倉庫   作:ぞだう

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私の血。貴方の血(ジャンヌ・オルタ)

 ことん。

 カルデアの中の一室。人類最後のマスターであり私というサーヴァントを喚び招いた悪趣味な人間、彼へと割り当てられた部屋。飾り気のないその部屋の中ほど、同じように飾り気のない真白く小さなテーブルの上に二つ、底へ僅かにだけ中身を残したカップを置く。

 腰かけていた椅子から立ち上がり先へ。部屋の奥へと設えられたベッドのもとまで歩を進め、それから一度深呼吸。ベッドの上へ――そこへ身体を寝かせ無防備な姿を私へ晒したマスターへと視線を注ぎ、その彼を全身へ感じ入るようにして大きく深く吸って吐く。

 

「ん、っ……ぁ、あぁ……」

 

 身体を芯から痺れさせ焼き溶かすかのような、心地のいい温かさ。心を底から甘く蕩けさせ強く大きく震わせるかのような、心地のいい匂い。それを含みそれらを帯びるこの部屋の空気を、深く深く私のこの中へと浸透させるよう、注ぎ入れて満たすよう。ゆっくりとじっくりと、味わい抱き締め全身で感じ尽くすようにして中へ中へと迎え入れていく。

 

「ふふ……」

 

 迎え入れた心地のいい空気と引き換えに自分の孕んでいた空気を、想いに染まり熱っぽく濡れた自身を吐き出し外へと送り出して、そうしてから小さく笑み。表情を柔く緩めて――自然と緩んでしまうまま、それに任せてだらしなく崩して緩めて。そして、立たせていた身体を座らせる。

 ベッドの上、私の目の前で無警戒にも寝顔を晒すマスターの横へ座らせる。ぐっすりと眠りに落ちた無防備な彼、普段よりも大分ラフな薄い部屋着しか纏わない彼の横へ座らせて、寄せて、添わせる。

 

「マスター」

 

 座った状態で上半身を前へと倒し、自分の顔を彼の顔のすぐ傍へ。吐息が触れ合い混ざり合うほどの近さ、視界に彼以外の余計な何もが映り込まないほどの距離にまで接近して、そうしてそっと耳元へ囁くような声を漏らして贈る。

 その声に応えるかのように彼の口から吐かれて贈られた吐息――先の深呼吸で私の身体を溶かし心を震わせた心地のいい空気、それすら霞ませ彼方へと追いやってしまうほどの圧倒的な濃密さを持ったその吐息を受け取って、吸い込み飲み込み身の内へと迎え入れ染み込ませて、たまらない至福を欠片ほども逃してはしまわぬよう自らの全存在を以って感じながら手を伸ばす。

 

「ああ……」

 

 綺麗な紅に光る唇。柔らかくて潤んでいて、そっと柔く触れているそれだけで幸せを伝えてくれる彼の唇。そこへ、指を触れさせる。

 つい先まで私の耳を甘く焦がし熱く酔わせる愛しい声を紡いでいたそこ。つい先まで私の淹れた珈琲を美味しそうに受け入れてくれていたそこ。それと共に混ぜ入れられた特性の隠し味を――私のこの血を、液を、身を、抱き止め迎え入れてくれていたそこ。そこへ指を触れさせて、ねぶるように這わせて、撫で纏わせて絡め味わう。

 ふにふに、と。

 開いて閉じて。柔いその唇が、触れられていることに対する身体の反射で小さく細かに動きを返すのを楽しみつつ指を躍らせて、そうしながら少しずつ触れる位置を下へ。

 唇から頬、頬から首筋、首筋から胸元へと下げていく。肌へ触れる指先へ想いを込めながら、溢れんばかり、止めどなく湧いてくる熱を伝えるよう、贅沢に惜しみなく時間を掛けて下へ下へ。

 

「ん、マスター……」

 

 そしてそれが腹まで達したのを機にして体勢を移す。

 それまで上半身を折りながら布団の上へ座らせていた身体を横へ。眠る彼の隣へ近づけ添わせ、密着させ重ね合わせるように横へ寝かせて、その形で強く深く、彼のその身体を抱き締める。

 それから幾時か。数分、数十分、あるいは数時間。永遠にすら感じられるほど濃密に想いの詰まった時間をそのままで、抱き締め繋がった体勢で過ごしてから、一言。もう触れ合ってしまいそうなほどの近さで――彼の耳と、もはや触れ合ってしまっているほどの近さで唇を震わせて、一言囁く。

 

「頂くわよ」

 

 がぶ。

 噛みついた。囁いて、許しを得て、がぶりと。

 彼の首元、警戒なく晒け出されたそこへと噛み付き、歯を立て、触れた肌を食い貫く。

 そうして更に奥へ。彼が受け入れてくれるのを確かめながら、許してくれているのを感じながら、立てた歯を更に奥へ食い込ませ、その身体を侵していく。

 

「ん、く……」

 

 やがて味わう。貫いた先から溢れ、口の中へと流れ込んでくる彼を、その熱い血を味わう。

 舌で、内頬で、喉で、味わって堪能する。幸せを実感しながら、気分が高揚していくのを自覚しながら、心行くまで全身が満たされるまで味わって――それから飲み込む。

 

「ぁ、ふふ……」

 

 飲み込んだ血が身体の中へ巡り溶け込んでいくのを感じて、堪らない至福が胸の内へ沸々と。それと同時に溢れて漏れていく笑みを抑えることはせず、擽るように、溶かし込むように、血を溢れさせるその穴を通して彼の中へと響いていくように抑えるのではなくむしろ放って、そうしながらこの身に感じる至福を味わい尽くす。

 

「貴方には私の血を。私には貴方の血を。同じ血を流さなければ。ねえ、マスター……?」

 

 言って。そう零すように呟いて、無防備に晒された彼の耳へ向けて言葉を贈って、それから改めて力を込める。添わせた身体を更に近く傍へ寄せて、触れ合った肌越しに鼓動や体温を更に多く更に強く感じるため身体をなお深く押し付けて、その身体を抱く腕にぎゅっと強く思いきり、逃がさないように縛り付けるように、私だけのものへ染め尽くすように想いを込めて抱き締める。

 そしてちゅうう、と一吸い。

 血に濡れ汗に濡れ、私の唾液に濡れた熱っぽい首元。そこを一度舐めてから、私と彼の二人がたっぷりと深く濃く混じり合った液を舌の上で味わってから、それからまた再び口付け。とく、とく、と血を溢れさせ私に贈ってくれるそこへと口付けて、リップ音をわざと高く部屋の中へと響かせながら血を吸い、その触れ心地と温度とを全霊で感じながら飲み下す。

 

「貴方に添うのは私。貴方が私を喚んだ。貴方が私を生んだのだから」

「貴方と歩み進むのは私。貴方には地獄の底まで着いてきてもらうのだから」

「貴方を汚し、貴方を満たし、貴方へ刻まれるのは私だけ。私にとって唯一の貴方――その貴方にとっての唯一は、私でないとならないのだから」

 

 吸って、飲んで、取り込んで。彼を自らの中へ受け入れ続け、それからそう宣言。身体を痺れさせ心を溶かすような香りを帯びながら温い感覚を与えてくれるその血で喉を鳴らし、唇やその周りを余さず塗り尽くした二人の液でにちゃにちゃと音立てて、そうしながら宣言する。

 それから一旦顔を首元から離して上へ。眠る彼の顔へと移動させて……そして、口付け。

 そっと優しく柔らかな、小さく触れるだけのそれを唇へ落とす。

 

「ん……」

 

 元から潤っていた綺麗な唇が汚された。――上から私の液で濡らされ輝くのを視界に入れ胸に満足感を感じながら、静かにそっと身体を後ろへ。下半身は複雑に濃密に、決して解けてしまわないように絡み付かせて――そのまま上半身だけを後ろへ下げ小さく隙間を空け、それまで彼の身体を抱き締めていた腕を解く。

 

「私ばかりじゃ駄目……貴方も、さっきのだけじゃ……」

 

 解いて自由にした手を彼と私の間へ。綺麗に整え鋭く研いだ爪の先へと魔力を纏わせる。

 それを数秒、ゆらゆらと空に遊ばせて。

 

「マスター……今度は、貴方の番」

 

 一閃、鋭くそれを走らせる。

 あまり大きく動いて目の前の彼を害してしまわないよう、手首の動きだけで小さく。けれど裂くべきものが裂けるようしっかりと力を込めて。迷いなく淀みなく、流れるような動きでその爪の先を走らせる。

 

「あ、は」

 

 痛み。鋭利で痺れるような、鋭いながらも深く深く浸み込んでくるような痛みが手首へ走り自然と――その痛みから感じられるたまらない心地よさと快感に、自然と笑みが零れる。

 そんな笑みを、だらしなく蕩けて卑しく緩んだ笑みを浮かべながら手を上へ。先の口付けで液に濡れ、私を受け入れ待ち焦がれるかのように柔く開かれた唇へと持っていく。

 そしてそこへ血を。私を迎え入れようとしてくれている彼の中へ私を注ぐ。これまで私が注いでもらっていた分たっぷりと。私が彼を身体の内へ流しているように、彼の内でも私という存在を流してもらえるよう。私だけの彼、彼だけの私、そうして私と彼が唯一無二の番となれるよう。存分に。執拗に。徹底的に。

 

「ああ――マスター。本当に不幸な人」

「私なんかを喚んでしまったばかりに。私なんかに入れ込んで――私なんかに、望まれてしまったばっかりに」

「不幸な人。……でもそれもすべて貴方のせい。貴方が招いた結果。だから」

「容赦はしません。貴方の身体を……心も、未来も、貴方のすべてを私で汚す。私を刻んで、私に満たしてあげる」

「離しません。地獄の底、その先の遥かな果てまで付き合ってもらいますからね……」


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