Magic game   作:暁楓

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第六話

「うおおおおっ!?」

 

 急速に成長して襲いかかってくる大樹を必死でよける。

 無差別攻撃で必ずしも人間を襲うことが目的でないことが、この状況の救いだった。

 なお、俺は由衣を脇に抱えながら樹木をよけている。本当なら俺以上に動ける海斗の方がいいのだが、とっさのことで由衣に近かった俺が抱えているのだ。余裕ができたら海斗に渡そう。

 

「おいおいどうする!? どうやって逃げ切るんだよ!?」

 

「とにかく走れ! それしかない!」

 

 俺と海斗が併走し、迫り来る樹木から逃げつつ叫びあう。

 

 プルルルル。プルルルル。

 

「携帯……!? こんな時に――まさか……海斗っ、携帯見ろ!」

 

「ああ!? こんな時に!?」

 

 言いながらも、海斗は携帯を開いて操作する。

 ある程度見た後、海斗は舌打ちして携帯を閉じた。

 

「ああ畜生っ、緊急指令だ!」

 

「内容は!?」

 

「こんな状況で読めるかよっ!」

 

「ろっ、路地裏に隠れましょう!」

 

 由衣が言うなり手近な路地裏へと逃げ込む海斗。俺も後についていく。

 何度か曲がり道を利用して逃げていき、樹木が来ないのを確認して、ようやく由衣を一旦降ろした。

 肩で息をするのも程々にして、すぐに俺は自分の携帯を確認する。

 新着メールが一件。差出人は、管理者。

 

 

 

差出人:管理者

 

件名:緊急指令

 

内容:ジュエルシードの発動によって成長・攻撃する樹木を回避せよ。

 

成功条件・報酬:ジュエルシード封印まで暴走樹木に接触していないこと。成功者全員にスターチップ一個配布。

 

失敗条件・罰:暴走樹木と接触する(ただし、動きが止まっているものは除く)。失敗者からスターチップを一個剥奪。

 

 

 

「ようは逃げ切れればいいんだな?」

 

「らしいな。接触した時点で失格……服もアウトだろうな」

 

 身だしなみを軽く整え、路地裏から出ようとする。

 

「お、おいっ、どこ行くんだよ? ここにいた方がいいんじゃないのか?」

 

「いつ来るかわからない状況で、逃げ道が限られる場所に留まるのは危険だ。できるだけ広い道、多方の道別れがある道にいる方がいい……由衣は頼むぞ」

 

「はいはいわーったよ」

 

 路地裏の外の様子を一旦確認し、安全を確認してから海斗に来るよう指示。

 由衣を背負う海斗に合わせ、できるだけ急いで移動を進める。

 

「っ! 来るぞ!」

 

「うおっ!」

 

「きゃあ!?」

 

 地面からの強襲をなんとか避ける。

 海斗の背中を押して前進を催促し、後ろからの追撃を回避。

 曲がり角を利用して、樹木の追撃から逃れていく。

 

「うわあああああっ!!」

 

「!?」

 

 十字路に入った時、誰かの絶叫が響いた。

 発生源である右側を見てみると、少年が一人、樹木の細いツタに巻き付けられ、捕らえられていた。

 捕まった少年が、青白く発光し始める。

 

「おい、助けねえと!」

 

「た、助け――」

 

 海斗が助けに駆け寄る前に、少年が助けを乞う前に、少年の身体は砕け散った。

 失格。ゲームオーバー。それらの表す意味は、その人の死。

 

「あっ……!」

 

「なっ――」

 

「ボサッとすんな、早く走れっ!」

 

 消滅の光景を見て停止した海斗の背中を押し、無理やり走らせる。

 しばらく走ると、海斗が気が抜けたような声で話しかけてきた。

 

「……なあ、綾……あれが……失格者の末路だって……?」

 

「……………」

 

 俺は答えない。答える暇もないし、答える必要すらない。

 

「ふざけんなよ……あいつはまだ助かるかもしれなかったじゃんか……なのになんで、あんな風に殺せるんだよ……!」

 

「……海斗……これが現実だ……。理不尽が乱立し、誰かの勝手な思想が中心になって動く……それが世界なんだ……!」

 

 きつく歯を噛み締める。

 失格になれば即消去……それがどんな状況だったとしても、一瞬にして消せるということは俺達の命は神の手の中にあることを意味する。

 スターチップを支払えなければ消され、支払うために奴の言いなりになる……今の俺達に生存権はない、奴隷同然……!

 

「綾さん! 後ろ!!」

 

「――っ!?」

 

 由衣の言葉に振り向くと、樹木が俺の眼前まで迫っていた。

 

(間に合わない――!)

 

 直撃を覚悟し、強く目を閉じた。

 

 ゾゴンッ!

 

 鈍い音がした。

 痛覚に刺激が入ってこない。だがそれとは別に樹木に対して防御の姿勢を取っていた俺はそのまま尻餅をついてしまう。

 目を開けてみると、樹木は途中で輪切りにされて地面に落ちていた。

 

「首席の先輩、無事かー?」

 

 樹を輪切りにしたのは、先程別れたはずの竹太刀だった。こんな時にも爽やかな笑顔が様になる。いや、こんな時だからこそ、ヒーローみたいで様になってるのか?

 右手に身の丈近い刀身で分厚い大型剣を持ち、左腕には和也を抱えている。剣も人間もそこそこの重さのはずなのに、苦にしている様子は見えない。

 

「……ああ。助かった」

 

「あれ、竹太刀のそれってデバイス? まさかあんたの――」

 

「ちげーよ! 俺のだよ!」

 

 海斗が言い切る前に和也が怒鳴った。

 

「そないなことより、まずは避難や。立てるか?」

 

 竹太刀の言葉に応えるように、俺はすぐに起き上がる。

 

「ほな、逃げるでー!」

 

 もの二つも抱えているくせに誰よりも速い竹太刀の先導に身を任せ、俺達はその場を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ここらでもうええやろ」

 

 樹木の追撃を逃れ、もうこっちに来ないことを確認した竹太刀はその場で足を止めた。

 

「おい、もういいなら離せよ! それとガルマも返せ!」

 

「へいへい」

 

 ジタバタと暴れ出す和也に竹太刀は呆れた様子で和也を降ろし、大型剣を小さな剣型のアクセサリーに変換、和也に渡す。

 

「へえ、お前のデバイスなのか」

 

「フンッ」

 

 海斗の言葉に和也はそっぽを向く。

 

「確かにあれは和也のデバイスなんやけどなぁ、重くて和也にはまだ扱えへんから、わいに使わせてもろうとるんや」

 

「てめぇ、勝手なこと言ってんじゃ――」

 

「お前あのデバイスと和也抱えてあの速度ってことは魔法使ってたんじゃなかったのか?」

 

「ん、確かに身体強化魔法は使ってたで。せやけど和也(こいつ)は『強化魔法に頼るなんてダセェ』って言って使おうとせえへんのや。ガルマが気ぃ使って強化魔法を引っ張り出したっちゅーのになー」

 

「勝手なこと言ってんじゃねえ!」

 

 飛びかかった和也を竹太刀は簡単に叩き落とす。ベシッ。グシャッ。なんと情けない音。

 

「まあ、ガルマについての話はこの辺にして、ここから真面目な話や」

 

 竹太刀が真面目な顔に変わったので、俺も表情を引き締める。

 

「今回の緊急指令やけど、失格者の人数には覚悟した方がええで」

 

「え? どういうことだよ?」

 

 海斗が訊く。

 

「実はわいら、あの後ジュエルシードの発動地点まで行ってたんよ。もしかしたら、まだジュエルシード入手に間に合うかもしれへんって和也がな。それで行ってみると、わいらと同じくジュエルシードを狙う奴らが、確認しただけでも十数人おった。わいらは発動ちょい前に強化魔法使うてとんずらしたからなんとか助かったけど、他の連中はまず直撃やろ」

 

「いいじゃねえか。邪魔者はいない方が楽だしよ」

 

「黙っとれど阿呆」

 

 和也は地面に顔をうずめた。

 巨大樹の方を見ると、ちょうど封印を終えたのか、樹木が消えていくのが見えた。

 

 プルルルル。プルルルル。

 

「メールだ……」

 

「ん、俺もだ」

 

「全員にかかっとるみたいやな」

 

 開いてみると、管理者から指令終了を告げるものだった。

 

 

 

差出人:管理者

 

件名:緊急指令終了

 

内容:

 緊急指令達成おめでとう。

 君の努力を称え、報酬を渡す。

 

 

 

 読んだ直後、目の前に鈍い小さな光が現れた。光は俺達それぞれの目の前に現れている。

 その光から、星型のチップ……スターチップが落ちてきた。

 

(……指令をクリアすれば、報酬としてスターチップを得る……)

 

 一体、この一個を手に入れるためにどれだけの命が犠牲になったんだ……?

 

 プルルルル。プルルルル。

 

「何だよ、またか?」

 

「……海斗、これは多分失格者通知やな。和也、まだ見ない方がええで」

 

「ああ? 何俺に命令して――わかったよ、見なけりゃいいんだろ」

 

「海斗と由衣も、まだ見るなよ」

 

 釘を刺しておき、俺と竹太刀でメールの確認をする。

 竹太刀の言った通り、件名には『失格者通知』の文字……メールを開く。

 一行ずつ、びっしりと並べられた失格者となった人達の名前。名前はスクロールして流し読みして、一番下の結果に辿り着く。

 

「……!!」

 

「ホンマにか……」

 

「ふ、二人とも……何人が犠牲になったんですか……?」

 

 そこに突き出された事実……失格者の人数に、俺と竹太刀は愕然とした。

 

「犠牲? 何言って――」

 

「……二十一人死んだ」

 

「――ッ!!」

 

「嘘だろ……!?」

 

「……は? 死んだ……?」

 

 たった、たった三十分にも満たない時間のはずだ。その三十分以内の時間に、転生者の五分の一を超える人数が死んだ……。

 

「おい……死んだってどういうことだよ?」

 

「……まだ言うてへんかったな。そのままの意味や。このゲームで失格になった人は死ぬ」

 

「は……? なんだよそれ……そんなルール、お前が見せたあのルール説明にも書いてなかったじゃんか……」

 

「見てへんかったのか? 樹から逃げとる時、やられた奴が光って砕けるの、わいも見たで」

 

 俺達に対していつも不機嫌面だった和也の顔が、真っ青なものとなっていった。

 

「ふざけんなよ……なんで俺が死ななきゃなんねえんだよ……!」

 

 かぶりを振ってうなだれる和也。相当堪えたみたいで、絶望が表情に現れている。

 

「……。……なあ、綾」

 

「……なんだ」

 

「ぶっちゃけ、わいらはこの有り様や。このゲームが鬼畜なことはわかったけどそれまで。二十一個どころか三個手に入れる手段すら検討がつかへんのや。このままやと時の庭園が砕け散る時に和也は殺される。それはリーダーとして、一度組んだ仲間として見過ごせへん」

 

 せやから、と言って、竹太刀は両手を合わせて俺を拝んだ。先程とは違い、頭を深く下げる。

 

「頼む、あんたらの作戦に手伝わせてくれ。そして三つだけでええ。ジュエルシードを分けてほしい」

 

「……………」

 

 彼の二度目の懇願に、俺はふぅ、とため息を吐いた。

 

「俺達の家は三つとも隣接している。海斗の荷物を俺の家に移させるから、お前らは海斗の家に移り住め」

 

「へ? ほんなら……」

 

「秀才もう一人とデバイス持ち、どっちも必要だ。ジュエルシードの取り分はチームで山分け、余りはこっちのもの。お前ら、これでいいか?」

 

「おう、竹太刀とは仲良くしていきたいしな!」

 

「はい! 勿論です!」

 

「あんたら……おおきにな!」

 

「……騙されないぞ!」

 

 ここで和也が吼えた。

 

「何が取り分は山分けだ! 俺達を利用して、用が済めば切り捨てるつもりなんだろ! チームじゃねぇんだからよ!」

 

「和也っ!」

 

「……確かに、証拠はないから可能性は捨てきれないだろうな」

 

 怒る竹太刀を抑え、否定をせず静かに話す。

 

「強制するつもりはないさ。お前の場合竹太刀とチームさえ繋いでおけば、何もしなくても取りあえず命は助かるだろうな」

 

「おいおいいいのかよそれ? 完全に寄生プレイじゃん、カッコ悪っ。モンハンでも何にもしねーで採取しかやんないパターンだよこれ」

 

 ブチッ。誰かの何かが切れた。

 

「上等だてめぇぇぇっ!! 何でも言ってみやがれ、完璧にこなしてやる! この身体は小三だが、元の世界じゃ高一だったんだぞ!!」

 

「え、俺高三だけど」

 

「バカだけどな。俺も高三だ」

 

「わいは高二や」

 

「あ、私も高二です」

 

「え、由衣ちゃん高二だったの? てっきり中学生だったかと」

 

「し、身長だけで決めつけないでください! 怒りますよ!?」

 

「なんや、和也の立場は一番下やないか」

 

「だあああっ、ちくしょーーーっ!!」

 

 街中にて、和也の叫びが木霊した。

 




 緊急指令のルールや報酬の基準は気分です。元から神主催のゲームですし、これで問題ないかと。

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