Magic game 作:暁楓
巨大樹の事件から一週間程経った休日。
――パチッ。
「いや〜、綾にはホント適わへんわー」
パチッ。
「何がだ」
パチッ。
「だって、頭ええしスポーツ万能やし料理もうまいし家事も完璧。ついでに気遣いも上手やし、マッサージもうまいんやろ?」
パチッ。
……パチッ。
「頭がいいのはお前もだろ。スポーツは海斗の方が上だし、家事や料理は生きる上で必要だからやってるだけだ。気遣いなんて大したことやってないし、マッサージはやろうとすれば誰でもできる」
パチッ。
パチッ。
パチッ。
「いやいや、そんなことあらへんって。ついでに言えば顔もなかなかイケてるで自分」
「んな訳ないだろ、こんな仏頂面。お前の笑顔の方がずっと人にモテるぞ」
パチッ。
パチッ。
パチッ。
パチッ。
「いやぁ、褒めても何にも出えへんで?」
「事実なんだろ? 元の世界じゃ何人に告られたんだ?」
「んー、そこそこ来たけど数えとらんし、大したおもろないから付き合わんかった。そう言う綾はどうやねん?」
「六、七人だったか。全員フった」
「酷いなー自分」
「お前よりは真面目な理由だ」
パチッ。
パチッ。
パチッ。
パチッ。
パチッ。
パチッ。
「……だあああっ! パチパチパチパチうるせえっ!!」
いきなり、ソファから立ち上がった和也に怒られた。
「なんや和也? そんなイライラしてたらあかんでぇ? カルシウムとれ」
「ほっとけ! つーか、なんでお前ら二人揃って呑気に将棋なんかしてんだよ!」
和也の言うとおり、俺と竹太刀は将棋で対局している。パチパチいうのは一手打つ時の音だ。
「だって、暇やし。バイトは午後からやし」
「バイトそのものをやってないこと以外は竹太刀に同じく」
ちなみに、バイトをやってるのは海斗と竹太刀の二人。俺もバイトしようとしたのだが、竹太刀に、
「バイトはわいらに任せて、綾はうちらの主
……と言われた。もう、俺は母さん的ポジションで確定になってるらしい。
「だったら! ジュエルシード探せよ! もう少ししたら管理局来ちまうってのに、なんで探しもしないでのんびりしてんだよ!」
「お前な……話聞いてなかったのか? 管理局が来てからジュエルシードを探すって言っただろ」
「はあっ!?」
「聞いてなかったのかよこいつ……」
「海斗さんも、話の時寝てましたよね?」
ツッコむ海斗に由衣がツッコんだ。
竹太刀と和也が引っ越してきた後、作戦会議をした。その時管理局に接触することを伝えたのだが、和也は聞いてなかったらしい。
「とにかくだ。準備はしてるから、今は管理局が地球に来るまで現状待機。いいな」
◇
それからさらに日が経った。
クロノ登場の日にちの翌日、遂に俺達はジュエルシード捜索に乗り出した。
全員の時間が空いてる時に、街へと駆り出す。
「で、どうやって探すんだよ?」
「和也が俺達の中で唯一デバイスを所有……つまり魔法を使うことができる。広域探索魔法で探そう」
そして適当に人目のつかない場所につく。港の倉庫が立ち並び、物陰に隠れやすい場所だ。
「まずはこの辺でいいか。和也、広域探索頼む」
「わかったよ……」
和也は大剣型デバイス、ガルマを起動。バリアジャケットを纏った和也の足下に魔法陣が展開される。ちなみに和也のバリアジャケットはFateのアーチャーの衣装そのものだ。
「……………あった」
魔法陣を消して和也やそう短く言うと、一人道を歩き出した。俺達も静かに後をついていく。
何度か曲がり角を曲がった後、道端に溜められたゴミを漁る。
中から、青い宝石……ジュエルシードが出てきた。
「おお、早速ゲットじゃん!」
海斗がテンションを上げる中、和也は封印処理を済ませる。
「これは俺が見つけた……俺がもらうぜ」
「ああ、いいぞ」
「ええの?」
竹太刀が訊いてきた。あまりにあっさりと所有を許したのを疑問に思ったらしい。
「いいさ、それくらい。……そもそも、誰であっても十二時間も持ってられないだろうしな。だったら持たせて喜ぶ奴に持たせてやれ」
「なんや、来るんか?」
「ちょっと違うな。……もう来てる」
辺りの景色が、色褪せたものに一変した。それはつまり、結界が張られたことを意味する。
周囲を警戒する。結界を張ってくる勢力は、大きく二つ。なのは及び管理局の者か、それともフェイトか……。
やってきたのは――金色と橙色。
「ジュエルシードを……その石を渡して」
金色髪を揺らし、空から降りてきたフェイト・テスタロッサがバルディッシュを向けてそう言った。
「うおっ、生フェイ……」
ごすっ。余計なこと言おうとする海斗に肘鉄をかます。怯む程度の軽さにだ。こいつを抱えて走るようなことはやめたい。
「ジュエルシード……そうやって武器を向けて、渡せって言うことはお前らのじゃないんだな?」
実際には色々知ってはいるのだが、知ってることをバラすような馬鹿な真似はしない。
何も知らないように演じつつ、着けてきたウエストポーチから『管理局より先にフェイトが来た場合』の対策の道具の準備をする。
「……こちらに渡して」
「おいおい、会話はちゃんと成立させないと――なぁっ!」
言い終わると同時に、ポーチから取り出したものを投げる。
パァンッ!!
「「っ!?」」
投げたそれは空中で破裂、大きな音を響かせ、フェイトとアルフを怯ませた。爆竹である。
二人が怯んでいる隙にさらにポーチから小さな包み袋を取り出し、地面に投げつける。破裂した包みから白い煙が舞う。
「走れっ!」
言うなり煙とは逆方向へと走り出す。
事前に爆竹に備えて耳を塞いでいた竹太刀はすぐに、爆竹で怯んでいた三人も慌てて走り出した。
取りあえずは一旦角を曲がり、死角に身を隠して走る。
プルルルル。プルルルル。
走っている最中に、俺達の携帯から着信音が鳴りだした。
「あ? ったく、誰だよこんな時に! 空気読めよ!」
「……竹太刀!」
和也の言葉には心の中で賛同したいが、それは置いとこう。今は着信した内容だ。ほぼ間違いなく、緊急指令。
「了解や……………ああもうっ、あいつは面白そうや思うたら即指令か!」
「内容は!?」
「早い話、管理局が来るまでジュエルシード持って逃げろって話や! 成功報酬はチップ二個に今持っとる人に対してジュエルシード所有承認! 失敗はチップ二個剥奪や!」
「……!」
俺が反応したのは、成功報酬の内容ではなくその逆。失敗時の罰だった。
チップを二つ剥奪……和也のスターチップはまだ一つだ。すなわち、失敗したら和也はここで失格になる……!
(させて……たまるか……!)
「……散るぞ! 竹太刀は由衣を、海斗は和也を抱えて走れ! 海斗は俺についてこい!」
「お、おう!」
「了解や!」
二人は指示通り、それぞれ由衣、もしくは和也を抱え、二手に別れる。
「まぁぁぁぁてぇぇぇええええっ!!」
「げぇっ、来やがった!?」
「……っ!」
和也がジュエルシードを取るところを見たのか、それとも探知魔法で和也が持っていることを知ったのか……そこはどうでもいいが、とにかく二人ともこちらに狙いを定めてきた。
……速い。成人体格のアルフは当然として、フェイトもとても速い。低空飛行によって自分の速さを生かしている。
「おい! このままだと追いつかれるぞ!? だいたい、射撃魔法でも使われりゃ終わりだろうが!」
海斗に抱えられている和也が叫ぶ。
「大丈夫だ。ジュエルシードを暴走の危険に晒すような真似はしないはず。そもそも、雑魚には射撃すらしないで殴り飛ばすはずさ」
「ああ!? 誰が雑魚だ!」
「俺達全員だ」
言いながらポーチから新たに道具を取り出し、その場で加工を始める。
取り出したのは綿を挟めた割り箸と、少しだけ黄色い液体が入ったペットボトル。ボトルの蓋を開け、中身を綿に垂らす。
「……なんだそれ?」
「綿を挟んだ割り箸」
「んなのわかる。ペットボトルの方は?」
「サラダ油」
「はあ?」
和也が頭にクエスチョンマークを浮かべているのはほっといて、ペットボトルはしまって次に取り出したのはライター。サラダ油を湿らせた綿に着火。油のおかげですぐに火が着く。
後ろを確認する。だいぶ離れていたはずの距離が、かなり近づいてきていた。
「おい! 追いつかれちまうぞ!?」
「しつこい。……大丈夫だ」
ポーチから次の道具を取り出し、タイミングを計る。……三……二……一……。
ゼロをカウントすると同時に、包み袋を二、三個一気に俺達の少し後ろの地面に叩きつける。最初の時と同じもので、白い煙が上がる。
その煙に、俺は躊躇いもなく火のついた割り箸を投げ込んだ。
ドオオオオオンッ!!!
「「うおぉっ!?」」
「……っ!」
火が煙の中に入った瞬間、凄まじい爆発が起きた。突然の爆音と爆風に二人は驚き、俺も爆風に体が強張った。
「早く走れっ!」
爆風が止まない内に、俺は海斗に檄を飛ばす。
「さ、さっきのはなんだよ!?」
「粉塵爆発だ! それはいいからさっさ行け!!」
粉塵爆発というのは、知ってる人も少なくないだろう。空気中に舞った小麦粉などの粉末に引火した時に起こる爆発である。白い煙の正体が、その小麦粉だったのだ。
「てめぇ! 俺のフェイトになにしてやが――」
「早く走れぇっ!!」
グズグズしている二人に怒鳴り、さっさと走らせる。同時に、粉塵爆発からの追撃に入った。
ポーチから取り出すのは、液体を入れて固く結んだレジ袋。それの結びを少し緩め、爆発の煙の上へと投げる。
それと共に爆竹も投擲。うまくタイミングを計って投げた爆竹は煙の真上、レジ袋と接触した瞬間に破裂、袋に穴を開け、中身を煙の中へとぶちまけた。
それを見届けてから、俺は海斗の元へと走る。爆竹の音が気になっていたのか、足は止まっていた。
「何してんだ! さっさと走れ!」
怒鳴って海斗を引っ張りながら走ると、和也がまた噛みついてきた。
「何してんだはこっちの台詞だ! 今度は何かけやがった! まさか液体燃料――」
「違う!」
和也の考えを即否定。そして、加えてこう言った。
「海水だ」
◇
「ペッ、ペッ! あんのやろー、爆発の次は海水かい! なにもんだよあいつ……」
ある程度晴れた煙の中で、アルフは口内に入ってしまった海水を吐き出していた。防護服は濡れているだけでなく、所々焦げている。
煙で姿を眩まされる前に突破しようと、煙の中に飛び込んだ結果がこれだった。煙で視界が閉ざされた状態での予期しない粉塵爆発。防護服が無ければ火傷は免れなかっただろう。
その上海水でびしょ濡れになった。何の嫌がらせかと、怒りが沸いてくる。
「あー、もうっ……フェイト、大丈夫かい……っ!?」
手にかかった海水をパッパと切りながら自分の主人へと視線を向ける。バリアジャケットで守られているだろうから大丈夫だろう――そう思っていたアルフの表情が驚愕に染まるのは、身体をうずめるフェイトの姿を見てからだった。
「フェイト!? どうしたんだい!?」
「……っ。……だ、大丈夫だよアルフ。ちょっと背中に染みただけだから……」
苦痛に耐えて言ったフェイトの言葉で、アルフはようやく彼――綾のこの行動に合点が行く。
粉塵爆発によって火傷傷を負わせ、そこに海水によって追い討ちをかける寸法だったのだ。実際には火傷ではなく、プレシアからの仕打ちによってできた傷に染みたようだが。
だがそれでも、フェイトに苦痛を与えた綾に怒りを沸き上がらせるには十分だった。
「……っ!! フェイトはここにいな! あいつはあたしがぶっ飛ばしてやる!」
「あ……アルフ!?」
フェイトの言葉も聞かず、見失った対象を追うべく走り出す。
(あの野郎……覚悟しなよ……!!)
◇
「待ちやがれぇぇぇえええええっっ!!!」
俺達がある地点を目指して走っていると、アルフの怒号がどこからか聞こえてきた。
「うおおっ!? なんかすげえキレてねえか!?」
「そりゃキレるだろうな。フェイトの背中の傷に海水投げつけるようなことされれば」
「うおいっ!?」
やかましい海斗の言葉は無視して目的地へ急ぐ。確か、ここからならこっちだったか……。
海斗の言いたいことは、わからなくもない。キレた奴を相手にするのは難しいどころか、俺達の場合では絶望的だ。
「海斗、今回は時間稼ぎが目的だ。フェイトは一時ダウンしてるから、アルフの標的を俺に絞らせれば、ジュエルシードを確保したまま逃げることはできる」
「お、おい、それってお前が危ねえんじゃ……」
「死にはしないさ」
そう答えつつ、角を曲がる。
「あ、綾さん! 海斗さん! こっちです!」
曲がった先に由衣と竹太刀がいた。すぐに二人の元へ駆け寄る。
「随分と相手をキレさせたみたいやなぁ。ほれ、補充!」
竹太刀は呆れた顔をしながらもウエストポーチを差し出す。爆竹やら海水込みのポーチから小麦粉袋と油、割り箸松明の粉塵爆発特化のポーチへと切り替える。
「それとほれ、武器になりそうなもんも拾ってきたで!」
「助かる!」
鉄パイプも二本受け取る。鉄パイプは多めに拾ったらしく、海斗と竹太刀も鉄パイプを装備。
「あのっ、指示通りこれもやっておいたんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
由衣が言う『これ』とは、道の真ん中に置かれた中華鍋。中に油を大量に入れられ、七輪の火で熱されている。
「油流し込んでできるだけ大火力で熱したけど、大丈夫なんかこれ?」
「やるしかないさ」
前のポーチから松明を製作し、着火して油の中に放り込む。油が勢い良く燃えだした。
そしてまた前のポーチから水入りの袋と紙コップを取り出し、紙コップに水を注ぐ。
「見つけたぁぁぁあああっ!!!」
後ろからの怒号に振り返ると、アルフが敵意剥き出しでこちらに猛ダッシュしてきていた。
「げえっ、来たぞ!」
「ほな由衣ちゃん、行くで! 海斗、こっちや! 綾! しくじるんやないで!!」
「ああ!」
四人一斉で逃げ出す。俺は中華鍋を挟むようにアルフと向き合う。右手には水入りのコップ、左手には鉄パイプ二本。
「てめぇは絶っっっ対っ、ぶっ飛ばしてやる!!」
「やれるもんならやってみな……!」
タイミングを見計らい、コップを中華鍋へと投げ込む。
……突然だが、熱した油に水を入れるのは大変危険で絶対にやってはいけないことだ。
なぜか? それは……
ボジュワアアアアアッ!!!
「っ!? 熱っ、あっつっ!!」
「っ!!」
――油が物凄い勢いで飛び跳ねるからだ。
飛びかかってくる高熱の油に驚きジタバタするアルフ。鍋の近くでコップを投げ込んだ俺にも油が襲いかかり、反射的に腕で顔を庇う。
だが多少収まったところですぐアルフへと肉薄する。多少といってもまだ油は跳ねていて、かかった高熱の油が肌を焼き付ける。
その痛みを無視し、アルフの顎にアッパーを仕掛ける。
「っ!!」
だが寸前でかわされた。
身体を仰け反らせてアッパーを回避したアルフは、追撃を避けるため後ろへ飛ぶ。
「やってくれるねえあんた……」
「……………」
俺は黙って鉄パイプを両手で一本ずつ持ち、構える。
二度の小細工が効いたのか、アルフは警戒してなかなかかかってこない。
……なら、もう一度沸点に達してもらうか……!
「金髪の女の子はいないんだな。塩水はよく効いたか?」
ニヤリと口元を歪ませて一言。
「……っ!!」
沸点に達するのは簡単だったようだ。一瞬で俺に肉薄し、殴りかかってくる。
「っ!」
寸前で回避……いや、少し頬を掠めた。
擦り切れた頬を気にするより早く、鉄パイプで反撃を仕掛ける。
パァンッ! 乾いた音を立て、鉄パイプが弾き飛ばされた。
「くっ!?」
「くらえっ……!」
鉄パイプを弾き飛ばされた痺れで硬直し、がら空きとなった胴に、魔力を込められた拳が叩き込まれる。
五十キログラムを超える肉体が易々と吹っ飛ぶ。肺から空気が押し出されるのは、壁にぶつかった後だった。
「がはっ!!」
壁に叩きつけられた時に頭を打ったのか、視界が酷くチカチカとする。
そんな酷い視界の中で、アルフがこちらに接近してくるのが見えた。それもかなりのスピード。
(ちっと怒らせすぎたか……?)
だが、覆水盆に返らず。今更後悔しても仕方ない。過去に対して後悔する暇があるなら今に対する策を練らねばならない。
すぐに起き上がり、アルフの拳を避け、ポーチから道具を取り出す。
取り出したもの――小麦粉袋を掴んだ分纏めて地面に叩きつける。三、四個ぐらいだったか。かなりの量の煙が俺とアルフを包む。
そして、取り出したのは着火用松明ではなく、ライター。
(グズグズしてる暇は……ない!)
ジュッ。その場でライターの火を、つける。
辺りの小麦粉に引火し、盛大な爆発が生まれた。