地獄先生と陰陽師少女 作:花札
「ええ」
「ふう……そうか」
パイプを離し煙を吐く校長……二人の会話を聞いた美樹は、気になり校長室の中をこっそり覗いた。
「しかし……寂しくなるな。君がいなくなると」
「はあ。
九州へ転任します」
教室で、掃除をしながら広達は楽しそうに話をしていた。
「明日から春休みだな」
「宿題ないからいいよな!」
「ぬ~べ~にどっか、連れてってもらおうか?」
「うん!」
「給料十年分前借させて、ハワイ行くってのはどう?」
「そらいーや!アハハハ!」
「大変よ!!」
自由にろくろ首なれた美樹は、首を伸ばして教室へ飛び込んできた。
「どうしたの?」
「ぬ……ぬ……ぬ~べ~が!て、てて、転任!!」
段ボールに荷物を詰めるぬ~べ~一家。
「ふー!思ったより、荷物が多いな……皆、いらないものは捨てて行けよ」
「じゃあ、これは全部捨てて行きましょうね」
「あーいやー!俺のカップラーメンのカップコレクションは」
「私も荷物が多くて多くて」
そう言いながら、眠鬼は段ボールいっぱいに積まれていたパンツを整理していた。
「そんな物、捨てなさいよ!変態鬼娘!」
「余計なお世話よ!男たらしの雪女(ユキオンナ)!」
「だいたい何でアンタが、私達の新婚生活にくっついてくるのよ!!」
「妹だからよ!!文句ある!」
「先生!」
「アハハハ……しかしな、眠鬼はまだ人間界の事勉強中だし、俺から離れると、また悪い鬼に戻るかもしれんし……」
「だからって……だいたいその、鬼の手の覇鬼だって、ついて来るんでしょ!
新婚だっていうのに」
「うが、安心しろ雪女。俺は迷惑は掛けんうが。
あ~、しかし新婚初夜は凄かったうが!
『ああ先生。とっても熱いわ……体の中から蕩けそう』
『ああああ……ゆ、雪女君、冷たいよ。冷や!まるでかまくらの中みたいだ……』」
「殺す!!」
「わぁ!!俺を殴るな!こら!!」
騒がしいぬ~べ~のアパートに、玉藻は車を停めた。その音に気付いたぬ~べ~は数個のタンコブを作り外へ出てきた。
「や、やあ玉藻。
忙しい所、呼び出してすまん」
「……鵺野先生、あまりに急ですね。
なぜ突然、この地を離れる気になったのです?」
「実はこの手紙が来てね。
吸収で墓地の上に、建設されたため、霊的地場が発生し、悪霊や妖怪が多数現れるようになった小学校がある。県の教育委員会は、特例措置として俺にその学校に赴任し、生徒を守って欲しいと願い出てきた。
俺は……考えた末、そこに行くことにした」
「あなたらしいな」
「で、お前に頼みがあるんだ。
俺がいなくなった後も、童守町に残って、生徒達を守ってやって欲しい」
「そんな事、約束はできないが……
私はより強い妖狐になるため、人間界で修行することを九尾の狐様に誓った。だからこの童守町で妖怪や霊絡みの事件が起これば……修行の一環として子供達を助けよう」
「玉藻……(ありがとう、任せたぞ)」
「そういう事ね」
電信柱の影から、出てきた麗華は全て話を聞いたようにしてぬ~べ~を見た。
「麗華……」
「玉藻がいなくなった後は、私がこの町を守ってあげるよ」
「お前……」
「丁度一年前、この町に帰って来て……いじめの傷がまだ癒えぬまま、童守小五年三組に転入してきた。
始めは、アンタに反抗ばっかしたっけ。けど……だんだん、反攻するのが馬鹿らしくなった。それどころか、アンタの力を借りる様になってた。鎌鬼の事、焔達の事、牛鬼達の事、そして京都で起きた事……
全部、鵺野がいたから、私は今ここにいられる」
「お前……」
「報告あるんだ、鵺野。
私、山桜神社を継ぐことになった」
「本当か!」
「あぁ。だから、この地にずっといられる」
ぬ~べ~に向かって、麗華は手を差し出した。
「ありがとう。鵺野先生……いや、ぬ~べ~。
ぬ~べ~のおかげで、私は以前の私に戻ることが出来た。そして居場所が出来た。
兄貴の分と合わせてもう一度言わせて……本当にありがとう」
笑みを浮かべ、ぬ~べ~は麗華の手を握った。
「ところで鵺野先生、この事は子供達に?」
「い、いや……」
「先生!!生徒から電話が!」
「何だって!!生徒達が妖怪に!?」
「童守四丁目のお化けが出るっていう大正ビルに……」
「アイツ等……何でまたそんな所に」
商店街を駆け抜け、ビルへと着いた。ビルの前には、晶と法子、静が立っていた。
「ぬ~べ~!!」
「大変なの!!郷子ちゃん達が、二階で妖怪に掴まって……」
「ここは学区外の立ち入り禁止の建物だぞ!何で入ったんだ!!」
「ごめんなさい」
霊水晶を手に、ぬ~べ~は麗華と共に中へ入り二階へ続く階段を上った。壁にはたくさんの写真が飾られていた。
「大正時代に建てられた写真館か……不気味だな」
ふと顔を上げると、宙吊りにされた郷子と広、まこと、美樹がぶら下がっていた。その中心に、悍ましい妖怪の顔が浮かんでいた。
「ぬ~べ~!!助けてくれ!!苦しいよ!」
「食われるのだ!」
「久々の強敵よ!鬼の手で切り裂いて!!」
「ぬ~べ~!!」
「ぬ~べ~、早くして!!」
「ぬ~べ~!!私達は、こんなに弱いのよ!!私達、まだまだ先生が必要なのよ!!」
郷子達の姿を見た麗華は、ブレーカーを見つけスイッチを入れた。部屋に電気が付き辺りを明るく照らした。部屋には顔が描かれたボールを吊るす克也と、柱に吊るされた布に乗る郷子達の姿が現れた。
「やっぱり……」
「何の真似だ」
「だ、だって……
先生、行っちゃうんでしょ。私達を置いて……遠くの学校へ」
「酷いよぬ~べ~!!」
「何でだよ、急に!」
「私達、まだまだぬ~べ~にいて欲しいのよ!」
「何で……」
「何で行っちゃうんだよ!!」
「俺を……必要としている生徒達がいるからだ」
「僕達だって、まだまだ必要なのだ!!」
「そうよ!!教えてほしい事、まだまだいっぱいあるわ!!」
「お前達は、もう俺から卒業した」
「してない!!私達、ぬ~べ~クラスの生徒よ!いつまでも!」
「クラスが変わっても、傍にいてよ!!ねぇ!!」
「ぬ~べ~!!俺達が好きじゃないのか!!」
「私達が可愛くないの!?」
「ぬ~べ~!!」
「ぬ~べ~がそんなわけ」
麗華が言い掛けた時、ぬ~べ~は郷子達を抱き締めた。
「可愛くないわけないだろ……好きじゃないわけないだろう」
「い、痛い。
痛いよ……ぬ~べ~」
「お前達を世界で一番、愛しているから……俺から卒業してほしいんだ。
お前達は、皆もう一人でやっていける……強くなった」
「ぬ~べ~……」
涙を流し、皆は抱き締め合った。その様子を麗華は、肩に乗っていた焔とシガンの頭を撫でながら黙って眺め、雪女は壁の隙間から覗くようにして立っていた。
ぬ~べ~の想いは……抱き締める力と一緒に、ひしひしと僕等に伝わってきた。
そして、僕等に別れが近づいた。