地獄先生と陰陽師少女   作:花札

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「早い!早ーい!!」


巨鳥の姿になった朝木の背中に乗った麗華は、猛スピードに快感していた。その後ろを焔が何とか追い駆けていった。


(私のスピードで、笑う人の子なんて初めてだ……

ほとんどの子が、このスピードに怖がりましたのに)

「ねぇ、朝木!」

「はい?(呼び方もまた……)」

「どこに向かってるの?住処はこっちじゃ」

「あそこは、私と贄になった少女達の住処です。

本当の住処は、あの山の洞窟です」

「へぇ……私以外の贄は行ったことあるの?」

「いえ……皆、あそこに住ませておきました。この寒さです……とても、私の住処に連れて行けないと思いまして」

「……?あれ、私は?」

「後ろから来ている、犬さんと一緒に居れば大丈夫かと思いまして……

それにあなたは、あの男性と離れても泣き喚いたりしておりません。連れて行こうとした少女達は皆、離れたくないなどと言って泣き喚いてましたのに」

「輝三のこと?全然平気だよ。

それに私、六歳の頃お兄ちゃんと離れて暮らしてたし」

「……」

「私ね、母さんが死んですぐに知らない家に引き取られたんだ。そこの人達、朝木みたいな妖怪を信じない奴等でさ……」


フラッシュバックで島に居た頃の記憶が蘇った。体に出来た傷はきれいに治っても、心の傷は治らなかった。
その事を思い出した麗華は、朝木の背中を強く握り締めた。


「……だから朝木の気持ち、少しは分かるよ」

「……?」


突然、朝木はスピードを落とし、そして止まった。


「朝木?」

「……いったい、私の森に何の用です?」


目の前にいたのは、ハープを背負い笠を被った男が朝木をずっと見ていた。


「琵琶法師が、今度は女遊びですか」

「……何用かと聞いているのです」

「あそこの村の住人が欲しいのですが……」

「別に構いません。

あなたがあの者達を煮て食おうが焼いて食おうが、私には関係ありません」

「……そうですか」


すると男は、朝木の背中に乗っていた麗華に目を付けた。麗華は身を縮込ませ彼の後ろに隠れていた焔に乗り移った。


「この少女は私のものです。狙うのであれば、容赦はしません」


鋭い目付きで男を睨みながら、朝木は強く言った。男は風を起こし吹雪と共に姿を消した。


「……ねぇ」

「?」

「私、いつからアンタのものになったの?」

「……」

「阿呆鳥、テメェ……」

「……成り行きです」


それだけを言うと朝木は飛んで行き、その後を二人はついて行った。


傷付いた氷

村長の家の窓から再び降り出した雪の空を、輝三は煙草をすいながら見上げた。

 

 

「また降ってきやがった」

 

「刑事さん……そこは寒いです。こちらでお茶でも」

 

「悪いが、うちの姪っ子をさらった奴等の茶なんざ飲めねぇ。毒でも仕込まれいたら終わりだからな」

 

「……すいません。

 

うちの主人や村の人達が」

 

「アンタ……ここの村の奴じゃ」

 

「……違います。

 

私は三十年前、十歳年上の今の主人と結婚しこの村に住み始めました。

 

 

子供は、自立し村から離れていきました。そして、私も一度は離れました。

 

しかしどうしても、主人が心配でまたここへ」

 

「……」

 

「朝木様の話は昔から聞いていました。

 

一時期ですが、私はこの村を出るまでの間、ずっと朝木様の祠にお供え物を置いていました。時には祠をお掃除したりして……せめてもの罪滅ぼしと思いまして。

 

 

刑事さん、本当に申し訳ありません。あなたの大事な姪っ子を……贄に出してしまって……」

 

 

奥さんは泣き出し、ポケットからハンカチを出し涙を拭いた。輝三は煙草を灰皿に起きながら、口を開いた。

 

 

「……心配すんな」

 

「?」

 

「アイツなら平気だ。

 

アイツは人から迫害された妖の味方だ。人には心を開かないが、妖には心を開く……そんで頑なに閉じた妖の心を静かに開けてくれる……そういう奴さ」

 

「……」

 

「だから、心配すんな」

 

 

深々と雪が降り続く中、辺りは次第に暗くなり夜を迎えた。

朝木の住処へ着いた麗華は、焔から降り住処へと入っていった。朝木は鳥から人の姿へと変わり彼女に続いて住処へと入った。

 

 

中は昔の服であろうか、麗華が着ている服と似たような服がいくつもあり、台代わりに使っている岩の上には日本人形が置いてあり、その傍には赤い手鞠が転がっていた。そしてその奥には埃を被った琵琶が立て掛けられていた。

 

 

「何も無くて、ビックリしました?」

 

「うんうん。

 

ねぇ、琵琶弾いてよ」

 

「!」

 

「ねぇ、聞かせてよ。琵琶」

 

「……弾く気はありません。

 

というより、もう弾くことはありません」

 

「え?何で」

 

「あなた、本をお読みになったのでしょ?だったら……?」

 

 

足元がふらつき麗華は、朝木に凭り掛かるようにして倒れた。倒れた彼女を朝木は支え、それを見た焔は慌てて麗華に駆け寄った。

 

 

「麗!」

 

「大丈夫……大丈……夫……大」

 

 

朝木に支えられた麗華は、力無く座り込んだ。心配した焔は彼女の額に手を当てると、熱がぶり返していた。

 

 

「麗……」

 

「大丈夫だよ……

 

少し熱が……出た」

 

 

言いながら麗華は意識が無くなり、倒れてしまった。

 

 

「麗!!」

 

「薬草を採りに行ってきます。後は頼みました」

 

 

倒れた麗華を焔に渡し、朝木は出て行った。麗華を抱えた焔は敷かれていた木の葉の布団の上に寝かせた。熊の毛皮で出来た掛け布団を掛けた。

 

 

(こいつの暮らし……山で暮らす人みたいだな)

 

 

空を飛ぶ朝木が向かっていた先にの森には、太陽の日差しが差し込みそこだけが、まるで別世界になっていた。

そこに降り立った青年は、奥へと行き薬草を採りに行った。

 

 

『朝木様……いつも素敵な演奏をありがとうございます』

 

『朝木様の琵琶は、とても綺麗な音色ですね』

 

『朝木様!これあげる!感謝の気持ち』

 

 

朝木の頭に蘇る数々の記憶。琵琶を弾き村人達を癒やし続けた。だがある日、それは変わった。突然捉えられ牢にぶち込まれ、無理矢理弾かされた……弦が切れたと言っても弾けと言われ、指が血塗れになっても、弾けと言われた。弾けなければ、暴力が待っていた。

 

 

『速く逃げてください!朝木様!』

 

 

どこの誰かも分からない者が、牢の鍵を開けてくれた。

 

 

「……」

 

 

目を覚ます朝木……薬草を摘み、住処へと戻り焔と共に麗華の看病をしている最中に眠ってしまっていた。麗華の傍には狼姿になった焔が、彼女のに寄り添うようにして眠っていた。

 

 

(……嫌な夢)

 

「ゲホゲホゲホゲホ!」

 

 

咳をしながら麗華は起き、枕元で寝ていた焔にしがみついた。焔は目を覚まし、しがみついてきた麗華の頬を舐めた。

 

 

「本当に保護者みたいですね、あなた」

 

「……俺にも親はいない。

 

だから、こいつの気持ちが分かるんだ。

 

 

アンタには家族とかいねぇのか?」

 

「そんなものはありません……

 

しかし……人を好きになったことはあります」

 

「……」

 

「随分昔のことです。

 

この村へ来る前、私の琵琶を気に入ってくれた女性がいました。琵琶を聞く度に女性は笑っていました。

 

 

しかし、やはり人の子……そんな幸せが続くはずもありません……」

 

「……死んだのか」

 

「老衰ですよ。その子には家族などいなく、私が彼女の死を見届けました……

 

死ぬ間際に、彼女は言いました。

 

 

『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

 

皆の心を癒やしてあげて』

 

 

その言葉を貰い、私は琵琶を持って長旅に出ました」

 

「そして、辿り着いたのがここか」

 

「……その通りです。

 

しかし、人の心は醜いものだとこの村で知りました」

 

「……」

 

「一度傷付いた氷は元には戻りません……」

 

 

「それは人も一緒だよ」

 

 

焔にしがみついていた麗華は、熱で頬を赤くして朝木の方に顔を向けた。

 

 

「麗……」

 

「人も一緒だよ……

 

一度出来た傷は、治りはしないよ……私の傷だって、治ってないよ……」

 

「……」

 

「だから……私は人が嫌い」

 

 

焔の胴に顔を埋め、そのまま眠りに入った。眠った彼女の体に焔は自分の尾を乗せ自身も眠りに入り、朝木も眠りに入った。

 

 

翌日……

 

雨戸を開け輝三は、外の様子を見た。外は昨日より酷い天候になっていた。

 

 

「吹雪になってやがる。

 

(村に来てから、今日で四日目……残り三日で事件は片付くのか)

 

 

?」

 

 

吹雪の中、村に降り立つ黒い影が見えた。輝三は竃を連れすぐに表へと出た。

 

 

表にいたのは、ハープを手に持った男だった。

 

 

「誰だテメェ」

 

「……良い血の臭い。

 

ようやく、この村に復讐が出来る」

 

「?」

 

「氷術……吹雪!」

 

 

男は吹雪を起こし、村を雪で覆い尽くした。家の中にいた村人達は全員、抵抗する間もなく凍り漬けにされた。

 

 

「フー……スゲェ、力だな」

 

「呑気なこと言ってる場合じゃねぇぞ」

 

「だな……竃、行くぞ」

 

 

指を噛み、出していた札に血を付け棍棒を出した。男は手に持っていたハープ弾き始めた。その音色は、復讐に染みた音色だった。

 

 

(何ちゅう音色だ。

 

相当この村に、怨みを持ってるな)




その頃、朝木の住処では……
起き上がっていた麗華の額に、焔は手を置き計っていた。


「……熱は引いたな」

「だから大丈夫だって」

「そうは見えなかったけどな」

「……ねぇ、朝木」

「……どんなに頼まれても、私は」
「舞うから、音を頂戴」

「?!」


驚く朝木に、麗華はずっと持っていた鈴の着いた簪を出し見せた。


「これ、舞の子が着けてた簪だよね」

「……えぇ。

もう随分昔に、この鈴を着け私のために舞をしてくれました」

「だったら、私が舞う。

そんで、アンタは琵琶を弾いて音色を出して。それに合わせて舞ってあげる」

「……」

「舞には音がないとね!」


草布団から起き上がり立ちながら、麗華は自分の髪を纏め上げ鈴の着いた簪を着けながら微笑んで言った。朝木はそんな彼女の顔に釣られてか、微笑しゆっくりと立ち上がり埃を被った琵琶を持った。


「ここでは少々狭すぎます……

私のとっておきの場所へ行きましょう」

「とっておきの場所?」

「はい。付いてきて下さい」


朝木は住処を出て空を飛んでいった。彼の後を麗華は狼姿に変わった焔に乗り付いて行った。

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