地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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三人の証

お昼を済ませた後、輝三は用があるという事で、表へと出た。

 

 

一人残った麗華は、持ってきていたソーイングセットを出し、作りかけのマスコットを作り出した。

 

 

「何作ってんだ?」

 

「内緒」

 

「何だよ……

 

程々にしろよ」

 

「うん」

 

 

焔は一つあくびすると、目を閉じ眠りに入った。

 

 

“チリーン……チリーン”

 

 

鈴の入った手鞠をつく朝木。

 

 

『朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』

 

『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

 

皆の心を癒やしてあげて』

 

 

ふとその言葉を思い出した朝木は、壁に立て掛けていた錫杖に目を向けた。

 

 

(……私にはもう、心を癒やす力など持っていない。

 

これから、どうするべきか)

 

『お前と雷光は死なないだったら残った麗のガキと俺のガキを守ってくれ。ずっと……この先。

 

自分達が死ぬまで』

 

(……)

 

『朝木は、優しいね』

 

 

朝木の脳裏にふと、麗華の笑顔が蘇った。短い間だったが彼女と共にいる時、とても楽しかった。今まで何人もの少女と過ごしていたが、これ程心に残るような少女はいなかった。

 

 

(……あの子の笑顔を、もう一度……もう一度)

 

 

 

マスコットを作る麗華。縫い終わり糸を切り、出来ていたもう二つのマスコットと並べた。

 

 

(出来た……後は紐を通して、ペンダントみたいにすれば……

 

?)

 

 

窓ガラスが風で鳴り、麗華は顔を上げ窓を見た。

 

 

(……誰だろ)

 

 

立ち上がり、肩に掛けていた掛布団を取り出た麗華は、窓を開け外を見た。その時、強風が吹いたかと思うと、麗華は宙に浮きそのままどこかへ連れて行かれた。

 

 

目を開ける麗華……

 

洞窟の中におり、手足が氷で固められ、身動きが取れなくなっていた。

 

 

(……油断した。

 

まさか、最後の最後になって……妖怪にさらわれるなんて)

 

 

「お目覚めですな?」

 

 

洞窟の出入り口に、その声の主はいた。

 

 

「……誰?」

 

「雪男……とでも言っとくか。

 

テメェをさらえば、あの阿呆鳥を誘き出せると思ってな」

 

「誘き出す?何で」

 

「雪を降らして貰わねぇと、俺がこの山に住めなくなるからだ。

 

せっかく、住み心地のいい山見つけたんだ」

 

「……だからって、私をさらうな。本人に言え」

 

「断られちゃ困るんでな」

 

「……どうでもいいけど、この氷溶かしてくれない?

 

私、逃げないから」

 

「そりゃあ駄目だ。変な行為されちゃ、困るからな」

 

「変な行為って……」

 

「とにかく、大人しく」

 

 

“ビュー”

 

 

「?」

「来たか」

 

 

そこに立つ、黒い影……錫杖を手にした朝木が立っていた。

 

 

「朝木……」

 

「どう言うつもりかは知りませんが……その子を返して貰いましょうか」

 

「そんじゃ、またこの山に雪を降らせろ。そしたら返してやる」

 

「……もう雪を降らすつもりはありません。

 

私はもう、この村から出て行きます。あなたもこの地を去り、別の地で」

「うるせぇんだよ!!」

 

「?!」

 

「この山を離れろだ?

 

せっかく、住み心地のいい山見つけたんだ!さぁ、早く雪を降らせろ」

 

 

持っていた短剣で、雪男は麗華の頭を掴み、首筋に当てた。すると朝木は、手から氷の息を出し彼女の首筋に当てていた短剣を凍らせた。

 

 

「な!」

 

(スゲェ……)

 

「これ以上、その子に手を出すというのであれば……あなたを氷漬けにします。永久に」

 

 

鋭い目付きで朝木は静かに、雪男に言った。雪男は震えだし、麗華の氷を解かすとすぐさまその洞窟から立ち去り、どこかへ行ってしまった。

 

氷から解放された麗華は、朝木に飛び付いた。朝木は飛び付いてきた彼女に驚きながらも、そっと頭に手を置き撫でようとした時、麗華は彼の手を握った。

 

 

「?」

 

「……やっぱり」

 

「……あの」

 

「朝木だったんだ。私の熱、冷ましてくれたの」

 

「……」

 

「ありがとう!」

 

「……」

 

「ねぇ、朝木さえよければ……私の式神にならない?」

 

「式神?」

 

「私が死ぬまで、ずっと守り続ける……それが、式神の役割。

 

私、アンタが気に入った」

 

「……」

 

「それに私の家、琵琶あるからいつでも弾けるよ」

 

「……

 

 

明日でもよろしいですか?そのご返事」

 

「うん!」

 

 

朝木は鳥の姿になり、麗華を送り届け自分の住家へ戻った。

 

 

その夜、朝木は夢を見た。水の中をフワフワと飛んでいると、どこからか懐かしい声が聞こえ、声の方に顔を向けるとそこにいたのは、桜の簪を着けたかつて自分が愛した女性だった。

 

 

『朝木……ありがとう。私の約束、ずっと守ってくれてたんだ』

 

「あなたがくれたお言葉が……嬉しく、それに応えたかったんです」

 

『フフ……朝木らしい。

 

 

でも、もういいのよ』

 

「?」

 

『朝木には、もう琵琶はない……けど、それは新しい道を見つけたってことよ』

 

「……」

 

『新しい人が見つけたんじゃない?私と同じくらい、大事な人が』

 

「……しかし」

 

『朝木……もういいのよ。

 

私は、ずっとあなたの事見てた。それで分かった……』

 

「……」

 

『あなたは、あの子と一緒にいると、いつも笑ってる。まるで私と一緒に過ごしていたかのように……ううん、それ以上に』

 

 

その言葉に、朝木の眼から涙が流れてきた……涙を流したのは、いつ振りだろう。すると女性は姿を変え、年老いた姿になり、皺くちゃになった手を伸ばし朝木の眼に溜まった涙を拭いた。

 

 

『泣かないでください……私は、あなたと一緒にいられて、とても幸せでした。

 

今度は、あなたが幸せになってください』

 

 

満面な笑みでそう言うと、女性は泡となり姿を消した。

 

 

「……」

 

 

そこで夢は終わり、朝木は目を覚ました。目には泣いた後であろう、乾いた涙があった。

 

 

『今度は、あなたが幸せになってください』

 

 

女性が見せた最後の笑顔……その笑顔は、どこか麗華の笑顔と似ていた。錫杖を持ち外へ出ると、外は朝陽が昇り辺りは明るくなっていた。

 

 

車から降りる麗華。

 

村を離れ、町役場の人に駅まで送ってくれたのだ。輝三は送ってくれた男性に礼を言いながら、荷物を受け取りその車を見送った。

 

 

「切符を買ってくる。ちょっと待ってろ」

 

「うん……」

 

 

輝三は切符売場へ行くと、麗華は字が書かれた紙を手にしながら、空を見上げた。

 

 

(……朝木)

 

「結局、来なかったな……あの阿呆鳥」

 

「……?」

 

 

冷たいそよ風が吹き、麗華はハッと顔を上げた。そこに降り立つ見覚えのある姿……僧侶の格好をし水色の髪を下ろし笠を被り、手に錫杖を持った男。

 

 

「朝木!」

 

 

その姿を見た麗華は、朝木に駆け寄りそのままの勢いで飛び付いた。朝木は飛び付いてきた麗華を受け止め、彼女を自分から離し、前で膝を付き頭を下げた。そして手から氷、錫杖から水を出した。

 

 

「生涯、あなたに仕えることを、この氷と水に誓います」

 

「朝木……」

 

 

手に持っていた紙を掴み麗華はお経を唱えた。すると朝木はその紙の中へと、煙のように吸い込まれていった。朝木を吸い込んだ紙は、術式が書かれ人型の紙へと変わった。

 

 

「雷光の時と一緒……」

 

「雷光も出して、顔合わせしようぜ」

 

「うん!

 

朝木!雷光」

 

 

紙を投げ、雷光と朝木を出した。雷光は人の姿のまま現れ、目を開け隣にいた朝木に驚き焔を見た。

 

 

「新しい仲間だ。いろいろ教えてやれよ、先輩」

 

「は、はぁ……」

 

「あぁ、そうだ。

 

改めて自己紹介させてもらう。俺は焔。白狼一族のもんで、火の術を得意とする」

 

「某は雷光と申す。雷と風を得意としする。何卒よろしくお願いする」

 

「こちらこそ」

 

「今日から、よろしくね。朝木」

 

「……」

 

「朝木?」

 

「あの……

 

名前、変えて貰いませんか?」

 

「え?」

 

「『朝木』は……確かに私の名前ですが……

 

今ここにいる私は、もう朝木でも何でもありません」

 

「……いいよ。

 

考えてた名前、あるし」

 

「へぇ、どんなのだ?麗」

 

「氷鸞!」

 

「ひょう……らん?」

 

「うん!

 

 

氷の神で、姿が鳥でしょ?だから」

 

「……」

 

「気に入らなかった?」

 

「い、いえ!

 

気に入りました……ありがとうございます」

 

「じゃあ、これからは氷鸞ね。よろしく!

 

 

私のことは麗って呼んで構わないから」

 

「ハイ……麗様」

 

(様って……)

 

(こりゃあ、雷光より面倒くせぇ)

 

「それより、焔。

 

あなた、昨日主が危険な目に合っていた時、どこで何をしていたんです?」

 

「!

 

そ、それは……」

 

「全く、これだから馬鹿は」

 

「!!んだと!!」

 

「何です?バカをバカと呼んだだけですよ?バカ犬さん」

 

「この!!阿呆鳥!!もういっぺん、言ってみろ!!」

 

「何度でも言いますよ?バカ犬さん」

 

「喧嘩は駄目!

 

ほら、これ上げるから、仲直り」

 

 

喧嘩する二人の間に入り、麗華は来ていたコートのポケットから色の違う桜のマスコットを取り出した。

 

 

「麗……これ」

 

「お守り。三人が私の右腕だっていう証」

 

「……」

 

 

それぞれのマスコットを手にしながら、三人は互いの顔を見合わせた。焔には赤い桜のマスコットを、雷光には黄色い桜のマスコットを、そして氷鸞には青い桜のマスコットをくれた。

 

 

「アンタ達……しっかり、私を守ってね。

 

そして、ずっと一緒にいてね」

 

 

笑顔で、麗華はそう言った。三人はしばらく固まっていたが、マスコットを握り締め彼女に抱き着いた。

 

 

そんな光景を、輝三は竃と共に静かに見守った。




雪山の奥にある洞窟……

そこは、かつて『朝木』という、守り神が住んでいた場所。

けどそこには、もう誰も住んでおらず、中にあるのは生活環に溢れた家具が残されていた。


そして部屋の中心に置かれていた机には壊れたハープと鈴の着いた簪、そして氷でできた一輪の花が添えられていた。

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