アイドル研究部の後輩くん   作:もりこ。

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2話

成り行き任せではあったが高坂さん達のスクールアイドル活動をお手伝いする事となった僕は月曜日の放課後、早速高坂さんが言っていた作曲が出来るかもしれない、と言う1年生に会いに行く事にした。

 

ちなみにアイドル研究部の方はお休みだ。そもそもロクに活動していないので欠席する時はメールさえ送っておけば何の問題もない。それでいいのかアイドル研究部。

 

なんて下らない自問自答をしつつ音楽室を目指して歩いていると、徐々にピアノの音色と歌声が聴こえて来るのが分かった。どうやら空振りせずに済んだみたいだ。

 

音楽室の窓越しに中を覗き見ると、赤っぽい髪を緩く巻いた上品そうな女子生徒が気持ちよさそうに歌いながらピアノを弾いていた。ほうほう、高坂さんの言っていた通りこれはちょっとしたものだ。

 

不意にピアノの音が止んだ。

 

「あ」

 

どうやら覗いていたのがバレたらしい。

 

「ごめんね。素敵な歌と演奏だったから入るのが憚られてね」

 

観念して音楽室に入ると、彼女は僕の話を半ば無視しつつピアノを片付け始めた。

 

「ちょっとちょっと。出来たら帰らずに話を聞いて欲しいんだけど」

 

「何なんですか、貴方」

 

「2年生の宇土だよ。君は1年生だよね、良かったら名前教えてくれるかな」

 

「…西木野真姫」

 

です。と取って付けたような敬語の西木野さんに、僕はとっつきにくいなあと感じながらも何とか話を続ける。

 

「隠す様な事でも無いから正直に話すね。僕はアイドル研究部に所属しているんだけど、2年生の高坂さん達がスクールアイドルを始めるのは知っていただろう? それのお手伝いをする事になってね」

 

「お断りします」

 

話をぶった切って結論をねじ込まれた。この子手強いなあ。

 

「一応聞くけど、何でかな。彼女達は何も考えていないようだから僕が約束するけど、君が望むなら望む形で報酬を積んだっていい」

 

「べ、別にそう言う事を言ってるんじゃないです! ただ、アイドルが歌うような楽曲なんて私は書きたくないから…」

 

「ふむ、その口振りからすると作曲自体は出来るんだね」

 

「……ええ、まあ。お金を貰うような物だとは言えないけれど」

 

「うーん…」

 

西木野さんの言葉を聞いて、僕は腕を組み首を傾げる。その仕草が気に食わなかったのか、彼女の眉が僅かに釣り上がる。

 

「何かまだ有るんですか」

 

「いやさ、アイドルが歌うような曲はって言うけどさ…さっき君が歌ってた歌とか、正直な所アイドルが歌っても問題ないと思うんだ」

 

愛してるばんざーい! って、歌詞もストレートな可愛らしさ。メロディも若干大人しいけれどアイドルの楽曲のレパートリーの中にはそういうしっとりとした曲も必要だろうし。

 

「私の作った曲をそんな軽い感じのジャンルに当て嵌めないで!」

 

歌っていた曲を引き合いに出されて恥ずかしかったのか、西木野さんが敬語も忘れて吠えた…でも、今の一言はちょっとばかり僕の琴線に触れた。

 

「おいおい、君がどんなジャンルのプレーヤーかは知らないけど…今のはちょっと頂けないな。アイドルが軽くてそれ以外が重いなんてのは酷い偏見だよ」

 

怒りに任せて言えばきっと彼女も更に反発していたと思うが、僕はあくまで冷静さを崩さない。この話し合いでの目標は彼女を論破する事ではないのだ。

 

「それは、ごめんなさい」

 

「こっちもちょっときつい言い方になっちゃったね、ごめん。でもさ彼女達が目指してるものはそこまで軽いものじゃないって、高坂さんと直接話した君には分かって貰いたかったんだ」

 

僕の説得に思うところがあったのか無かったのか、西木野さんは俯いたまま何も応えない。そんな彼女に、僕はポケットから一枚の折りたたまれたルーズリーフを取り出し、彼女に差し出した。

 

「これ、は」

 

「あの子達が初めて作った詩だよ。主に園田さんが考えて、それをあーでもないこーでもないって3人で頭突き合わせてうんうん唸ってたなあ」

 

ほんの一文書き上げる度に一喜一憂する彼女達を思い出し、少しだけ笑ってしまう。

 

「まあ、もし気が向いたらその詩に素敵な音を乗せてやってよ」

 

じゃあね、と言って歌詞が書かれたルーズリーフを見つめたまま動かない西木野さんに別れを告げた。これ以上は僕も押せないし、後は彼女の気が向くのを祈るばかりである。

 

 

翌日の放課後、高坂さん達が練習場所として使っている屋上にお邪魔させてもらった。本格的なレッスンは出来ないけれど、客観的な指摘が加わるだけでもダンスや歌は上達するものなのだ。

 

「ここらで一旦休憩にしようか」

 

僕がそう告げると、高坂さんと南さんは日陰に敷いてあったレジャーシートに寝っ転がって疲れたー! と叫んだ。どうやらまだまだ基礎体力が足りていないらしいが、この問題は園田さんが体力トレーニングを課しているらしいのでいずれ解消されるだろう。

 

「どうでしょうか。宇土君から見て、少しは形になってきたでしょうか」

 

園田さんの問い掛けに、僕は少し考えるような素振りを見せてから答える。

 

「そうだね。目に見えるようなダンスのズレはほとんど無くなったし…ただ広いステージを意識した動きじゃないからそこは本番までに何回かリハをしたい所だね」

 

「リハ、ですか…」

 

園田さんはそこで表情に陰りを見せた。何とか翌週の部活紹介の後の時間に講堂の使用許可を得たものの、生徒会…と言うか生徒会長がスクールアイドル活動に対してかなり否定的らしく、直接苦言を呈された事すらあるらしい。そんな彼女からこれ以上講堂の使用許可を得るのは難しいのかもしれないな。

 

「それは実際に申請してみない事には何とも言えないとして……そろそろユニット名は決めておかないと不味いんじゃないかな」

 

実は彼女達、良いユニット名が決まらないからと言う理由でユニット名を公募していたのだ。ライブの告知ビラと併設されたユニット名募集用の箱には昨日までの時点で何も入っていなかったらしい。

 

「今日こそは何か入ってると良いのですが…」

 

「じゃあ穂乃果達でちょっと見てくるね!」

 

そう言って息の整ったらしい高坂さんと南さんが屋上から出て行って3分後、凄まじい勢いで屋上の鉄扉が開かれた。耳が、耳がきーんってなってる。

 

「あった! あったよー!」

 

そう言って天高く掲げられた高坂さんの右手には四つ折りされた紙片が握られていた。

 

「見た?」

 

「ううん、皆で一緒に確認しよって穂乃果ちゃんが」

 

僕の問い掛けに南さんが首を横に振った。これで中身白紙とか冷やかしだったらどうしようか…。

 

そんな僕の心配を余所に、高坂さんは折りたたまれたソレを開いて掲げた。そこには、えらく達筆な書体で「μ`s」と書かれていた。ええと、これって何て読むんだっけ。

 

「これは確か…ミューと読むはずですから、ミューズでしょうか」

 

「ほえー、ミューズって言ったら…」

 

「多分石鹸の事じゃないと思うよ」

 

高坂さんの言葉を遮るように告げると、彼女は苦笑しつつ視線を逸した。どうやら素で思っていたらしい。

 

「……ミューズ、μ`sかあ…これ、何か良い響きだね」

 

高坂さんが紙片を手に、噛み締めるように呟いた。それを見つめる二人の様子を見るに、どうやらユニット名はμ`sで決まりだな。

 

 

休憩を終えた彼女たちに一声掛けてから、僕は生徒会室に向かった。講堂でリハを行う許可を申請するためだ。

 

最初は三人のうちの誰かに同行してもらおうかとも思ったけど、生徒会長の様子を聞く限りでは逆に心象を悪くしてしまいそうだったので止めておいた。

 

生徒会室のドアを軽くノックすると生徒会長のものらしき声でどうぞ、と聞こえたので僕は失礼しますと告げながら入室した。

 

「あら、貴方は…アイドル研究部の」

 

「2年の宇土君やで、エリチ」

 

東条先輩の補足を聞いて、生徒会長改め絢瀬先輩は納得したように頷いた。

 

「それで、今日は何の用かしら」

 

「2年の高坂さん達がスクールアイドルを結成している事は既にご存知ですよね」

 

「ええ、非公式だけれどね」

 

スクールアイドルと聞いた瞬間、絢瀬先輩の形の良い眉が顰められてちょっとだけ此処に来た事を後悔しそうになったが、回れ右したくなる身体を抑えて僕は話を続ける。

 

「来週のライブまでに、2回…出来れば3回程講堂で練習する機会を頂けないかと思いまして」

 

「成程。機材とか、実際パフォーマンスを披露する場所でリハーサルを行うのも必要な事やもんね」

 

僕の言葉に、自然な形でフォローを入れてくれる東条先輩。いいぞもっとお願いします。

 

「それは分かりました」

 

「では具体的な使用時間等を」

 

「でも、アイドル研究部の活動を疎かにして高坂さん達を手伝うのは少し筋が通らないわね」

 

絢瀬先輩のもっともな指摘に、僕はやはり其処を突かれたかと苦い笑みを浮かべそうになりつつも寸前で抑える。

 

「そもそも、アイドル研究部は校則で認められているとはいえ、たった2人しか在籍していない上に実質活動らしい活動も認められていないわ。そもそも、過去3ヶ月分の活動報告書が未だ提出されていないのはどう説明するつもりなのかしら」

 

先輩……ちゃんとやってるって言ってたのは嘘だったのか。あの先輩今度会ったらとっちめてやらないと。

 

「その件は後日、部長に提出させますのでどうかご容赦を。本当に済みません」

 

「にこっちも大概適当な子やからねえ」

 

「希は黙ってて」

 

「はあい」

 

ころころと笑いながら場の空気を少しだけ弛緩させてくれる東条先輩に感謝しつつ、僕はあらかじめ考えていた言い訳を述べる。

 

「それでですね、今回の事なんですが…僕としてはあくまでアイドル研究部の活動の一環だと考えていまして」

 

「それはどういう意味かしら」

 

「この学校で結成されるスクールアイドルの活動に携わるのも、アイドルを研究するという意味では相違ないと思います」

 

「そう思うのであれば、高坂さん達はアイドル研究部に入部した上で活動するべきだと思うわ。ちなみに矢澤さんはこの件について、きちんと把握しているんでしょうね」

 

駄目だこの人やっぱり手強いな…。なんとかフォローして貰えないかなあと、一縷の望みを掛けて東条先輩に視線を向けると、彼女はにっこりと笑った後、口パクで「無理やで」とはっきり切り捨てた。

 

「活動報告書の件もあるし、明日にでも矢澤さんに来て貰う必要があるわね」

 

講堂の件、高坂さん達の件もその際にお話します。と言って僕は生徒会室から追い出された。

 

あれ、何か僕詰んでるような気がするんだが。

 

取り敢えず先輩に頭を下げるしか無いか。僕は色々と覚悟した上で携帯電話を取り出してコールした。


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