Magic game 作:暁楓
「才もこれで指令クリア。上々じゃねえか」
「……………」
そう上機嫌に言うのは氷室である。
今日、才は医務室に来て理論計算をしていた。わざわざここでしている理由は俺に計算を確認してほしいとのこと。という訳で俺は才の計算を眺めている。
「由樹んとこもクリアはしてるし。初期参加の面子は安全圏ってとこだな」
そう、氷室の言う通り由樹達もクリアしている。というのも、戦闘以外の勝負が有効だと竹太刀によって証明されてから似たような手順でクリアしたという感じだ。
……なお、氷室の言う初期参加メンバーの中に和也の名前が含まれていないのだが、氷室がわざと除外している他にはない。
「で、才はこの調子でヴィータやシグナムも勝ちにいくのか?」
氷室のその質問には、俺も才の反応を窺った。
俺もそれについては気になっていたところだ。ヴィータもシグナムも、戦闘での勝負は手強い相手。今時期戦闘以外で仕掛けることも難しいし、かと言って諦めるには早すぎる気もする。
才の回答は……
「……多分、無理だろうね……」
諦め……え?
「……諦めるのか?」
「……シグナムはほぼ確定的に無理。戦力差が大きいし、まず仕掛けるタイミングもない。フェイトとタッグ組むのも、多分できないと思う」
「ヴィータは?」
「……最初で最後のチャンスとして、クリスマスイブに見舞いの形で行けば、彼女には仕掛けられるかもしれない。でも、その場合には警戒されてるし、行けば闇の書覚醒に巻き込まれやすくなる。リスクが高い……それに、君は一人で挑戦したいんでしょ?」
「ん……まぁ、な」
挑戦とは言わずもがな、イブの日に闇の書の覚醒に立ち会えというあれの話だ。
「なら、行かないことにするよ……邪魔にならないようにしたい……」
「……悪いな」
「ところでよ、綾。お前、デバイスどうすんだよ?」
氷室が挑戦に関して新たな話題を振ってきた。
「……ああ、それか。……俺もどうしようか考えてる」
俺はそう答えた。実際、これはかなり厳しい問題であったりする。
相手はほぼ間違いなく闇の書管制人格。となると、間違いなく長杖一本では勝てないという問題が発生する。シグナム戦で使わせてもらった剣なんて焼け石に水程度にしかならないだろうし、そもそもどちらも没収されている。主な原因俺。
「つーか、写本持ってるっつってたよな。それは?」
「使えるかどうかわからん。マスター認証どうなってんだか……まず、システムがどうなってるのかすらわからない。
「……じゃあ、確かめて来ようか?」
顔を上げた才がそう言ってきた。
◇
さらに数日後。
シャマルははやてを送り、図書館に来ていた。蒐集を急いではいるが、こうした表向きの活動もしっかりしていかなければならない。
「じゃあはやてちゃん。夕方になったらお迎えに行きますから」
「うん。ほなな」
はやてを送り出し、シャマルは図書館を出る。今日の日中はヴィータ、ザフィーラが蒐集担当だ。二人のもしもの時に備えながら街で表向きの活動をするのが今日のシャマルである。
シャマルの普段することと言えば、近所の奥さん達との世間話。今日はどんな話が聞けるのか、また最近のニュースはどんなものだったかを思い出しながら、図書館を後にしようとする。
――そこに、声をかけられた。
『闇の書の守護騎士……シャマルさんですね?』
「っ!!」
念話がかかってきた方向に素早く振り向く。
振り向いた先、シャマルにじっと視線を向けていたのは、小さな少年――才だった。
『初めまして……でいいんでしょうね。天翔才と言います』
『才くん、ね。闇の書を知ってるってことはあなた、管理局の人ってことで間違いないかしら?』
『……否定しません。ですが、今日あなたに話しかけたのは管理局とは関係なく、僕個人のお願いがあるからです。通報も捕縛もしませんし、聞いていただけたら対価を支払います』
『……管理局とは関係ないって、そんなの証明できるの?』
『……今ここで通報しても逃げられるし、僕が捕縛を試みても失敗に終わるのが関の山でしょう。主が誰とわからない以上、ここで鉢合わせたところで特に意味もないはずです』
『……………』
才の主がわからないという言葉を聞いて、シャマルはひとまず心の中で安堵した。どうやら、自分がはやてを送っているところは見られなかったらしい。
『ところで、その対価って何なの?』
『……僕の魔力でどうです?』
『え……?』
『僕の魔力を差し上げましょう。蒐集すれば、少しでも闇の書の足しになるでしょう?』
これにはシャマルも驚いた。管理局とは関係ない理由で話しているとは言っても、彼は管理局員。その彼が、闇の書の完成を手助けするような発言をしているのだ。
『……あなた、本気なの?』
『ええ。まだ疑わしいなら、仲間を呼んでも構いません』
『……なら、そうさせてもらうわ』
『……じゃあ、人気のない場所に移動しましょう。仲間にもそこに来るように言ってください』
移動すると共に、シャマルはシグナムに通信を繋げた。
◇
住宅街の路地裏に着いた二人は、静かにシグナムが来るのを待った。
二人が先に到着して十数分後、シグナムがやってきた。
「すまない。遅くなった」
「……いえ。気にしてません」
「そうか。……それで、お前は我等に頼みたいことがあるそうだな。己の魔力を差し出してまで、我等に頼むこととはなんだ?」
才はそこで、背負っていたリュックからあるものを取り出した。
箱だった。四角い、ただの箱。
「……それは?」
「……この中に入っているものの解析をしてほしいんです。調べて、その結果を教えてもらうだけでいいです……できれば、中身を取り出さずにお願いします」
「……管理局では、調べられないのか?」
「……管理局に見せるつもりはありません」
「ふむ……」
シグナムは悩んだ様子で黙り込んだ。
しばらくして、シグナムが口を開いた。
「……本当に、それの中身を解析するだけでお前の魔力をいただけるのだな?」
「約束します。なんだったら、先払いでも構いませんよ?」
「……わかった」
シグナムはその条件を飲んだ。今は何よりも闇の書の完成が最優先だ。
「シャマル、それの解析を」
「ええ……わかったわ」
指示を受けたシャマルは才から箱を受け取り、その場で解析を始めた。
「……え?」
解析を始めてすぐに、シャマルの表情が驚きに染まった。
「え、嘘でしょ……? これって……」
「シャマル? どうした?」
狼狽え始めるシャマルに、シグナムはとりあえず訊いてみることにした。
シャマルは振り向き、
『シグナム、これ……闇の書とほぼ同じシステムが積まれた魔導書が入ってる……』
『……なに?』
シグナムもその言葉には驚きを隠せなかった。それもそうだ。闇の書はロストロギア。それもジュエルシードのような複数存在することが前提となる個体ではないのだから。
そう、才が解析の依頼をした箱の中身は、夜天の写本なのである。
写本の存在を知らないシグナムにとって驚きの結果は、まだあった。
『……それどころか、これ……私達の闇の書よりも馴染むような気が……』
シャマルのその言葉も当然だった。写本とは言え、闇の書として改竄されるより前のあるべき姿なのだから。
「……お前、一体これをどこで手に入れた?」
「……それは知り合いの持ち物。ある世界で、その知り合いが見つけたものです。……解析できてるみたいなので、それについて質問形式で答えてください」
『以前現れたらしい男が監視している可能性がありますので、通常の会話と並列して念話の方を答えてください』
「へ? え、ええ」
通常の言葉と並列して聞こえてきた念話に一瞬戸惑いながらも、シャマルは頷く。
「……まず一つ目。中に入っているそれについて、どういったものか教えてください」
『……この質問に、口頭では嘘の回答を、念話で本当の回答をしてください』
「えっと……転移型のロストロギア、ね。そこまで危険なものでもないわ」
『……ほとんど闇の書と変わりがない魔導書よ。魔導蒐集機能のところなんてそっくり』
「……転移型、ですか。人数や重量等、制限はどういったものですか?」
『闇の書と変わらないと言いましたが、マスターを侵食するシステムが付いているのですか?』
「ええっと……人数制限と……あ、あと回数制限があるわね。人数は……三人まで。回数も三、回まで」
『……そういうのはない……わ』
「……そうですか。転移距離はどのくらいですか?」
『……マスター認証について。どうなっていますか?』
「えっと……………結、構……距離自体に制……限、は、ないわ……」
『誰にも……設定されてないわ。起動すれば、マスター認証も……できるけど……………というか、やっぱり同時はちょっとキツいんだけど……』
『我慢してください。……話を少し戻しますが、闇の書と同じということについて、それには何か人格プログラムが入っているんですか?』
「……使い方を説明してくれますか? 箱から出さずに」
「え、ええと……転移座標……を、イメージ、して……それから……………ま、魔力を強めに、流し込むの、よ」
『は、入ってない……わ』
「……そうですか。以上で結構です」
『答えてくださって、ありがとうございました……』
「え、ええ……」
シャマルは内心ぐったりとした。片や闇の書にそっくりな未知の魔導書。もう片方は自分ででっち上げた架空のロストロギア。両方の説明を同時に行うのはなかなか苦行であった。
「……では、約束だ。リンカーコアから魔力をいただくぞ」
「……どうぞ」
言って、才は目を伏せて無抵抗な状態となる。
シグナムはリンカーコア摘出用の魔法を使い、才からリンカーコアを取り出す。そして、そこから死なない程度の加減で魔力を抜き取っていく。
「……………」
才が呻くようなことはなく、静かに蒐集が進み、数分で終了する。
「……確かに、いただいたぞ」
「ええ。それでは」
才は礼をして、静かに立ち去った。
◇
(あの才って子、守護騎士に何を解析させたのかしら?)
空中で腕を組みながら、リーゼアリアは帰路に経つ才を眺めていた。勿論、姿が見られぬよう迷彩魔法を使い、かつ変身魔法で姿を偽っている。
当初ははやてとシャマルを監視していたのだが、才とシャマルが接触してから才の言動の方を注意深く監視していた。そして人気のない路地裏での話を盗み聞きしていたのだが、真相は掴めていない。
というのも、シャマルが口頭で言ってるのがでっち上げた内容だと気づくのに遅れてしまったからだ。最初シャマルが言い淀んでいた理由は解析をしながら話していたと思っていた。しかし、シャマルの言葉のテンポが異様に悪いことから、念話の盗聴をしてみたところ、二人が口頭と並列させて念話を行っていたのを知った。しかしその時には話が終わってしまったため、肝心な質問の内容とその答えを掴むことはできなかった。
(……まっ、それを確かめるためにこうして後をつけてる訳だけど)
計画の邪魔になるものなら奪い、ものによっては破棄しなければならない。とにかく、邪魔される訳にはいかないのだ。
以前、ロッテが似たようなことで綾にけしかけて失敗したそうだが、今回は相手が違うしその彼よりも幼い子供。しかも蒐集されたばかりで魔法も使えないし周りに守護騎士もいない。今度は大丈夫だと確信がある。
(さてと……行くわよ!)
静かに、そして素早く、アリアは行動を起こした。
……彼がさらなる策を持っていることも知らずに。
◇
(……来た)
敵の接近を知った才は、迷うことなくポケットの中で開いている携帯のボタンを押した。
キィィィィィン!
押した直後、大音量の高周波が響き渡った。才にも聞こえている。
「くぅっ!?」
「……そこだね」
相手の場所を知った才は、別のポケットから小さな玉を一つ取り出し、ライターで導火線に火を着け、相手に向けて投げつけた。
投げられた玉は空中で破裂。破裂自体は大したものではないが、大量の煙が舞い上がる。
しかも、それはただの煙ではなかった。
「……!? これ、は……っ」
「……魔力に特殊反応を起こす粉末入り……反応は人の魔力によって様々らしいけど……」
迷彩を解き、悶え出したアリアに才はそう言ったが、実際はそんなものではない。
何かと言うと、マタタビの粉末である。
「本当に効くんだねぇ、それ」
「っ!」
アリアの後ろから由樹他、チーム『連合軍』の四人が姿を現した。
「さて、あんたどうすんだい? まだ呼んでないけど、管理局が来たらマズいんじゃないの? 守りに徹すれば連絡してから一、二分ぐらいなら僕らでもなんとかなるけど?」
「フン……それは、魔力が抜かれた彼にも言えることか?」
アリアはそう言って、才目掛けてダッシュした。マタタビの影響か若干覚束ない足取りだが、魔法が使えない才には十分脅威だ。
そう、
「……展開」
才は呟くように言って、
「砲撃」
そして杖先をアリアに向け、
「なっ!? ぐおおっ!!」
まるで予想できなかった砲撃を至近距離で食らったアリアは、あっさりと目標とは正反対の方向へ吹っ飛ばされた。
「ぐっ……貴様、蒐集されたはずなのに、なぜ……っ」
「……教える理由がない」
才は至極もっともな意見を言った。
「……まだやる? だったら、管理局に通報するけど……」
「……くっ」
アリアは退却の選択肢を取った。魔法が使えないはずの才が魔法を使って戦えるとなれば、人数的にも目的の箱を奪取する前に管理局に来られかねないと踏んだのだろう。
才はアリアがいなくなったのを確認して、それから高周波を切った。
「……助かったよ」
「なぁに、才の頼みとあらば、
才は待機状態に戻した長杖を由樹に手渡した。
先ほどのトリックの真相。それは由樹のデバイスを由樹の魔力で使っていたというものだった。使用者は才ではなく由樹であるため、才の動きに合わせて由樹がデバイスに命令を下していたのである。才がアリアの接近に気づいたのも似た理由で、由樹のデバイスによって周囲に魔力感知の魔法を張り、それで察知できたのである。
「で、調べたいことは調べれたの?」
「……まあね。戻って彼に報告するよ……」
才はそう答え、再び帰路についた。
原作において、闇の書が覚醒する十二月二十四日まで、すでに十日を切っていた。
やったねアリア、出番がもらえたよ! 良かったね!!
さて、次回からやっと綾メインに戻ります。つまり、そういうことです。あれが来るという意味でも、もう第二章での出番が一切なくなる人がいるという意味でも。
具体的に言えば本の四人の住人とか猫姉妹とか……おや、誰か来たようだ。
……ん、関西弁少女? はて、そんな人本ゲーム内にいたっけ?(第二章における出番はありません)