Magic game 作:暁楓
なかなか進まないなぁ……。
『オーバーアシストプログラム、起動開始』
綾の両腕が切断される直前に自身の核を綾の背中に移動させていたウレクが宣言した。
直後、綾の姿が消えた。シグナム達が見えるのは赤黒い炎の軌跡と黒い残像、そして落ちていく二つの腕だった。
そしてその二つの腕も突如姿を消した……と思った次の瞬間には、切断されたはずの両腕をつけた綾の姿が見えた。対峙する形で、十数メートル先にはユーリの姿もある。
荒い息をしていた綾が突然、ゲロッと胃の中の物を吐き出した。吐瀉物の中には多量の血が混ざっている。
「ゲホッ、ペッ……チッ、さすがにこいつの身体じゃ、負担がデカいか」
そう言う綾――否、綾ではなくウレクであった。
侵食融合を全身に張り巡らし、黒く禍々しい鎧に身を包んでいた。頭部に鎧はないものの、ウレクの金髪がメッシュとして入っており、左目も血のように赤いウレクのものになっている。
ウレクはユーリの様子を窺う。すでに黒刀は抜けている。ユーリは以前同様、僅かにでも流し込んだプログラムが影響しているのか頭を押さえていた。
「正体不明のプログラムが侵入。身体阻害を確認――」
(本来ならチャンスってヤツなんだが――)
転移魔法で黒刀を取り寄せ、右手に取る……が、握力が定まらず、ガタガタと震え、しまいには落としてしまう。
(――引き際だな。体験させるっつー目的は十分か)
ウレクは改めて転移で黒刀を鞘に納め、ユーリが飛び去っていくのを見送った。
「朝霧、無事か!」
「あんた、その姿なんだよ!? そもそも飛べないんじゃなかったのか!?」
シグナムらが集まってきた。今のシグナム達は綾が腕を切断されたはずであること、綾の姿そのもの、そして綾がここにいる理由など、訊きたいことが色々あった。
ウレクはニカッといつもの自分の笑みを浮かべ、言った。
「おう、三ヶ月ぶりかなぁ。闇の書の騎士ども」
「……!? お前は一体――貴様、あの時のマテリアルか!」
ウレクと気づいてからの反応は早く、三人はすぐに臨戦態勢に切り替わる。
しかしウレクは慌てず、軽く両手を上げた。
「おっと待て待て。今は味方だぜ?」
「信じられっかよ、そんなこと!」
「信じる信じないは別として、この身体は朝霧綾のものだ。武器を向けるのはよろしくないと思うぜ?」
「くっ……!」
シグナムが悔しそうに歯噛みする。
相変わらず他人の苦しむ表情を見て嬉しそうに笑いながら、ウレクは言葉を続けた。
「アースラに戻ろうや。話ならいくらでもしてやるよ」
◇
「気分はどう?」
「正直全然よろしくないです」
リンディさんの質問に対して、俺はそう即答した。
侵食融合を受け、ユーリに頭を蹴り飛ばされ、腕を切断され、ウレクに完全に乗っ取られ、やっと解放されたと思ったら全身の激痛と凄まじい吐き気に襲われ。はっきり言って、ボロボロである。
現在は医務室のベッドで、上半身を起こしてリンディさんと話をしている。
ウレクは現在は俺から離れていた。俺が手当てを受けている間にみんなに説明の続きをして、今は誰かの監視下に置かれていると思う。
「腕は大丈夫?」
「握力や腕力がまだ戻りきってないことを除けば」
二の腕のあたりで切断された両腕だが、早く接合したことが幸いしてなんとか無事。シャマルによる回復も加えて大体は治った。それでも握力、腕力ともに完全に戻っておらず、しばらくは安静にするべきだと言われたが。
俺の回答を聞いて、リンディさんは「そう」と安堵したように息を吐いた。
「みんな心配したのよ? もう会った?」
「何人かすでに来ました」
その何人かとは大体転生者達なのだが、その中にリインフォースが混じっていた。というか、一番に来た。
必死の様子で無事を確かめに来て、腕は完治できると知ると気が抜けたようにへたり込んだ。目に涙も浮かべてた。
心配してくれているというのはわかるが……いや、ウレクが起こしたこととはいえ、一人で無謀な戦闘を行った俺が悪いと言うべきか。
――それはともかく、だ。
「ウレクから、何か絞り出せましたか?」
「ええ。ユーリが持っている、いわば最終手段――『オーバーアシストプログラム』。あなたも一応見たと思うけど」
ああ、見た。ついでに食らった。
そして大体の検討もついた。
「膨大な魔力放出にこちらが感知しきれないほどの異常速度――俺が知る限りでは、プログラムの書き換えによる過剰強化といったところかと」
俺の推論に、リンディさんは頷くことで肯定した。
「ええ。大体そんなところよ。『エグザミアは壊れない』という性質からユーリの魔力、駆体強度、身体能力、さらには五感までも異常強化を行う代物。ウレクはこのプログラムを綾さんが『死なない程度に』調整して使ってたそうよ」
ウレクが身体操作の権限を一時全部乗っ取ったのは、俺がそれを扱うのが難しいということか、あるいは俺では耐えきれない負担を侵食することで身代わりとするためか……または、両方か。
しかし、それ以上に問題なのは、
「リンディさん、ひょっとしてそれ、今のユーリの場合」
「ええ。ウレクの証言では、今のユーリが酷使した場合には身体が耐えきれず崩壊する可能性があるらしいわ」
……余計に厄介になってきた。
性能強化も脅威だが、自壊する手段も持っているということがさらに面倒にさせている。
感情がないのがまだ救いか。自ら壊れようとする頭はないだろう。ただし、自壊のリスクを考えて思いとどまる頭もない。アプローチが長引けばユーリは勝手に壊れてしまい、壊れたら再構築され、今までの苦労が水の泡。それどころか対策されるだろうから、成功率が格段に落ちる。最悪もう止めることができなくなる。
まあ、元々何度も仕掛けられないとわかっていたから、接触できる回数が減ったぐらいのものとも言える。それが問題であるのだが。
「……他には?」
「以上よ」
他に追加情報がないと聞き、俺はため息をつきながら頭を抱えた。勿論、腕に負担はかからないように注意はしている。
とにかくそのオーバーアシストプログラムが邪魔だ。戦闘能力はともかく五感まで強化されては奇襲の成功率が極端に下がる。発動前に奇襲を成功させたとしても、今度は一分間接続を維持する必要があるのが難点だ。今回のように吹き飛ばされる。
どうしたものか思考の海に浸かり始めたところで、リンディさんが俺の両肩を押さえて横にさせた。
「対策を考えるのもいいけど、今は安静にしてなさい。まずは腕を本調子に戻さないと、ね?」
「……了解」
「あら、意外と素直」
「元々素直ですよ」
「ダウト」
否定された。過去の行いから言い返せないのが悔しい。
「じゃあしばらくは私達に任せて、ちゃんと寝ているのよ? あなたは何かと怪我とか気にせずすぐに飛び出すけど、そこは直さないと大事な時に動けなくなるわよ?」
「あなたは保護者ですか」
「一児の母よ。何か問題ある?」
「そうだった……とにかくわかりましたから、持ち場に戻ってください」
「ええ。そうするわ」
リンディさんが医務室から出て行くのを見送ってから、ため息を吐く。
見舞いの人も医務員もいない中で、口を開く。
「……そろそろ起きるか?」
独り言ではなく、呼びかけるように発した言葉。
それから数秒して、隣のベッドからもぞりと身体と布団がこすれあう音が発せられた。
首を向けると、見た感じ今の俺より一つか二つほど年上であろう赤髪の少女の瞳がこちらを見つめていた。
少女――アミティエ・フローリアンは困ったような笑みを浮かべた。
「……バレちゃってました? 寝たふりしてたの」
「寝たふりっていうより、寝ている間に会話が聞こえたから起きなかったんじゃないのか」
「……なぜ、そのことを」
「人間じゃ耐えきれないような超威力の技使えるくらいだから、多少便利な体質にしてるんじゃないかってなんとなく思った。その様子じゃ当たりなんだな」
「……はい。寝ている間に何かが起きたとしてもすぐ対応できるように、博士に改良してもらったんです。オーバーブラストや他の機能も含めて、私とキリエを人間として育ててきた博士はそういう改造はしたがらなかったんですけどね」
懐かしむように言って、それからアミティエがベッドから起き上がった。
「ご迷惑をおかけしました。それではこれで――」
そのままベッドから降りようとして、しかし身体が上げた悲鳴に身を縮める。
「腕は繋がってるし、胴体の穴も塞がってるとは言え、かなりの部品が欠損しているはずだぞ」
「こ、これくらい大丈夫です……それに、いざというときの修復機能だって……」
「お前のデバイスも半壊状態でメンテナンスルーム行きだ。場所わかるのか」
「ぅ……」
アミティエが止まった。
しばらくして、彼女はこちらを首を向けてきた。
「……場所を、教えてくれませんか」
「口頭じゃわからんだろ。説明も面倒だ」
「だったら、ご同行を……」
「見つかった瞬間二人仲良くリンディさんの怒りの餌食になる。俺は御免だ」
「なら……」
「実力行使もやめておけよ? ナースコールという最強の武器があるから」
「なんでわかるんですかっ……!」
そういう気配がしたから。
がっくりと肩を落としたアミティエは、しばらくして諦めたらしくベッドに入り直して、それから声をかけてきた。
「……あの、私はアミティエ・フローリアンと言います。愛称はアミタです。えと、あなたは……」
「ああ、まだ言ってなかったな。俺は朝霧綾。呼びやすい方でいい」
「じゃあ、綾さんで。……綾さん、私がいつでも起きられるとわかってて、どうして人がいなくなってから起こしたんですか?」
「わかってたって言っても、勘の領域だったからな。ミスって醜態さらすのは御免だ」
それと、と俺は続けた。
「休んでる間の暇潰しとして、話し相手が欲しかったからな。どっちかって言うとこっちがメインだ」
利己的なその理由に、真面目に聞いていたアミタはまたがっくりと肩を落としていた。
◇
パァンッ、と闇の欠片の頭が撃ち抜かれる。
長杖をライフル銃のように構えていた由衣は、霧散する闇の欠片を見届けた後に「はふぅ」と息を吐いた。
「お疲れ」
そう言って由衣に近づいたのは海斗だった。
近づいてきた海斗に、由衣はすぐに姿勢を正して応える。
「あ、はい。お疲れ様です」
「はー……!」
海斗に続いて戻ってきた末崎は強く息を吐きながら背筋を伸ばす。
「そろそろチップ二個分いったんじゃないか?」
「えーと……」
「いや、まだこれで二十三体。あと一体だな」
海斗の質問に答えたのは末崎であった。それも即答である。
「……お前、どうしてそんなに早く答えれるの?」
「い、いいじゃねえか! 数を把握できるのは便利だろ!?」
「まあ、そうだけどよ」
「それにしても、今回は変わってますよね。指令が追加されるなんて……」
由衣が漏らした言葉に二人は言い合いをやめ、話題がそれに変わる。
それは少し前……綾がユーリとの戦闘から戻り、ウレクによる説明を受けた後からきた神からの指令であった。
差出人:管理者
件名:指令5
内容:
指令4参加者に通達。
次の指令を指定期間内に実行、達成せよ。
指令内容:システムU-Dの暴走を止めよ。なお、U-Dの攻撃を受ける度にスターチップを二個剥奪される。
期間:砕け得ぬ闇事件終了まで
報酬:U-Dを止めることに貢献した者にスターチップを三個配布。また、最も貢献した者、いわゆるMVPの場合は十五個、MVPのチームメンバーには十個スターチップを配布。
「しっかしこれ、MVPは綾で安定じゃね?」
末崎の言葉に、海斗はうーんと腕を組んだ。
確かにこのままではMVPは綾になる。というのも、転生者の中でユーリ救出にあたって役割を与えられているのが綾一人であり、その役割の遂行が可能なのも綾のみだからだ。
しかし、神が特定の人のみがクリアできるような仕組みにするとは思えない。今までの指令は困難ではあったが、誰でもクリアはできるようになっていた。
(何か仕掛けがありそうだけどな……)
しかしその仕掛けが何かは海斗にはわからない。なので、海斗は今できることの方に意識を切り替える。
「ま、とにかくまずはやることやろうぜ。勝利稼いで、ついでに捜索」
「本当は捜索が主なんですけどね」
説明が遅れたが、海斗達が
強力な戦力がいようと、高性能なレーダーがあろうと、数でもって地道な活動を行う、将棋でいうところの『歩』の役割というのはいつの軍やそれに準ずる組織でも必要なものである。ユーリが再び行方を眩ませてから、ユーリの捜索に人手が欲しい状態であり、そこを利用したのだ。
もっとも利用したのは才であり、海斗達が便乗して地上に降りれたのも才のおかげである。その才は現在単独で別行動。
「そりゃそうだけどさ。対峙しても俺達じゃ適わないから、こうやって後々の邪魔になる欠片の掃討を――」
海斗がそう口実を披露していた時、
「ぎゃああああっ!!!」
「「「――っ!?」」」
三人の身体が一斉に強張る。
いち早く硬直を解いた海斗は、絶叫が響いた方向へと駆け出した。
「あ、海斗さん!?」
由衣が呼び止めようとするが海斗は止まらず、由衣も慌てて追いかける。
「お、おーい!? 自分から危険な場所に行くなんて……ちょ、ま、まってくれぇ!」
末崎は少し躊躇したものの、すぐに視界から消えてしまう二人を慌てて追いかけた。
先頭を走る海斗は、すぐに絶叫の元まで辿り着いた。
見えたのは、魄翼を巨大な腕に変えたユーリと、倒れた男と、その男の手を握る少年、壁際に座り込んで震えている少年、そして片腕を無くし、残った腕で手にしている杖をユーリに向ける男の計五人。
――否。
パキンッ……
(……!!)
「うわあああああ!
倒れていた男の身体が青白い光となって砕ける。離れているはずなのに、その嫌な音が海斗の耳にはっきりと聞こえた気がした。
そこにいる人が消え、その男の手を握っていた少年が叫んだ。その悲痛な叫びは恐怖となり他の者にも伝染していく。
「嫌だ……死にたくないっ……くるな、くるなバケモノぉぉぉっ!!」
絶叫と共に隻腕の男の杖から魔力弾が発射される。が、それはユーリに防がせることもできず、情けなくユーリの身体に当たって消える。
「……………」
無表情のままのユーリが男に手を向け、魄翼に攻撃命令を出そうとする。
「どっ、せぇぇえええいっ!!」
海斗は全力疾走、全体重をかけたタックルをユーリに叩き込んだ。
タックルを受けてユーリの身体は押しとばされ、攻撃も中止となる。
「あ、ああああ! た、助けが来たあああっ!
「ばっか、そういうのじゃねえよ……」
隻腕の男の泣き言を返しながら、ユーリを見据える。ユーリはすぐに立ち直ったものの、なぜかそれから直立のまま動かない。
ポケットから携帯を取り出し、アースラへの通信を急ぐ。
「海斗さん!」
「げっ、ユーリまでいるじゃねえか……!」
「由衣ちゃん、末崎! こいつらを安全な場所に非難させてくれ!」
遅れてやってきた二人に指示を出していると、アースラと通信が繋がった。
「こちら海斗! ユーリを捕捉、接触した! 負傷した民間人……三名を保護! 指示を!」
『こちらリンディ。モニターで確認したわ。今そっちになのはさん達を向かわせたけど、持ちこたえるとは考えず、自分を守ることを考えて!』
「了解です!」
通信を切る。
末崎が隣に来て耳打ちしてきた。
「おい、海斗」
「なんだよ?」
「……緊急指令がきちまったよ」
「マジかよ……」
しまいかけた携帯を開き、海斗はメールを見た。
差出人:管理者
件名:緊急指令
内容:管理局からの救援が来るまで持ちこたえよ。
成功条件・報酬:救援の魔導師もしくは騎士がシステムU-Dと接触する。スターチップを五個配布。
失敗条件・罰:救援が来る前にシステムU-Dに逃げられる。スターチップを十個剥奪。
「ったく、五個とか割に合わねえだろ」
「で、でも、海斗さん。失敗すると、あの人達……」
「ああわかってるよ。俺達はともかく、あいつらがヤバいんだろ?」
由衣の言うことに頷いた。
緊急指令はその場にいる者に与えられる。怪我とか、戦意を失っているとか、そういうの関係なしに神は与えてくる。
そして失敗し、チップが足りなければ、容赦なく消される。
「な、何言ってんだ。逃げようぜ! あんな奴ら助けようとして俺らが死にに行く必要なんかねぇよ……!」
「嫌なら逃げてもいいぜ。綾だったら助けるだろうって勝手に考えただけだから。てか、実際にリスク負ってまで助けてたじゃねえか」
「う……」
実際に綾がリスクを負ったために助けられた末崎がたじろいだ。
「俺達は自分から死ぬことを選んだ。今更怖じ気づいたってのか?」
「……あーもうわかったよ! やればいいんだろ、やれば!」
何も言い返せない末崎は癇癪を起こし、ヤケクソ気味に了承した。
それを見て呆れ気味に笑い、そしてユーリの方に向き直る。
「俺が前に出る。支援を頼むぜ」
海斗が長杖を構える。二人も二人もそれぞれの獲物を構え、より警戒する。
直立のまま動かなかったユーリが、動きだす。
「……攻撃、開始」
破壊の爪が空気を引き裂いて三人に迫る。
これから指令はさらに複雑に、難解に……していけたらなぁと思います。なにせ自分の思考力が残念ですから、発想に限りがあるんですよねえ……。
さて、海斗達が三人で緊急指令に挑みます。綾はいない、才もいない状態で無事達成できるのか? 見ものですねぇ(ゲス顔