Magic game 作:暁楓
プレシア&リニス編ラストです。
携帯を閉じ、一息つく。
フェイトとリニスの戦闘に決着がつくのに合わせて才に電話をかけ、才は受信後すぐにわざと負け、才が墜ちたら由衣はすぐ降参する。そうして同時に戦闘を終了させることで転移を合わせる。これが今回の才の作戦だった。
そして才の狙い通り、プレシアとリニスはほぼ同時にどこかへ転移した……これで指令は達成となるだろう。このまま終われば才と由衣は五個、由衣とチームである俺、海斗、末崎は二個チップを手に入れることになる。
……いや、俺はこれから、プレシアとリニスに接触することになるのか。
「お母さん、今海鳴市に来てるの?」
「ア、アリシアちゃん……!?」
「……………」
先程聞こえた扉の開閉音。そして聞こえてきたフェイトとそっくりな、フェイトよりも幼い声。
エイミィは驚いて振り向いているが、俺は振り向かない。ただ、さっきまでプレシアが映っていたモニターを眺める。
「誰か迎えに行かないの? 今、海鳴市は危ないんでしょ?」
「そ、それは……」
「会いたい。お母さんに会いたいよ……」
アリシアの言葉一つ一つがこの場の全員に刺さる。真実を隠し、彼女に嘘をついたのは俺だ。その嘘に同意したみんなは共犯者といえる。
困ったエイミィがこちらに視線を向けてきた。エイミィだけじゃなく、他のスタッフ、加えてリンディさんもこちらに視線を向けている。
「リンディさん」
俺は口を開いた。
「……何?」
「俺と、アリシアに地上に降りる許可をください」
「綾くん……でもそれは」
「最初で、最後のチャンスです。こうなった以上、もう隠し通せるものではありません」
「……………」
リンディさんは目を瞑り、ややしばらくして小さくため息を吐いた。
「……わかったわ。なら、あなた達と一緒に武装隊を――」
「結構です。嫌われて憎まれ口を叩かれるのは、一人でいい。リンディさんは二人の魔力反応の捜索をお願いします。きっと、一緒にいる」
そしてすぐに行動に移す。
きびすを返してアリシアに近寄り、アリシアを抱きかかえる。アリシアは、俺が言った事の意味がわからないでいた。
「綾さん……最初で最後って、どういうこと? それに、私は綾さんのこと嫌いなんかじゃないよ?」
「……行けばわかるさ」
それだけ言って、アリシアを抱えたまま転移ポートに立った。
◇
プレシアとリニスの戦いは苛烈をきわめていた。
海鳴市の市街地上空で、黄色と紫の魔力がぶつかり合う。
片方は自分の愛娘に会うために。もう片方は自分の君主に安らかに眠ってもらうために。
互いに相手を知っているため攻撃をかわし、そして互いに知っている相手の隙をついて攻撃を入れる。互いに相当のダメージを受け、傷だらけとなっている。闇の欠片である二人にとっては活動限界が近かった。
『――プレシアッ!!』
綾が二人の元に辿り着いたのは、そんな時だった。
ビルの屋上から、ありったけの声と共に発せられた念話。リニスにとっては初めて聞く、プレシアにとっては聞き覚えのある声に二人は動きを止め、下にいる綾を見る。
そして二人は、綾に抱きかかえられている少女を目にすることになった。
「フェイト……?」
リニスはまずそう認識しようとした。だが、先ほど会ったフェイトよりも幼く見えるし、フェイトならもうこちらに飛んできてもおかしくないはず。怪我や魔力枯渇の可能性も考えたが、そのようには見えない。
(だとすると、この子は……)
リニスが答えを導き出すのと、プレシアが二人の元へ降りようと動き出したのは同時だった。
「アリシア……なの……?」
「……うん。アリシアだよ、お母さん」
降ろして。とアリシアは綾に言う。綾はアリシアを足から降ろし、立たせた。
アリシアは歩き出した。まだリハビリ中の脚、うまく力が入らない。それでも一歩一歩、プレシアに近づいていく。
「あっ……!」
しかし躓き、前のめりに倒れかかる。プレシアはすぐに駆けより、アリシアを倒れる前に支えた。
長い間触れられなかった母の温もりに触れ、アリシアの目から涙が溢れる。
「あぁ……お母さん……会いたかったよぉ……」
利き手である左手でプレシアの頬を触る。
その瞬間、感極まったプレシアはアリシアを強く抱きしめた。
「あぁ……アリシア、アリシア……!!」
「お、お母さん……苦しいよ」
アリシアが軽く抗議するも、プレシアが離れる様子はない。遅れて屋上に降り立ったリニスはどうすればいいのかわからず、そのまま呆然と立っている。
『プレシア、そしてリニス。二人に言っておくことが二つある』
プレシアとリニスの二人に、綾は念話で声をかけた。
『一つは、アリシアは今もあらゆる真実を知らないこと。ここはアリシアの話に合わせてほしい。もう一つは……逝く時になったら念話をこちらにかけてほしい。それまでは、席を外す』
そう言って、綾は扉の向こうへと姿を消した。いるのはプレシアとアリシアとリニスの三人のみとなった。
「お母さん、私ね、リハビリ頑張って歩けるようになったんだよ」
「……ええ。偉いわアリシア」
「友達もたくさんできたし……あ、妹のフェイトとも仲良しだよ!」
「ッ……」
フェイトという名にプレシアは一瞬嫌悪感を現そうとしたが、先ほどの綾の言葉と、少し前の由衣の言葉を思い出した。
――アリシアの話に合わせてほしい。
――アリシアちゃんに会う時には、優しいお母さんでいてあげてくださいね。
(……仕方ないわね)
プレシアは内心で溜め息をついた。アリシアと話せる最後のチャンス、それを棒に振るような真似をする訳にはいかない。
「……お母さん?」
「……ええ、ちゃんと仲良くできて偉いわアリシア」
アリシアの頭を優しく撫でる。アリシアは少しくすぐったそうに、それ以上にとても嬉しそうに破顔した。
そしてアリシアは、プレシアの後ろで立ち尽くしているリニスに気がついた。
「あれ……あなたは?」
「あ、その……リニスと言います。プレシアの使い魔をしております」
ぺこりとお辞儀をするリニス。アリシアはリニスの名を聞いて少し意外そうな顔をした。
「リニスなの? ……そっか、リニス、使い魔になったんだね。おいで……」
「え? あ、はぁ……」
言われるがまま、リニスは手招きするアリシアのへと近づく。
アリシアと視線を合わせるためにしゃがみ込む。すると、アリシアがリニスの頭を撫で始めた。リニスが身につけている帽子はプレシアとの戦闘でなくしていた。
「使い魔になっても、リニスはリニスなんだね。えへへ、懐かしいなぁ」
懐かしむアリシア。しかしリニスにとって使い魔としてアリシアに会うのは初めてである。使い魔となってから撫でてもらったことすらなく、使い魔となる以前の記憶もなくした。だがこうして撫でられて、この感触がどこか懐かしい。
(あ……。ああ……そうだ……)
思い出した。
優しい小さな手のひら。元気で温かな笑顔。
プレシアと、自分と、彼女の三人で過ごした、穏やかで幸せな日常。
「――はい。本当に……久しぶりですね……」
目頭が熱くなるのを感じながら、リニスは微笑んだ。
プレシアが望んだ一時は、リニスとも一緒になって取り戻すことができた。
――しかしこれは、夢だ。
夢は、いつか覚める。
「あれ……? お母さん、リニス、体が小さくなってるよ……?」
アリシアが二人の変化に気づく。
戦闘によるダメージ、そして心残りがなくなって、プレシアもリニスも消滅を始めていた。少しずつ身体が崩壊し、体積を小さくしていく。
「そう……もう、逝かなきゃならないのね……」
「お母さん、どこかに行っちゃうの……? やだ、行かないでよ!」
アリシアは駄々をこねてプレシアに抱きついた。せっかく会えたのに、また離れ離れになりたくなかった。
「大丈夫よ」
プレシアは優しくアリシアの頭を撫でた。
「今度はとても遠いところかもしれない……でも、お母さんはずっとあなたを見守ってるわ」
「行っちゃやだ、行っちゃやだぁ……!」
泣き声でわがままを言うアリシアに、プレシアは困り顔になる。そうしている内にも崩壊は進んでいる。
そこでリニスは、アリシアとプレシアの二人を優しく抱きしめた。
「リニス……?」
プレシアが問う。
「アリシア、お休みしましょう。このぬくもりを忘れない内に、忘れないように……昔、よく一緒に寝てましたよね?」
プレシアは過去の記憶を探る。アリシアとの思い出だからか、すぐに探し当てた。
確かに、二人と一匹、よく一緒に寝ていた時があった。アリシアが山猫だったリニスを抱いて、そんなアリシアをプレシアが抱いて。
「……ええ、そうね。休みましょう、アリシア」
「……うん」
アリシアは小さく頷いて、プレシアの胸に顔をうずめた。今ある力でしっかり母を抱きしめる。
「大丈夫よ。お母さんはずっと、あなたのそばにいるわ」
「私もです。きっと、ずっと……」
それから、アリシアが抱きしめていたものが急に軽くなった。
最後のひとかけらも崩れ、粒子は風に乗ってどこかへと飛んでいった。視界がぼやけているせいで、アリシアは粒子の行方を追うことができなかった。
プレシアとリニスの粒子を攫っていった風は、まだ少し冷たかった。夢から覚めるには十分だった。
「……うぇぇ……っ」
一人取り残された少女は、その場で泣きじゃくった。
◇
綾は、屋上出入り口の前に立っていた。
扉は開いている。その先では独り座り込んでいるアリシアが見える。こちらに背を向けているが、泣いているのが聞こえていた。
綾は携帯を開いた。いくつか操作して、携帯を耳にあてる。
「……俺です。ええ、終わりました。ゲートの用意を……帰還します」
用件を伝え、携帯を閉じる。
もう、ここに留まることはできない。闇の欠片がいつここに来て襲われるのかわからないからだ。
アースラに戻るため、綾はアリシアの元へ歩き出した。
欝な内容を書くとこっち気が滅入る。