Magic game 作:暁楓
いきなりの新章ですが、今回はA's最終話の部分です。
ならなんで第三章に入れたかって? 冒頭の日付が理由です。冒頭四行のために新章ということです。マジで。
第四十四話
十二月二十八日。
闇の書覚醒の日から四日後。
アースラの、集中治療室。
そこにいる朝霧綾は、今日も目を覚まさない。
◇
十二月二十四日に遡る。
闇の書否、夜天の書とその守護騎士達の主、八神はやてが眠る医務室では、はやてによってリインフォースという名を得た管制人格とシグナム、ヴィータ、ザフィーラがこれからについて話をしていた。シャマルはある理由でいない。
「守護騎士達は残る。逝くのは私だけだ」
リインフォースが話すには、守護騎士は夜天の書から切り離しても個体維持はできるらしい。リインフォースは夜天の書なしでは存在できないから切り離しはできないが、これで守護騎士だけでも残すことはできるという。
だが逆を言えば、この方法ではリインフォースは助からない。
それでも、彼女には覚悟ができていた。
「……シャマルはここにはいないが異論はないな? 切り離しを始めよう」
リインフォースはできるだけ早く、守護騎士と夜天の書との繋がりを切断した。防衛プログラムが復活する前に自身を早く破壊しなければならないこともある。
そして、リインフォースにはどうしても訪れたい場所がある。
◇
綾が気を失った直後、タイムリミットの三十分が到達した。
三十分到達と共になのはとフェイトが解放され、二人によって、ほとんど動かなくなった闇の書の意志を海上に移動、ダメージを与え、はやてと守護騎士達も解放。
それからは原作通りに、一斉攻撃とアルカンシェルによって闇の書の防衛プログラムを破壊。闇の書事件は終結となった。
十二月二十四日、失格となったのは七十二人。
これは当日の指令開始前にいた百二人の転生者、そのうち緊急指令参加者九十四人の転生者が闇の書の攻撃、もしくは吸収されたことによって失格となった者達。通知の中には氷室も含まれていた。
後の話になるが、参加をしなかった八人の内六人が指令期間終了と共に失格。
結果として、A's終了時に生き残ることに成功したのは、二十四人となった。
……そして、綾は。
◇
チーム『連合軍』は現在アースラ内の一つの部屋にいた。
何をしているかと言えば、何もしていなかった。事情聴取を終えて各々帰っていいと言われたが、帰る気になれないのである。
「あの、由樹さん……」
「……何?」
城崎が由樹に声をかけた。
由樹は話をするような気分ではなかったが、特にやることもなかったため答えることにした。
「いや、あの……綾さん、大丈夫ですかね? チーム『反逆者』の皆さんも……気になりませんか?」
「……フツーの質問だね」
由樹はそう言って、腕を組んで枕代わりにし壁に寄りかかり直した。
「大丈夫じゃない? 綾、生きてはいるんだし」
「……………」
「じゃあ、由樹。私からも訊いていい?」
今度はマリアが言った。マリアは椅子に座って、今日手に入れた星形のチップを手の中で弄んでいる。
「由樹も、綾も、あの氷室も。……誰も、間違った選択はしてないわよね?」
「……………。……うん、そうだね。間違いではない。おおよそ断言できる」
「じゃあ、どうしてこんな結果になっちゃったのかしら」
カチャカチャとチップ同士の接触音だけが、部屋を流れた。
頭脳明晰である由樹も、その回答はしばらく出てこなかった。
しばらく……それでも二、三分だろう。その時間を置いて、ようやく由樹が答えた。
「……間違ってないけど、正しくもなかった。ってことでしょ」
しかし出てきた答えは、それが精一杯だった。
◇
『反逆者』の三人とリンディは、集中治療室の前でドクターの話を聞くところだった。海斗と竹太刀の身体には所々包帯が巻かれている。五人の他に、守護騎士達から一人抜けていたシャマルの姿もある。
「……なんとか一命は取り留めました。しかし、意識が回復するのは早くて一週間、長ければ一ヶ月近くはかかるでしょう」
「……………」
窓越しに見える集中治療室では、ベッドに全身包帯を巻かれた綾が眠っていた。
骨を砕かれた左脚。
もう光を受け入れない右目。
短くなった左腕。
その他、全身に負った数多の傷。それを、海斗達は見せつけられた。
海斗達は呆然と、今の綾の姿を眺めるしかなかった。
「……魔法は、万全ではありません。むしろできないこともたくさんあります」
ドクターは静かに現実を言った。
傷や骨折なら、魔法でなんとかなる。しかし、右目や左手のように消失したものを元に戻すことは、魔法でもできなかった。失ったものは、もう戻らないのだ。焼け焦げ、完全に機能を失った左腕の肘から先が切断となったことも、その表れと言える。
「しばらくは、医務員のいずれかは看護につけておきますので」
「……ええ。わかったわ」
「……では」
ドクターはリンディに礼をしてから立ち去った。
リンディは三人の様子を見た。
海斗も由衣も、悲しみに暮れているのが見てわかる。竹太刀は俯いているため表情が見えないが、二人の様子からして同じであろうというのが見てとれた。
「……事情聴取は、あなた達が落ち着いてからでいいから」
反応はなかった。しかしリンディはそのまま、この場から立ち去った。
「あ、あの、その……」
シャマルはどうしたらいいのかわからず狼狽えている。
しかし、そんなシャマルの目にある人物が映った。
「あれ……リインフォース?」
シャマルがその人物の名を口にすると、三人が彼女――リインフォースの方を向いた。
三人と視線が合って、リインフォースが会釈をする。
「何しに来たん?」
竹太刀がつっけんどんに尋ねた。鬱陶しいもの、邪魔なものを見るような目で彼女を見ながら。
「……彼に、謝りに来た」
リインフォースのその答えに、竹太刀は鼻で笑った。
「はっ、自分ようわかっとるやろ。今綾に話しかけても意味あらへんて」
「わかってる。意識のない彼に謝っても、それはただの自己満足にしかならないだろう。だが、私にはもう時間がないんだ」
リインフォースは自分の状態と、その処置について説明した。これによってシャマルは今自分が夜天の書から切り離されていることを知った。
「私は、これまで多くの罪を重ね、今回も彼を傷つけた。……この罪は、私の死罪をもって償う」
「めでたい話やなぁ」
竹太刀はヘラヘラと笑い、大袈裟に言って数歩リインフォースに近づいた。
歩を止めると、竹太刀は笑みを消した。
「せやけど残念。自分に死ぬ自由も権利もあれへんよ」
竹太刀は手に持っていたものをリインフォースへと投げ渡した。
リインフォースは受け取り、それを確認した。茶色の表紙に金色の剣十字の装飾。
リインフォースにとって、見紛うはずはない代物だ。
「これは……」
「夜天の書の写本。長ったらしいから夜天の写本と呼ばせてもろてるけど。綾がアルハザードで見つけたそれを依り代にすりゃ、自分が死ぬことはないんとちゃうか?」
「そ、そうよ、リインフォース! ちゃんと生きて、ちゃんと綾さんに謝る方がいいわ!」
シャマルが声を明るくする。
現在の夜天の書が修復不能なのは、元のデータが存在しないから。元のデータさえあれば修復の兆しはあった上、このように依り代の現物があれば、それに無事なデータを移植することでリインフォースは助かる。
だが。
「これは……受け取れない」
「リインフォース!?」
「過去の闇の書事件でも、今回の闇の書事件でも、大きな罪を重ねてきた私に、生きる権利なんてない……」
「……わかっとらんなあ、自分は」
竹太刀は溜め息のあとにそう言った。だんだんと、彼の声は冷えてきていた。
「わいは自分に生きれ言うてる訳やないんや。
「……違いはあるのか?」
「そんなの、自分が一番知っとるやろ? 数百年もの間、システムに生かされた自分なら」
「……っ」
リインフォースの身体が小さく震えた。
竹太刀は再び彼女に歩を進め始めた。
「ええか。死ぬなんて、死んだら苦痛はそれまでやんか。でも生きとったら違うでぇ? まず、現在半死半生の綾はいつか目を覚ます」
ゆらり、ゆらりと竹太刀が近づく。
ゆっくりと歩を進める竹太刀は、幽鬼に近い気配があった。
「目を覚ました綾がまず一番に認識するのは、五体満足の身体とは永遠にさよならっちゅー現実や。右目も左手も失って、もうこれまでの生活は一生できへん。義手も所詮は義手。長ーいリハビリ生活も待っとる」
「……やめろ……」
リインフォースが消え入るような、震えた声で呟いた。綾のその様子を想像したのか、一歩身を引かせた。
しかし、竹太刀はやめない。
「それだけやあらへん。お前はぎょうさん罪重ねてきた言うとるけど、つまりその分被害者おることもわかっとんのやろ? 直接的被害者だけやなく、その家族、友人、その他諸々。そういう奴らからお前も守護騎士もその主も、みんな揃って非難炎上や」
「やめてくれ……っ!」
「お、おい、竹太刀! そのぐらいにしとけよ……!」
怯えるような目をするリインフォースにはさすがに堪えられず、海斗が竹太刀を止めにかかった。
しかし竹太刀は、自身の肩に置かれた海斗の手を振り払った。
「……今更止めるんか? すぐに止めに入らなかったっちゅーことは、わいの言うとることは正しいて思うとったんやろ? それに最初っから止めようとしたって止まらへんで……綾を殺しかけた奴を苦しめてやる最大のチャンスやないか」
「……!」
「それに、こんなんで縮こまるんなら所詮その程度の覚悟しかあらへんってことやろ。自分の罪を、自分が残していった結果から目ぇ逸らして死ぬことで逃げよう思とるだけやないか」
「っ……」
「……もうええ。とにかくそん中に移れ。自分に拒否権なんてあらへんからな。ほな、もう会わんこと願うわ」
吐き捨てるように言って、竹太刀は早足で歩き出した。
「あ、お……おい、竹太刀!?」
海斗はそんな竹太刀を慌てて追いかける。一度だけリインフォースの方に振り返って少し迷い、それからまた竹太刀を追って立ち去った。由衣もしばらく迷って、それからもう姿が見えなくなった二人を追う。
結局残ったのは、シャマルとリインフォース。
リインフォースはその場で座り込み、夜天の写本を抱いて泣いた。
「わたし、はっ……私は……!」
本当に己の死が償いのつもりだった。
しかし、竹太刀に言われ何も言い返すことができなかった。
自分のせいで一生元に戻ることのない身体になった彼の苦痛を考えるのが怖かった。
自分に立ち向かい続けた彼が自分に呪いの言葉を吐く姿を想像して恐怖した。 そしてそれらから逃げようとしている自分が、酷く醜く見えた。
「私は……!!」
「リインフォース……」
シャマルは、そんな彼女に何か言うことはできなかった。
竹太刀の言葉は行き過ぎとは思ったが、間違いだと言い切ることはできない。
事実なのだ。これから先、これまでの闇の書事件の被害者から恨まれる。被害者の中には綾のように、一生ものの傷を負った者もいるだろう。
竹太刀は、リインフォースに死ぬ自由も権利もないと言った。あれはリインフォースを生きるように説得する口実ではない。本当に、死ぬよりも苦しいかもしれない現実に彼女を突き落とす呪詛であった。
リインフォースの泣き声だけが、しばらくその場を流れた。
◇
「おい……おい竹太刀! 待てっておい!」
竹太刀を追いかける海斗は、彼を一旦止めようと肩を掴んだ。
その手が乱暴に振り払われた。
「……まだ言うんか」
「……竹太刀のはやりすぎだろ。あんなことしても、綾は……」
「……わかっとるよ。せやけど……せやけどどないせぇっちゅーねん!!」
竹太刀は怒鳴りだした。
「あいつのせいで、綾は半死半生! それだけやなく一生今まで通りに戦えない身体になった! 氷室や、他の転生者達もぎょうさん殺した!!」
「た、竹太刀さん! いくら人がいないからって、ここでそれを言っちゃ……!」
二人に追いついた由衣が、竹太刀の言葉に慌てて止めに入った。
「ああわかっとる、もう氷室達は存在してない扱いやもんな! だからなんやねん! あいつらが忘れられたから許せ言うんか!?」
しかし竹太刀は止まろうとせず、なお声を荒げた。
そう、氷室はもうなのは達の記憶に存在しない。失格者となった者は、転生者以外の記憶には残されないのだ。
当然、存在しないことになっているのだから、リインフォースが氷室達を殺したことも記録上存在しない事実になっている。なので闇の書事件における守護騎士とリインフォースの罪は、蒐集時の蒐集対象への傷害罪と覚醒時の綾への傷害罪。これだけである。
「ふざけんなよ!! わいは絶対許さへんからな! あんな人殺し、わいは絶対許さへん!!」
吐き出す怒りを吐き出して、ぜぇぜぇと竹太刀は肩で息をする。
呼吸を整えた竹太刀、打って変わって静かに語り始めた。
「……わかっとる。こないなことしたところで、わいが鬱憤晴らしとるだけや。こんなんで綾がどうにかなる訳やない。せやけどな? せやったらどうすれって話なんよ。魔法では治らん、わいらが願うことはできへん、綾も反逆やっとる限り治す気なんてあらへんやろ」
竹太刀達は指令が終わってすぐ、綾の怪我を、綾が失った右目や左手を治すために神の居城へと向かった。綾の身体を治してほしいと願った。
しかし、待っていたのはその願いは不可能という現実だった。
曰わく、他の転生者のための願いはルールにある『スターチップの譲渡禁止』に抵触するという。願いを叶えるのが神である以上、竹太刀達はその決定に従わざるを得なかった。
「ほんでもって、綾はその身体でこれからの指令なんとかするためにこれまで以上に頑張って、また大きな傷作って、その繰り返しやろ? わいらは何かやっとるのかと言われたら、何もやれてへんやろ。むしろ、足手まといになってばっかりや」
竹太刀は限界だった。そして、気づいてしまった。
成績優秀だった竹太刀だが、それが全く綾に適わず、役に立ててもいないという現実。
いつでも身体を張っていたのは綾であり、背負ってきたのも綾だった。
「……わいは、チームを抜ける」
「そ、そんな、竹太刀さん!」
「……………」
「もう……わいには耐えられへん……」
竹太刀はそう言って、歩き出した。海斗は彼を追うことはしなかった。
これが、十二月二十四日にあった出来事である。
綾大負傷、氷室他転生者大勢死亡、竹太刀チーム脱退……リイン生存にも関わらず最悪のA's編終了となりました。
竹太刀の脱退について、元々脱退までするつもりはありませんでした(アンチリインは元から予定してました)が、何を思ったのかこんな感じになりました。しかし、元々転生者は負け組(正しくは前の人生を後悔している者)であること、あとは綾というリーダーがいることによる安心感が失った時に心が折れることもあるかなぁと。
さて、まだ話すべきことあるのかもしれませんが、思いつかないのでここまで。
綾も竹太刀もいない反逆者の二人はどうするのか、この章はそれを描いていきたいと思います。