地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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「キャァアア!!」


とあるビル……

そこに勤務していた女性が、ある一室で悲鳴を上げていた。警備員が駆け付けると、そこには怯えて泣いている女性と目の前に展示されていた着物が切り裂かれていた。


その翌日……切り裂かれた着物の写真を見ながら、社長椅子に腰掛ける女性は頭を抱え、ため息を吐いた。


「いったい、誰の仕業でしょう」

「……仕方がない。

あの人に依頼してみましょう」

「あの人?」

「童守町に、霊能力先生がいるって聞いたの。その人に助けて貰いましょう。

この斬り方……どう見ても、妖怪の仕業よ」

「ハァ…」

「車を出して頂戴」

「はい!」


用意された車に乗った女性は、窓を見ながら古い写真を手に取り出した。それは幼い少女と自分が写った写真だった。


(童守町……十一年ぶりね)


人間となった妖怪

放課後の小学校の校門に、一台の車が止まった。中から青い着物に身を包み、桜のバレッタで黒髪を纏めた女性が姿を現し、学校の中へ入った。

 

彼女が入った頃、屋上の屋根の上で横になり目を瞑っていた麗華はスッと目を開けた。彼女の傍で寝ていた焔も一緒に目を覚まし、顔を上げた。

 

 

「懐かしい妖気……誰だろ?」

 

「さぁな……この校舎内にいるみたいだけど」

 

 

場所は変わり、会議室では遅れて入ってきたぬ~べ~は向かいに座る女性から名刺を貰った。

 

 

「楓香呉服店社長・森谷楓さんですか」

 

「はい。

 

それより先生、早速本題に入ってよろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

「実はここ数日、私が仕上げた着物が、何者かによって破かれているんです。刃物のような切り口で、とてもじゃありませんが人間がやったとは思えませんし」

 

「なぜそう思うんです?」

 

「私が仕上げた着物の生地は、監視カメラが設置されている他警備員が中と外で六人配備されています。

 

しかし、切られた時刻になると黒い影の様なものが私の生地に覆い被さり、そして一瞬でその記事を切り裂いてしまっているんです」

 

「黒い影ですか……」

 

「えぇ」

 

 

話し合う二人……その様子を、外から覗くようにして郷子達が見ていた。

 

 

「メッチャ綺麗な人……」

 

「あの人……確か、前雑誌に載ってたわよ。

 

 

呉服店の女社長で、彼女が作る着物は世界一で、色もデザインも綺麗で有名な芸人さんや、どっかの企業の社長さんや有名な茶道教室や華道教室から、注文が殺到しているんですって」

 

「へ~……」

 

「何て名前の店なんだ?」

 

「確か……楓香呉服店って書いてあったわ」

 

「へ~」

 

 

「その呉服店、私も知ってるよ」

 

 

屋上から降りてきた麗華は、彼等の隙間に顔を入れドアの隙間から中を覗きながら、彼等に話し掛けた。

 

 

「何だ…麗華か」

 

「脅かすなよ…」

 

「麗華でも知ってるって事は、相当有名って事か」

 

「どういう意味よ。

 

言っとくけど、楓香呉服店じゃ私の家、お得意さんの一人だけど」

 

「嘘?!」

 

「本当。

 

まだ会社が小さい頃から、頼んでたし。私の七五三の着物や浴衣に袴、全部社長直々が作って送ってくれてるもん」

 

「す、スゲェ……」

 

「……あの人」

 

「知ってるの?」

 

「違う」

 

「じゃあ何?」

 

「人間の姿はしてるけど……妖怪だな」

 

「え?!」

 

「あんな綺麗な人なのに?!」

 

「あのねぇ」

 

 

「では、話はこれで」

 

「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

「はい?」

 

「あなた……妖怪、ですよね?」

 

 

ぬ~べ~の一言に、楓はしばらく沈黙したが、笑いながら彼に話した。

 

 

「正解正解…大正解です!先生」

 

「ハァ……」

 

「さすが噂の霊能力先生ですね。

 

もともとは私、風の妖怪だったんです。しかし、着物の美しさに惚れて人として生きる道を選びました」

 

「そうだったんですか……俺の知り合いにも、一人いるんです。雪女で俺に恋して、山から下りてきて……」

 

「そうですか。

 

しかし、ここ(童守町)は居心地がいいですねぇ。いつ来ても」

 

「以前にも住まれたことがあるんですか?」

 

「はい。

 

私、社長になる前はとある巫女の式神をやっていたんです。その巫女には子供がいまして、私が巫女の傍から離れる三ヶ月前に、生まれた赤ん坊……あの子、今はどうしていますかねぇ」

 

「そのご家族は、今もこの童守町に?」

 

「えぇ。確か。

 

ついこないだ、強力な妖と闘って、袴をボロボロにしたから新しく仕立ててくれって、注文がありましたから。私の会社は女性だけではなく、男性の着物も作っていますから」

 

「ハァ……(何ちゅう巫女だ)」

 

「さて、長話して申し訳ありません。

 

それでは、帰らせていただきます」

 

「どうも、遠い所からわざわざ来てくださってありがとうございました」

 

「こちらこそ。私の依頼を受けて下さって、本当に…!!」

 

 

ドアを開けた瞬間、縁に足を躓かせてしまい、楓は目の前にいた麗華を倒してそのまま倒れてしまった。

 

 

「楓さん!」

「麗華!」

 

「痛ってぇ……」

 

「あぁ!ご、ごめんなさい!」

 

 

楓は誤りながら、慌てて起き上がった。その時、麗華の首に掛けられていたペンダントが目に入り、楓は頭を押さえながら起き上った麗華を見た。

 

 

「楓さん、お怪我は?!」

 

「あ、ありません……」

 

「コラお前等!!何盗み聞きしているんだ!!」

 

 

広達を怒っているぬ~べ~を背に、立ち上がった楓は座っている麗華の前でしゃがみ、そっと手を伸ばし彼女の頬を触った。

 

 

「ヒャン!」

 

 

変な声を出しながら、麗華は体を震えさせ頬を赤くしながら、触ってきた楓を見た。楓は頬を撫で続けながら、彼女の目をジッと見ていた。

 

 

「ち……ちょ…ちょっと……

 

頬……さ…触るの…やめ…あひゃん!」

 

「アンタ……名前は?」

 

「へ?」

 

「名前、何ていうの?」

 

「そ、その前に……頬を触るの止めてぇ!!」

 

 

再び会議室に入ったぬ~べ~達……麗華は隣に座っている焔の膝に頭を乗せ、楓に背を向けて横になっていた。ぬ~べ~は二人の真ん中に椅子を置き座り、二人を交互に見た。

 

 

「……凶暴な妖怪じゃねぇことは分かった。

 

その前に……

 

 

麗に何しやがった?!お前はぁ!!」

 

「ただ頬を触っただけです。そしたら、その子が勝手に気絶して」

 

「阿呆!!

 

コイツは生まれた時から、頬が弱点なんだ!!」

 

「そうなの?

 

私、人の頬を触るのがつい癖で」

 

「その癖どうにかしろ!!」

 

「フフ……

 

そうやって怒鳴る所……迦楼羅そっくり」

 

「……?」

 

「あなたは顔立ちとその目つき……輝二そっくり。けど、性格は優華似かしら」

 

 

楓の言葉に、麗華は起き上がり彼女の方に顔を向けた。楓は笑みを浮かべながら、二人を見つめていた。

 

 

「な、何で父さんのこと知ってるの?」

「な、何で父上のこと知ってるんだ?」

 

「あら、同じ質問?」

 

「私はもう一つ。何で母さんのこと知ってるの?」

 

「あら?本人から聞いてないの?私の話」

 

「聞いてない」

 

「じゃあ、自己紹介してあげる。

 

私は楓。優華……あなたのお母さんの元式神」

 

「……へ?!」

 

「そんな驚くことないでしょ?」

 

「驚くわ!!

 

だって、母さんの式神は真白だけのはずじゃ」

 

「私は優華が小さい頃に、式にしてもらった風の妖怪よ」

 

「そうなの?」

 

「俺に助けを求めるな!」

 

「それじゃあ、今日泊まる予定だったホテルキャンセルして、アンタの家に泊まろ!」

 

「断る!!」

 

「何でよぉ!」

 

「アンタが式神だなんて、私初耳だし!」

 

「そんなに言うなら、病院行って優華に聞いて見ればいいじゃない」

 

「いねぇよ!母さんは、五年前に死んだわ!!」

 

「え?!何よそれ!」

 

「とにかく!家に入れないから!」

 

「入ります!」

 

 

しばらく言い争っていた二人だが、焔が龍二に楓を合わせるという考えに、賛成し二人は学校を出て行った。

龍二の学校に来た楓は、丁度校門から出てきた彼に駆け寄り抱き着き、頭を雑に撫でまくった。龍二は楓の手を抑えながら、彼女を離した。

 

 

「楓?!何でお前が?!」

 

「やっぱり!アンタは覚えててくれたんだね!」

 

「当たり前だろ?お前には世話になったんだから」

 

「しかし、お前は段々輝二に似てきたな!学生時代の輝二にそっくりだ!」

 

「あのなぁ……?

 

何で麗華が、楓と一緒なんだ?」

 

「この女が、鵺野に用があって学校にぃ~!」

 

 

喋っている麗華の頬を、楓は抓りながらもう片方の手で空いている頬を撫でた。

 

 

「私は楓よ!ちゃんと名前で呼びなさい!

 

それから、鵺野先生はアンタの担任でしょ?ちゃんと先生を付けなさい!」

 

「わ、分かったから!!早くはな…あひ!」

 

 

手を離した途端、麗華は腰が抜けたかのようにその場に座りかけた。そんな彼女を焔は慌てて後ろから支え立たせた。

 

 

「相変わらず、麗華の頬を触るんだな」

 

「だって、プニプニしてて気持ちいんだもん!」

 

「ハハハ……」

 

「さぁて、龍二の確認も取れたしお家、帰りましょ!」

 

「何だ?泊まるのか?」

 

「もちろん!久しぶりの帰郷だわぁ!丙元気?」

 

「あぁ!」

 

 

楽しそうに話しながら、龍二は楓と共に先を歩いて行った。二人の後を麗華は、焔と共に追いかけて行った。

 

 

家に帰ってきた麗華達は夕飯を食べ終えた後、龍二は押入れから麗華と自分のアルバムを出し広げた。

 

 

「ほら、麗華おいで」

 

「?」

 

 

手招きされた麗華は、食べていた団子を口に入れながら、龍二の元へ行き一緒にアルバムを見た。それは髪を一つに結った楓と、彼女に抱かれている赤ん坊の自分だった。

 

 

「これ……」

 

「楓がいた頃の写真だ」

 

「え?これ、母さんじゃないの?」

 

「違うよ。

 

これは楓だ。楓はお袋がガキの頃に式にした妖怪で、それからずっと一緒にいたんだ。だから親父の事もよく知ってるし、もちろん迦楼羅や弥都波の事も以前話した、親父の式だった暗鬼の事も知っているんだ」

 

 

一ページ一ページに貼られている楓と自分の写真……まるで母親の様な顔をしながら、自分を抱き頬を擦っていた。

 

 

「けど驚いたよ本当に。

 

あんな小さかった麗華が、こんなに大きくなってたなんてさ」

 

「楓が麗華と別れたのは、生まれて三か月たった後だったもんな。けどよく分かったな?麗華の事」

 

「首に提げてるペンダント見て、すぐに分かったよ。そのペンダントは優華しか持っていないんだから、アンタが持ってるってことは優華の子供。あの女が他人にあげるはずがないしね」

 

「まぁな」

 

 

昔話に火を点けた龍二は、楓と楽しそうに話を続けた。麗華は彼からアルバムを取り、見返した。優華に抱かれている赤ん坊の自分……楓に抱かれたり、龍二の膝の上に乗せられ、ご機嫌そうに笑っていた。他にも遊びに来た輝三が不器用そうに自分を抱っこし、それを面白そうに龍二が大笑いし、彼に釣られて優華と楓も笑っている写真やもう一人の赤ん坊と一緒に映る写真があった。

 

 

「しかし……運命とは残酷なものだな」

 

「?」

 

「まさか、優華が死んでいたなんて……」

 

「死んだのは、五年前……

 

ある妖怪と戦って」

 

「……そうか。

 

全く、輝二もだけど優華も自分の命をちゃんと大事にしないで、こんな可愛い子供二人を置いて先に逝っちゃうなんて……」

 

 

酒が入ったのか、楓は後々から愚痴愚痴と、死んだ二人の文句言いだした。そんな楓を、麗華アルバムに目を向け、優華と一緒に映る楓を見た。二人はまるで姉妹の様にして、並んで木の前に立っていた。

 

同じ黒髪……今と変わらない顔立ち……

 

 

(……何で、同じなんだろ……

 

姉妹なら、分かるけど……)

 

 

 

 

翌日……

 

 

楓が呼んだ車は、ぬ~べ~と麗華、龍二を乗せ、和風に建てられたビルの前で止まった。

 

 

「スゲェ……」

 

「楓の会社、スゲェなぁ」

 

「で?

 

何でお前等まで、来たんだ?呼ばれたのは俺だけだぞ?」

 

「昨日の夜、楓が来てほしいって言ったもんで」

 

「だから来たの。悪い?」

 

「っ……」

 

「それに二人は、私の一番のお得意さんだから。ね!」

 

 

後から出てきた楓は、二人の方に肩を組むようにして腕を置いた。そんな彼女の腕を、麗華は振り払い傍にいた焔と共に先を歩いた。

 

 

「何が気にくわねぇんだ?アイツ」

 

「麗華の奴、どうかしたのか?」

 

「楓が家に来てから、妙に機嫌悪いんだ。

 

何聞いても、『別に』とか『悪くない』とかしか言わなくて」

 

「お前の事だ。何かしたんじゃないのか?」

 

「阿呆教師に言われたくない」

 

「己ぇ!!」

 

「先生ほら、早く中に入ってください!」




先を歩いていた麗華は、敷地内にあった池の鯉を眺めながら、優華を思い出した。


(何で……同じなんだろ。


何で……)


麗華は訳の分からない怒りの感情を心の中でぐっと抑え、ビルの中へ入った龍二達の後を追った。

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