Magic game 作:暁楓
進め。前へ。
「いやああああっ!!」
リインフォースが絶叫した。
頭上からの奇襲は失敗、何よりも綾の死をモニター越しに見せつけられ、第三陣メンバーに絶望の色が濃くなっていく。
綾の元へ行くためにリインフォースが飛び出そうとして、バインドで止められる。バインドは橙色で、シュテルのものを意味していた。
「っ、離せ……!」
「落ち着いてください。この場を離れることは、作戦上許されていません」
「いいから離せっ!!」
『はーい。なんか騒がしいけど、とりあえず落ち着いて』
新たに展開されたモニターモニターからそう声をかけたのは、アリアだった。
アリアの声に緊張感がないように聞こえて、カチンときたはやてが反論した。
「落ち着いてって……綾さんが死んで、それで落ち着けると思いますか!?」
『ああもう、だからこいつらには言っといた方がいいって言ったのに……』
アリアは呆れたような顔で眉間を押さえた。その意味がわからずにいると、ロッテが画面内に割り込んできた。
『だーかーら、あたしらが作った分身にいつまでも騙されてるんじゃねーっての!』
「――え?」
唖然として、それから画面を確認すると、引き裂かれたはずの綾が正面からユーリを突き刺している姿が映されていた。
◇
わかっていた。上から斬りかかるぐらいでは届かないことは。
必要だったのは、決定的な隙だった。完全な無防備となる瞬間が一瞬でも欲しかった。だから、この作戦を実行させた。念には念を入れ、ユーリに悟られないようほとんどの者には話さずに。
幻影の俺を殺して、俺という脅威、黒刀を向けられることはないと奴が思い込み、そこに違和感を覚えるまでの一瞬。
たったの一瞬だった。普通なら間に合うはずがなかった。だが『普通』を凌駕する魔法がある。それを使えばいい。
七重の
「ぐ、ううぅぅうっ!!」
身体が悲鳴を上げている。気を抜けば、その瞬間に意識が飛びそうだった。
まだ刺さらない。刃はユーリの身体を貫かず、ただ押すのみに留まっている。
後先など考える気もなかった。ただあるのは、目の前にいる相手に勝つということだけだ。
――通らないなら、通るまで上げるだけだ!
「お、おおぉぉおぁああぁあああっっ!!!」
身体中の痛みを絶叫で掻き消し、魔力で強化された黒刀を押し込む。
ドスンと黒刀が鍔まで深々と刺さった直後、高まっていた体温が急激に下がるような感覚を覚えた。過去に一度経験のある感覚――魔力が切れた時の感覚だった。
「が――あぁぁあぁああああああああああああっっ!!!!」
ユーリへのインストールが開始され、ユーリが絶叫を上げた。たちまち防護服の色彩が変化し、ユーリの身体中に刺青のような紋様が浮かび上がり、海斗曰く『暴走状態』に変貌する。インストールが始まってすぐ効果があるというのが変な話だが、黒刀が貫いている今、黒刀とそれを握っている、感情部品が入った義手がユーリの一部として成り立っているのかもしれない。しかし今はそんなことはどうでもよかった。
魔法によって発生した効果は魔力とは関係なく残存する。魔力を失いながらも、まだ残っていた強化の効力をもってユーリを押し込み、壁に叩きつけた。
「ああああああああっ!!」
「――っ!!」
ユーリから放たれた突然膨大な魔力波に当てられ、残存強化も失った俺はユーリから引き剥がされ、さらに強烈な蹴りを入れられ飛ばされる。チップが二つ砕ける。このタイミングで、オーバーアシストを使われた。
だがもはや引くことなんてできない。レイピアを抜き、ユーリへと走る。
魄翼が砲撃準備をする。それが発射される前に、俺の後ろから放たれた砲撃が魄翼を撃ち抜いた。
「走って!」
才が援護してくれている。
前へ。
大型のエターナルセイバーが壁を斬り裂きながら横に薙ぐ。それを今度は仮面を被った少女がランスで弾いた。
「行かなきゃいけないの?」
少女がそう訊いてきた。どこか懐かしい声に感じた。
「……ああ」
「なら――行きなさい」
凛とした声。やはりどこか懐かしい。そして、俺はこの人を信用できる。
この人が剣を弾いてくれる。
前へ。
脚が重い。腕も動いてくれない。意識も朧げになりつつある。
身体が動かなくなっていき、感覚も薄れる――この感じは、以前と同じだ。生と死の境目を彷徨う、半死半生の瞬間。
前へ。
もう指令の勝敗はついたも同然だ。ここで頑張ろうとも、チップは増えやしない。それどころか減るのが目に見えている。
それでも――前へ!
指令とか関係ない! 今を勝つために、今この勝負を勝つために前へ!!
「うおおぉおぉおおおおっ!!!」
ユーリの身体に刺さったままの黒刀を掴む。再度インストールが開始され絶叫とともにユーリが暴れる。魄翼を腕に変えて俺を押し潰そうとして、才と少女がその魄翼の腕を砕く。
暴れられても黒刀を掴む左手を離さず、左腕をユーリの身体に押し付ける。そして、右手に持つレイピアで鋼鉄の左腕を突き刺した。あるだけの力で、レイピアをさらにその先のユーリの身体に刺し込み、そして左腕を外す。
左腕を外したと同時に、大出力のヴェスパーリングの直撃が俺を襲った。吹き飛ばされ、地面を転がって、そこで俺の意識は途切れた。
◇
「あああああああっ!!!」
綾が吹き飛ばされ、気絶してなお、彼の機転によって黒刀を通した左腕とユーリの接続は成立していた。ユーリの絶叫は止まず、苦しみのままデタラメに周囲に砲撃を始めた。
才は地面に伏したまま動かない綾の元まで下がり、シールドで自身と綾を守る。
仮面をつけた少女は綾を一瞥したかと思うと、砲撃の嵐を避け、ビルを駆け上がっていった。
一通り砲撃して、ユーリは魄翼の腕を振り回し、周囲を破壊しながら上へと上がっていった。しかし暴走しているためか、非常にふらついている。
上空にはなのは、フェイト、はやて(リインフォースユニゾン)、マテリアルズによる第三陣がスタンバイしていた。
「これより、第三フェーズに移行します」
「まずは、綾さんが最後の最後に繋いでくれた接続を維持して、インストールを完了させて――」
「それから、私達で一斉攻撃!」
「最後に王様の一撃でユーリを制御する!」
「塵芥共の戦力には期待しておらぬが……まあいい。行くぞ貴様ら!」
ユーリが同じ高さにまで上昇してきた。暴れ回った影響で、元から刺さりが悪かった左腕を固定しているレイピアがグラついている。
「まずは接続の維持です。あまりユーリを動かさせないようにしてください。……ナノハ、行きますよ」
「うん!アクセルシューター!」
「パイロシューター!」
桜色と橙色の魔力弾が飛ぶ。狙いは抜けかかっているレイピアをもう一度打ち込むこと。ユーリはデタラメに魔力を放ち、魔力弾全てを掻き消した。
魔力波が止んだのを合図に、レヴィが高速接近する。ユーリの弾幕をくぐり抜けてバルフィニカスを振りかぶるが、先に魄翼が襲ってきたため距離を取る。
魄翼を振り回した隙をついて、今度はフェイトが飛び込んだ。バルディッシュでレイピアを打つが、押し込むには叶わなかった。
「硬い……!」
魔力もなく綾はよく刺せたものだフェイトは思う。フェイトは知らないがことわざで言うならば火事場の馬鹿力というものである。
「ああああああああ!!」
「っ!」
ユーリの叫びと共に大量の魔力弾がばら撒かれる。そうしてフェイトを離してから、誰も近づけまいと巨大なエターナルセイバーをむやみらたらに振り回し始めた。
やたらに動き、その影響でレイピアがさらに抜けかかっていく。
「あかん……どうにかせんと……!」
はやては焦りを見せるが、高速で振り回すセイバーが寄せ付けない。
一方その頃、仮面の少女はスナイパーの少年の元へと急いでいた。
「
「ヒィッ!? ……なんだ、脅かさないでくださいよ」
準と呼ばれた少年は肩を跳ねるが、相手を知るとほっと息を吐いた。
「どうしたんすか? こちとら、管理局勢を撒くので忙しいんすけど」
「バンカーショット! ユーリに刺さっているレイピアを押し込みなさい! 今すぐ!」
「はあっ!?」
何言ってるんだといった風に準は反応した。
現在のユーリがどのような状況かは彼は知らないが、対象物を狙撃して押し込むということ自体は、角度的に不可能である場合を除き一応可能ではある。しかし懸念はその後であった。
彼は追っ手を撒いたばかりである。そう遠くないところにシグナム達がいることが予想され、狙撃の音を鳴らすのは自分の位置を知らせるに等しかった。加えて、準は大量のアンチプログラムの撃ち込みを行い、指令の勝利をほぼ確定させている。これ以上この事件に関わる必要はなく、それは目の前にいる彼女自身も言っていた。
しかしその彼女が、今すぐ撃てと言っているのである。
「早く!」
「……ああもう、わかりましたよ!」
準は諦めて狙撃銃を展開した。もうどうにでもなれと彼は思った。
スコープのレンズと魔力で強化した視力で遠く先のユーリを捉える。その場で暴れるユーリの身体には黒い日本刀と、レイピアが刺さっているのが確認できた。レイピアの方は義手が串刺しにされているが、ユーリの身体には深く刺さっておらず、抜けかかっている。
息を止め、狙いを完全に一点に絞る。
「バンカーショット、撃ちます」
トリガーを引く。轟音と共に放たれた弾丸が一直線に飛んで行き、レイピアの柄に命中。レイピアを深く打ち込んだ。
命中を確認して、準は銃を下げた。
「もうこれ以上撃ちませんよ」
「十分ですわ。行きましょう」
発砲音を聞きつけて飛んできた追っ手を躱し、二人は何処かへと去っていった。
◇
一斉に発動した多数のバインドがユーリを捕捉した。
「あ、ああ……うああぁあああああっ!!」
「もう、逃がしはしませんよ」
「時間も充分経ったはずだよ。今なら!」
準の狙撃の援護もあって、インストールに必要な時間は充分に経った。
あとは――
「よかろう。
バッとディアーチェが手を伸ばす。五人がそれぞれの最大魔法を発動する。
「全力全開、スターライト――」
「轟熱滅砕、真・ルシフェリオン――」
「疾風迅雷、ジェット――」
「光雷炸裂、イグナイト――」
『響け角笛!』
「未来を拓け! 届いて――」
「「ブレイカーッ!!!」」
「ザンバーッ!!!」
「スパークッ!!!」
『「ラグナロク!!!」』
五人同時の一斉攻撃。ユーリはその爆心地と化し、激しい爆風が吹き荒れる。
ディアーチェはその爆風の中に、爆風に流されることなく何かが漂っていることに気がついた。
「黒い欠片……? ……そうか」
その欠片の正体に気づくと、ディアーチェは目を伏せた。
「いいだろう。お主の力、借りてやる」
爆風の中静かに言ったディアーチェは、エルシニアクロイツを掲げ、カッと目を開いた。
「集え残骸、闇統べし王の元へっ!!」
声高らかに叫んだその言葉に従うように、黒い欠片は次々とディアーチェの元へ集まっていく。
集まった欠片はディアーチェの
魔法陣を展開する。元々暗い紫色であるディアーチェの魔力光だが、欠片を吸い込んだためか更に黒くなっていた。
「ユーリよ、これが星と雷、王たる闇、そして残骸の願いが織り成す、我らが四人の砕け得ぬ闇!! 堕ちよ、ジャガーノートォォオオオオオッッ!!!!」
膨れ上がった闇の魔力が、ユーリを完全に飲み込んだ。
◇
ユーリは真っ白な場所に立っていた。すでに防護服は通常の紫天装束に戻っている。
「ここは……」
辺りを見回すが、何もない。
ここにいるのが自分ただ一人だと知って、ユーリは顔を俯けた。
遠い昔に感情を捨ててから感じなくなっていたはずの、孤独であることへの悲しみ。
「結局私は、この苦しみから逃れられないのですね……」
「ところがどっこいそうはいかねえ」
声がした。顔を上げると、そこには黒い道着に金髪の少年がいた。
「あなたは?」
「俺はお前だよ」
目の前の少年はそう言ってユーリに近づき、もたれかかるように彼女を抱きしめた。
「ったく、手間ぁかけさせやがって。何度か死にかけて、本気でダメかと思ったぞ」
そんな悪態をつきながらも、少年は笑っていた。そこにいつもの狂気はなかった。
「でも、よかった。こうやって、ちゃんと救うことができた」
「……本当に、救われるのでしょうか?」
「あ?」
「苦しみしか感じないこの感情で、本当に私は救われるのでしょうか。破壊を幾度となく振りまいてきた私は、救われるべきなのでしょうか」
「バーカ」
「え?」
「救われるんだよお前は。感情も、すぐに正常なものになる」
「何を根拠に言ってるんですか……?」
「俺が根拠だ」
そんな無茶苦茶な。ユーリはそう思った。
「それと、救われるべきかとか言ってたが、俺の第一の目的がそれだ。救われてねえとこっちが困る」
「……………」
「ディアーチェや、シュテルやレヴィもそうだ。お前が救われ、帰ってくるのを待っている。もう独りになることはねえ」
「……そう、ですか」
「……ま、その中に俺が入って、救われたお前のその後を見れないのは心残りだがな」
「え?」
ユーリが見ると、少年の身体はすでに消えかかっていた。
「……どうして」
「俺は部品だ……あるべき場所に戻って、役割を果たすだけだ。この身体で得られた自由も、悪くはなかったがな」
「……いや、嫌です。消えないでください! 私はまだ、あなたに償いができていない!」
「いらねえよ。そんなの……それと、消えるんじゃなくってお前の部品となるだけだからな」
「でも……でも……っ」
そうしている内に、少年の身体はどんどん消えていく。
「なら……俺のもう一つの心残り、叶えてくれや」
「もう一つの……?」
「おう。それが目的で、こうしてここに来たんだからな」
「それは……」
「インストールされて、ついでにお前には俺の記憶も流れたはずだぜ。もう、わかってるはずだ」
「……………」
ユーリは少年から少し離れ、袖でゴシゴシと自分の顔を拭った。そして、今にも泣きそうな顔で笑顔を見せる。
「これで……いいですか?」
「ああ。それで……いい」
心残りもなくなり、少年の姿が完全に消えていった。彼の粒子はユーリの元に集まり、溶け込んでいく。
「ウレク……ありがとう……」
一筋の涙を流しながら、ユーリはもう一人の自分に囁いた。
次回から後日談となります。一話か二話を予定してます。