Magic game 作:暁楓
「『五十四の二倍ポーカー』……?」
「ああ。ルールは普通のポーカーと大体同じだ。役の種類、強さも同じ。そこに、自分の五十四枚の山札を持ち、自分で山札を切り、自分で引く。つまり、運を引き寄せるのは自分次第ってことだ。で、十回繰り返して多く勝った方の勝ち」
ゲームのルールをざっくり説明する。
この説明で大体全部だ。自分で山札を切り、五枚引き、それから一度だけ手札をチェンジ、そしてオープンして役の強弱を競う。それを十回行うゲーム。
「……ジョーカーは?」
……ああ、そうだった。ポーカーは普通、ジョーカー抜きの五十二枚で行うゲームだったっけ……。
……このポーカー自体、
「……綾?」
……っと、ルール説明だったな。
訝しげに呟く海斗に気がつき、慌ててルール説明に戻る。
「ジョーカーはいかなるカードにもなり得る。ただし、ジョーカーの入った役は同じ役の中でも最弱となる。これでいいな?」
「ワイルドポーカーということか……いいよ。……それと」
才は俺――正確には俺の左腕を指差した。
俺の左腕はまだ、ギプスによって固定されている。完治するまであと数日かかると言われてる。
「その腕でシャッフルはできないと思うけど……代理立てるの?」
「いいや」
俺はデバイスを展開した。
長杖となったデバイスの先端を左腕に向け、先端に可能な限り威力を高めたシューターを三つ精製、叩き込んだ。
ビリビリと痺れ、完治してない左腕が痛みで悲鳴を上げるが、なんとか耐える。ギプスはシューター三発によって砕け散った。
付着している石膏の欠片をほろい落とし、左手を握ったり離したりする。
「カードを持つ程度なら、もうできる」
「……そっか。じゃあ、始めよう」
箱からカードを取り出すのは、ほぼ同時だった。
◇
『……おい、海斗』
「んあ?」
綾と才がカードをバラバラに混ぜ始めている間、氷室は海斗に念話で話しかけた。海斗はいきなりの念話で思わず声を出してしまったが。
『念話にしろ。お前は、このゲームを知ってるのか?』
『……いや、知らねえけど。即興で作ったんじゃねーの?』
『即興にしてはルールを決めるのがやけに早い。それに即興勝負ならめくりとかもっと単純なものにすることだってできるんだぜ? 過去にやったことのあるゲームだと見た』
『うーん……つっても、俺があいつと知り合ったのは高校に入ってからだったしなぁ』
『……ま、それはどうでもいいか』
氷室は海斗との念話を打ち切った。綾についての情報の足しにしようと目論んでいたのだが、知らないのであれば意味がない。
そんな氷室に、念話で由樹が語りかけてきた。
『早速仕掛けてきたね、彼』
『……なんだ、お前もそう思うか?』
『それ以外有り得ないっしょ。自分で山札切って自分で引くって、どう考えてもイカサマありってことじゃん?』
由樹の言葉に氷室も賛同した。
自分で山札を切るということは、自分で山札のカードを操作することができるということになる。カードの縁に目印となるものをつければ、それが重なって上に来るようにシャッフルすればよい。
『チェンジ含めて一回で引ける枚数は最大十枚……スペードのロイヤルストレートフラッシュの素材は三、四巡ぐらいで全部引くだろうか』
『まあ、そこは運勝負だけどねー。綾はあいつが最初に五枚捨てるかどうかで判断するんじゃない? ゲームのカラクリに気づいて五枚捨てればやれる奴、初のゲームって感覚に呑まれて出し惜しんだら大したことなし、ってさ』
シャララララ……。二人がこうして話している間にも二人は念入りにシャッフルをしている。
最初にごちゃごちゃにかき混ぜ、一纏めにしたら数回カット、それからマシンガンシャッフルし、またカット。手順もタイミングも両者全く同じで、奇妙に思えるほどだった。
シャッフルを終え、両者共に山札を置いた。
「じゃ……始めるぜ」
綾の宣言と共に、二人は五枚カードを引く。
才が壁を背にしている関係上綾側にいた氷室達は、綾の手札に後ろから覗き込んだ。
「おおっ……!」
「へえ……」
末崎の嬉しそうな声と、氷室の感心したような呟き。
綾の引いたカードは全てスペード。数字は左から順に10、3、8、K、J。
末崎は初手でフラッシュというなかなかの役が出来上がっていることに歓喜しているようだったが、氷室が感心したのは当然別のところ。初手でロイヤルストレートフラッシュの素材を三枚引いたところである。
氷室と由樹の予想通り、この勝負で最も重要なのはいかにスペードのロイヤルストレートフラッシュのカードを引き、そのカードに目印――ガンを仕掛けるかにある。そのうちの10、J、Kを初手で引くというのはそれだけでアドバンテージであり、かつチェンジによってさらに引き当てるチャンスも得る。綾の勝負運はなかなかであった。
綾は順番、上下がバラバラなカードの整理を始める。
(ガンを付けたな……)
ここからでは具体的な目印の形は見えないが、カードを整理している時に綾がこっそり10、J、Kのカードの縁に爪を立てたのを氷室は見落とさなかった。相手からはただ整理しているだけのようにしか見えないだろう。それほど自然で素早いテクニックだった。
(やっぱり、こいつをどうにかしてこっちに引き込みたいねぇ……)
海斗に聞いたところ、進学高校で主席であったらしい上、アルフとなかなか張り合っていたらしいことから自分以上にかなりのやり手だ。逃す手はない。
しかし、彼が断る際に言った理由――「仲間を見捨てる気はない」――それが引き入れるのを拒んでいる。
人は受け身姿勢では本来の力は発揮されない。自主的であってこそ本来の力が引き出される。
氷室はそこはわかっているため、無闇に勧誘する訳にはいかないのである。チームではなく連合を組むのはどうか――と思ったことはあったのだが、断られそうな気がなんとなくした。連合を組めたとしてもある日突然、なんてこともあり得る。
まあ、それはともかく。
「じゃ、五枚チェンジ」
カードにガンを付けた後、氷室の予想通り綾は迷わずにフラッシュの手を捨てた。カードの種類がわからないよう、重ねて置いたのにも計画性を感じる。むしろ末崎が騒ごうとしたりと、才がこっちの反応で感づかれはしないか冷や冷やした。すぐに末崎は取り押さえたが、バレてないかは不明だ。
綾が新たに五枚のカードを引く。
さらにスペードのAを引き当てた。残念ながらQのカードは見えない。
(まあ、一回目で四枚も引ければ上出来か。さてあいつの方は……)
氷室は才の方に視線を移す。しかし奇妙な光景が映った。
捨て札がない。
シャッフルの手順、タイミングを完全に綾と同じにしていた才が、まだ手札を捨てていない。このルールのポーカーならチェンジも同時にやりそうだったのだが、順番を意識したのだろうか。
「どうした? お前もチェンジしていいんだぜ」
そう言って綾は促すと、才から予想外な答えが返ってきた。
「いい……。チェンジはしない……」
―――――え?
氷室のその反応は、そのまま目の前にいる綾の反応でもあった。
◇
「いい……。チェンジはしない……」
(え……?)
才の放った言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
チェンジは……しない……?
(自分で仕掛けてなんだが……本当に気づいていないのか……?)
でも、ジュエルシードを三つ素早く手に入れることに成功した奴が、このような仕掛けに気づかないというのか?
すでにロイヤルストレートフラッシュを揃えたという確率は……まず有り得ない。
シャッフルは念入りに行っていた……ガンをつけるような動作も見られなかった……というか、このトランプは買った時にはAを1として1〜13で並んでる。埋もれた状態の10〜Kを、確認もせずにガンをつけるのは難しいはずだ……。
でも、だからと言って一枚も変えないだろうか?
五枚必要とする、もしくはチェンジの必要がない役はストレート、フラッシュ、フルハウス、フォーカード、ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュ。役の種類こそ数はあるものの、役そのものが出る確率は滅多にあるものじゃないだろ……?(俺は初手でフラッシュを引いたけど)
「……どうしたの?」
「あ、いや……じゃあ、開くぞ?」
「うん」
フラッシュを捨てて引いた俺の役は4のワンペア。お世辞にも強いとは言えない。多分才には勝てないだろう。
それで、彼の役は……………!?
「……!?」
「マジか……!」
俺や、思わず声を上げた氷室……他の全員も……驚きを隠せずにはいられなかった……。
スペードの10……。
J……。
Q……。
K……。
A……。
最強の……純正かつスペードのロイヤルストレートフラッシュが、目の前に完成していた……。
「ちょっと、確認させろ……!」
目の前の光景が信じきれず、才が揃えたカードを手に取ってみる。
……上下も順番もバラバラ……しっかりシャッフルされている証拠だ。カードの裏や縁にガンを付けた形跡も全くない……。
こいつ……本当にただのシャッフルでロイヤルストレートフラッシュを引き寄せたっていうのか……!?
「……どうするの……? 残り九戦やるの? 君のやり方がありなら、これから先僕の負けはないよ……」
「……。……いや、いいよ。俺の負けだ」
手を上げて降参の意志を示す。
イカサマゲームということにも気づかれている……。ここから先、俺がロイヤルストレートフラッシュを出せるのは最低でも三巡目以降だ。対して、才は常に出し続けることが可能……勝ち目はない。
「……そう」
才はカードを箱に戻し、こっちに返した。
「勝負をしたら話すって約束だったから……話すけど、いいかい?」
「……、……あ、ああ。……人を探してるけど、その人とは友人関係はないんだよな?」
「ああ……人名で探してはいないんだ……ある基準で、僕の求める人を探していた……」
基準……求める人……チームに入れる人を探して、その選別作業中ってことか。
なるほど……この勝負も、選別作業の一つだったって訳か……。
とすると、こいつの示す基準というのは判断力、発想力、その他諸々……大雑把にすれば実力を持つ者ってことか。
「僕が掲げる基準……それは、人がどの道を進んでいるのかだ……」
「え……?」
進んでる……道? 実力じゃなくてか……?
「観察していて、ほとんどの転生者が現実を知ってから進む道は三つ……」
「……………」
「一つ目は、理不尽な現実と指令を前に匙を投げ、命あっての物種、現状維持するだけで満足する人……二つ目は、自ら攻略することをしないで、誰かの傘下に下ることで生きようとする小判鮫……そして三つ目は、目の前の利益に溺れ、不要な裏切りや脅迫、暴力を振るって天罰をくらう者……」
才は俺の後ろ……氷室達の方を見やった。
「大体の人は……僕と綾以外の今まで見てきた転生者はみんな、この中に入る」
「なんだとガキッ……!」
「そうカリカリすんなって。確かに俺は一つ目に入るし、末崎は三つ目っぽいよなぁ」
「なんだとぉ!」
「……じゃあ訊くけど、あなたと綾は一体何に分類されるのかしら?」
それは俺も訊きたかった。
思想者である彼はともかく、俺までも入っている四つ目の分類。彼が探していた分類もそこになるはずだ。一体何が……。
「……僕と君は……
不条理な運命に立ち向かい、神を討たんと前に進む……同志だよ」
「……!!」
神を……討つ……どうしてそのことを……そして……同志……!?
「僕は……ずっと君のような人を探してた……!」
幼さを感じる彼の瞳は真っ直ぐと……俺の姿のみを映していた……。
ガンとはカードに目印をつけて裏からの判別を可能にすること。『カイジ』や『零』でガンカードという単語がでます。
この小説ではイカサマをやってるけど、現実世界でやったら当然手痛いしっぺ返しを食らってしまいます。イカサマダメ。ゼッタイ。
さて、綾はデフォルトで頭脳チートなのですが、才は頭脳に加えて運勢チートが入りました。運頼みのギャンブルでは負けません。
この小説、『零』のキャラ色が色濃く入ってまして、今出ているキャラにも綾が零、氷室が板倉、そして才が標となっています。ついでに同名、グラサンの末崎も。
才を運勢チートにしたのは、『零』において標が鉄球事故が近いうちに起こると予見したり、先に起こる破滅が見えるという証言から。
彼の存在は綾に強く影響します。