私はこれまで戦ってきました。
敵を倒し、海上を制し、勝利を手にしてきました。
この鎮守府へ属する他の艦娘の誰よりも、多くの戦果を挙げてきました。
それはすべて提督のため。
他でもない提督の、誰でもない貴方のためでした。
貴方の力になりたかった。貴方の役に立ちたかった。貴方の成功に貢献したかった。
貴方のために私は、幾度もあの海で戦ってきました。
私は戦うことができたから。
貴方の矛となり貴方の盾となるための力があったから。
だから私は戦ってきました。
巡洋艦も戦艦も空母も艦種の別なく、相対した敵艦は余さず沈めてきた。
数多の戦場を駆け、幾多の作戦を完遂させてきた。
日に複数、様々な海域へ何度も重ねて出撃を繰り返してきた。
鎮守府には休息を取るか補給を済ませるか、そんな出撃を行うのに必要な最低限の時しか留まらず……貴方とすらそう多く交わることなく、出撃し戦果を挙げるためにあらゆるものを尽くしてきた。
より広く海上を駆けるため、燃料を。より多く敵を沈めるため、弾薬を。より強く戦場を制するため、ボーキサイトを。提督へと捧げる戦果を挙げるため多量の補給資材を頂いて、それを以て戦場へと出撃し、頂いたその資材が本来もたらす以上の戦果を挙げてきた。
戦って戦って、戦ってきた。
貴方のためとなりたくて、戦ってきた。
私にはそれができたから。
幾多の戦場を駆け抜けられるだけの力が、身体が、素質があったから。
駆け抜けるためだけに他の何もを、娯楽も自由も、貴方の助けとなるために他の多くを顧みず捨てていく覚悟があったから。
戦うことで貴方の力と、助けと、支えとなれるのだと信じていたから。
私にはそれしかなかったから。
だから私はこれまで戦ってきました。
何も貴方へ贈れない私でも、唯一戦うことでなら貴方へ貢献することができる。尽くすことができる。そう信じていたから。
だから私は、貴方のためにこれまでただ戦ってきました。
提督、私は何もできません。
美味しい料理を作ることができません。
柔らかな召し物を編み上げることができません。
賑やかに弾み楽しげに輝く会話を紡ぐことができません。
他の艦娘たちがそれぞれ、多く、様々に持っている魅力を私は持っていません。
私よりも明るい人がいます。優しい人がいます。柔らかな人がいます。繊細な人がいます。温かな人がいます。
私よりも美しい人がいます。可愛い人がいます。淑やかな人がいます。可憐な人がいます。綺麗な人がいます。
私は、そんな皆に及ばない。
貴方を心地よく染められない。気持ち良く浸らせられない。幸せに満たせない。
戦い、戦果を挙げること以外で、私は貴方に何かをもたらして差し上げることができない。
私は貴方のために何もすることができません。
して差し上げたいと思ってはみても、願ってはみても、実行してはみても、それを上手く為すことができません。
上手く、為すことができませんでした。
失敗して、し損じて、台無しにして、結局何も為すまでには至れなかった。
貴方に喜びを、温かさを、幸せを贈ってそれを感じてもらいたかったのに、それとは真逆の結果にしか至れなかった。
私は何もできませんでした。
私は、提督、貴方という人のことを想っています。
誰よりも私のことを温かく見守っていてくれる貴方を、何よりも私のことを兵器でない一人の命として真摯に思ってくれている貴方のことを、他のどんな誰よりも何よりも私のことを幸せで満たしてくれる貴方のことを、私は想っています。
貴方は私にとって大切な人。大きな方。愛おしい存在。
だから私は、貴方に幸せになってほしい。
望む高みへと昇ってほしい。優しい至福に包まれてほしい。素敵な未来へ至ってほしい。
私はそのための、貴方の幸せのための一助となりたい。
お慕いする貴方のために私は在りたい。貴方を支えたい。貴方に尽くしたい。
他の艦娘たちのようにはできなくても、なれなくても、それでも貴方の幸せを叶える力となりたい。
そう思ったとき、私にできるのはいったい何なのかと考えたとき、私にあったのは戦うことでした。
私は戦える。一航戦の誇りを宿し、鎮守府内最高の練度を以て、私は貴方のために戦うことができる。
戦うことで私は貴方を支えることができる。戦うことでなら私は貴方に尽くすことができる。戦いによって私は貴方の幸せの一助を担う存在となることができる。
だから私は戦ってきました。
私にはそれしかない。それ以外では貴方の幸せを叶えられない。それならば、その道を貫くことで貴方のためになろうと。そう胸に抱いて私はこれまで戦ってきました。
戦って支えよう。戦うことで尽くそう。戦いによって貴方へ幸せを。
そうすることで失うものがあることも分かっていました。
本来戦うこと以外の何かのために費やせたはずの時間。結び、深められたのかもしれない誰かとの繋がり。見つけることができたかもしれない、私が進む別の未来。
それに何より、貴方。
貴方との触れ合い。貴方と過ごす時間。貴方と共に紡ぐ様々な想い。
それらを失ってしまうのだろうことは分かっていました。
分かっていて……そして、分かっていた上でのことでした。
私は、貴方のために戦った。
貴方の幸せのためとなれるなら、それで良かった。
たとえ貴方との関わりを無くそうと、貴方から離れた遠い場所へ行き着くのだとしても、貴方と重なり結ばれることがないのだとしても、それでも、良かった。
貴方が幸せに至れるのなら、貴方を幸せへかすかにでも近づけることができるのなら、それで私は良いと思っていた。
貴方の幸せ、その中に私自身が入ることはできなくても、その一助となれるのなら、私は良かった。
だから私は戦ってきました。
貴方のためそれだけを願って、私はこれまで戦ってきました。
だから、ですから、そうしてきたからこそ、提督、分かりません。
なぜ、なんで、どうして。
いったい何がどうなって、私を。
私、なのですか……?
私は、提督、何もできません。
出撃し、海上を駆け、戦うことしかできません。
それ以外のことで、貴方のために何もすることができません。
尽くしたいとは思います。支えたいとも、助けとなりたいとも思います。
貴方のためなら、なんだってして差し上げたいと思います。
けれど、私が為せるのはそれだけなのです。
思うだけでなく、願うだけでなく、祈るだけでなく、現実に貴方のために私が為せるのは戦うというただその一点でだけなのです。
それ以外では何も、戦うこと以外では何も、私は貴方に差し上げられない。
戦う以外、私には何もないのです。
私は、この鎮守府において最高の練度へ至った艦。
誰よりも戦場を駆け、敵を沈め、戦果を挙げてきた艦娘。
ですから、当然指輪を受け取りました。
ケッコンカッコカリ。その対象として、私は選んでいただきました。
貴方と、ケッコンするに至りました。
けれど、それはただの形式的なもの。
誰よりも高い練度を誇っていた私を、限界を取り払い更なる高練度へ至らせるため。誰よりも出撃を重ねて戦闘を繰り返していた私を、必要な補給資材量を低減させることで燃費向上の恩恵に与らせるため。戦い、より多くの戦果を挙げられるようにするための強化でした。
名称はなんの意味も持たない、限界突破と燃費向上による艦娘の能力強化。
私はそれを受けました。
ケッコン、という名称に何かを思ったわけではありません。私がそこへ至れるなど、そこを歩けるなど、そこに在れるなどとは、毛頭思っていませんでしたから。
私は戦う者。貴方のために戦う者。そうすることしか、できない者。貴方の伴侶となるにふさわしい者ではない。
そう知っていて、分かっていて、思っていましたから。
だから私はただ強化のため。これまで以上、より多くの戦果を挙げられるようになるためそれを貴方から受け取りました。
そこには何もありませんでした。
意見も、疑問も、躊躇も何もありませんでした。
貴方からのケッコンの申し入れに私は何もありませんでした。
私は、そのことに納得していました。
けれど。
けれど、しかし、ですけどこれは、提督、これには私は頷きかねます。
分かっているのですか?
程度が違います。次元が違います。意味が違います。
それを、貴方は理解していらっしゃるのですか?
ケッコンは、受けました。
そこには納得があり、疑問や戸惑いはなく、だからこそ私はそれを受け入れました。
けれど……これには、疑問や戸惑いしか、ありません。
どうして私を。
戦う以外では何一つ貴方へと幸せを贈ることのできない私を。
戦いに明け暮れ貴方の傍にすらいなかった私を、料理も編み物も家庭のことなど何もこなせない私を、貴方の隣を歩む存在になど遥かふさわしくない私を。
どうしてなのですか。
どうして、私を選ぶだなどという結論に至ってしまったのですか。
ケッコンではない。あんなものとはまるで訳が違うそれ、それの相手に私をだなどと。
結婚の相手に私を選ぶだなど……私へ、結婚してほしいだなど……どうして、提督、貴方は……。
――提督。
言う通り、私は貴方にふさわしくありません。
私はこれまで戦ってきました。それしか知りません。それしか分かりません。それしかできません。
戦うこと、それ以外を私はすることができません。
貴方の妻として家事をこなすことができません。
貴方の番として心地よく悦ばせることができません。
貴方の伴侶として幸せな家庭を作り護ることができません。
その自信が、他の誰よりも優ってそれらを実現させる自信が、貴方を幸せにして差し上げられる自信が、私にはありません。
これまで、私は何もしてきませんでした。
貴方の隣へ立っていくための、貴方の傍で歩いていくための、貴方の女として生きていくための、それらのための何もかもをしてきませんでした。
戦うため、貴方を想って戦うというそのため、そのためだけに私はこれまで他の何をも諦めてきました。
戦うことこそが貴方のためとなる私の唯一と信じ、それ以外の一切をしてきませんでした。
だから、ふさわしくないのです。
他の誰かよりも、私は妻としてふさわしくない。番として伴侶として、貴方という人に私はふさわしくありません。
私よりも良い人がいます。なるべき人がいます。ふさわしい人がいます。いる、はずです。
貴方と家庭を築いたとき、貴方や、それや、将来生まれてくるかもしれない子を、私は支えることができません。
私は貴方のためならなんでもします。努力を惜しみません。心血を注ぎます。全霊をも懸けましょう。しかしそれでも私はきっと、及びません。
他の誰かに及びません。
私などよりもずっと、もっと、貴方を幸せにすることができる人はそれでもきっと貴方の周りに何人といる。
貴方は私を他の誰よりも何よりも幸せにしてくれる人ですが、貴方でなくては満たせず叶えられない至高の幸せへと導いてくれる人ですが、私は、違います。
あるいは貴方へ幸せを与えられるまでに至ることはできるかもしれません。そこまでは実現させられるかもしれません。……けれどそれ以上は、他の誰よりも貴方を満たし他の何よりも貴方を染め上げられるまでに至るのは、貴方を幸せへと導くことは叶いません。
私は貴方に釣り合いません。その自信が、私にはありません。
これまで自身のすべて何もかもを戦うためだけに注ぎ込んできた。
戦うために必要のないものは諦めて、捨てて、それらからは逃げてきた。
何も知らない。何も分からない。何もできない。
それなのに、そんな有り様なのにもかかわらず、これまで何もかもを尽くしてきて、そしてこれからも何もかもを尽くしていくつもりで、自身のすべては戦いにこそ費やすのだと心に決めていたはずなのに。
どうしようもなく熱い、止めどなく溢れてくるこの想いに満ちた涙で顔中を濡らしてしまっている私が、
どうにもならない震えに身体を揺らし、立っているのもやっとな状態で表情をぐしゃぐしゃにしてしまっている私が、
貴方のその言葉、愛しているという告白、結婚を申し込むプロポーズに頷いてしまいたいと心の内で喉を張り裂かんばかりに叫んでしまっている私が、
及ばないと知っているのに、
釣り合わないと分かっているのに、
ふさわしくないと理解しているのに、
それなのにこんな駄目になってしまっている私が、
貴方に抱きついてしまいたい。口付けてしまいたい。私も貴方のことを愛しているのだと、結婚してほしいと伝えてしまいたい。私では至らないのだと分かっていながら、けれどそうしてしまいたいと願ってしまう弱い私が、
こんな私が、どうして貴方の伴侶にふさわしくありましょう。
ああ、提督、ですから。
取り消すのなら、考え直すのなら、私でない幸せを掴むのなら、今しかありません。
今なら戻れます。勘違いで済みます。これまで通りでいられます。
ですから、今です。
今を越えてからではもう帰ってこられません。私がもう引き返せなくなってしまいます。どちらにも進めず引くことすらも出来なくなって、もうどうしようもなくなってしまいます。
ですからどうかお願いです。
違ったのだと、間違いだったのだと、気の迷いだったのだと断るなら今、お願いします。
今なら私は受け入れられます。
何を言われても何を告げられても、今なら私は大丈夫です。
ですから、ですから提督――
「――すまないな。だがやはり、取り消すようなことはできないよ」
「私は君が好きだ。君を、赤城という人を愛している」
「君がいい。君だからいい。君でなければいけないんだ」
「だから変わらない」
「私の想いは、望む未来は、愛する人は変わらない。変えられないし変える気もない」
「私が愛するのは赤城、君だけだ」
「だから取り消すようなことはしない。この想いを無かったことになどしない。――赤城、私と結婚してほしい」
「――まったく、貴方はもう、ずるい人」
「言っているのに、これほどまで言葉にして、こうまで伝えているというのに」
「それなのにそんな、そんな、ことを」
「……」
「…………提督」
「私は駄目な女です。戦うことしかしてこなかった、それだけの女です」
「それでも、そんな私でもいいのですか?」
「他の素敵な者たちを置いて、貴方の周りにいるたくさんの艦娘たちの中から、それでも私のことを選んでくれるのですか?」
「私を、赤城を、愛してくれるのですか……?」
「ああ、もちろん」
「私は君を愛している」
「それは変わらない。揺らがない。何があろうと、その想いは決して無にしない」
「君が好きだ」
「艦娘としての君が好きだ。人としての君が好きだ。女性としての君が好きだ。私は赤城、君が好きだ」
「愛している」
「これまでも愛していた。今まさに愛している。そしてこれからも愛し続けさせてほしい」
「他の誰でも何でもない、君を、赤城を私は愛している」
「――ずるい人」
「そんなに真剣な表情で、そんなにまっすぐな瞳で、そんなに真摯な言葉で――」
「ずるい人」
「それだから、そんな貴方だから、だから私は……」
「提督、貴方を――」
「赤城」
「――はい」
「改めて、言わせてもらえるか」
「――はい」
「ありがとう。――では」
「……」
「赤城、私は君のことを愛している。君がいい、君でなければ駄目なんだ。だから――」
「……」
「私と結婚してほしい。生涯を添い遂げる私の妻となり、そして私という夫の隣で母となってはくれないか」
「……」
「……」
「――――はい……っ」