地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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「来てるって……」


寝た麗華に目を向けながら、龍二は言葉を繰り返し言った。輝三は自身の脚で寝ている麗華の頭を撫でながら、真剣な顔で龍二を見た。


「妖共の話じゃ、数々の村や里を転々としていたらしい。何でも腕を治したいと言って、治療能力がある妖共に頼み込んでいたと……」

「腕……」

「優華がやったのか?」

「……あ、あぁ」

「奴等が来てる今、お前等が心配になったんだ。そしたら都合よく、こっちで仕事ができてな」

「……」

「あの時の事、話したのか?」

「……まだ…詳しくは」

「いい加減、話した方が良いんじゃねぇのか?

こいつだってもう」

「……」


拳を握る龍二……輝三は眠る麗華を持ち上げ、そして龍二の隣に立った。


「いつまでも隠し通せねぇぞ。

辛いのは分かるが……」

「けど……話せば、麗華はまた」

「……」

「もう……辛い思いをさせたくないんだ。


俺が強くなかったから、親父が死んだ……俺が弱かったから、麗華は島に行く羽目になった。

俺のせいで、麗華には辛い思いばかりさせてきた……」

「だから、言いたくないと……


甘ったれるんじゃねぇぞ」

「!」


小声だがハッキリと、怒鳴る様にして輝三は龍二を睨んでいった。龍二は顔を上げ、輝三の顔を見た。


「こいつにだって、知る権利はある。

いつまでもお前の事情で、教えてあげねぇってのはこいつにとって、一番辛い事だ」

「……」

「何も教えねぇと、何も始まらない……そうだろ」

「……」


トラウマ

翌日……

 

 

嬉しそうに歩く、麗華……

 

 

「昨日は寝ちゃったけど、今日からまた見て貰おう」

 

「技見てもらうのか?」

 

「当然でしょ?実力が上がったところ、見て貰わないと」

 

「だったら、俺も竃に見て貰おうっかなぁ」

 

「ずっと居てくれればいいのになぁ……二人とも。

 

そうすれば……あんな思いしなくてもいいのに」

 

「麗……」

 

「何てね。早く行こう」

 

 

先を歩く麗華の後姿を、焔はどこか悲しげに見た。首を振り、彼女の後をついて行った。

 

 

学校へ着き、廊下を歩く麗華……教室へ着き、中へ入ろうとした時だった。

 

 

「!!」

 

 

突如目の前に、巨大な蜘蛛のぬいぐるみが吊り下がってきた。

 

 

「ハハハハハハ!!

 

どうだ麗華?この蜘蛛!」

 

「登校中のゴミ置き場に捨てられててさ!何か、リアルだったから拾ってきたんだよ!」

 

 

笑い合う克也と広……それとは裏腹に、麗華は吊るされている蜘蛛のぬいぐるみを、じっと見たまま固まっていた。それは焔も同じだった。彼も目を見開いたまま固まっており、広の手にする蜘蛛のぬいぐるみを見つめていた。

彼女達の様子に気付いた郷子は、駆け寄り声を掛けた。

 

 

「麗華?焔?」

 

「……」

 

「麗華?ねぇ」

 

 

郷子の声が、次第に別の声へと変わっていた。

 

 

『麗華!!逃げなさい!!』

 

『母さん!!』

 

 

『私のせいで……私のせいで母さんが』

 

『お前のせいじゃない!!』

 

『母さん!!母さん!!』

 

 

泣きながら母の名を呼ぶ自分の叫び声と龍二の声……息が乱れ、麗華は胸を押さえその場に倒れた。

 

 

「麗華!!」

 

 

倒れた麗華に郷子は寄り、彼女の名を呼び叫んだ。彼女の叫び声に、ハッと我に返った焔は、倒れた麗華に駆け寄った。

麗華は呼吸困難になったかのように、荒く息を繰り返しそれと共に喘息が発生したのか、息を吸う度に激しく咳をした。咳をしたせいで、咽を切ったのか口から血を出した。

 

 

「麗華!!麗華!!」

 

「麗華!!しっかりしろ!!

 

克也、美樹!ぬ~べ~を!!」

 

 

広に言われ克也と美樹は慌てて、教室を飛び出し職員室へと行った。

 

 

「ぬ~べ~!!」

「ぬ~べ~!!」

 

 

職員室へと来た二人は、ぬ~べ~の名を叫びながら職員室へと入った。

 

 

「ん?どうした、お前等。そんな慌てて」

 

「た、大変なの!!麗華が!!麗華が!!」

 

「麗華がどうかしたのか?」

 

「突然倒れて、苦しそうにしてるんだ!!おまけに口から血ぃ出して」

 

「!!」

 

 

克也の言葉に、ぬ~べ~は急いで教室へと向かった。その後を美樹と克也は慌てて追い掛けた。

 

 

階段を上り切り、自分の教室を見ると教室前の廊下に群がる人。その中には隣のクラスの担任である律子先生が、倒れている麗華に声を掛けていた。

 

 

「麗華ちゃん!私の声聞こえる?麗華ちゃん!!」

 

「律子先生!!」

 

「鵺野先生!

 

騒ぎを聞いて、駆け付けたんです!そしたら」

 

 

倒れる麗華の口元は赤く染まり、胸を押さえながら苦しく息をしていた。

 

 

「急いで救急車を!!」

 

「はい!!」

 

「麗華!!しっかりしろ!

 

全員、教室の中に入ってろ!!」

 

 

ぬ~べ~に強く言われ、麗華を囲っていた生徒達はそれぞれの教室へと入った。その中にいた広と美樹と一緒に居た克也は、彼女の姿を見て動揺していた。

 

 

「広!克也!お前達も早く」

「俺のせいだ……」

 

「?」

 

「俺がこんなぬいぐるみ拾ってきたばっかりに……麗華は」

 

「ぬいぐるみ?」

 

 

ドア付近に落ちている黒い蜘蛛のぬいぐるみが、ぬ~べ~の目に入った。

 

 

「あれを見て、麗華はこうなったのか?」

 

「うん……」

 

「どうしよう……俺等の」

 

「お前達のせいじゃない……後は俺がやるから、教室戻ってろ」

 

「広、克也」

 

 

郷子に連れられ、二人は教室へと入った。

 

 

数分後……学校に到着した救急車に運ばれていく麗華。口には酸素マスクを着けられ、隊員の人に何度も呼ばれていたが全く反応がなかった。ぬ~べ~も同行し一緒に救急車へと入り病院へ向かった。

救急車を見送ると、焔は空を飛び猛スピードでどこかへ行った。

 

 

車内で、応急処置をされる麗華。彼女の傍には、心配そうな鳴き声を上げるシガンが居た。

 

 

「呼吸が乱れ吐血しています。はい。脈拍が以上に早く、意識不明です。

 

 

先生、麗華さんに何か持病は?」

 

「喘息持ちです」

 

「患者は喘息持ちだとのことです。はい……」

 

 

電話をする隊員……ぬ~べ~は、落ち着かない様子で苦しそうに息をする麗華を見た。

 

病院へ着いた救急車は、素早く麗華を病院へと入れた。その中をぬ~べ~は追い駆けたが、看護師に止められそれ以上追い駆ける事が出来なかった。彼の傍には先程看護師に下ろされたシガンが、心配そうな鳴き声を上げていた。

 

 

緊急治療室へ入った麗華……病院で医師をやっていた玉藻と用で病院に来ていた麗華と龍二の担当医・茂が立ち合っていた。

 

 

「呼吸乱れに、吐血……

 

喘息の発作にしては少し……」

 

「恐らく、拒否反応でしょう」

 

「拒否反応ですか?」

 

「この子は以前、似たような発作を起こしています。

 

治療等は僕がやりますので、玉藻先生はその他のことを」

 

「分かりました」

 

 

茂は寝かされている麗華の傍に座り込み、手を握りながら声を掛けた。

 

 

「麗華ちゃん、僕の声聞こえるか?

 

聞こえるなら、僕の手を握ってくれ」

 

 

その声に反応し、麗華の手が微かに動き茂の手を弱く握った。それと共に麗華は、ゆっくりと目を開け隣に座っている茂の方を見た。

彼女の行為に驚いた二人は、思わず顔を見合わせた。

 

 

「……シ」

 

「もう大丈夫だ。

 

今薬を打つから、少し痛いかもしれないけど我慢してね」

 

 

そう言いながら、いつの間にか持ってきていた注射と薬を玉藻から受け取り、それを麗華の腕に打った。

 

 

「……シノセイダ」

 

「?」

 

「シノセイデ……サンガ」

 

 

呟きながら、麗華は再び意識を無くした。

 

 

その頃龍二は、麗華が倒れたことを知らずにクラスの仲間と一緒に戯れていた。

 

 

「神崎君!!」

 

 

血相をかいて、龍二の担任が駆け込んできた。

 

 

「あれ?ホームルームまだなんじゃ」

 

「大変よ!!あなたの妹さんが、倒れて病院に運ばれたって、小学校の方から連絡があったの!!」

 

「?!!」

 

「すぐに童守病院へ……って、神崎君?!」

 

 

教室の窓を開けると、龍二は縁に足を掛け飛び降りた。下では駆け付けていた焔の背に着地すると、焔は渚と共に猛スピードで病院へと向かった。

 

 

「あ~らら……龍二の奴行っちまったよ。

 

先生、あいつの鞄俺と緋音が持ってくんで。緋音行くぞ!」

 

「あ、待ってよ!」

 

 

龍二の鞄を持ち、真二は緋音と共に学校を後にした。

 

 

病院へと着いた龍二……

 

 

「渚はすぐに、輝三達の所に行ってこの事を伝えてくれ!」

 

「承知!」

 

 

渚はすぐに輝三の元へ向かい、焔は龍二と共に病院の中へと入った。

 

中へと入り、ロビーを見回すと置かれているソファーにぬ~べ~が座っていた。ソファーの上で、丸まっていたシガンは、龍二の存在に気付き彼の元へと駆け寄った。

シガンに様子に、ぬ~べ~は顔を上げ彼の方に顔を向けた。

 

 

「龍二?!何で」

 

「さっき、担任の方に小学校から連絡があって………それで。

 

それより、麗華は?」

 

「分からない……」

 

「……何があったんだ?

 

あいつに、何が」

 

「広達の話によると、広と克也が拾ってきた大きな蜘蛛のぬいぐるみを見せた途端……」

 

「蜘蛛……」

 

 

一瞬、脳裏に映る映像……二つの陰を前に、優華が血塗れで立っていた。

 

その時、玉藻と茂がやって来た。

 

 

「玉藻」

「茂さん」

 

「何とか一命は取り留めてるけど……今日を越せれば、問題は無い」

 

「……麗華はどこに」

 

「病室にいる。個室だけどね。

 

ほら、龍二君は彼女の傍に」

 

 

茂に背を押され、龍二は看護師に連れられ治療室へ向かった。

 

 

「狐野郎、何でこんな所に」

 

「私はこの病院で医師をやっているからね」

 

「あぁ、やっぱり玉藻先生は妖怪でしたか。

 

僕、これでも霊力強い方でしてね」

 

「木戸先生……無駄話はそれくらいにして、早く本題は言ってはどうです?」

 

「そうですね。そうしますか……

 

先生、あの子に何を見せました?発作が起きる前」

 

「見せたと言うより……生徒が悪ふざけで、蜘蛛のぬいぐるみで彼女を驚かせたと言う事しか」

 

「……ハァ。

 

参ったなぁ……蜘蛛はあの子にとって、一番駄目なものなんだよ……それを見て、発作か」

 

「蜘蛛は駄目って、どういう事です?」

 

「詳しくは教えられませんが……そうですね、強いて言うなら……?」

 

 

話を止め茂は、出入口の方を見た。ぬ~べ~は後ろを振り返り見ると、そこには竈を連れた輝三の姿があった。

 

 

「輝三さん……」

 

「この病院は、妖怪を医師として迎え入れるのか?

 

ま、いっか」

 

「少年刑事が、何用だよ」

 

「阿呆。俺は今はマル暴の刑事だ。

 

お前こそ、何こんな所で医者ごっこしてんだよ。

元、暴力団総長さん」

 

「ごっこじゃねぇよ!総長はとうの昔に辞めた!!」

 

「知り合いなのか?二人は」

 

「昔こいつを補導した」

 

「昔こいつに補導された」

 

「お前が悪さするからだろうが」

 

「そ、そりゃそうだけど……」

 

「思い出に浸るのは構いませんが、それは話が終わった後にしてくれます?」

 

 

玉藻に言われ、茂は手を叩きながらぬ~べ~の方を向いて、話の続きをした。

 

 

「おぉっと、そうだった。

 

ま、簡単に言うとだな……蜘蛛は麗華ちゃんにとってトラウマだ」

 

「トラウマ?」

 

「えぇ。詳しいことは言えませんが、昔麗華ちゃんは蜘蛛でちょっと辛いことがありましてね。それ以来、蜘蛛を見ただけで、ああいう発作が起きちゃうんです」

 

「それでは、先程話してくれた同じ症状もその時に?」

 

「いや、それはまた別。

 

確か麗華ちゃんが、三歳くらいの時だったと思うよ。保育園に行ってたんだけど、急に倒れて……そうそう、今回みたいな発作が起きて、一ヶ月以上入院することになってね」

 

「その話なら、優華の奴から俺も聞いた。

 

その事が原因で、確か辞めたんだよな?保育園」

 

「そうそう……って、何でアンタが知ってるんです?」

 

「俺はあの二人の叔父だ。知ってちゃ悪いのかよ」

 

「そもそもそんな話、初耳なんだけど」

 

 

言い合う輝三と茂……ぬ~べ~と玉藻はそんな二人を見て、深くため息を吐いた。




心電図の音と酸素マスクから酸素が送られる音が、病室に響いていた。多数の装置を体に着け、酸素マスクの酸素を吸って眠る麗華に、龍二は彼女の手を握りながら目を覚ますのをただ待っていた。


喫煙所で煙草を吸う輝三……


『本当に一人で大丈夫なのか?』


麗華が生まれて間もない頃、輝三は時折様子を見に来ていた。


『何がです?』

『何がって……これからのことだ。

お前一人でやっていけるのかって事だよ。まだ小一の龍二と生まれたばかりのそいつと二人抱えて、これから大変になるだろうし……』

『大丈夫です。姉さんもお義兄さんも困った事があったら、すぐに連絡しなさいって言ってくれたし。それに輝二の遺産も入ってきてるし、何とかやっていけます』

『そうだが……』

『何です?心配してくれるんですか?』

『当たり前だろ!弟の嫁とガキ二人をほったらかしにできるか!』


輝三のデカい声に驚いたのか、ベビーベッドで寝ていた赤ん坊の麗華は泣き出した。そんな彼女を優華は、あやしながら輝三の隣に座った。


『大声出すから、起きちゃったじゃないですか!』

『わ、悪ぃ……』

『フフ……相変わらずですね。

私なら平気です。龍二と麗華……それに弥都波や渚、焔に丙、真白がいてくれます』

『人を頼れ人を』

『もちろん頼ります。輝三さんにもね』




あの時見せた笑顔……

だが、今となってはその笑顔はもう、見ることも眺めることも出来なくなってしまった。

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