Magic game 作:暁楓
これからも応援してくだされば幸いです。
第一章時もそうでしたが、章が終わってもすぐ次章に移らない場合は章はそのままで進行します。なので、今回から次章までは第三章ではありません。
ここはどこだろう。
そうは思っても、別にその疑問を解決しようとは何故か思わない。
真っ黒い空間。暗い訳じゃない。自分の姿がわかる。
もうどのくらいここにいるんだっけ。たったの数分かもしれない。ひょっとしたら何日も経ってるのかもしれない。
でも、どうでもよかった。
何もせず、このまま何もないままがいいと思った。
なんでだろう。……その理由を考える気にもならない。
「全く、いつまでへばっているつもりですの?」
とても澄んだ、誰かの声が聞こえた。
声の方を見ると、何もなかったはずの空間に、一人の少女がいた。
透き通った海ように青いドレスを身に纏い、白百合のような白さの髪をなびかせる少女。
歳は十二だ。何故わかるのかって訊かれれば、彼女の姿を見たのがその年しかないから。
腰に手を当て、透き通った黒い瞳が真っ直ぐ俺を見つめてくる。
「君は……」
「ほら、早く来なさい。へばったままでいるなら、わたくしはもう行きますわよ」
言って、彼女は背中を向けて歩き出した。待ってくれる様子はない。
何に対してもどうでもいいと思っていた俺が、ここで初めて待ってほしいと思い、追いかけようと思い、動き出した。
「おい……おい、待てよ!」
追いかけて、伸ばした手が彼女の肩に届きそうになって。
彼女の名前を、呼ぼうとして――。
◇
光を感じた。
ぼんやりと目を開ける。霧がかかったような風景しか映らない。右目は開こうとすらしない。
それでもしばらく目を開け続けていると焦点が合っていき、ようやく見ている風景がどこかの天井であることがわかった。
「……起きたかい?」
声が聞こえた。
声の方に顔を傾けると、そこにはこちらを見る才の顔があった。
何を言えばいいかわからなかった。訊きたいことがあまりにも多すぎた。
「教えるべきことはたくさんあるけど、順を追って説明するよ。……まず、今日は一月四日。闇の書事件から十一日経ってる。綾はあの指令終了直前から今まで意識不明でここ、集中治療室で治療を受けていた。右目と左手を戦いで損失し、左腕の細胞が死んだ部分も切除。左足は骨折……けどそれは治るって」
みんなのことを訊こうと思って、自分が今呼吸器つけられていることを思い出し、念話で尋ねる。
『みんなは……?』
「……氷室以外、僕らが知ってる人達は生きてるよ。でも……竹太刀がチームを抜けた」
……………。
『……あいつは?』
「……リインフォースのこと? 生きてるよ。夜天の写本に無事なシステムや蒐集魔力を移して生きている」
……………。
「あと……闇の書事件の報告、まだ出されていないらしいよ。リンディ提督が報告書を出す前に、どうしても君と話しておきたいって」
……………。
「……じゃあ、みんなに伝えてくるよ」
『……待ってくれ』
立ち去ろうとする才を、俺は呼び止めた。
才は、こちらに振り返った。
◇
才が集中治療室から出ると、ちょうどそこに海斗やなのはといった綾に関わった人物のほとんどが押しかけてきた。変わったところでは、『インテリ不良』のメンバーや『連合軍』のメンバーもいる。
海斗が尋ねた。
「なあ才! 綾が目を覚ましたってドクターから聞いたぞ! 本当なのか!?」
「……うん。話をしてきた……」
その才の言葉に、海斗の顔が一気に明るくなった。転生前から一番付き合いが長い彼だからこそ、この中で一番綾を心配し、そしてこの知らせに一番喜んだのだろう。他の者達にも、意識回復の知らせに喜びの空気が流れる。
「……よかったぁ……! じゃあ、すぐに……」
「だけど、しばらく面談謝絶だって」
「……え?」
空気が急に冷えるような、海斗はそんな感覚を味わった。海斗だけでなく、他の全員も同じだった。
「面談謝絶って……なんでだよ?」
「……疲れたって」
才は答えた。
「疲れがまだ取れなくて……もうしばらくは一人で落ち着きたいから……だってさ。今は寝てるよ」
海斗他、数人が窓の方へと移動し、中の様子を見た。
確かに、綾は横になっている。起き上がる様子はない。
「そんな……」
由衣が呟いた。
才は窓を見る人達の様子を見てから、リンディの位置を確認し、彼女だけに念話を送る。
『……午後九時以降にもう一度訪ねてみてください。彼が起きていたら、多分話ができると思います』
『……その話は、私だけが聞いていいのかしら? 海斗さんや由衣さん……彼と話をしたい人はもっといるのよ?』
『その彼が、まずはあなたとの話をつけたいとのことです』
『……………。……わかったわ』
リンディの了承の返事を聞いて、才はこの場を立ち去った。
◇
ベッドに横になったまま、俺は思考の海に浸かり続ける。
面談謝絶にして、みんなには申し訳ないことをしたのかもしれない。十一日も眠り続けていたんだ、みんなに心配されてたかもしれない。けど、それでも落ち着いて状況を受け入れる時間が欲しかった。
「……………」
……まず今回の戦いで、俺は神の指令に打ち勝った。三十分間、闇の書から逃げ続けるというルールで、俺は気絶はしたものの逃げ切った。勝った。勝利した。少なくともルール上はそう言える。
(でも、他の状況を合わせたら?)
まず、この戦いで左腕を失った。右目も光が入らなくなった。
何より、たくさんの犠牲が出た。氷室も死んだ。
大勢の人達も、氷室も、俺が未熟だったから死んだ。そう言える。
こんな結果で、果たして勝ったと言えるのか?
そして関節的勝負でこの結果で、奴を直接討とうとする時に成功するのか? みんなを守ることはできるのか?
(……………)
思案する。何度も。何度も。
……答えは、一つしか出てこなかった。
◇
午後九時になってから、リンディは才の言う通りに再び綾の元へと向かっていた。
最近人の通りが多くなっていた集中治療室までの道のり。しかし今は時間帯に加えて綾からの面談謝絶によって、誰とすれ違うこともなかった。
集中治療室の前に着いて、まずは窓から中の様子を覗いてみる。
すると、才が言っていた通り、綾はベッドの上で上半身を起こしていた。
リンディはその姿を確認して溜め息をつき、集中治療室の扉を叩き、中に入る。
「無理に身体を動かしちゃダメよ。ちゃんと寝てなさい」
まさか、起きた彼にかける第一声が説教になるとは。
しかし、喜びの言葉は彼と最も親しい友人が最初にかけるべきだろうということもあり、自分は説教役に回ろうと考えたのである。
「……………」
綾はゆっくりと顔をリンディの方へと向けた。
生気が感じず、疲れきった瞳。一瞬リンディは、彼が綾であると思えなかった。
「……ほら、早く横になって」
「報告書……俺の目覚め待ちにしてたそうですね……」
綾を横にするために彼の肩へと伸ばした手を、その声がかかった瞬間に止めた。
「俺の判断が報告内容を変えさせるような……そんな権限はないはずなのに、あなたがそれを決めた理由……当ててみましょうか?」
「……言ってみなさい」
「……まず、闇の書覚醒から戦闘終了までの流れを確認しましょう。……流れは大きく分けて三つ。一つめは闇の書が覚醒し、なのはやフェイトとの戦闘を行い、そして二人を吸収した、闇の書の比較的安定期。二つめは、闇の書の本格的な暴走が開始され、なのはとフェイトが解放されるまでの間である闇の書の暴走途中段階。三つめ、夜天の書の主八神はやてや守護騎士が解放されてから一斉攻撃及びにアルカンシェルによって防衛プログラムを破壊、事件終焉となる最後」
「……ええ。それで?」
「……俺達が戦っていたのは二つめの闇の書暴走途中段階になるのですが……あなたが事件報告書を出すことを迷っている理由もここにあるんですよね?」
「……理由は?」
リンディは敢えて訊いた。
「簡単な話ですよ……その時に対処していたのがなのはやフェイト、クロノといった優秀な魔導師ではなく、空戦すらできない魔力Cランクの俺を中心とした、低魔力の人達ばかりなんですから、そんな事実を正直に書けば上の者としては面白くないばかりか、管理局が無能扱いされるじゃないですか……。あなた個人で終わるならまだしも、プレシア事件のことがあるフェイトは叩かれ具合が酷くなる。それだけじゃなく、人を半死半生にまで追い込んだと報告してしまえば彼女と主の罪はいっそう重くなり、守護騎士も一緒に纏めて刑務所行き、局の戦力としての確保ができなくなる可能性も高くなる」
(……………)
綾の推理に、リンディは無言。これは肯定の意味を示していた。
ここまで、彼の言うことはそのまま的を射ていた。リンディは自分だけの責任でどうにかなるのであればそのままありのままの報告書を出していただろう。しかし、それではフェイトやはやてに影響が出る。はやてや守護騎士について彼女達はちゃんと償いをすると言ってはいたが、償いで人生を喰われることにはなってほしくないという思いがある。戦力確保については、リンディ自身はそこまで重要視はしていない。上がどう考えるかは別であるが。
これらのことから、リンディは彼女達を守る方法を考えた。そしてその答えは出ていた。彼女達を守るという観点において最大の方法。
しかしそれは同時に人と法を守る者として、人として最悪の方法でもある。それ故に、リンディはそれを即決することはできなかった。
綾はそこまで見抜いていた。
「だから……作りはしたんですよね? 彼女達を守るための報告内容を。なんで迷う必要があるんですか? 下手に長引けば、感づかれる可能性が高くなりますよ?」
「本気で言ってるの? そこまでわかっているあなたが、その内容がわからない訳がないでしょう?」
「ええ、わかってますよ。簡単に言えば……俺の存在をなかったことにするんでしょう?」
真実の一部隠蔽と改竄。それが唯一出た結論だった。
綾が言った闇の書の暴走途中段階。そこで戦っていたのを綾ではなく、なのはやフェイトにすり替えるのである。すり替えて、綾が負傷した事実を伏せれば、三十分程度の内容を書き換えれば、死傷者ゼロという最高のストーリーに書き換わるのである。
そしてその報告書の内容はありのままの真実を書いたものとは別にすでに完成している。後はどちらかを提出するだけなのだ。
「私達は法を守る者として、真実を伝えるという責務があるのよ」
「ではなんで偽りの真実を作ったんですか? 偽ってでも守りたいか、あるいはその方が利益があると考えたからなんでしょう? もう使い物になりそうにない身体になったCランクより、優秀な魔導師・騎士計七人を守った方が価値があり、得だと判断した――」
そこまで言って、綾の言葉は遮られた。胸倉をリンディに掴まれたからだ。
「……人の命に、価値の上下も損得もないのよ!!」
「でもあなたはそういう選択肢を作った。その現実はもう変わりませんよ」
怒りを込めた言葉に、綾は平然とそう返した。もう、どうでもいいかのように。
綾が再び口を動かす。
「残酷でも、常に最善の判断をしなければならない。ジュエルシード事件の時にあなたはそう言ったじゃないですか」
「……この判断の、どこが最善なの?」
「逆に訊きましょう。彼女達を刑務所に放り込むことのどこが最善ですか?」
「……………」
「そもそもあの言葉は間違っているんですよ。最善なんてことはありえません。必ずどこかに最悪があります」
リンディはゆっくりと、綾の胸倉を掴む手を放した。
「決断、できましたか?」
「……一つ、訊いていいかしら?」
「何です?」
「毎回のようにあなたは無茶するけど……どうしてあなたは無茶するの?」
「……そうですね」
綾はしばらく考え、そして独り言のように答えた。
「勝ちたいから、ですかね」
「何よ、それ」
「さあ」
「さあって……」
リンディは溜め息をついた。これ以上言及しても無駄なようだ。
「あなたって、一体どこまで考えているのか、それとも考えていないのか、わかったものじゃないわね」
「それは俺自身もそう思います。あ、因みにですが、レイジングハートの使用履歴を使ってはどうですか。報告書の信憑性が高くなりますよ」
「それ考えて、レイジングハートを使ったなんて言うんじゃないでしょうね」
「まさか。偶然ですよ」
「全く……」
またリンディは溜め息をついた。綾を話をすると溜め息をつきたくなる。
「じゃあ、早く横になって、治療に専念しなさい」
「ええ、それじゃ。……あと、もう数日くらいは一人で休ませてもらいますので」
「わかったわ」
リンディは踵を返し、出入り口へと向かう。
ドアを開けたところで、リンディは一旦足を止めた。
「……ごめんなさい」
「何を謝ってるんです。俺はもう、闇の書事件とは関係ないじゃないですか」
「……………」
リンディは何も返さず、そのまま退室した。
◇
ドアが閉まったのを確認して、俺は倒れたかのように横になった。ボフッと、枕に後頭部が沈む。
「……最低だなぁ、俺」
呟きの後は、医療機器の音だけが流れ続けた。
なかなか話が明るくなりません……。てか、余計にA's編が最悪になってゆく……。
しかも綾の心が折れてるっぽいです。ヤバい!
謎の少女もぼちぼち出てきて、特徴も少しずつでてきてます。今まで出てきた情報は、お嬢様口調、剣術の師、青いドレス、白い髪、瞳は黒、十二歳。結構出たな。
その内綾の過去編なんかをやろうと思ってます。それまでに謎の少女の名前も明らかにしたいなあ……。