アイドル研究部の後輩くん   作:もりこ。

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【速報】脱、失業。


6話

講堂のスピーカーから流れる音楽に合わせて躍動感溢れる振り付けで踊りながら高らかに歌い上げる三人の様子を観客席で眺めつつ、僕は出会った頃に比べれば随分と見違えたものだと感心していた。

 

前回とは打って変わって、のびのびとステージ上で歌い踊る園田さんを見た絢瀬先輩は渋面を浮かべつつも「差し当たっての問題は解消されたみたいね」と一言。どうやらお墨付きを頂けたらしい。思わず東条先輩と見合わせてガッツポーズなんか作って見せていたら絢瀬先輩に半眼で睨まれた。美人は怒ると恐いんだよなあ。

 

「と、言う訳でリハーサルお疲れ様。これなら本番も問題無しじゃないかな……多分」

 

講堂でのリハを終えた僕達はアイドル研究部の部室でささやかながらも壮行会らしきものを開いていた。まあコンビ二でお菓子とジュースを買っただけなんだけれども。

 

「最後の一言は聞かなかった事にしておいて、本番もファイトだよっ!」

 

「かんぱーい!」

 

「ええ、乾杯」

 

そして、暫し無言でジュースを飲み下す僕達。ぷは、疲れた身体に炭酸が染みるなあ。

 

「なにその顔、宇土君おじさんみたい!」

 

「ビールを飲んだお父さんがそんな顔をしますね、そう言えば」

 

失礼な事をのたまう高坂さんと園田さんに苦笑しつつ、ジュースもそこそこにちくちくと針仕事に勤しむ南さんに声を掛けた。

 

「何か衣装に問題でもあったの? 良ければ手伝うけど」

 

「実際着て踊ってみるとサイズがきつかったみたいだから、動きやすくなるようにちょっとだけ手直ししてるの。すぐ終わるから大丈夫だよっ」

 

「そっか、なら任せるけど…絵も上手いけどやっぱり裁縫も手馴れたもんだね。凄いや」

 

僕の言葉に、南さんは僅かに頬を紅く染めつつ、手直し中の衣装で顔を半分隠しながら笑った。相変わらず仕草の一つ一つがあざと可愛いのに天然という驚異的なスペックの持ち主である。うちの先輩にも見習って貰いたいものだ。

 

「お裁縫、って言うかね、お洋服を作るのが好きなの。だからこうやってことりが作った衣装で穂乃果ちゃんや海未ちゃんと踊れるのが凄く嬉しいんだ。それに宇土君もお裁縫凄く上手だよね? 宇土君が手伝ってくれなかったら衣装が出来上がるのはきっと本番ギリギリだったよー」

 

「ことり、衣装の手直しなら一つ要望があるのですが……」

 

「「「却下」」」

 

おずおずを手を挙げながら話を切り出そうとした園田さんに対して僕達三人は爽やかな笑顔を浮かべつつ無慈悲に切り捨てた。

 

「まだ何も言っていません!」

 

「どーせスカートが短いー! とかでしょー?」

 

やや呆れた風に肩を竦める高坂さんの姿に、園田さんは伏し目がちになりながら消え入りそうな声で言った。

 

「だ、だって…あんなに短かったら、その……見え、見えてしまうかもしれないじゃないですか…!」

 

「だがそれがいい」

 

「宇土君は黙ってて下さい!」

 

これは失礼。

 

「でも海未ちゃん。下にはちゃんとスコートも履いてるし、ステージから客席の距離なら多分殆ど見えないと思うよ…?」

 

「そうだよ海未ちゃん! 別にパンツ見えちゃう訳じゃないんだよ?」

 

「あんなもの殆どパンツみたいなものでしょう!」

 

凄い事を言い放ったな、園田さん。

 

「大体、スカートが翻らなくてもこんなに足を出すだなんて…恥ずかしいです」

 

「さっきのリハじゃあ普通に歌って踊ってたよね? 園田さん」

 

「曲が始まったらそんな事言ってられないじゃないですか。でも曲が終わったら恥ずかしいんです!」

 

何だその無茶苦茶な理論は。

 

「それもこれから慣れていかなきゃいけない試練の一つって事だと思うけどね……全国で有名なスクールアイドル達の中にはもっと過激な衣装の娘達も居るんだし。それこそパンツがチラッと見えるぐらいは仕方ないじゃない」

 

「じゃあ宇土君は私にパンツを見られても問題ないんですね!?」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

「海未ちゃんだいたーん!」

 

「あわわわ……」

 

暴走気味の園田さんの発言で高坂さんと南さんまで何だかおかしな事に…。こうなれば僕も腹を括るしかないか。

 

「分かった。じゃあお望み通り此処でパンツを披露してみせようか」

 

「「見せちゃうの!?」」

 

「男は度胸。何でもやってみるもんさ」

 

半ば自棄になりながらベルトに手を掛ける僕。高坂さん達は恥ずかしがりながらも何故か視線を僕の方……心なしか下半身へと向けている。そこまで見たいのなら、R-15で収まる程度には期待に応えるしかあるまい。

 

「ちょっとあんたら! パンツパンツうるっさいのよ! って何してんのよあんたはー!?」

 

タイミング良く現れた先輩の強烈な制裁により僕達の壮行会はお開きとなった。

 

 

「ったく、あたしの部室で何やってのよホントに…」

 

「流れ的に仕方なくですよ」

 

「どんな流れよ!?」

 

壮行会も終わった後、個人的に先生から補修を受けていたという先輩と一緒に帰る事となった。

 

3年生になったばかりなのに速攻で補修を受けているあたり、相変わらず勉強の方は今ひとつのようだ。まあ、先輩は家だと色々と忙しいので仕方ない所もあるのだけれど。

 

「そうそう、先輩に絢瀬先輩からの伝言が一つ」

 

「う、なによ伝言って」

 

絢瀬先輩の名前が出ただけで露骨に顔を引きつらせる先輩に、僕はなるべく絢瀬先輩に似せた口調で告げる。

 

「矢澤さん。貴方、アイドル研究部の部長という割には今回の講堂でのライブに関しては余りに無責任過ぎるんじゃないかしら。部の責任者なんだからせめて本番には出席して頂戴。分かったかしら?」

 

「……伝言の事は分かったけど、アンタの物真似気持ち悪っ」

 

ジト目でばっさりと斬り付けてきた先輩に対して酷い! と大袈裟にリアクションする為に軽く仰け反ると、後ろを通り掛かっていたらしい誰かとぶつかってしまった。

 

「あ、すいませ……あ」

 

「宇土君、さっきのはひょっとして私の事かしら?」

 

振り返れば、にっこりと笑顔を浮かべた麗しの生徒会長様が降臨していた。その後ろにはお腹を抑えてげらげらと笑う東条先輩が、そして先輩はいつの間にか消えていた。

 

「いやあ、ちょっと先輩との帰宅デートを盛り上げる為の小粋なジョークの一環と言いますか」

 

「あら大変ね。彼女が居なくなったみたい」

 

すいません。彼女じゃないです。

 

「冗談よ」

 

そう言って茶目っ気を帯びた笑みを浮かべる絢瀬先輩に僕は一本取られたな、なんて思いながらも思わず釣られて笑ってしまった。

 

「事が事だけに厳しくなりがちだけど、私だって好きでがみがみと言ってる訳じゃないのよ?」

 

「は、はあ」

 

何だか今まで見てきた絢瀬先輩とは少しキャラが違うせいか、違和感を覚えてしまう。こっちが彼女の本来のキャラなのだろうか。

 

「ホントは明日にでも誘おうと思っててんけど、たまたま宇土君も捕まった事やしちょっとウチらに付き合ってっくれる?」

 

笑い過ぎた為に浮かんできた目尻の涙を指で拭いつつ、東条先輩が言った。

 

 

そんな訳で、駅前のハンバーガーショップで僕は生徒会コンビと向かい合って座っていた。

 

「まだ夕食の時間には早いと思うんだけど…」

 

不思議そうに僕のトレイに乗せられた商品を見ている絢瀬先輩に、僕は軽く腹を摩りながら答える。ちなみに僕が頼んだのは基本のハンバーガーセットでドリンクとポテトをLサイズに変更したものだ。

 

「ええ、まあお腹が空いたので間食です。勿論夕食もばっちり食べますよ?」

 

「ハラショー……男の子ってよく食べるって話は本当なのね」

 

「ハラショー?」

 

何語だったけそれ、と思いながら首を傾げると、絢瀬先輩は赤面した。多分口癖がついぽろっと出てしまったようだ。

 

「宇土君は知らんかったっけ? エリチってロシア人のクォーターなんやで」

 

「ああ、日本人離れした美貌だとは思っていましたが今の説明で納得しました」

 

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 

にっこりと余所行きスマイルの絢瀬先輩。どうやらこういう方面からからかったりするのは無理みたいだ。残念。

 

「それじゃあ、あまり遅い時間になってもいけないし本題に入りましょうか」

 

「せやね」

 

先程とは打って変わって真面目な雰囲気を醸し出す二人に、僕もやや居住まいを直して続きの言葉を待つ。

 

「今度のライブなのだけれど、中止にした方が良いわ」

 

「えらく急ですね」

 

「ええ…こんなにぎりぎりになってしまった事については謝罪するわ。本当にごめんなさい」

 

「止してください。別にライブを中止にするなんて一言も言っていませんし、そんな話を高坂さん達を抜きにして話すのも筋違いでしょう」

 

「穂乃果ちゃん達を何で呼んでへんか、何となく察してるんやないの?」

 

東条先輩の言葉を聞いて、僕は頭の中で思い描いた中で最も最悪のケースを口に出した。

 

「……、あのライブの日程では集客が絶望的な何かがあるんですか」

 

僕の問い掛けに、絢瀬先輩は僅かに眼を見開いた。

 

「…驚いた。聡い子だとは思っていたけれども此処までだなんて」

 

「否定、しないんですね」

 

「今回の件はウチらがどうこうって話やないの。むしろ戸惑ってるっていうのが本音。実はその事を知らされたんも実はさっきのリハが終わってからやねん…」

 

「講堂の利用が出来ないんですか? 学校行事で割り込まれたとか…」

 

僕の問いに、絢瀬先輩は首を横に振った。

 

「これは学院の意向なのだけれど、部活動を活性化させて夏のオープンハイスクールでその事をアピールして出願数をアップさせよう、という試みがあったの。これは別に今に始まった事じゃないわ。随分と前から音ノ木坂は部活動に参加していない生徒の割合が多く、そのせいか大会の実績もずっと思わしくなかったから」

 

一体それが何だと言うのだろうか。その為に毎年新入生への部活動参加を促すという名目の元、午後の授業2コマ分も使って部活紹介の時間を取っているのに。

 

「……希も言っていたけど急に知らされた事で私達にもどうしようもなかったの。まさか、こんな事になるなんて」

 

首筋に悪寒が走る。これはもう嫌な予感しかしない。

 

「あのな、宇土君。実は部活紹介の日の放課後に、新入生は事前にアンケートで提出した部活動への見学、あるいは体験入部しないと駄目になってたらしいねん」

 

え。

 

いやいや、それってもしかして。

 

「どれだけ宣伝しても、あの時間帯に新入生と部活動に所属している生徒は来ないし、部活動に参加していない生徒も午後の授業がないから既に下校してしまっていて余程の事がない限り学校には残っていないわ」

 

あ、詰んだこれ。


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