Magic game 作:暁楓
勝負開始の合図であるコインの音が聞こえたと同時に、綾が大声を発しながら何かを投げ込んだ。
暗くてよく見えないが、それは球状。そして導火線の火花が見える。
「っ! シグナム、下がれ!」
見覚えがあったザフィーラはすぐに前に出て、防御魔法を展開する。
球状が破裂し、眩い光の花が咲いた。
「くっ!?」
至近距離での花火の炸裂に、シグナムもザフィーラも思わず腕で目を庇う。
一瞬の炸裂が終わり、シグナムが腕をどかす。
(む?)
ある光景が見えた。綾が、自分が顔を上げたのを確認してから奥の左側にある狭い路地裏へと入っていったのだ。
あの細い男……氷室はいない。ここにいるのはシグナムとザフィーラ、そして花火に驚いて腰を抜かしている末崎だけになった。
「ザフィーラ。氷室だったか……そいつを追えるか?」
「ああ。異様なにおいを発するポーチを身に着けていたからな。すぐに追える」
元が狼であるザフィーラにとって、これくらい訳のないことだ。氷室自身強烈なにおいを発する物を身に着けていたため、余計簡単に区別できていた。
「私は朝霧を追う。ザフィーラはもう一方を頼む」
「わかった。シグナム、奴は魔力が低いとはいえ、侮れんぞ」
「わかっている」
シグナムの返事を聞いて、ザフィーラは氷室がいるらしい方向へと走っていった。
シグナムはザフィーラを見届けてから、綾が入っていった路地裏に向かって歩き出した。
(この勝負は逃げるばかりでは勝つことはできない……さっきの行動からもして、何か仕掛けている)
でなければ、見られてから路地裏に逃げ込むような真似はしないはずだ。
路地裏に差し掛かる一歩手前で、シグナムは歩を止めた。いつでもレヴァンティンを抜けるように構える。
そして――
ザッ!!
「……いない、か」
誰もいない、何も仕掛けられていないのを確認してシグナムは構えを解いた。
道は真っ直ぐで、抜けると広めの道路に出るようだ。おそらく、次こそ仕掛けてくる。
ゆっくり、ゆっくり。足を前へと進める。
道路に出る一歩手前まで辿り着いた。だが、ここからだ。
(どっちだ……右か? 左か?)
探知魔法を使えば一発でわかるが、使えば明らかな隙が生じる。ここは勘、いや『読み』で推測するべきだ。
(私の利き腕とは逆の左か? それとも、居合いの起点とは逆の右?)
読み違えば、がら空きの背後から襲われることになる。それは避けたい。
(どっちか――)
その時だ。
――パァンッ!!
「っ!!」
甲高い破裂音が響いた。すぐ近くで、右からだ。
(暴発したのか? いやそれでも――右だ!)
確信的情報を得たシグナムは、好機を逃さないためにもすぐに道路に躍り出て、迷わず右へと向いた。
……だが。
――ガンッ!!
「がっ!?」
右側にあるものを見るより先に、
◇
「がっ!?」
狙い通り、俺は背後からの強襲に成功した。
後頭部を杖で殴られ倒れかかるシグナムに、俺は手を伸ばす。
狙いは、甲冑のジャケット部分に付けられたバッジ。取れば、一撃で勝利だ。
(取れる――!)
バッジに届くまで、あと数センチ。
だがその数センチまで来たところで、バッジが移動した。いや、バッジではなく、シグナム本人が動いたのだ。
半回転して俺を正面に捉えたシグナムが、納刀状態のレヴァンティンに手をかける。
「まず――」
「――空牙っ!!」
抜刀斬撃と共に剣圧が飛び、それが防御反応ができない俺の腹に直撃。
俺は、数メートル後ろに吹っ飛んだ。
「っ、がはっ!! ぐ、げほっ……」
たった一撃なのに、胃の中身が押し出されそうになる。のた打ち回りたいほど痛い。
が、すぐに立ち上がり、杖を強く握り締める。
頭から血を流すシグナムは、俺ではなく後ろを見ていた。
しばらくして、こちらに向き直った。
「小賢しい真似をするな……あんな仕掛けをするとは」
「ここで正々堂々なんて考えるつもりはありませんよ。小細工ならいくらでも使わせてもらいますから」
俺はバッサリと言った。
俺が仕掛けたのはモデルガンを利用した誘導だ。火薬の量を弄って音を大きくしたモデルガンを固定し、手作りの装置でしばらくしてからトリガーが引かれるように仕掛ける。後はそのモデルガンとは反対側で待ち伏せて、シグナムが現れたら強襲。
頭を殴って脳震盪が起きている間にバッジを奪う算段だったのだが、このように失敗してしまった。
「以前の試合から油断ならない相手とわかっていたつもりだったが、それでも心のどこかで油断していたようだな」
「……できれば、その油断をしている内に勝っておきたかったんですけどね」
長杖を
竹刀に比べて、刀身が短い。柄も短く、両手で構えるのには適さない片手剣だ。だけど、使えない訳じゃない。
左手を前方に翳し、剣を持つ右手を引き、平突きの構えを取る。
シグナムは俺の構えを見て剣道の試合を思い起こしたのか、レヴァンティンを中段に構えた。
凄まじい剣幕が俺に襲いかかってくる。
「もうバッジを奪って終わりとは言わん。お前を倒して、それからバッジを奪わせてもらう」
「ああ、そうですか」
魔法陣を展開する。
強化魔法発動。
デバイスに攻撃魔力付与。
ギチ、と剣を握る手に力を込める。
一呼吸。吸って。吐いて。
そしてまた吸って、
「……行くぞっ!!」
突撃した。
◇
一方、氷室はと言うと、とにかく全力でザフィーラの追従から逃げていた。
「であああっ!!」
「うおっ、危ねっ!」
ザフィーラの拳を間一髪で避け、背筋を冷やしながらも逃走を継続する。
(綾の奴、あいつの顔面に汁ぶっかけろとか言ってたけど、まずあいつから逃げるのに精一杯だっつーの! 顔面捉えるどころか近づくことすら無理だろーが!)
世界一臭い汁はまだぶつけてない。勝つために綾の作戦に同意したとは言え、あまりにも無理がある。氷室には神に反逆するなんて言うつもりはなく、今を生きていければそれでいいと考えてるのだ。
とにかく、逃げる。逃げ続ける。
逃走する氷室な眼前に、地面から生えてきた白い棘が遮った。
「うわっ! 危ねっ!」
自身に急ブレーキをかけ、なんとか接触前の静止に成功する。
が、それがまずかった。
「って、やべ――」
氷室も失対に気づいて動こうとするが、遅い。
完全に動きが止まっていた氷室の背中に、ザフィーラの強烈な蹴りが加えられた。棘を突き抜けて、氷室の身体が壁まで吹っ飛ぶ。
「ごはっ!!」
強く叩きつけられた。だが、気を失っている訳にはいかない。
チラつく意識を繋いで氷室が振り返ると、ザフィーラが牙獣走破――跳び蹴りの態勢で突進する――で迫っているのが見えたので、回避する。
壁に足を突っ込んだザフィーラの顔面を間近に捉えた氷室は、ポーチから『あるもの』の袋を取り出し……
「やられっぱなしは……俺だって御免なんだよ!!」
それを……世界一臭い汁を叩きつけた。
ザフィーラの顔で跳ねた飛沫が、持っていた手や服、さらには氷室の顔にまでかかった。
「ぐおおおっ!?」
「うぉぉっ、臭っ!! 直に嗅ぐと余計臭っ! マジで鼻が曲がりそうだ!」
袋から解放された醜悪なまでのにおいに氷室は勿論のこと、寡黙なことが多いザフィーラまでもが耐えきれず悶える。
そして氷室が言った、『鼻が曲がりそう』なにおいを最も放つ者が今すぐそばにノーガードで存在する訳で。
「臭ぇから……吹っ飛んでろ!!」
「ぐおおっ!!」
長杖の先端をザフィーラに押し付け、間髪入れずに砲撃で遠くに押し飛ばした。
「あーくそっ、ひでぇにおいだ……とりあえず上着だけでも脱いどかねえと」
ザフィーラを吹っ飛ばした方向とは逆に逃走を再開しながら、かかってしまったにおいに顔をしかめて着ているコートを脱ぎ捨てる。
実を言うと、綾や氷室はバリアジャケットを設定していない。しかし、バリアジャケットを纏っていないのかと言えばそれとは別で、着ていた服をバリアジャケットの状態に変換しているのである。早い話が個性を取り入れていないだけなのであり、それなのでこのように脱ぎ捨てることができているのである。
「ったく、あいつにマトモな策を期待すんじゃなかったぜ」
(とはいえ、有効打を叩き込むのには成功した。あいつの考えも捨てたもんじゃないな)
砲撃の威力はどうでもいいとして、あの激臭を直撃させたのだ。しばらくはのた打ち回っているかもしれない。それなりに時間は稼げるだろうと走りながら考える。
が。
ドドドドドッ!!
「うおおおおっ!?」
地面を貫いて無数の白い魔力の棘が襲いかかってきた。ギリギリよけるも、バランスを失って倒れてしまう。
「え、マジ……?」
嫌な予感に汗を流しつつ、後ろを見る。
ザフィーラがいた。
(あ、やべ……)
姿を、正確にはそのオーラを見るだけでわかった。あれは、キレている。
「……よくもこのようなふざけたものを浴びせてくれたな……」
怒鳴ったりしない分、余計恐ろしさが溢れ出ていた。
これ、本当に死ぬんじゃね? と、氷室はそう思った。
激戦は、まだ続く。
氷室逃げて。超逃げて!
今作ではザフィーラが活躍してますねえ。シグナムの盾になったり氷室に本気だしたり。影が薄いとは言わせない。