『名前が思い出せない』と告げてから彼らと少しばかり話した。本当に楽しそうな人達で、知らず知らずのうちに少女の肩の力も抜けていた。
彼らは
少女はそのVARIAの名前を聞いただけで、その組織がどういった内容の仕事をしているのかは聞かなかった。
彼らが所属しているというVARIAの本部に(ベルフェゴールに連行される形で)訪れた少女はその日、とある一室のソファで眠っていた。
誰かがその部屋に入ったようで、部屋の明かりがついたことで、少女が目を覚ます。
「おっはよー。記憶、戻った?しししっ」
「・・・ベルって、結構サドだよね」
ベルフェゴールとマーモンが少女の眠っていたソファの近くに立っていて(片方は浮いているけれど)、少女の視界に入った。
少女は起き上がって、二人のほうを向いてぺこりと頭を下げた。
「・・・ベルさん、マーモンさん、おはようございます」
そう彼らに向けて挨拶をする。
ベルフェゴールが「おー♪」と返し、マーモンが「おはよう」と返すと、少女はどこかホッとしたように微笑んだ。
実は、昨日の会話で自己紹介を受け、彼女はやっと彼らの名前を把握することができたのだ(ただ、間違って覚えていたらなんて不安が少しだけあったが、杞憂だったようだ)。
名前も知らない人と話すのは少し怖かったから―――そう、思った時、少女は自らの名前すら覚えていないことに気づいた。
(・・・き、気にしないようにしよう!)
そう割り切った少女は、包帯を巻かれた腕をちらりと見やる。
動かすとまだ痛む。昨日、意識を取り戻したばかり程の激痛ではないものの、しばらく行動が制限されてしまうかもしれない。
歩けはした。走ることは無理だろうが、でも――――。
と、考えていると、ベルフェゴールが声をかけてくる。
「そういえば、お前結構ケガしてるから、今日はゆっくり休んどきな」
「・・・すみません」
と、そう少女が頭を下げると、「あら~」と声が聞こえる。
少女が頭を下げると同時に、部屋の中に現れたルッスーリアが近づいてきて、座る少女の肩に手を置いた。
「謝ることないのよ。記憶がないのだったら、今日だけじゃなくて、ずっとここにいたら~?」
「オカマにしちゃぁ良いこと言うじゃん」
ルッスーリアの言葉に、少女は口を開閉させて、なんていおうか戸惑っていると、ベルフェゴールがどこか楽し気に声を上げた。
そんな二人に挟まれながら、困ったように少女が二人を一瞥する。
(嬉しい話だけど、なんでそんなことに―――?!)
イタリアに滞在するなんて、あまりにも無謀じゃないのか。少女はイタリア語なんてしゃべることさえできない。一言二言、知っているくらいだ。
それなのにどうして、とおもった少女はどこか遠慮がちに声を上げた。
「で、でも・・・迷惑じゃありませんか?」
「ボスに許可を取ればいーだけだし。それに、お前がVARIAにいたら、俺うれしーぜ?」
「へっ?!」
ベルフェゴールの予想外の言葉に、少女は顔を赤らめた。
なんてことを言ってくれるのだろうか、と少女が思っていると、マーモンが口をはさんだ。
「とりあえず、僕は反対しないよ。金に関係ないし。・・・でも一応、スクアーロがこいつの情報を持ってくるのとボスが起きるのを待ったほうがいいよ、ベル」
「しししっ、わかってるって」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そのまま、昼になった。
ボスとはいったい誰なのか、スクアーロと呼ばれる人が持ってくる自分の情報って・・・?
不安に思った少女がそわそわと落ち着かない様子でソファに座っていると、マーモンが何かに気づいたか、口を開く。
「どうやらボスが起きたみたいだね」
「・・・へっ?」
マーモンがそう言って、少女が気の抜けた声を漏らすと同時に、部屋の扉が開かれた。
顔に傷のある男が入ってきた。・・・その後ろには、別の男性がついている。
後ろの男性が、少女を視界に入れたらしく、見慣れぬ顔だからか眉を寄せて「むっ?!」とうなった。
「なんだそいつは!まさかボスの命を狙う刺かぐっ?!」
「・・・るせぇ、レヴィ」
男性――レヴィが男に殴り飛ばされる。
男はレヴィを放っておいて、近くの椅子に腰かけた。
「あ、あの・・・誰ですか?」
ルッスーリアの腕をつんつんとつついて、そう聞いた。
彼はうっとりしたような顔で、
「我らがVARIAのボス、
(・・・素敵というか、怖いです・・・っ?!)
フルフルと小さく首を横に振って、心の中でルッスーリアの言葉に返した。
素的なところを探すために、XANXUSをジィッと見ていると、目があってしまった。
(ひっ・・・?!)
身を縮こまらせると、XANXUSが何かをつかんで、それを少女めがけて投げてきたのだ。
少女は目をつむって衝撃に耐えるべく構える。
しかし、聞こえてきたのは金属音。
「えっ・・・?」
「怪我ねーか?」
「は、はい」
ベルフェゴールがナイフを持ってそう聞いてくるので、少女はうなずく。
そんなやり取りの後、XANXUSがベルフェゴールに向けて聞く。
「・・・なんだ、そのガキ」
「えーっと、実は・・・」
そう、ベルフェゴールが説明しようとしたところで、バタバタと駆けてくる音が聞こえた。
「帰ったぞおぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
駆ける音の主は部屋に入った瞬間、大音量でそう叫んだ。
XANXUSが舌打ちをしてから手元の物をひっつかんで叫んだ長髪の男に向けて投げる。
「ぬるいぞぉ!」
それを避けながら、XANXUSの元へ向かう男は、その瞬間に頭をつかまれて床にたたきつけられた。
(なっ・・・?!)
「おー♪」
唐突の展開に、少女は絶句し、隣で見ていたベルフェゴールが愉快そうに声を上げていた。
XANXUSはとどめと言わんばかりに立ち上がり、倒れ伏した形になった男――スクアーロを蹴り飛ばす。
「ぐがぁっ!」
「黙れ、カス鮫」
その一言で片づけられてしまったスクアーロがXANXUSをにらみつけるが、彼は涼しい顔だ。
諦めたのか、スクアーロは立ち上がる。
と、そんな彼にマーモンがふよふよ浮いて近づいた。
「大丈夫かい、スクアーロ」
「あ゛ぁ・・・」
声をかけられて、スクアーロはマーモンのほうを見やる。
「―――五円チョコ」
「オミヤゲのほうかよ!つーかふざけんな、あ゛ぁ?!」
後から付け足されたその一言でスクアーロは眉を寄せ文句を言い、懐から取り出した五円チョコをマーモンに向けて投げつける。
それを受け取ったマーモンは満足そうだった。
「・・・あと、もう一つの土産だぁ」
ベルフェゴールに近づき、その胸に一枚の紙を押し付ける。
受け取り、スクアーロに「なんだよこれ」と問いかける。
「そいつの情報だ」
ベルフェゴールの持つ紙を、近づいたマーモンが読み上げる。
「名前、コチヤ サナエ。年齢・・・住所・・・――――これだけかい?」
そう問いかけると、スクアーロはうなずいた。
「あ゛ぁ。おまけに写真も数枚しか見つからねぇ」
そう付け加えると、レヴィがその言葉に反応した。
「意図的に情報を隠されている、ということか」
「まあ、一般人ではねぇだろう」
少女のほうを見て、スクアーロは付け加えた。
少女は戸惑いがちに、「えっと、あの」と言いよどんでいた。
「どうしたの?」
ルッスーリアが問いかけると少女は声を上げた。
「わ、私の名前ってサナエ、なんですか・・・?」
「なんか、思い出せた?」
「いえ、特には。・・・すいません」
ベルフェゴールに聞かれて、少女は謝った。
そんな少女に対して、ルッスーリアは声をかけた。
「いいのよ。気にすることないわよ、サナエちゃん」
「・・・はい、ありがとうございます」
少女――サナエは、その言葉にお礼の言葉で返すと、顔をほころばせた。
そんな中、XANXUSが部屋を出ていこうとする。
「おい、ボス!結局コイツどーすんだぁ?!」
「勝手にしろカス共。俺は寝る。スクアーロ、酒は後でもってこい」
そう言い残して、XANXUSは部屋を出ていった。
そして、サナエを見下ろして、ベルフェゴールが話を切りだした。
「どーする?サナエ」
「ここにいればいいんじゃない?」
「でも、それだと仕事をされる皆さんの迷惑になりますし」
ベルフェゴールとルッスーリアの言葉に、サナエはそう言う。
しかし、マーモンがそんなサナエに対して、
「でも君、ほかに行くところないだろう?」
「それは・・・」
言われてしまえば、そうだ。
記憶もないまま、日本に戻ったところで結局変わらないだろう。
事情を知っているうで、理解したうえで、住まわせてくれるところといったら―――――。
「じゃーVARIAはいればいいじゃん!」
「あらぁ!それはいいわね~!」
「えぇっ?!」
突拍子もない提案に、サナエは驚く。
それを聞いたスクアーロは頭をガシガシと掻きながら、眉を寄せた。
「それはいいが、ある程度の能力が必要だしな・・・。マーモン、イタリア語と各国の言語をこいつに教えてやれ。三週間ぐらいでなぁ」
「さ三週間ですか・・・」
「ベルは八歳の時、二週間で大体覚えたしな」
横目でベルフェゴールを見やって、スクアーロはそう言った。
サナエも同じほうを向き、目を丸くする。
「す、すごいですね?」
「まーな。だって俺、王子だもん」
得意げにするベルフェゴール。
「そうだな・・・お前が連れてきたんだ、ベル。お前が早苗の教育係やれよ」
「りょーかーいっ。しししっ」
あっさりと決まっていく物事に、サナエは呆然としていた。
(じょ、状況が理解できない・・・)
どうしてこの人たちは見ず知らずの自分を仲間に入れてくれるのだろうか?
サナエはベルフェゴールたちを見やった。
なんて言っていいかもわからないまま、サナエがあわあわとしていると、マーモンがスクアーロに聞いた。
「言語を教えるって言う仕事の報酬は誰からもらえばいいんだい?」
「あ゛ぁ・・・?」
「んー、いくら?」
彼の言葉にスクアーロが反応したが、ベルフェゴールが口をはさんだ。
ベルフェゴールの問いにマーモンは一考して、
「Aランク分の二倍」
「じゃあ王子が払う」
さすがにそれはと思ったサナエがベルフェゴールに向けて、「あのっ」と声を上げて、
「べ、ベルさん、それは私に教えてくださるっていう報酬なんですよね?なら、少しだけでも私が・・・」
「けっこー高いよー?」
「でしたらマーモンさんのお手伝いでも・・・」
「マジ?マーモン、どーする?」
ベルフェゴールに物申すと、彼はマーモンに再び問いかける。
「・・・」
どうするべきか考えているのだろう、マーモンは浮きながら、黙りこくってしまった。
サナエはどうにか要求が通らないかと心の中で祈っていた。
(面倒を見てくださるってだけでありがたいのに、これ以上迷惑なんてかけられませんっ)
その一心だった。
「・・・一か月、毎日三時間ぐらい手伝ってくれたら一割引き。それ以上はまけないから」
マーモンから、条件が提示された。
彼女が今のところやれることといったら、言語学習と体の回復に努めることくらいだろう。
三時間ほど時間がつぶれるくらい、どうってことないはずだ。
「やります!」
そう即答した。
そんなやり取りを見たベルフェゴールが、「しししっ」と笑いをこぼす。
「頑張れよ、サナエ。
ベルフェゴールの言葉に、サナエはうなずいて、今この部屋にいるVARIAのメンバーのほうを向いた。
「みなさん、改めてこれからよろしくお願いします!」
明るい声を上げて、頭を下げてそう言い放った。
VARIAに、新たな一員が加わった。
はて、新しいメンバーである彼女が何者なのか―――――それは、彼女本人ですらわからない。
XANXUSさん、出してしまいました。
いや、N氏と話し合った結果、「一年近く前とかの話じゃない?」みたいな結論に落ち着いたのです。
とりあえず出しましたが、なにかあればご指摘ください。
考えたうえで、XANXUSさんが出るって言うシーンを上手くカットいたします。
とにかく、早苗さんがヴァリアーに配属されました。
ぶっちゃけ黒曜編始まってないのにヴァリアーの描写しちゃっていいのかなー、なんて不安は残りますが、まあ大目に見てくださるとうれしいです。
ではでは、前回も言った通り、次回から黒曜編が始まる予定です!
お楽しみに~!