地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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翌朝……


消せない傷

まだ朝日が出ていない早朝。大あくびをする泰明と阿修羅とは逆に、麗華は境内を見回していた。

 

 

「ったく、何でこんな朝早く起きなきゃいけねぇんだよ……」

 

「ふぁ~……眠い」

 

 

ボーっとする泰明は、ふと麗華達の方に目を向けた。彼女は本殿を見たり、裏へ行ったり森の入り口付近へ行ったりとチョロチョロとしていた。

 

 

「落ち着きねぇなぁ……アイツ」

 

「珍しいんだろ?

 

話しじゃ、アイツずっと島で暮らしてたって言うし」

 

「島だったら、こんな所何処にでもあるわ」

 

 

“ガサ”

 

 

「?」

 

 

茂みが揺らぐ音に気付いた泰明は、森の方に目を向けた。森の入り口付近に生えている茂みから、何と羆の子供が顔を出し鼻をヒクヒク動かしながら出て来た。

 

 

「ひ、羆!」

 

「しかもガキ……」

 

「やべぇぞ……早く母熊の所に返さねぇと」

 

 

茂みから出て来た子羆は、ゆっくりと麗華の元へと寄ってきた。

 

 

「麗華ちゃんが餌食になるぅ!」

 

「お、俺助けに」

「余計なこと、しないで下さい」

 

 

助けに行こうとした阿修羅を焔は止めた。阿修羅は、意味が分からず首をかしげた。

 

 

「何だよ、せっかく助けてやろうと思ったのに……テメェの主」

 

「そう言っていられんのも、今の内だ」

 

「んだと!!よぉし!!

 

それじゃあ、この俺がテメェの主を助けにいってやる」

 

「だから、余計なこと」

「弱虫はそこで待ってろ!」

 

 

狼姿へとなり、阿修羅は子羆から麗華を離した。子羆はまるで、彼女を帰せと言っているように鳴き声を出した。

 

 

「……あの、邪魔」

「どうだ!迦楼羅のガキ!

 

これで」

“ガァアアアア”

 

 

森中に響き渡る凶暴な声。すると森から子羆の母熊であろう羆が出て来た。巨大な体を持ち、額に三日月の痣が入っていた。

 

 

「で、出たぁ!!」

 

「攻撃開始」

「しなくていい!

 

アンタは大人しくしてて!」

 

 

阿修羅に怒鳴りながら、麗華は手を上げ焔に合図を送った。焔は阿修羅の腕を掴み、その場から遠ざけた。彼女の姿が見えた子羆は、鳴くのを辞め擦り寄っていった。すると母熊は麗華の元へと寄り、彼女の頬を舐めた。寄ってきた熊達を麗華は頭を撫でてやった。

 

 

「く、熊が……懐いてる」

 

「アイツは、何だ……森の民か?」

 

「何やってんだ、テメェ等」

 

 

そこへ、火の点いた煙草を口に銜え木刀を持った輝三がやって来た。

 

 

「お、親父!!麗華ちゃんって、本当に輝二叔父さんの娘?!」

 

「何だよいきなり」

 

「だ、だって!!あ、あの羆と!!」

 

「?……!

 

何だ、ムーンじゃねぇか」

 

「ムーン?」

 

「月?」

 

「こっちで暮らすようになってから間もなくして、子熊だったムーンが母親を亡くしてしばらくの間輝二が、面倒みてたんだ。額に三日月の痣があるから、俺と輝二で付けたんだ……ムーンって。

 

けど、大人になってもムーンの奴ガキが出来なくてな。輝二の奴最後まで、アイツのこと心配してたっけ」

 

「へぇ……」

 

「ムーンの奴、ガキが出来て見せに来たんだろ……輝二に」

 

「でも……伯父さんは」

 

「だから麗華に見せてんだよ」

 

「?」

 

「アイツは、輝二のガキの頃の生き写しだからな」

 

 

子熊を連れ、ムーンは森へと帰っていった。彼等を見送った麗華は、急いで輝三達の元へと駆け寄った。

 

 

太陽が顔を出した頃……

 

木刀を落とし、地面に倒れる泰明。その隣で麗華は座り込み、息を切らしていた。

 

 

「し、死ぬぅ……き、筋肉痛で」

 

「それくらいで、へばってどうする……」

 

「麗華ちゃんもへばってるけど……」

 

「阿呆。麗華はオメェより体力ねぇんだ……お前について行くどころか、普通なら半分以下でへばってるところだ」

 

 

座り込んでいた麗華は、息が整いふらつきながら立ち上がった。だが、立ち上がった瞬間、目が眩み麗華は倒れかけた。

 

 

「麗!」

 

 

竃と組み手をしていた焔は、倒れかけた麗華に駆け寄り彼女を支えた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫。

 

練習に戻って」

 

「けど……」

 

「いいから戻りなさい!」

 

 

焔から離れた麗華は、落とした木刀を拾い立った。焔は彼女を心配しながらも、竃の元へ戻っていった。

 

 

「麗華、無理すんじゃねぇぞ」

 

「してゲホゲホゲホ!!」

 

「咳出てんじゃねぇか!

 

お前は休憩だ!泰明、続けるぞ!」

 

「輝三!私は」

「今の修行は、体力作りと筋トレだ。

 

お前は輝二と同じく、手足が長い。だからお前の武器は俺と輝二の親父が使っていた薙刀を使わせる」

 

「薙刀?」

 

「……!

 

待て!あれは、麗華ちゃんには」

 

「いけると俺は思う……

 

主を失ってから、何十年もの間他人に触らせないように、薙刀本人が拒み続けた。

だが、麗華ならアイツは触らせてくれる……お前が強くなればな」

 

「……」

 

「龍二には、お袋が使っていた剣を使わせる。

 

あの剣も、そろそろダメだろうし」

 

「いいのかよ……そんなことして」

 

「お前等二人は俺と一緒に、武器を捜し手に入れた……

 

けど龍二はともかく、麗華は道導となる親が先に逝っちまった……だから、麗華一人の力で武器を見つけるのは、困難だ」

 

「……」

 

 

「お父さーん!朝ご飯出来たよぉ!」

 

 

里奈の声に返事をする輝三を見ながら、泰明は麗華に寄り声を掛けた。

 

 

「麗華ちゃん、体力無いって訊いたけど本当なの?」

 

「……

 

島に居た頃、そこに住んでた妖怪達と過ごしてたから、体力は普通にある……でも無理すると、必ず喘息で発作が起きて……」

 

「それで真面に、体を動かせないのか……」

 

「……好きでこの体で、生まれた訳じゃないのに……」

 

 

思い出す島で過ごした辛い日々。クラスの皆が体育をする中、自分は一人木陰のベンチに座りその光景を、スケッチブックに描いて暇を潰していた。だが、その姿を妬んでクラス全員から酷いいじめを受ける事となった。

 

 

「麗華ちゃん?」

 

「!」

 

「大丈夫?」

 

「……はい」

 

 

 

朝食を食べ終えた輝三達は、すぐに外へと出た。

 

 

「麗華、泰明、自分の式神を出せ」

 

「え?」

 

「何で?」

 

「式達も強くさせるからだ。早く出せ」

 

 

輝三に言われ、麗華は雷光を出した。彼女に続いて泰明も自分の式神を出した。顔に布を多い頭に兜を被り、体に鎧をまとったガタイのいい男が出て来た。

 

 

「……何、こいつ。

 

凄い、妖気」

 

「名は武曲……

 

とある屋敷の蔵の奥で眠ってた妖怪で、俺の式にしたんだよ」

 

「……」

 

「お前の式はどうしたんだ?」

 

「えっと……

 

島の神で……それで式にした」

 

「神ぃ?!

 

島の神を式にしたのか?!」

 

「う、うん……」

 

「何を驚かれているんだ?」

 

「珍しいだけだ。細かいこと気にすんな」

 

「はぁ…」

 

「式神共には、竃。お前が指導しろ」

 

「承知」

 

「泰明は麗華と一緒に、森を走って来い。その間、焔と阿修羅の修行は俺が見る」

 

「は、走るの?この炎天下の中を」

 

「部活の練習よりマシだろ」

 

「う……」

 

「先行ってるよ」

 

「あ!待って麗華ちゃん!」

 

 

先に走り出した麗華の後を、泰明は慌てて追い駆けて行った。

 

しばらく森を駆けて行くと、広場へ出てきた麗華は、息を切らし手に膝を付けた。それに続いて泰明も息を切らし追い付いたかのようにして、広場へと出てきた。

 

 

「麗華ちゃん……足早いね」

 

「……そうなの?」

 

「え?

 

ねぇ、聞いてもいい?」

 

「?」

 

「島にいた頃、何してた?」

 

「……

 

 

いた頃は、あそこに住んでる妖怪達や動物たちと遊んでました。追い駆けっこしたり、海で泳いだり……

あと、悪霊を退治したりしてました」

 

「ハハハ……そうなの(早い理由が、何となく分かった)」

 

「何で、そんなことを?」

 

「いやぁ……親父の話だと、麗華ちゃん島にいた頃は真面に学校に行ってないって聞いたから……」

 

「……初めは行ってましたよ。

 

 

でも、行きたくなくなったから、行かなかっただけです」

 

「それでよく、勉強が追い付いたもんだな」

 

「島にいた従兄の、龍実兄さんが教えてくれましたから……」

 

「へぇ……」

 

「……?」

 

 

何かの気配を察した麗華は、顔を上げ辺りをキョロキョロと見回した。

 

 

「どうした?」

 

「……こっち」

 

「?」

 

「悪霊の気配!」

 

「!」

 

 

その言葉を放つと麗華は、一目散に駆け出した。その後を泰明は慌てて追い駆けた。森を抜けるとそこは草原になっており、その中心に腰を抜かし座り込む少女の目の前に牙を剥き出しにした妖怪がいた。

 

 

「あれは……(牙が武器で……四足方向。体の大きさからして、恐らく雷光と焔と互角のスピードかそれ以下)」

 

「おいおい、こんな所で妖怪かよ……

 

麗華ちゃん、お前親父の所に……って、麗華ちゃん?!」

 

 

泰明の声を無視して、麗華は落ちていた棒切れと石を手に持ち妖怪のもとへと駆けて行った。麗華は妖怪の近くまで行くと、石を投げつけ相手の注意をこっちへと向かせた。

 

 

「こっち!こっちだ!」

 

 

妖怪は雄叫びを上げ、麗華に向かって突進してきた。麗華は目付きを変え、素早く避け妖怪と共に森の中へと入って行った。

 

 

「麗華ちゃん!!危険な行為は止せ!

 

 

こっから早く逃げて」

 

「は、はい!」

 

 

泰明に立たされた少女は急いで、その場から走り去って行った。泰明は彼女を見送ると急いで麗華のもとへと向かった。

 

森を駆ける麗華は昨日行った川に出てきた。だがその川には、昨日と同じ子供たちが遊んでいた。

 

 

(嘘……早く離さな!!)

 

 

背後に突如、悍ましい気配を感じた。麗華はゆっくりと後ろを振り返り、妖怪と目を合わせた。

 

 

(どうする……焔も雷光もいない……)

 

 

棒切れを構え、麗華は高くジャンプし棒切れを振り下ろした。妖怪は素早くその攻撃を避け、麗華に向かって牙を向けてきた。地面に着地した麗華は、後ろを振り返り大口を開けた口に棒切れを刺し込み攻撃を防いだ。棒が口に刺さった妖怪は、棒を取ろうと暴れ出し、その隙に麗華は川へと飛び込み遊んでいる子供たちのもとへ行った。

 

 

「あれ?昨日の……」

 

「早くこっから離れて!!」

 

「え?!」

 

「早く!!アイツが……!!」

 

 

棒切れを外した妖怪は麗華達の方に振り向き、唸り声を出した。それに怖れを感じた子供たちは、腰を抜かしその場から逃げだすことが出来なくなった。

 

 

「あ、あれって……」

 

「ば、化け物」

 

「!」

 

 

その言葉は、麗華の体全体に響いた。息が荒くなり鼓動が速くなった麗華は、落ち着かせようと胸を押さえ何とか深呼吸をしようと息をした。

 

 

(落ちつけ……落ち着け)

 

 

『化けもの!!』

 

『さっさと消えろよ!!』

 

『お前、異端だろ?』

 

『化けもんが来てから、ロクな事が無い』

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」

 

「お、おい……大丈」

「うるさい!!」

 

「?!」

 

「私は……私は」

 

 

その時、妖怪に向かって白い何かと黒い何かが体当たりしてきた。ハッと顔を上げると、前には焔と雷光が立ち、彼らに続いて泰明と輝三が駆け寄ってきた。

 

 

「泰明、相手してやれ」

 

「御ーっす!

 

阿修羅!焔の援護だ」

 

「りょう」

「手ぇ出すんじゃねぇ!!」

 

「?!」

 

「雷光、風を出せ!」

 

「承知!」

 

 

雷光は角を光らせ、風を起こした。その風に乗って焔は口から炎を吐き出し、その炎は雷光が起こした風に乗り渦を巻き、その勢いのまま目の前の妖怪を倒した。焔と雷光は人の姿へなり、互いの拳をぶつけ合った。

 

 

「す、スゲェ……」

 

「何ちゅう、コンビーネーション」

 

(こりゃあ……修行させたら、もっと強くなるぜ)

 

「麗!」

「麗殿!」

 

 

後ろを振り返り、焔と雷光は涙目で麗華のもとへと駆け寄った。だが麗華は、未だに荒く息をしており次第に息は早くなり、激しく咳をし出した。

 

 

「麗華!」

 

「やばい!過呼吸と喘息起してやがる」

 

「は、速く病院!」

 

「それなら、こっちの道が近いよ!泰明さん!」

 

「そうか!親父!」

 

「竃達は先に、神社へ戻ってろ!」

 

 

麗華を抱え、輝三と泰明は急いで病院へと向かった。竃はついて行こうとした焔と雷光を引きずり、阿修羅と共に神社へと帰った。

 

 

 

病院へ着いた輝三達。麗華は病院のベットの上で、点滴を打ち静かに眠っていた。

 

 

「しばらくしたら、目が覚めるでしょう……では」

 

 

医師から話を聞いた泰明は深くため息をつきながら、椅子へ座った。

 

 

「ハァ……どうすんだよ。これから」

 

「どうもこうも、続けるつもりだ。

 

泰明、明日はオメェが見ろ。俺は仕事がある」

 

「へーイ」

 

「今日と同じように、体力と筋トレをしとけ。

 

くれぐれも無理をさせるなよ。」

 

「りょーかい」

 

 

目を覚ます麗華……点滴を外し、ベットから降り病室を抜けた。病室を出てロビーへ行くと、そこには椅子に座る輝三と泰明が座っていた。

 

 

「麗華……」

 

「……」

 

 

目を合わせず、麗華は病院を飛び出した。

 

 

「麗華ちゃん!」

 

「……」

 

『麗華の奴、多分発作起すかもしれない……そん時、もしかしたらお前達の前から、逃げだすかもしれない……

 

けど、逃げるんじゃねぇ……怖いんだ。あいつは島にいた頃、喘息のせいで辛い思いしたんだ』

 

 

龍二の言葉を思い出した輝三は、泰明の肩に手を置き目で合図を送ると、病院を出て行った。




真夜中……生暖かい風が吹いた時、麗華は階段を上り輝三の家へと帰ってきた。風を通すため開いていた縁側の窓から上がり、脱いだ靴を玄関へ置き皆を起こさぬように、ソッと部屋へと入った。


「麗……」
「麗殿……」


部屋には、主の帰りを待っていた焔と雷光が居た。麗華は二匹の頭を撫で焔の胴に頭を乗せると、そのまま眠りに着いた。雷光は眠った彼女の近くに座り首を下げ眠りに着き焔も彼に続いて眠った。


そんな様子を、輝三は竃と共に障子の隙間から見ていた。
麗華の寝姿が、次第に輝二の幼い頃の姿と重なって見えてきた。


(……輝二)

「二人を見てると、迦楼羅と輝二を思い出すな……」

「そうだな……

寝るぞ。明日は早い」


障子から離れ、輝三と竃は部屋へと戻り床についた。

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