっています」

 

 敵のおおよその数すら不明な状況で、核攻撃後の塵埃だらけの視程で戦うのか、と考えると、バカげた話ではある。ではあるが、最大規模の航空写真を見てしまえば、そうも言っていられないのである。この規模の集団が本格的に動けば、現在の戦略的な均衡は崩壊する。

 

「第一艦隊は核攻撃前に壱岐島の陰に隠れ、九州方面の侵攻阻止を担います。対馬に近い唐津市には第五師団が展開しているため、仮に取り逃したとしても、できれば誘導してもらいたいとのことです」

 

 配置図を見れば、唐津市と糸島市の湾を取り囲むような形で配置されており、砲兵による殺し間が構築されている。その殺し間の後方には、対馬へ投入されないパワードスーツ小隊が配置されており、砲撃で始末できなかった深海棲艦を掃討するべく控えているのだ。

 

「誘導ね……」

 

 津波を制御しろ、と言っているようなものだな、と言った様子で第一艦隊旗艦の山城はつぶやく。事実、その通りなのだ。

とはいえ、それをやれ、と言われている以上はできる、と判断されている、ということだろう、という調子である。不幸だわ、とぼそり、とつぶやくあたりがらしいとはいえたが。

 

「第二艦隊は小屋島に待機してもらい、本州側の防衛についてもらいます」

 

「……申し訳ありませんが、あまりに防衛範囲が広すぎませんか?」

 

 そう言って、大和は難色を示す。それに対し、加賀は頷きながら、続けた。

 

「その懸念は尤もです。ですが、第一艦隊の速力では対応できない恐れがあります。大和さんはともかく、第二艦隊は高速戦艦が二隻、いえ、二人所属しています。これは純粋に速力の問題です」

 

 加賀は息を吸い、続けた。

 

「私と鳳翔きょ、……失礼、鳳翔さんがエアカバーを担います」

 

 加賀は、鳳翔の視線を感じたのか、眼球を左右に動かし、一瞬下唇を噛んだ。大和はそれを無視して、再び眉間に皺を寄せて発言する。

 

「いえ、それは……第一艦隊の方が手薄になるのではありませんか?」

 

「海兵隊の飛行隊がその任を担います。その点に関しては信頼してもよいかと」

 

「対馬からのEMPの可能性は……?」

 

「それは否定できません。できませんが、その可能性を確かめるためにも今回の偵察が必要なのです」

 

 懸念材料は多い。何しろ、周防大島攻略の際にはわかっていた情報がわからないために、実際にそこに攻撃を試みる、という話なのだ。だが、やらねばならない。佐世保との連絡が途絶し、おそらく組織的な抵抗が全く不可能になっていると考える以上は、是が非にでも対馬の圧迫は取り除かねばならないのだ。

 

 

 

 

 損耗すなわち敵の戦力補充。そう考えれば、深海棲艦との生存闘争は、すでにして負けているようなものだ。そう、彼女は考えた。止血帯で引きちぎれてしまった腕を締め上げ、己の装束に含まれている白を赤に染めるそれを止める。あさ黒い肌に血がまとわりつき、ぬらぬらと光る。

 

 まるでホースから出てくる水のようだ。鼓動に呼応してびゅうびゅうと吹き出すそれを見てしまえば、思わず笑ってしまう。

血が足りない。敵の流す血も、自分の血も。

 

「長門も……こうだったのか」

 

 ふん、と鼻を鳴らす。長門、長門か。あの女も無責任な死に方をしたものだ。指揮官は最後まで生き残らなくてはならないのに、散って行ってしまったのだから。

そして、私も、この武蔵も同じことをしている。無責任な話だ。そう考えながら、かすむ目で敵をとらえ、砲撃をするも命中せず。

 

舵の制御が壊れている。ぐわん、ぐわん、と蛇行し、揺れ、そのたびに激痛と痛覚遮断特有の、痛いはずなのに衝撃だけが来る特有の感覚が走った。痛みだけが、彼女を現世につなぎとめている

 

「くそ……」

 

 うめきか、それとも悪罵か。己にすらわからない言葉が、口の端から漏れる。

 

「……ああ、くそ」

 

 ごん、と殴られるような衝撃が、あった。敵のウォークライが聞こえる。敵、敵とはなんだ。深海棲艦の事だ。だから、倒さないと。

 

「……なんだ、そこに居たのか、長門」

 

 じぶじぶと沈んでいく己の体。哄笑する敵の言葉が、わかる。戦艦タ級が長門、空母ヲ級が蒼龍と飛龍。そんな風に、見えた。みな、笑っている。何を笑っているのか。

 

「……疲れたな」

 

 武蔵は、目を閉じた。足を吹き飛ばされ、腕を失い、それでもなお戦い続ける意思を手放さなかった海の女王は沈んでいく。

 

 

 

 

 次に目を開けた時、彼女は武蔵以外の何かになっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 武蔵を失い、多数の艦を失った。そう、疲れ切った表情の霧島から、その報告を受けた時に男は顔をこすりながら、天を仰いだ。

 

「しばらく、一人にしてくれ。考えをまとめたい」

 

 考えがまとまることはなかった。拳銃を口にくわえ、引き金を引く。悲しいかな、佐世保の提督と呼ばれていた男にはそれ以外に考えられなかったからだ。

 

彼の拳銃は正常に機能し、脳漿と頭蓋とをじゅうたんにぶちまける。千々に乱れる思考の中、もったいないことをした、とらちもないことを考えた。

そうして、思考がなくなる寸前に、霧島の声が聞こえた。

 

 武蔵轟沈。それが、戦艦レ級が対馬に居る理由だった。当然、それを知る者は、未だ現世には居ない。

 




Arcadiaみたいに前編後編で都度更新の方が良いんですかねえ。こっちも。

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