と言う言い訳。
次のリハまでに園田さんのあがり症を改善しなければ、と言ってもそういう対処法は生憎と僕には分からない。意外と肝が座っている系男子なので緊張とは縁のない性格なのだ。
「ただいま」
園田さんの件は高坂さん達にお任せするとして、僕は僕でやれる事をやろう。と言う訳で帰宅した僕は、挨拶もそこそこに済ませて二階にある姉の部屋のドアを開けた。
「姉さん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
ちなみにノックはしない。そんな事で怒るような姉ではないし、どこぞのラブコメみたいな展開は万が一にも起こりえない。リアル姉とはそんなものなのだ。
「やや、おかえりさん」
姉はベッドで寝転びながら雑誌のようなものを読んでいたが、僕の声に顔を上げると、雑誌を開いたまま置いてベッドの淵に腰掛けた。
「聞きたいことって?」
「ほら、姉さんって音ノ木坂のOBで生徒会長だっただろ。絢瀬先輩とか東条先輩とは仲良かったのかなって」
去年まで音ノ木坂に在籍していた姉は、成績はすこぶる悪いが人望はすこぶる高く、そんなちぐはぐな生徒会長として中々の人気を誇っていた。噂では姉と一緒に補修を受けたいがためにテストで赤点を取る猛者が居たのだとか。
そんな話はさておき、だ。
「絵里ちゃんとのんちゃんかー。学内ではそこそこ仲良かったよ。学年違ったし、一緒に遊んだりは無かったけど二人共可愛くていい子だったからねー」
それがどうかした? と首を傾げる姉に、僕は事のあらましを簡単に説明した。
「……ああ、そういう事かあ」
僕の説明で何かを察したらしく、姉が平時に見せる気の抜けた表情を僅かに大人びたものに変えた。
「そういう事、って言うと」
「それを私の口から言うのは駄目かなー。絵里ちゃんにだって先輩のプライドってものがあるんだしね」
ううむ。いまいち姉の発言の意味が理解しかねるのだけれども。
「まあヒントぐらいはあげよっかなー」
「是非とも」
僕が先を促すと、姉は語り始めた。
「九助は何で高坂ちゃん達のお手伝いをしてるの?」
「それは、まあ…僕の望みを叶えるため、としか言えないかな」
僕の本音なんぞ恥ずかしくて他人には聞かせられたものではない。
「じゃあ、高坂ちゃん達は何でスクールアイドルをやってるのかなー」
「だから、それは音ノ木坂の出願者を増やす為に…」
言いかけた僕の言葉を遮るように、姉は首をゆっくりと横に振った。
「そうじゃなくて、何で音ノ木坂を助ける為の手段として、わざわざスクールアイドルを選んだの?」
その問い掛けに、僕は即答出来なかった。
高坂さん達がスクールアイドル活動をする事は僕にとってとても都合がいい事なので深く追求はしなかったけれど、そう言われてみれば姉の問い掛けももっともな話だ。別に、生徒会に申し出て有志として何か活動する事だって出来たし、きっとその方があらゆる方面に対して軋轢を生む事も無い。
なら、ならば何故彼女達は敢えてスクールアイドルを選んだのか?
「それは、彼女達がスクールアイドルをやりたかったからなんだと思うよ」
多分だけどね、と付け足して笑う姉の言葉に僕はそりゃそうだよなあと思った。
「それじゃあ最後に、絵里ちゃんは何で生徒会としての活動にこだわって音の木坂を救おうとしているか、分かるかな」
「それは、絢瀬先輩が生徒会長だからじゃないの?」
「それじゃ40点だねー」
姉の採点は厳しかった。くそう、何が違うというのか。
「まあアレだよ。絵里ちゃんは今の九助達には足りてないものを持ってるけど、持っているが故に不便な事もあるんだって話」
成程、さっぱり分からん。
僕としてはもっと深く追求したかったけれど、姉の表情を見るにこれ以上は何も答えてくれはしないだろう。仕方ないのでこの話はこの辺で切り上げるとしよう。
「頭の隅っこにでも入れておくよ。ありがと」
「隅っこじゃ駄目駄目ー。ちゃんと真ん中になきゃ忘れちゃうでしょー?」
「大丈夫。姉さんと違って僕は頭の容量が多いから」
「人を旧式みたいに言うねー」
「11月を英語で答えよ」
「あー、今期は英語の講義取ってないのよねー」
安定の阿呆姉であった。
○
「じゃーん!」
翌日の昼休み、アイドル研究部の部室で昼食を取っていた僕と先輩の元に高坂さん達がやってくるなりA4サイズの紙を突き出してきた。
「近い近い見えないから」
「ごめんごめん!」
勢い余って文字通り目と鼻の先に突き出されたそれを受け取って確認してみる。手書きの可愛らしいイラスト付きのライブ告知ビラだった。手書きとは言え出来栄えはとても良い。学内と言わず街中で配ったとしても恥ずかしくないレベルと言えるだろう。学外で配って客が集まっても困るからしないけれども。
「へえ、上手く出来てるねえ。流石は南さんだ」
僕の賞賛の言葉に、南さんは眼を丸くした。
「ええっ、何でことりが描いたって知ってるの?」
「去年の選択科目で美術取ってたでしょ? 僕も一緒に受けてて南さんが凄くイラストとかデザインが上手なの知ってたからね」
「そ、そうだったのかぁ……照れちゃうな、何か」
言葉通り恥ずかしそうにはにかむ南さんの頬は紅く染まっており、これは男子の人気が高いのも納得だなあ、だなんて思いつつ役得とばかりに満喫していた僕だったが、急に後頭部を叩かれた。
「いきなり何をするんですか」
「アンタ達、いきなり入ってきて騒がしいのよ!」
どうやら僕とのランチタイムを邪魔されたのが気に食わなかったらしい。
「まあまあ、高坂さん達も部員なんですから多少は多めに見てくださいよ……あ、これいつもと味付けが違うな」
「さりげなくおかず取ってんじゃないわよ!」
「僕は前の玉子焼の方が好みですので」
「あ、そう? 実はあたしもそう思ってたのよね…じゃなくて!」
お手本の様なノリツッコミを披露した先輩は勢い良く立ち上がると僕達の漫才を遠巻きにしつつ固まっていた高坂さん達を指差した。
「入部したって言ったってあくまで仮なんだから! いちいち部室にきて打ち合わせとかしてんじゃないわよ! 図々しいのよあんた達は!」
「ご、ごめんなさい…」
目に見えてしゅんと萎れる三人にうっ、と言葉を詰まらせる先輩。まったく、優しすぎるから怒るのが下手な人だなあ。
「先輩があれこれ持ち込んでくる私物の片付け」
僕の言葉に気まずげに視線を逸らす人物が一人。と言うか先輩だった。
「僕じゃ追い付かない片付けや整理を手伝ってくれたのは誰でしたっけ」
当然、先輩は関与していない。この人家事スキル高い癖に片付けはヘタクソなんだよなあ。
「……分かったわよ。その代わり、あんまり騒がしいと隣から苦情きちゃうから気を付けなさいよね」
そう言ったっきり、僕らに背中を向けてお弁当を食べ始めた先輩を見て溜息を一つ吐いてから、僕は話題を戻す事にした。
「ええと、ビラの話だったね。出来たって事は今日から配る予定なのかな」
「え、あ…うん! そう! そうなの!」
「うんうん! 今日から! ね、海未ちゃん!?」
「え、ええ! そうですとも!」
呆けた様子の三人だったけれど、遅れて僕の話が耳に届いたのか慌てた風にまくし立ててきた。
「…まあ、良いか。取り敢えず印刷の前に生徒会に認可印押してもらう必要があるね」
「あ!」
「手続きしなくちゃなんだね」
「そう言われてみれば当然ですよね。失念していました」
「多分絢瀬先輩ならお昼休み中でも生徒会室に居るんじゃないかな。今から行ってくると良いんじゃないかな。それが終わったら職員室でウチの顧問の先生の…ええと」
顧問が空気過ぎて名前が思い出せない。誰だったか…。
「花山田先生よ」
「そう、その花山田先生に言って午後の空いてる時間に印刷してもらっておこう。放課後に出遅れると部活に所属していない生徒が帰ってしまうからね」
先輩、ありがとうございます。と小声で言ったけれど無視された。照れ屋さんめ。
○
そして放課後。校門前で僕達はそれぞれの手に印刷したビラを持っていざ配りに行こうとしていたのだが、園田さんが俯いて震えたまま動こうとしない。どうしたのだろうか。
「園田さん、早く行こう。でないと生徒達が帰っちゃうよ」
「そうだよ、海未ちゃん」
「海未ちゃん、ファイトだよっ」
「ですがこれは不公平ですあんまりです!」
くわっと顔を上げ吠える園田さんは手にしたビラの束を僕達に突き出し強調してみせた。なんて事はない。僕達が持っているビラと同じ物だ。ただ、ちょっとばかり量が多いだけである。
「ちょっとどころじゃないでしょうこの量は!? 明らかに三倍近くあります!」
「これは海未ちゃんのあがり症改善の為なんだよ?」
「ぐぬぬ…」
高坂さんの言葉にたじろぐ園田さんを余所に、僕と南さんはビラを配り始めた。その辺の説得はきっと高坂さんが上手いことやってくれるだろうしね。
「アイドル研究部でーす。初ライブやりますので良かったらどうぞー」
「貴方、この間の」
そんな訳で校門から出た所の女子生徒にビラを差し出したら、なんと西木野さんだった。
「や、素敵な曲をありがとね。聴かせてもらったけどとても一介の学生のクオリティとは思えない出来栄えだったと思うよ」
「お、お世辞とか良いです…」
「いやいや。僕もアイドル研究部の活動の中で色々なオリジナル楽曲を聞いてきたけれど、その中でもトップクラスに良かったと思うよ」
飽くまで個人的な見解だけどね? と付け足した僕に、西木野さんは白い頬を微かに染め上げそっぽを向きながらもありがと、とだけ呟いた。何このツンデレ。
「ライブ」
「ん?」
「大丈夫なんですか」
「うーん、君には正直に話すけど。正直言って問題点は幾つかあるし、それが絶対解消されるかも分からないなあ」
「ちょっとっ、折角私が曲を作ったのにそんないい加減な感じでライブしないでよね!」
「それはきっと高坂さん達が解決する事だから。僕にはそのちょっとしたお手伝いしか出来ないんだよね」
そこで一旦言葉を止め、僕は園田さんの方へと視線を向ける。
「あ、あの…スクールアイドル、μ`sです、ライブをやりますので良かったら観に来て下さい…!」
羞恥に首まで真っ赤に染め上げた彼女にビラを渡された男子生徒は、釣られたのかそれ以外の理由があったのかは分からないが同様に顔を真っ赤にして絶対行きます! と鼻息荒く宣言していた……ラブコメの波動を感じるな。
「彼女達には足りない物がいっぱいあって、それを周りの皆の支えで埋めながら頑張ってる。そんな体たらくでも、きっと彼女達はもらった分はきっちり返してくれるくらいの責任感は持ち合わせていると思うよ」
「ええ、そうなのかもね」
西木野さんはビラを眩しそうに見つめながら独り言の様に呟いた。
顧問の先生の名前は適当にでっちあげです。実は公式設定とかで名前出てたらすいません。
真姫ちゃんのちょっと敬語使えてない感が可愛くて夜も眠れない…