地獄先生と陰陽師少女   作:花札

111 / 174
「梓は、この地に来る前……

一緒にいた……兄貴の女だ」

「牛鬼の?」

「安土、その梓と牛鬼の関係は?」

「……

大事な女だ。兄貴が愛した人間の恋人」


二人の過去

二人が生まれた故郷は、山に囲まれた場所だった。昔から山に住み着く妖怪として、人間に恐れられていた。だがある日、二人の親は人の手により殺され、残された二人は人の目から隠れるようにして、山にヒッソリと暮らしていた。

 

 

そんな日々がもう何十年も続いたある日……

 

あの日。

 

 

雨の日、山で遭難した女を牛鬼は見つけた。足の至る所に傷があり、着ていた着物はボロボロになっており、乱れた髪を下ろして女は気を失って倒れていた。

気を失っている女を、牛鬼は抱え自分達の住処へと連れて行った。

 

 

『人間なんて連れてきて、どうすんだよ……

 

親父とお袋を殺した人間だぞ!!』

 

『そんなの百も承知だ』

 

『じゃあ何で?!』

 

『……』

 

 

安土に何も答えず、女の怪我の治療した。

 

それから月日は流れたある日……

 

 

『……ウ』

 

 

女はゆっくりと目を覚ました。彼女が目覚めたのに気付いた牛鬼は、人の姿となり近寄った。女は彼に怯え立ち上がり、ふらつく足で奥へと逃げ身を縮込ませた。

 

 

『……怯えなくても、俺は何も』

『来ないで!!

 

私に近寄らないで!!』

 

 

大声を発して女は震えた。牛鬼はそんな女に近寄り、隣に座り震える彼女を抱き寄せた。女は震えていたが、それは次第に収まり牛鬼にしがみつき泣き出した。

 

丁度そこへ安土は帰宅し、その光景を静かに眺めていた。

 

 

 

「その助けた女が、梓か?」

 

「……うん。

 

 

初めは凄く怯えて、牛鬼から離れようとしなかった。

 

ずっと牛鬼の傍にいた……でもだんだん、心開いて牛鬼の傍にいなくても怯えなくなったんだ。牛鬼は梓が気に入ってずっと、一緒にいるって約束したんだ」

 

「……しかし、人の寿命は我々と違う」

 

「違ぇよ……梓は歳を取って、死んだんじゃねぇ……」

 

「?」

 

「……裏切ったんだ……牛鬼と俺を」

 

「裏切った?」

 

「どういう事だ?」

 

「……山で遭難してたのは、確かだった。

 

けど……遭難した理由が……俺等二人を生け捕りするためだった」

 

「生け捕り?!」

 

「村の奴等が、俺等を山から追い出すためにやったんだ。

 

梓は、その村人の仲間だったんだ。俺等を捕まえた梓の顔……あいつの顔は今でも忘れねぇ」

 

 

 

『梓……お前』

 

 

村人に囲まれ、その中の男に抱き寄せられていた梓は、縛られた牛鬼と安土を見て、不敵に笑っていた。

 

 

『ずっと……ずっと、俺と一緒にいてくれるって』

 

『あんなの、嘘に決まってるじゃない。

 

誰がアンタみたいな、妖怪なんかと』

 

『梓……』

 

『演技すんのも、大変だったわ。

 

じゃあね……牛鬼』

 

 

固まった牛鬼の脳裏に、梓と過ごしてきた思い出が次々に蘇った。だがそれは全て嘘だった……悲しみが怒りへと変わり、牛鬼は姿を変え村人達を襲った。それは安土も同じくして姿を変え、彼と共に村人達を襲った。

 

一人残らず殺していき、村を壊し変わり果てた梓を前に、牛鬼は人の姿になり彼女を見下ろしていた。

 

 

 

「村人を全員……殺したのか」

 

「怒りに任せたから、よく憶えてない……

 

それからは、山を出てずっと旅してた。けどある場所に行き着いた時、攻撃されて大怪我を負った。深傷だった兄貴を支えて歩いて……着いた場所が」

 

「俺等の神社か……」

 

「……力尽きて、近くの木に凭り掛かって座ってた。もう死ぬんだと思ってた……冷たい風が、俺達の体を容赦なく冷たくさせた……

 

 

そんな俺等を、助けてくれた……麗華は」

 

 

木に凭り掛かり座る牛鬼と安土は、虫の息で生き延びていた。

 

 

『麗!!待て!!』

 

『待たないよぉ!!』

 

 

子供の声が聞こえ、二人は顔を上げた。茂みから現れたのは、赤いマフラーを巻き大きめの羽織を腕に通した幼い麗華だった。

 

 

(……人の子か)

 

『……

 

 

飲む?』

 

『……』

 

 

肩から提げていた水筒から、湯気の立ったお茶を備え付けのコップに注ぎ、差し出した。牛鬼と安土は彼女と差し出したコップを交互に見ながら、震えている麗華の手を掴み交代でコップのお茶を飲んだ。

 

 

「焔、お前が傍にいながら」

 

「仕方ねぇだろ……あん時、鬼ごっこして遊んでたら見失って……」

 

「さすが馬鹿犬」

 

「んだと!!」

 

「喧嘩すんな!!

 

 

安土、続けてくれ」

 

「麗華は……俺等の怪我が治るまでの間、ずっと傍にいてくれた。

 

俺等二人の絵を描いたり、自分の話をしてくれたり……楽しかった。麗華と一緒にいると……」

 

「……」

 

「怪我が治ったある日……牛鬼は麗華と一緒にいたいって言い出した。

 

 

俺は……兄貴が幸せになるなら、いいと思った。ずっとそう言い聞かせてた……」

 

 

『一緒に?』

 

 

怪我が治り立ち上がっていた牛鬼は、麗華にそう言った。

 

 

『俺達と一緒に、来ないか?』

 

『……行かないよ』

 

『……』

 

『だって、ここは私の家だもん。

 

離れるわけにはいかないよ』

 

『……』

 

『二人がどっか行っちゃっても、ここでずっと待ってるよ!』

 

 

「俺はその言葉が嬉しかった……

 

けど牛鬼は……」

 

「……それが、あの日か」

 

「……

 

 

お前等二人には、悪いことをしたと思った。俺等は母親を人間に殺されたのに、俺等はその人間と同じ行為をお前等二人の母親にやっちまった……」

 

「……」

 

 

「昔話は終わったか?」

 

「?!」

 

 

そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた牛鬼だった。

 

 

「牛鬼……」

 

「帰りが遅ぇと思ったら、こいつ等に捕まっていたのか……

 

拷問受けて、それで俺等二人の昔話をさせられたってか?」

 

「違ぇよ!

 

俺が自分から」

「黙ってろ」

 

「?!」

 

「神主、さっさと安土の氷を砕け。

 

さもねぇと、巫女の心を粉々に壊すぞ」

 

「……焔、溶かせ」

 

「……承知」

 

 

安土の氷を焔は手から炎を出し溶かした。動きが自由になった安土は、焔達から離れ牛鬼の元へ駆け寄った。

 

 

「返して貰ったお礼に、いいものを見せてやるよ」

 

「いいもの?」

 

 

廊下を誰が歩く音が聞こえてきた。ゆっくりとその音の方に目を向けた。

 

 

「!?」

 

「牛鬼、この人達は知り合い?」

 

 

現れたのは、赤み掛かった茶色の髪を長く伸ばし赤い目を開いた梓の姿だった。

 

 

「まぁな」

 

「兄貴、まさか」

 

「あぁ……梓さ」

 

 

梓は牛鬼の傍へと行き、彼の腕を掴み寄った。安土は恐怖に見舞われたような表情で二人を見ていた。

 

 

「……牛鬼、その女はどうした」

 

「どうしたって……創ったんだよ。

 

お前の大事な、桜巫女の心を取って」

 

「っ……」

 

「氷術氷棺!!」

 

 

牛鬼目掛けて、氷鸞は手から氷を放った。牛鬼は梓を抱えその場から飛び、氷の攻撃を避けた。

 

 

「氷鸞!!」

 

「雷光!風」

 

「承知」

 

 

怒鳴る龍二を差し置いて、焔の指示に雷光は風を出しその風に乗って焔は手から炎を出した。その攻撃を、牛鬼に支えられていた梓は、手から糸を出し盾を作り防いだ。

 

 

「?!」

 

「……よくやったよ。梓」

 

 

牛鬼に褒められた梓は、笑顔を浮かべながら彼に抱き着いた。

 

 

「牛鬼……

 

 

やっぱり、間違ってるよ!!なぁ、もう辞めようぜ?こんな事!」

 

「……」

 

「こんな事したって、麗華は喜びはしない!!

 

お前はただ……ただ……

 

 

麗華の笑顔が見たかったんだろ!?その笑顔のまま、自分の傍に……!!」

 

 

話していた安土の腹に、梓は手から毒の槍を出し彼の腹を貫いた。安土は口から血を吐き出し、梓は彼の腹から槍を抜き取り落ちていく彼を見下ろした。

 

 

「……うるさいのよ。

 

邪魔するなら、容赦しないわ」

 

「……」

 

 

落ちていく安土を焔が間一髪受け止め、梓達を見上げた。牛鬼は顔を固めて、血塗れになった安土を見下ろしていた。そんな彼に、梓は笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「これで邪魔者はいなくなったわ。

 

牛鬼、早く住処へ戻りましょう」

 

 

梓に言われ、牛鬼は彼女を抱え背を向け住処へと帰って行った。




傷を負った安土を抱えた焔は、地面へと降り立った。


「酷い怪我だ……龍二、すぐにでも治療を」

「分かってるよ。早くそいつを保健室に」


保健室へと入った龍二達は安土を床に寝かせ、近くにいた丙がすぐに治療を行った。


「かなりの深傷だ……」

「治りそうか?」

「ギリギリの範囲だ。


そもそも、こんな奴妾は助ける気などない」

「そう言うな。

麗華を連れて来たのはそいつだ」

「……」


その時、保健室に備え付けられていたカーテンが開き、中から玉藻が姿を現した。


「麗の様子は?」

「体には目立った外傷はありません。

今、眠っているのは催眠術に掛かってる……とでも言っときましょう」


置かれているベッドの上で麗華は眠っていた。連れて行かれた当時の入院服に身を包み首には、先程鎌鬼が掛けてくれた勾玉が提げられていた。


(麗華……)

「ここに置いとくのも何だし……どこか場所を移した方が」

「安土は家に連れて帰る。雷光、治療が終わったら安土を運んでくれ」

「承知」

「麗華は茂さんの病院に連れて行く。いつでも戻ってこれるように、病室の窓を開けておくって言ってたから。

焔は俺等と一緒に来い。丙と氷鸞丙が安土の治療が終わり次第、雷光と一緒に家に戻ってろ。もちろん鎌鬼も」

「分かりました」
「承知」
「分かった」


眠っている麗華を持ち上げ、龍二は外で待っていた渚に乗り、彼に続いて焔は狼へと姿を変え外へ出た。


「龍二、手伝うことがあればまた頼め」

「何とかな……

時期に輝三が戻る。そん時になったら牛鬼を倒しに行く」

「……」


渚の体を軽く蹴り、それを合図に渚は飛び立ち彼女に続いて焔も飛び立った。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。