地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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翌日の早朝……

ロビーのソファーで眠るぬ~べ~……竈に凭り掛かり眠る渚と焔。ぬ~べ~の近くのソファーで、背もたれに凭り掛かり天井を見上げ、ボーッとしていた輝三の頬に何かが当たり、顔を上げた。頬に当たったのは缶コーヒーであり、それを当ててきてのは茂だった。


「眠気覚ましにどうです?」

「悪ぃな」

「しっかし、驚きましたよ。まさかアンタが、龍二君と麗華ちゃんの叔父さんだったなんて……」

「こっちだって驚きだ。まさかあのやんちゃ坊主が、優華の病院を引き継いで医院長になって……世の中どうなるか分かんねぇなぁ」

「俺が病院で働けるのも、神崎院長のおかげです。

暴力団の総長だって話が、大学内に広まったらしくて……皆が就職していく中、俺だけが取り残されてて……そんな時です。神崎院長に出会ったのは」

「……」

「医院長、俺が通ってた大学の卒業生だったんです。時々遊びに来てたらしくて……

その日も、まだ小さい龍二君連れて遊びに来てたんです。けど、大人の話に飽きた龍二君、医院長達がいた部屋から脱走して、校内走り回ってたんです。俺等生徒達は走り回る龍二君を捕まえようと、必死に追っ掛けてました。

しばらくして、俺が走り回る龍二君を捕まえたんです。それとほぼ同時に、神崎院長が騒ぎに気付いて俺等生徒達の元へ駆け付けたんです。そしたら、何を見て気に入ったのか……

『決めた!この生徒、私の病院で採用します!』」


その言葉を聞いた輝三は思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出し咽せた。


「それからですよ……神崎院長の元で働くことになったのは。

最初は大変でした。覚えることがいっぱいあった上、言葉遣いを直したりするのが……けど何か出来たりやり遂げたりすると、神崎院長……まるで自分の子を褒めるみたいに、俺のこと凄く褒めてくれて……母親に褒められているみたいでした。」

「……」

「勤め初めて、龍二君や輝二さんとも仲良くなって、時々ご飯ご馳走してくれたりして……本当に良い家族でした。


けど……麗華ちゃんが生まれた日に、輝二さんと迦楼羅さんが亡くなって……」

「それからあいつ、相当無理してたんじゃねぇのか?」

「かなり無理してましたね……でも、辛くはなかったと思いますよ?帰れば、子供の顔が見れる……それだけで疲れが吹き飛ぶって言ってましたもん。医院長が家にいない間は、ずっと龍二君が麗華ちゃんの面倒を見てたみたいですし……


だけど……そういう幸せっていうのは、長く続かないもんですね」

「……亡くなって五年…か」

「二人にとっては、大きいダメージです。

聞きましたか?龍二君、母親の葬儀の時泣かなかったみたいですよ。輝二さんの時もでしたけど……

俺心配なんです。龍二君……我慢し過ぎてるんじゃないかって」

「責任感じてるんだよ、あいつは……

自分が現場へ行ったばかりに輝二は死んでしまった。
自分が弱かったばかりに優華は死んでしまった。

ずっと責めてるんだよ……自分のせいで、親が死んだって……ずっとな」


失くしたパズル

数分後……

 

麗華が眠るベッドに伏せて眠る龍二……すると龍二の手を微かだが、握られる感覚があった。龍二はその感覚に気付き、すぐに目を覚まし体を起こし麗華の方を見た。

 

 

ゆっくりと開く目……龍二は彼女の頭を撫でながら、手を離さず自分の顔を近付けた。

 

 

「……レ……コハ」

 

「病院だ。もう大丈夫だ」

 

 

微笑する龍二の顔を見ると、麗華は安心したのか再び目を閉じ眠ってしまった。

 

 

ロビーへ戻ってきた龍二。龍二に気付いた茂と輝三はすぐに彼の元へと駆け寄った。

 

 

「たった今、麗華が目を覚ましました」

 

「そうか……よかったぁ」

 

「けど、また寝ちまって」

 

「いいよいいよ。意識が戻れば、後は体力と精神を治すだけだから」

 

 

安堵の息を吐く龍二……すると緊張が解れたのか、一気に眠気が襲い意識が無くなり倒れそうになった。そんな彼を輝三は、慌てて支えた。疲れ切った表情で輝三の腕の中で龍二は眠ってしまった。寝てしまった彼を輝三は持ち上げソファーの上に寝かせた。龍二の傍へ、焔の傍で寝ていたシガンが寄った。

 

 

「ったく、無理するから」

 

「麗華ちゃんの事、本当に大切にしてますから……仕方ないですよ」

 

「……そうだな。

 

なぁ、全く別の話になるが、聞いても良いか?」

 

「ん?何です?」

 

「このフェレット、どうしたんだ?」

 

「あ……これは俺も初めてですから……麗華ちゃんが拾ってきたんじゃないんですか?」

 

「そうか……」

 

「このフェレットが、どうかしました?」

 

「いや……ちょっとな」

 

「……感じるんですか」

 

「?」

 

「妖気……感じるんですよね」

 

「……微かにな」

 

 

しばらくして、起きたぬ~べ~と龍二はそれぞれの学校へと行き、輝三はお昼前までいたが、仕事が入ったため現場へと向かった。

 

輝三が病院を出て間もなく、麗華はもう一度目を覚まし、目で辺りを見回した。気が付いた彼女に部屋に置かれていた机にいたシガンは駆け寄り、彼女の頬に擦り寄った。

擦り寄ってきたシガンを、麗華は腕を上げシガンの頭を撫でた。

 

 

「麗……」

 

 

狼姿になった焔は、顔を近付け彼女の頬を舐めた。舐めてきた焔をシガンを撫でていた手で撫でた。撫で終わると、麗華は再び目を閉じ眠ってしまった。シガンは彼女の枕元で丸くなり、焔は床下で体を伏せ目を瞑り眠りに入った。

 

 

その頃童守小では、ぬ~べ~は教員達に麗華は命に別状はない事、そしてしばらく入院が必要だという事を伝えた。同じ事を、今度は自分のクラスの生徒に伝えた。

 

 

「じゃあ、麗華はしばらく学校に来れないの?」

 

「そうだな……医者の話じゃ、目を覚ましたとしても体力が衰えている可能性が高いから、しばらくは体力作りだとの事だ。もともと体が弱いからな麗華は」

 

「そっかぁ……」

 

「ねぇねぇ!今日、皆でお見舞いに行こうよ!

 

花と色紙持ってさ!」

 

「お!それいいな!」

 

「行こうぜ!」

 

「おいおい、そんな大勢で行ったら病院に迷惑だ。

 

郷子と広が代表で来てくれ。花の代金は二人に渡すこと。広、郷子、頼んだぞ」

 

「分かったわ」

 

「任せろ!」

 

「ヒューヒュー!お二人さん、熱いわね~」

 

「うるさい!」

 

 

場所は変わりここは、童守病院……

 

 

「それでは、移動ということでよろしいんですね?」

 

 

救急車中へ、眠っている麗華を入れられる光景を見ながら、玉藻は茂と話していた。

 

 

「えぇ。ここより見慣れた場所の方が良いでしょう。

 

僕の病院は、丁度麗華ちゃん達の家が近いですし……何かあればすぐに呼べますしね」

 

「そうですね……それでは、移動したことを鵺野先生方に伝えておきますね。」

 

「お願します」

 

 

ハッチを閉める音と共に、茂は車へと乗り救急車を走り出させた。

 

 

数時間後……

 

再び目を覚ます麗華……意識が朦朧としながらも、体を起こし辺りを見回した。その部屋は見覚えがあった。自分が幼い頃、入院していた部屋だった。

すると、床で寝ていた焔が目を覚まし、起きている彼女の元へと寄り顔を擦り寄せた。焔と同じように、枕元で寝ていたシガンも目を覚まし、彼女の肩へと駆け登り頬擦りした。

 

 

「焔……シガン」

 

 

擦り寄ってきた焔に顔を埋め、麗華は頬擦りした。頬擦りしてきた彼女を、焔は擦り返し甘え声を出した。

すると病室のドアが開き、外から茂が入ってきた。

 

 

「起きたかい?」

 

「茂さん……」

 

「その様子だと、もう平気みたいだね」

 

「あの……ここって」

 

「僕の病院。移動したんだよ、寝てる間に。

 

ここの方が落ち着くし、家も近いからいいかなぁって」

 

「……」

 

「ま、しばらくの間は入院して貰うけどね。

 

 

?どうかしたかい」

 

「……母…さん」

 

「?」

 

「あれ……」

 

 

頭を抱え何かを思い出す麗華……目に映る光景は、母・優華の笑顔の姿や白衣を着て仕事をする姿……数々の記憶が、渦の様にして回っていた。

 

 

「母さん……」

 

「麗華ちゃん?」

 

「ねぇ……母さんは?」

 

「?!」

 

 

その言葉に、茂は持っていたカルテを落とし、驚いた表情で彼女に駆け寄った。

 

 

「麗華ちゃん、今なんて」

 

「だから……母さんは……あれ…母さんって」

 

「麗華ちゃん……」

 

 

夕方……

 

玉藻に聞いた病院へと来たぬ~べ~達。麗華の病室へ行こうと、受付所へ行った時だった。

 

 

「は?面会謝絶……ですか」

 

「はい。昼間に目を覚ましましたが、容態が急変しただ今、ご家族以外の方の面会はご遠慮させて貰っています。」

 

「そ、そんなぁ」

 

「どうしても、ダメなんですか?」

 

「申し訳ございません」

 

「では、この花と色紙を麗華に渡しといてください」

 

「分かりました」

 

 

色紙と花を看護師に渡し、ぬ~べ~達は病院を出た。

 

 

「麗華の奴、どうしたんだろう」

 

「容態が急変したって言ってたけど……大丈夫かな?」

 

「また、日を改めて来るか」

 

「うん……」

 

 

心配そうに頷いた郷子は、後ろを振り返り病室の窓を一瞬眺め、先行く二人の後を追いかけて行った。

 

 

ぬ~べ~達と入れ違いに、龍二達が病院へとやってきた。入って来ると、丁度ロビーにいた茂が龍二に駆け寄り、別の場所へと連れて行った。彼らの後を、真二と緋音はこっそりとついて行き盗み聞きした。

 

 

「記憶障害?あいつが」

 

「あぁ。目が覚めて、最初は混乱してるだけかと思ってたんだけど……突然言ったんだ。

 

『母さんは?』って」

 

「?!」

 

「ごちゃ混ぜになっているんだと思うよ。発作が原因で、記憶の棚の位置がバラバラになっているんだと思う」

 

「バラバラって……」

 

「話の内容からして、おそらく麗華ちゃんの記憶は、神崎院長……母親が生きていた頃の記憶が途切れ途切れ、入っているんだと思う。もう死んでいるのに、あの子の頭の中では母親は、まだ生きているって思っているんだと思うよ」

 

「……」

 

「とりあえず、記憶が整理するまでは、家族以外の人との面会は謝絶してもらう。無論、君の幼馴染の緋音さんと真二君にもね。

 

訳の分からない人が来れば、麗華ちゃんの記憶は混乱する」

 

 

近くで話を聞いていた真二と緋音は、顔を見合わせ驚いていた。戻ってきた龍二は二人に訳を話し、緋音が持っていた花を受け取ると、茂と共に病室へと向かった。

 

病室の中へと入る龍二と茂。麗華はベットに横になり静かに眠っており、枕元ではシガンが自分の毛を舐めて手入れしていた。ベット近くの床には、狼姿になっていた焔が丸くなっていたが、龍二達が中へ入ってくると、人の姿へと変わり彼に駆け寄った。

 

 

「龍、麗が……」

 

「分かってる」

 

 

焔を渚に任し、龍二は眠っている麗華の傍へ行き、近くにあった椅子に座った。

 

 

「渚、焔。二人を任せたよ」

 

「はい」

「はい」

 

「龍二君、何かあったらすぐに呼んでね」

 

「分かりました」

 

 

茂は院内用の携帯電話を掛けながら、部屋を出て行った。

 

茂が部屋を出てしばらくした後、麗華はゆっくりと目を開けた。

 

 

「麗華……」

 

「……お兄ちゃん」

 

 

起き上がる麗華……病室を見回しもう一度、龍二を見た。

 

 

「どうした?」

 

「……母さんって」

 

「っ……」

 

「あれ……母さんは……母さんは」

 

 

頭を抱えながら麗華は、混乱していた。頭に蘇る数々の優華の姿……その時、戸が開き外から看護師に案内された輝三が入ってきた。

 

 

「輝三……」

「輝三!」

 

 

嬉しそうな声を上げて、麗華は子鹿の様に駆け寄り彼に抱き着いた。輝三は少々驚きながらも、抱き着いてきた彼女の頭を撫でた。

 

 

「龍二、話がある」

 

「分かった……

 

麗華、少し話してくるから、ここで焔達と待っててくれ」

 

「うん……」

 

 

残念そうな声を上げながら、麗華は輝三から離れた。そんな彼女を撫でると龍二は、輝三と共に部屋を出て行った。

 

 

部屋を出て喫煙所で、煙草を吸いながら輝三は龍二に話した。

 

 

「茂の話通りだな。

 

確かに、記憶に障害が残っているな」

 

「見りゃ分かるよ。

 

俺のことを『お兄ちゃん』なんて呼んだんだからさ」

 

「懐かしい響きだな」

 

「誰のせいだよ」

 

「さぁな……

 

しばらくは面会謝絶だろ」

 

「あぁ。俺と輝三以外の奴等は入れないとさ」

 

「俺等二人って訳か……」

 

「どうすりゃいいんだろう……これから」

 

「龍二……」

 

「何もなければいいんだけど……」

 

 

部屋で待つ麗華……荷物の中にあった自分で描いたスケッチブックの絵を、一枚一枚見ていた。

 

だが、ページを捲った時、麗華は顔を強張らせた。

 

 

「ねぇ……」

 

「?どうした」

 

「こっからの絵、私が描いたの?」

 

 

焔に言いながら、麗華は絵を見せた。それは島で描いた絵だった。その後の絵は郷子達や神社に来た妖怪達、ショウと瞬火の絵だった。

 

 

「覚えてないのか?」

 

「……分かんない。

 

何か……」

 

 

胸を手で押さえながら、息を荒げると咳き込みベッドに横たわり苦しんだ。

 

 

「麗!!」

 

「龍達を呼んでくる!!」

 

「頼む!!」

 

 

渚は部屋を飛び出し、龍二達の元へと行った。

 

 

「龍!!大変だ!!

 

麗が!!」

 

 

渚の言葉に、勘が働いた龍二は喫煙所を飛び出し部屋へと戻った。彼の後を輝三と渚は追い掛けていった。

 

 

「麗華!!」

 

 

ベッドの上で咳き込み苦しむ麗華……彼女に付き添う焔。龍二は彼女に駆け寄り、焔と交代し彼女を呼び掛けた。後からやって来た渚は龍二の傍で立ち尽くしていた焔を退かし、輝三は茂と看護師を連れて来た。

 

 

「すぐに器具を準備して」

 

「はい」

 

「龍二君、一旦離れて」

 

 

呼び叫ぶ龍二を輝三に渡し、茂は麗華を寝かせ器具を持ってきた看護師と共に、治療を行い始めた。

 

 

「すみませんが、一度退室してください。終わり次第、呼びますので」

 

 

看護師に言われ、二人は部屋を出た。部屋の前で龍二は立ち尽くし、震え声で輝三に話した。

 

 

「麗華の奴……大丈夫だよな」

 

「龍二」

 

「俺のせいで……あいつにまで死なれたら」

 

「しっかりしろ。お前が信じなくてどうすんだ。

 

麗華には、お前しかいないんだぞ」

 

「……」

 

 

数分後……部屋から出て来た茂。

 

 

「茂さん……麗華は」

 

「大丈夫だ。時期に目が覚めるよ。

 

それより、麗華ちゃんにいったい、何を見せたんだい?」

 

「スケッチブック……」

 

「スケッチブック?」

 

「麗の奴、鞄からスケッチブック取り出して、しばらく見てたんだ……そしたら、島で描いた絵を見て自分が描いたのかって聞いてきて……それで」

 

「……彼女の容態が落ち着くまでの間は、記憶を戻すような発言や物は禁止だね。

身体が拒否しているんだろう……記憶を取り戻すことに」

 

「そんな……」

 

「無論、面会も君達以外は謝絶。」

 

「真二達もですか?

 

あいつ等、麗華が赤ん坊の頃からずっと」

 

「気持ちは分かるけど、二人を見れば麗華ちゃんの記憶は混乱する。

 

落ち着くまで、待つしか無い」




その夜……童守病院の屋上に降り立つ二つの陰。

仕事をしていた玉藻は、その気配に気付き部屋を見回すと、ドア前に立つ二つの陰があった。


「何の用です?」

「妖狐のくせに、人の姿になって医者ですか」

「用がなければ、今すぐ帰宅してください」

「そう言うなって。この腕を治して貰いたくて、ここに来たんだ」


そう言いながら、陰の一つは腕に巻いていた布を取り腕を見せた。


「代は払う。この腕を元に治してくれ」

「誰にやられたんだ……腕の具合からして、相当な腕の持ち主だぞ」

「昔、この地へ来た時にある神社の巫女にやられたんだ。」

「長年、この腕を治したくて各地へ行った。けど誰にも治せなかった。」

「治せるか?俺等の腕」

「……数週間は、掛かるが」

「構わねぇ」

「なら、この時間帯に来てください。」

「分かった」

「恩に着るぜ、妖狐」


二つの陰は、煙のようにしてその場から姿を消した。

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