市街中心部の大きな五叉路。蓮太郎とティナがそこに差し掛かった時、不意に歌声が聞こえてきた。ソプラノの声だったため、女性……それも子供の物ではないかと予測ができた。歌われているのは聖歌だった。
首を音の方に向ければそれは上方の歩道橋からの声だとわかった。
「……行ってみるか?」
「行ってみましょうか。」
何となく、何となくだが気になったので歩道橋の階段を上った。中程のゴザが敷かれてるのが目に見え、そこに目を包帯で隠したティナと同い年くらいの女の子が見れた。
ソプラノの声で歌を歌いながら、何かの空の缶を持って物乞いをしている。
缶には『私は外周区の『呪われた子供たち』です。妹に食べさせるためにお金が必要です。どうかお恵みください。』と書かれていた。
ティナの方に目を向ければ、ティナは少し厳しい目をしていた。
「……なぁ、お前。その目はどうしたんだ?」
少女の目の前に立ち、しゃがんで目線を合わせながら話しかける。
「これ、ですか?これは鉛を流し込んで目を潰してるんです。」
頭を過ぎったのは貧困ビジネスという言葉。目を潰したり手足を切って他人の同情を誘い金を得るというもの。まさか東京エリアでそんな外道な事が行われてるとは信じたくなかった。だが、少女はそんな蓮太郎の気持ちを察したのか、首を横に振った。
「これは自分でやってるんです。これ以外、妹を食べさせていく方法がないので。それに、私達のお母さんはこの赤い目が嫌いでしたから。」
ガストレアショック。簡単に言えばガストレア特有の赤い目がトリガーのPTSDだ。ガストレア大戦後に最も蔓延した社会病である。
おそらく、彼女の母もそれにかかっているのだろう。
「……そう、か。」
「……なんであなたは笑ってられるんですか?」
ティナの問い。少女は先程からずっと微笑んだままだった。
「これ以外、どんな表情をしたらいいか分からないんです。 」
少女はそう言いながらティナに手を伸ばした。一瞬ビクッとしたティナだが、すぐに敵意はないと判断したため、抵抗はしない。
顔をペタペタと触って首元、鎖骨あたりも触る。
「あなたも呪われた子供たちなの?」
「っ……なんで、わかったんですか?」
後ろを早足で過ぎ去る人達はティナが呪われた子供たちだと言うことは記憶にとどめてないらしい。それはそれで好都合だが。
ティナの問いに深く微笑んで返す少女。
「綺麗な顔してるね。男の子が放っておかないんじゃない?」
ティナは横目でチラッと蓮太郎を見た。が、すぐに「そんな事ありませんよ。」と返した。
「そういえば、最近何かあったんですか?いきなり罵倒されたり殴られる事が多くなりました。」
露出してる肌に傷やアザはない。だが、服の下はアザがあるのだろう。
蓮太郎がここ数日の事を話そうとした時、後ろを通った若者が少女の足元に置いてある缶にプルタブを投げ入れようとした。が、蓮太郎はそれが缶に入る前に殴ってこの世の塵とさせた。
そして、蓮太郎は話した。今、世間では呪われた子供たちの扱いがどういう風になっていっているのかを。
「そうですか……そんなことが……」
少女は神妙な様子で頷いた。
「騒動の収まるまでの暫くの間は外周区かは出ない方がいい。こっちは危険だ。」
「でも……」
考えたのは金のことだろう。蓮太郎は財布から大きめの札を取り出し、手に握らせる。贅沢さえしなければ二ヶ月は食べていけそうな額だった。これで再び財布が冬を迎えたが知った事じゃない。
「約束してくれ。頼む。」
少女は札を擦ったり匂いを嗅いだりしたりすると、驚きに染まった表情をした。
暫くはしどろもどろしてたが、「足りるか?」と蓮太郎が聞くと、小さく首を横に振って「ありがとうございます。」と言った。
「そんじゃ、俺達は行く場所があるから行かせてもらう。暫くは気を付けろよ。」
「あ、あの、お礼は……」
「いいっていいって。」
蓮太郎は彼女に背を向け手を振りながら歩き出した。ティナもそれについていく。
少女は暫く呆然とした後、再び微笑み、歌い出した。
曲名は、『アメイジング・グレイス』。
****
「着いたぞ、ティナ。ここだ。」
「……ホントにここなんですか?」
重機を打ち込む工事音が響くなかたどり着いたのは木造の家の前。ポストの上に辛うじて片桐民間警備会社と判読できる看板がある。ティナの問いには黙って頷いた。自信がなくなってきた。
呼び鈴すら見当たらないのでドアでも叩くかと思い手を握った所でティナがその手を両手で握って動けないようにした。トドメはいけないと。
だが、不意に上から声がかけられた。
「あっ、変態の里見蓮太郎!!」
声をかけてきたのは金髪の少女だった。
「よう、スパイダーガール。」
「何処ぞのアメコミヒーローみたいな言い方すんなロリコン!こっち来んなロリコン!」
彼女はこの片桐民間警備会社を経営している男の妹、片桐弓月だ。
「ひっでぇ言われよう。今回は仕事持ってきたんだが。」
「変態に恵んでもらう仕事なんてないわよ!帰れ!ファックユー!」
蓮太郎は口の悪い彼女に苦笑いしながらも壁の一部を指さした。何かベニヤ板のようなもので穴を塞いでるようだった。
「話だけでも聞いたらいいんじゃないか?」
うぐっ!と声を漏らす弓月。暫くしてから弓月が降りてチョーカーから鍵を取り出し扉の鍵を開け「兄貴~、お客さん~」と言いながら入っていった。その後を蓮太郎とティナがついていく。
「兄貴、起きて。」
「なんだよマイスウィート……」
机に足をかけて寝ていたその人物は弓月の声で欠伸をしながら起きた。
「よう。」
「うわ……」
男はそう声を漏らすとアイマスク代わりに置いておかれたグラビア誌を再び顔に置いて寝だした。
「依頼持ってきた奴の前で寝るとはいい度胸だな。」
「うるせぇんだよ。起きたら目の前に人外がいたら人生諦めんだろうが。」
「諦めんなよ。」
目の前の男、弓月の兄でありこの会社の経営者、片桐玉樹はグラビア誌を放り投げてから起き上がった。
服装のセンスは悪い。
「繁盛してるみたいだな。」
「皮肉はよせよボーイ。久しぶりだな。何のようだ?」
改めてドカッと椅子に座り直した玉樹は蓮太郎と視線を合わせた。
「実はだな……」
「当ててやろうか?モノリスが崩壊東京エリアが壊滅するクソファッキンなシナリオが迫ってるから仕方なくアジュバンドを探している。どうだ?」
「見事だな。占い師にでも転職したらどうだ?」
「こんなイイ男が占い師なんて似合わねぇよ。で、獲物はなんだ?」
「聞いて喜べ。二千体だ。しかもアルデバランのおまけ付き。」
「ヒュ~、大特価だなオイ。そんじゃ、他あたれや。出口はあっちだ。」
「残念だが帰んねぇんだよなぁ。」
「いいから帰れボーイ。俺に自殺願望はねぇ。そんな作戦に参加するんならとっとと飛行機のチケット買って逃げたほうがマシだ。」
睨み合う蓮太郎と玉樹。確かに玉樹の言う事には一理ある。
ガストレア二千体との戦いなんてよく考えれば自殺と変わらない。
「っつーかよ、その依頼を達成したら何がどうなんだ?」
「序列の向上、金。」
「クソファッキンだ。金とか序列とか、そういう問題じゃねぇんだよ。」
「なら、俺の仲間のために戦ってくれ。俺にはやる事があるんだ。」
「やる事だァ?」
「単独でのアルデバランの暗殺。」
その瞬間、玉樹が目を丸くする。目の前の男は一体何を言っているんだと。
「お、おいおい、アルデバランがどんなのか、知らねぇ訳じゃないだろ?」
「あぁ。」
「あのタウルスの右腕だったガストレアだぞ?それの暗殺だ?しかも単独で?」
「普通なら無理だな。だが、俺なら出来る。なんとか理由をこじつけて単独行動をしてアルデバランを暗殺。それがプランだ。」
「……ぶっ飛んでんな。俺はそういう奴は嫌いじゃない。だが……」
玉樹は立ち上がり、蓮太郎の肩に手を置いた。
「俺は俺より弱い奴の下にはつかねぇ。俺を引き込みたいんなら力づくで引き込みな。」
「そうかい。」
蓮太郎と玉樹は不気味な笑みを浮かべながら外へ出ていった。
「……あんた、苦労してるんじゃない?」
「約二名胃がやられてる人と性格が変わった人が身近にいます。」
「うわぁ……」
弓月は引き攣った笑みを浮かべ、ティナは半ば諦めたような笑みを浮かべて蓮太郎と玉樹の後ろをついていった。
****
結果、四人はそれぞれのペアと近くにある市民体育館を貸し切っておこなうことになった。そこにいた善良な市民は玉樹に追い出された。
出入り口にはギャラリー達がワイワイがやがや。
玉樹はフィンガーグローブの上からチェーンの巻き付いたガントレットを装備、腰にはリボルバー。
「名乗るわよ!序列1850位、モデル・スパイダー、片桐弓月!」
「同じく片桐玉樹。」
「序列三百位、里見蓮太郎。」
「序列は剥奪中なので序列はありませんが、モデル・オウル、ティナ・スプラウト。」
「序列剥奪!?」
弓月が驚きの声を上げる。
元々民警は気性の荒い物が多いので、ある程度の問題なら序列剥奪されない。つまり、序列が剥奪されるということはそれ相応の事をしたということ。
蛭子ペアもそうだ。彼等も色んな事をやってきたがために序列を剥奪された。つまり、彼ら並みとは言えないが、かなりの事をしなければ序列は剥奪されないと言うこと。
「おいボーイ。お前のペアはあの活発なバニーガールじゃなかったか?即席ペアでどうにかなると思ってんのか?」
「居候と家主ナメんなよ?案外息合うんだぞ。特売とかタイムセールとかバーゲンとか……」
「止めろ、聞いてて悲しくなる。」
「あと、延珠は今日退院だ。」
「は?イニシエーターが入院なんて何したんだ?」
イニシエーターに関しては言わずがな。切り傷程度なら即完治し、肉が抉られたり骨が折れても数時間後には完治する。
つまり、イニシエーターが入院するということはそれなりの大怪我をしたことだが……
「ストレス性胃痛をこじらせた胃潰瘍です。」
「……ボーイ、一体何を……」
「主に二次災害を引き起こすせいで延珠さんのストレスがマッハという訳です。」
「イニシエーターが胃潰瘍って聞いたことねぇぞ……」
ドン引きの玉樹。そして同情の視線をティナに送る弓月。
「まぁいい!かかってきな、ボー……」
「うぇーい。」
ボーイ!と言おうとした瞬間、風が吹いた。イの発音をしようとした時には玉樹は重力に逆らっていた。
そしてドゴォッ!!と炸裂音。
「……は?」
弓月が顔色を真っ青にして天井を見る。
天井には顔面を体育館の天井にめり込ませてプラプラしてる己の肉親。玉樹が居た場所には拳を振り上げた状態の蓮太郎。
「さて、後は……」
「すみません調子に乗りました許してくださいおねがいします。」
弓月、全力で謝った。腰を45度に曲げて誠意を込めて謝った。
兄のような逆生首にはなりたくないし犬神家もしたくないし大の男を数十メートルはありそうな天井にめり込ませる程の拳を受けたくなんてない。
その前に力を開放したイニシエーターの目にも止まらぬ速さで動ける時点で既に勝てる要素を失っている。
顔を真っ青にしてガクガクしている弓月にティナはゆっくりと近付いて肩にポン。と手を置いた。
「……分かりますよ、その気持ち。」
「あんた……」
「あれをくらうとですね、鳥になれるんですよ。飛べますよ。でも、そんな体験嫌ですよね?」
ついでに顎から嫌な音も鳴りますよ。とも付け加える。弓月は無言でティナに抱き着いた。
「……一組確保っと。」
「殺す気かボーイ。」
玉樹が顔面を天井から引き抜いて降りてきた。どうやらあれをくらって無事らしい。
「生きてたか。」
「川の向こうで手を振ってるじいちゃんとばあちゃんが見えたわクソボーイ。」
訂正。全然無事ではなかった。渡ってはいけない川が見えていた。
「まぁ、ワンパンで終わったのは悔しいが、約束だ。アジュバンドに加わってやる。」
「さんきゅ。」
「しかし、弓月も友達ができそうでよかった。」
「友達いないのか?」
「自分が呪われた子供たちだって事バレないようにしてるからな。人との付き合いも減っちまう。」
「ならティナが最初の友達か?」
「と、言うか被害者の会だぜ。」
玉樹はティナに抱き着いて声を殺して泣き、ティナに頭を撫でられて慰められている我が妹を見ながら苦笑いするのだった。
ちなみに、玉樹は帰宅後気を失いました。復帰までに三時間近く有しました。
と、言うわけで盲目少女ちゃんとチンピラ兄妹の初登場でした
弓月を殴ると思いました?残念、ロリには優しいのがこの小説です←ドコガダ
そして玉樹はご自慢のチェーンソー(拳)を見せる間もなく逆犬神家。
あと、片桐兄妹の家ってアニメ版だと木造一軒家でしたが、小説だとビルの中なんですよね。三巻を読み返してたら気付きました
次回は……どーなるじゃろーな