地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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翌日の昼過ぎだった……麗華が目を覚ましたのは。

傍には、シガンと焔がおり二匹は体を起こした彼女に擦り寄った。


「焔……シガン」

「もう平気か?」

「うん……

お兄ちゃんは?」

「龍は学校だ」

「そう……

ちょっと外出て絵、描いてくる」


キャビネットの上に置いてあったスケッチブックを手に取り、麗華はベッドから降りドアに手を掛けようとしたときだった。
突然戸が開き、外から茂が入ってきた。


「茂さん」

「その様子だと、もう大丈夫みたいだね」

「うん」

「……?

絵を描きに行こうとしていたのか?」

「うん……暇だったから」

「残念だけど、今日一日は部屋から出ないようにしてくれないかな?」

「え?何で」

「色々検査したいんだ。それにまだ体力が戻ってないだろ?

検査が終わったら、龍二君達と一緒なら外に出てもいいから」

「……ハーイ」


残念そうな声を上げる麗華に、茂は困った表情を浮かべながら頭をかいた。そんな彼女の元へ、シガンが肩へと登り頬擦りした。頬擦りしてきたシガンの頭を、麗華は優しく撫でてやった。


「ねぇ、麗華ちゃん」

「ん?」

「そのフェレットは、どうしたんだい?」

「この子ですか?

前に通り魔がありましたよね?その時の、犯人が妖怪で……
自分の罪を認めて、死ぬ際に私とお兄ちゃんの傍にいるって約束してくれて……この子はその生まれ変わりなんです」

「そうだったのか……」


二人の母親

夕方……病院へ来た輝三と同じタイミングで、ぬ~べ~がやって来た。

 

 

「アンタ…確か」

 

「こ、輝三さん(やっぱり、怖い……)」

 

 

喫煙所で煙草を喫う輝三は、麗華が記憶障害を起こしていることを防いで、面会謝絶の事情を話した。

 

 

「錯乱……ですか」

 

「あぁ……昨日、俺と龍二も彼女の所に行ったんだけど、急にパニック起してそのままだ。

 

茂からの話じゃ、しばらくは家族以外の面会は謝絶だとさ」

 

「そうですか……」

 

「花とか届けるのは、まだ構わない。けど会う事はできない」

 

「……」

 

 

心配顔を浮かべるぬ~べ~に、輝三は煙草を手に取り煙を吐き出し、彼の方を見た。

 

 

「教師っつうのは、生徒をそこまで心配するもんなのか?」

 

「しますよ。特に麗華は心配です。

 

彼女は、以前の学校で酷いいじめを受けて、転入してきた頃は、全く俺や生徒達に心を開こうとしませんでした……

けど、日が経つに連れだんだんと彼女も、心を開くようになっていったんです。確かに口調や態度は、時折目に障りますが……」

 

「……学校は毎日来てんのか?」

 

「えぇ。時折遅刻はしますけど……」

 

「……行かせて、正解だったな」

 

「?」

 

「いや何……島から帰って来てからの、約一年半……あいつ等の面倒みてたんだ。俺は」

 

「……」

 

「島から帰って来たって話を聞いて、溜まってた休み使ってアイツらの所に行ったんだ。

 

島の奴等は本当に麗華を壊したなって思った……あの時の彼女の姿を見て」

 

「その当時の姿って……」

 

「……人間不信……人間嫌い。どの言葉で表せばいいか分からなかった。

 

ずっと龍二の傍から離れようとせず、他人が来ればどこかに隠れちまう……この俺が来た時も、そうだった。昔は俺の事を、父親の輝二と重なって見えたのか、よく甘えてきたもんさ」

 

「……」

 

「優華が死んでから、アイツ等は変わっちまった」

 

「優華?誰です」

 

「二人の母親であり、先代の桜巫女だ。綺麗な女だった。

 

綺麗な女程……死期は早いなぁ」

 

「……失礼な事を聞きますが……

 

二人の母親は、なぜ死んだんです?」

 

「……さぁな」

 

「詳しく知っているなら、教えて」

「超えねぇ方が良いぜ?境界線」

 

 

煙草を消しながら、輝三はぬ~べ~の隣に立ち入った。

 

 

「超えれば、お前も関わることになる。

 

そして、死ぬ」

 

「……」

 

「これ以上……二人を苦しめないでくれ。特に龍二を」

 

 

そう言うと、輝三は喫煙所を出て行った。

 

 

病院を出たぬ~べ~……ふと上を見上げ、病室の窓を見た。どの部屋に麗華がいるかは分からないが、窓全体を眺めた。しばらく眺めると、ぬ~べ~は顔をおろし病院から離れて行った。

 

 

彼の後ろ姿を、麗華は窓から眺めていた。

 

 

(誰だろう……でも、会ったことある様な)

 

 

戸の叩く音が聞こえ、振り返ると戸が開き外から、茂と輝三が入ってきた。

 

 

「輝三!」

 

 

彼の名を呼びながら、嬉しそうに駆け寄り抱き着いた。そんな様子を見て、茂はホッとしたかのように息を吐いた。

 

 

「何だ。案外元気そうじゃねぇか」

 

「全然平気だよ!

 

だけど、茂さんは動いちゃ駄目だって」

 

「自分が善くても、身体は全然なんだから余りはしゃがないように」

 

「ハーイ……

 

ねぇねぇ、外行こう!」

 

「おいおい、茂の話聞いてなかったのか?」

 

「輝三が来たら外に出ていいって、茂さん言ったじゃん」

 

「いや、言ったけど……」

 

「守った約束はしっかり守れって、いつも母さん……が……」

 

 

突然黙り込む麗華……彼女の目に映る光景には、若い頃の茂がカルテを見ながら、困った顔をしていた。そんな彼に、優華は手に持っているカルテで軽く頭を叩いていた。

二人の姿に、幼い自分と龍二が笑っていた。それに釣られて優華と茂も一緒に笑った。

 

 

「麗華!!」

「麗華ちゃん!!」

 

 

二人の声にハッと我に返った麗華は、辺りを見回した。彼女の肩を掴んでいた輝三は、茂と顔を合わせもう一度彼女を見た。

近くにいた焔は、そんな彼女に擦り寄った。

 

 

「焔……」

 

「麗華ちゃん、大丈夫?」

 

「……」

 

「どこか、痛いところ無いか?」

 

「……母さんは?」

 

「?!」

 

「今……母さんがそこに……」

 

「……麗華……優華はな」

 

「どうして……」

 

「?」

 

「どうして、母さんと弥都波は死んだの」

 

「?!」

 

 

その言葉を放つと、麗華は力無く倒れた。輝三は倒れた彼女を受け止め、抱き上げるとベッドへ寝かせた。狼姿になっていた焔は、人の姿へとなり心配そうな表情で輝三の元へ寄った。

 

 

「輝三……」

 

「こいつの中で、何が起きてるんだ……」

 

「……覚えてるのか」

 

「?」

 

 

傍にいた竈は口を開き、焔に質問した。焔は訳が分からず、竈の方に顔を向けた。

 

 

「お前は、覚えてるのか……弥都波が死んだ時のことを」

 

「……

 

 

覚えてるよ」

 

「……」

 

「母上が死んだ時の事は……今でも覚えてる」

 

 

蘇る記憶……真っ白な毛が血で赤く染まった弥都波の傍で、涙を流しながら叫ぶ渚と自分。

震える焔を、竈は抱き寄せ慰めるようにして頭を撫でた。

 

 

同じ頃……童守病院のロビーのソファーに座る二人の兄弟。チャラけた格好をした弟とスーツ風の格好をした兄。

 

 

「よく来るねぇ……人が」

 

「黙って待っていられないのか」

 

「仕方ねぇだろ?暇なんだからさ」

 

「全く……」

 

「早く腕治して、あの二人を殺したいぜ」

 

「そうだな……

 

二人だけでない。あの神社も壊そう」

 

「えぇ!あそこも壊しちまうのかよ?!

 

あんな綺麗な場所、滅多に見れねぇぞ?」

 

「元後言えば、桜巫女が娘を渡せば済んだ話だ。素直に渡さなかった、奴等が悪い」

 

「それもそうだな」

 

「腕が治れば、こっちのものだ。

 

そうすれば……娘は」

 

 

兄の頭に蘇る記憶……手を差し伸べ、笑みを浮かべる少女の姿。

 

 

「惚れた女は、絶対だな?」

 

「当たり前だ」

 

「けど、殺すんだろ?」

 

「当然だ。この俺を裏切ったんだからな」

 

 

日が暮れ、辺りが真っ暗になり、病院内が寝静まった頃……

 

麗華は意識を戻しゆっくりと、目を開けた。体を起こし真っ暗になっている、部屋を見回した。床にはシガンと焔が体を丸くして、眠っていた。

 

突然怖くなり、ベッドから降り部屋の戸を開け病室を出た。真っ暗な廊下を、壁に着けられていた手摺を手で探りながら歩いた。

 

先の見えない闇に映る、白い白衣姿の人物……その者はゆっくりと麗華の方に振り向いた。

 

 

「……母さん」

 

『麗華』

 

 

優華に手を伸ばそうと時、顔に光が照らされ、眩しさのあまり目を細めた。

 

 

「麗華ちゃん?!」

 

 

懐中電灯を持った看護師が、驚いた表情で彼女の名を呼び叫んだ。

 

 

「どうしたの?!夜は部屋から出ちゃ駄目だよ!」

 

「……お兄ちゃんと輝三は」

 

「二人ならもう帰ったよ。

 

さ、お部屋に戻ろう」

 

 

看護師に釣られ、部屋へと戻った麗華。部屋に入ると戸を閉め、眠っている焔の胴に頭を乗せ眼を閉じ眠りに入った。何かが乗った感触に気付いた焔は、目を覚まし自身の胴に目を向けた。不安そうな表情で、眠る麗華の姿を見た焔は、自分の尾を彼女の体に乗せ再び眠りに入った。

 

眠りに着いた麗華は夢を見た。自分の幼い頃の笑い声が聞こえた。

 

 

『母さん、見てみて!

 

青と白が団栗くれた!』

 

『あら、よかったじゃない』

 

 

笑う優華……声に釣られて、麗華はゆっくりと目を開けた。だが、その光景は自分が想像しているものとは大きく違っていた。

血塗れになった優華と泣き叫ぶ自分……そして呼び叫ぶ龍二に優華の治療をする丙。

 

 

『私のせいだ……私のせいで』

 

 

目を覚める麗華……眠っている間に移動させられたのか、彼女はベッドの上にいた。窓の外は丁度陽が真上に昇っていた。既に起きていた焔は、起き上がった麗華に顔を擦り寄せた。

 

 

「焔……」

 

「?」

 

「焔は覚えてるの?」

 

「何をだ?」

 

「弥都波が死んだ時の事」

 

「……」

 

 

何も答えない焔……ふとキャビネットに置かれていた色紙を麗華は手に取った。

色紙には、『麗華へ』という字を真ん中に周りに沢山のメッセージが書かれていた。

 

 

『早く元気になってね!郷子』

 

『麗華がいないと学校つまんないよぉ!美樹』

 

『元気になったら、サッカーやろうぜ!審判でもいいかさ!広』

 

 

数々のメッセージ……

 

 

「……郷子?美樹?

 

広?」

 

 

頭に蘇る郷子達の姿……色紙を持っていた手が震えだし、自然と目から涙が流れてきた。泣いている彼女に焔は、人の姿へと変わり心配そうに肩に手を置いた。

 

 

「何だろう……

 

思い出しそうな記憶があるのに……思え出せない。無理に思い出そうとすると、頭が痛くなる……」

 

「麗……」

 

「どうしちゃったんだろ……私。以前はこんなんじゃなかった気がする……」

 

 

色紙の上に落ちる一滴の涙……泣く彼女を、焔はベッドの上に腰を下ろし、自身に抱き寄せ頭を撫でた。

 

 

夕方……ぬ~べ~達は、再び麗華の見舞いへと来たが、やはり家族以外の者とは面会謝絶だと言われ、仕方なく帰ろうとした時だった。

 

スケッチブックを持って階段を降りてきた麗華……その姿に気付いた郷子は、思わず声を掛けた。

 

 

「麗華!」

 

「?」

 

 

郷子達の方に振り向く麗華……三人の顔を見ながら、麗華はキョトンとしていた。

 

 

「えっと」

「面会謝絶だって聞いたけど、お前部屋から出て平気なのか?!」

 

「見た感じ元気そうでよかったぁ!」

 

「いつ頃、退院出来るんだ?」

 

 

戸惑う麗華に、ぬ~べ~は何かを察したのか、二人の話を止めさせ彼女に近付こうとした時だった。

突然、ぬ~べ~の腕が誰かに掴まれ行為を止められた。彼の腕を掴んだのは茂だった。

 

 

「茂さん……」

 

「悪いけど、これ以上は駄目だ」

 

「これ以上はって……」

 

「麗華ちゃん、この後検査があるから、部屋で待っててくれないかな?」

 

「分かった……」

 

 

傍にいた焔に釣られて、麗華は階段を上っていった。彼女の姿が見えなくなると、茂はぬ~べ~の腕を放した。

 

 

「どういう事です?これ以上はって」

 

「済まないが、それは教えられない」

 

「麗華、退院できますよね?」

 

「答えられないよ。済まないけど……

 

もう帰ってくれないか?あの子が混乱するから」

 

「混乱?」

 

「何がだよ」

 

 

広達の問いに何も答えず、茂はその場を去って行った。

ぬ~べ~達は仕方なく、病院を出て行った。彼等の帰って行く姿を、麗華は色紙を見ながら部屋の窓から眺めていた。

 

 

「あいつ等……私のこと知ってたみたいだけど……

 

この色紙を書いた奴等かな」

 

「……さぁな」

 

 

すると戸が開く音が聞こえ、後ろを振り返ると茂がドア前に立っていた。

 

 

「茂さん」

 

「君が屋上にいた事を、すっかり忘れてたよ」

 

「さっきの奴等って……」

 

「僕の知り合い。

 

さ、検査するから診察室へ来て。終わった頃に龍二君が見舞いに来るって言ってたから」

 

 

茂に連れられ、麗華は病室を出て行った。




闇の中……

目を覚ます麗華……目の前には、もう一人の自分が立っていた。


ーーーーー誰?

『いつまで、逃げてるつもり』

ーーーーー逃げてる?どういう事

『いくら目を塞いだって……記憶閉じたって……

何も解決しない』

ーーーーー……誰なの?

『アンタが記憶を戻したいって思えば、私は戻ってくる。

アンタが知りたいこと、私は全部知っている』


もう一人の自分は、煙のように消えていった。消えたと共に麗華は目を覚ました。

起き上がる麗華……枕元で寝ていたシガンは目を覚まし、起きている彼女の肩へと登り頬擦りした。


(記憶……閉じたってどういう事だろ……

閉じてなんか……)


ふと思い出す、優華の姿……だが、優華は一瞬にして血塗れで地面に倒れていた。


「分かんない……

だって母さんは生きて……あれ」


病院で過ごした日々……茂や龍二、輝三は部屋へ来た。
だが、ただ一人優華は一度も来ていない。


「母さん……母さん……

母さん!!」


彼女の大声に、眠っていた焔は目を覚まし顔を向けた。ベッドの上で耳を塞ぎ泣いている麗華……
焔はすぐに彼女の元へと駆け寄った。


「麗!どうした!?」

「母さん……母さん……」

「麗……」


人の姿へと変わり、焔は彼女を抱き寄せた。麗華は焔に抱き着きしばらくの間、泣き続けた。


別の場所の屋上……
写真を眺める輝三……幼い麗華と龍二を抱く自分と二人の男女と写った写真。


(お前が死んでから、あいつ等は苦しんでるぞ……

優華)


二人を抱いた自分の傍で、面白いのか満面な笑みを見せる優華と妻。

写真をしまい、胸ポケットから煙草を出し、火を点け吸い煙を出しながら、輝三は夜の街を眺めた。

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