「偵察隊が、全滅?」
ヒースクリフに呼び出された俺は、思わず驚愕の声を上げた。俺の驚きとは裏腹にヒースクリフは冷静な口調で説明する。
「昨日のことだ。迷宮区のマッピング自体はなんとか犠牲者を出さずに終了した。だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された。そこで我々は五ギルド合同のパーティー20人を偵察隊として送り込んだ。無論、慎重にして行われた。10人が後衛としてボス部屋前で待機、そして残りの10人を前衛としてボスフロアに偵察に入った。だが、ボスが出現した瞬間、入り口の扉が閉じてしまった」
「扉が、閉じた…?」
おいおいマジかよ…。これじゃあ情報もなしにボス戦やるようなもんだろ。
「扉は五分以上は開かず、鍵開けスキルや打撃などをしても無駄だったらしい。そして、ようやく扉が開いた時、部屋の中にはなにもなかったそうだ。10人の姿もボスの姿も」
「転移は、無理だったんすよね…」
自分の案を自分で打ち消す。
「そうだ。今回は結晶も退路も絶たれてしまう構造らしい。ならば、統制の取れる限り大部隊で当たるしかない。君の心あたりのある、尚且つ腕の立つプレイヤーを集めて欲しい」
「俺にそんな知り合いいませんよ。思い当たるのは四人くらいです」
「それもそうだったな。とにかく、あと三時間後によろしく頼む」
それを聞くと、俺は部屋から出よとした。その俺の背中に声が掛かる。
「エイトマンくん」
俺は振り返った。
「なんすか?」
ヒースクリフはいつもの無表情で、こう言った。
「MAXコーヒーを頼む」
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俺は本部から出て、顎に手を当てながら歩き始めた。
で、とりあえず腕の立つ奴を入れろってことか。てか知り合いから当たった方が早そうだ。まずシリカ、リズは論外。あんなの連れていくのはクインマンサにジムで挑むようなもんだ。それも初期ジム。
なら、クライン、エギル、キリト、アスナか…。だが、正直こいつら誘うのは気が引ける。知り合いに「死ぬかもしれないけど、ていうか死ぬけど行こうぜ!」って言うようなもんだ。だから、だから俺は…
「だから、奴等に生きてもらうために誘わないって顔してるな」
「え?」
振り返るとキリトが立っている。えーお前俺の思考読んだわけ?
「当たり?」
「お、おう…ていうかなんで分かるんだよ」
「エイトマンの考えることなんて分かるっつーの。また自分を生贄にしようとか考えてたろ?」
「……」
あぁ、今の俺少なからず目が死んでる気がする。
「俺も手伝う。ただし、俺だけ行くよ。あとは誘わない」
「いいのか?死ぬかもしれないんだぞ?」
「二刀流黒の剣士を舐めてもらっては困るな」
「そうですか…」
「じゃ、当日は俺達二人で」
「楽しそうな相談してるね二人とも」
その瞬間、俺とキリトの肩がビクッと飛び上がる。ロボットダンス並にぎこちない動きで首がギギギと回る。後ろには、アスナ。超ニコニコしてるし…。
「ちょっとお話があるんだけど、来てくれる?」
「「はい…」」
俺とキリトは連行された。
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エギルさんの店の二階。てかここにお世話になり過ぎだろ。他に場所ねぇのかよ。とか思ってると、アスナが俺とキリトの前に立つ。
「正座!」
「「はい」」
俺もキリトもおとなしく座る。
「何のお話してたの?」
で、俺は大方の説明をした。その瞬間、頭にゴチンッ!と拳骨が来る。キリトにもだ。頭を摩ってると、アスナがカンカンの様子で怒鳴る。
「もうっ!どうして二人はそういう考えしか出来ないの!?私だって役に立てるじゃない!それなのになんでもこっそり解決させようとして…!」
「いや、あの違うんですよ…気が付いたらこう…あんなこと口走ってたっていうか…も、もしかしたら心理掌握が…!」
なんて言い訳してたらさらに拳骨。
「喧しい!」
「すいません…」
「とにかく!私も頼ってよ!これでもトップギルドの副団長なんだからね!?それに、もし私の知らない所で二人に死なれたら…私…」
そういって、グズっとしゃくりあげるアスナ。あーあ、泣かしちゃった。キリトはキリトですっごくしょげてるし。
「そうだぜ二人とも!俺だっているじゃねぇか!」
と、クラインが親指を立てる。いやお前なんでいんだよ。
「そんな『なんでいんだよ』みたいな顔すんなエイト!俺だって仲間だろうが!」
しかも、思ったよりするどいし。なんなのマジで。すると、キリトが言った。
「分かったよ。力を借りるぞ二人とも」
マジかキリト。正直俺はそこまで賛成出来ない。ここでトッププレイヤーが全滅したら、それこそ下層にいるプレイヤーの心を折ることになる。そしたら自殺者が増えるだろう。だからそのためにもアスナやクラインには残っていて、俺達のスペアになって欲しかったのだが、少数派に回された時点でいくらごねても無駄だ。
「分かった。ただし、絶対死ぬなよ」
「おう」
「うん」
「ったりめぇだ!」
俺達は、戦うことを決めた。それから、三時間後に向けて全員が準備を始めた。
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三時間後、ボス部屋前に全員集合。結構な人数の中、見たことある奴がいた。
「エギルさん」
「よぉ!」
周りにはキリトやらアスナやらクラインやらがいる。
「なんでいるんですか」
「なに、総力戦って聞いたからな。仕事ほっぽり出してわざわざ来てやったんだ」
「はぁ」
で、ヒースクリフが前に出る。
「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知ってると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。解放の日のために!」
素晴らしい挨拶、ありがたい所だがただの気休めにすぎない。だが、その台詞にプレイヤー達は応える。こーいう人がでかい組織を立ち上げるんだろうな。この人、現実世界ではどんなことしてたんだろ。
ボンヤリそんなこと考えながらヒースクリフを眺めていた。
「では、出発しよう」
で、ボス部屋突入。だが、中には誰もいない。いや人はそりゃいないけど、ボスもいなかった。周りがキョロキョロしている中、アスナが声をあげた。
「上よ!」
ドームの天井に、それが張り付いていた。百足!?虫とかマジ無理!勘弁してください!とか言ってる場合じゃねぇ!全員が全員、固まっている。
「固まるな!距離を取れ!」
ヒースクリフの声で全員が正気に戻るが、真下にいた三人の反応が遅れる。
「おい!なにもっさりしてんだ!早く…」
だが、遅かった。降りてきたボスは両手に付いている鎌を振り回す。それに三人が直撃した。
「なっ…!?」
全員が驚愕する。
「一撃で、死亡だと…?」
おいおいマジかよ。今までとは比べものにならないくらいの化け物じゃねぇか。だが、それ以上に周りが危険だった。みんなビクつき、パニックになってる奴もいる。
その中の一人がボスにロックオンされた。
「ったく!」
エクストラスキルを初っ端から使用した。そいつを蹴っ飛ばしてボスに一人で突っ込む。
「せあぁぁぁぁぁっっ‼︎‼︎‼︎」
そのまま、敵の攻撃をかわしながら確実にHPを減らす。
「おら!エイトに続け!」
クラインの声で、ようやくプレイヤー達が機能する。徐々にHPを減らして行く中、俺の視界が急に暗くなる。
やべぇ!時間切れか…!その瞬間、俺の目の前でガキィィィンッッ!と音がする。
「誰でもいいから彼を下げたまえ!」
ヒースクリフの声だ。流石、伝説の名前は伊達じゃない。そのまま、俺は誰かに後ろに引きずられる。で、目が復活したらまた予知を使うなどと、繰り返していた。
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ようやく、ボスがパキィィンッ!と消えた。ふぅ、終わった…。全員が安堵の声を上げる。だが、それ以前に気になることがある。
「何人、死んだ?」
思わずそう口にしてしまった。キリトが答える。
「…14人」
「うそだろ…?」
クラインから声が漏れた。誰もが疲れた表情をしている中、一人だけ涼しい顔をしている奴がいた。みんなが座り込んでいる中、中央に立ち、平然とプレイヤー達を見下す奴が。そいつのHPは緑ゲージと黄色ゲージのちょうど間くらいの辺り。しかも、奴はこう言った。
「みんな、よくやってくれた。だが次のボスは今回のボスよりも強い。ハズだ。気を引き締めてくれ」
俺はその瞬間、「強い」と「ハズだ」の間に違和感を覚えた。それに、明らかに奴は疲弊しきっていない。まるで、一人でも倒せたかのような顔をしている。そもそも、HPがあいつだけ緑から下回ってないのも気になる。視界の消えた俺を助けたほど無茶をしていた癖に。
こいつ、自分のHPを操れるんじゃないか?もしくは、自分が絶対死なない保証でもあるのか?と、そこまで思考が回った時、一つの答えが出た。
こいつは、茅場晶彦か?
そこまで出た時の俺の行動は早かった。剣を抜いて奴に向けて走り出していた。と、思ったらもう一人、同じ行動をしている奴がいた。
俺達の攻撃を平然とガードするそいつは、
「何の真似だ?エイトマンくん。キリトくん」
ヒースクリフだ。
「お前こそ何の真似だ。茅場晶彦」
「他人のRPGを傍から眺めているほどつまらないことはない。なぁ、茅場晶彦」
俺とキリトの台詞が重なるからなにを言ったのか分からなくなってしまったが、上手く茅場晶彦だけ重なったのでよしとしよう。
その瞬間、【Immortal Object】と出た。不死属性。プレイヤーにはあり得ない特性だ。それを見たアスナが声を上げる。
「システム的不死?…って、どういうことですか…団長…?」
「やっぱそういうことかよ伝説のオッさん。これがその正体か」
そして、騒然となる生き残ったプレイヤー達。そりゃそうだろ。なんせプレイヤー最強と呼ばれてもおかしくない奴がこのクソッタレな世界を作り出した張本人なんだから。
「本当なんですか…団長!?」
今度のアスナは怒鳴るように問い詰めた。だが、それを無視してヒースクリフは続ける。
「どこで分かった?二人とも」
俺が答える。
「そもそも俺は『伝説』だの『最強』呼ばれている奴を信頼しちゃいない。常にあんたにはなにかしらタネがあると思っていた。だが、今回は確実におかしい。視覚を失った俺を助けてもHPが緑まで減らねぇんだから」
「それだけでかい?」
「それにさっき、あんた断言しかけたよな。『次のボスは今回のボスよりも強い』って」
「…唾を飲み込んでしまったとはおもわなかったのか?」
「言葉の裏を読むのが現実での俺のスキルだ。なにかしら意図があると思っただけだ。まぁ攻撃した理由はなんとなく怪しかったってだけだな。そしたら大当たりだ」
「違ったらどうするつもりだったんだ?周りに恨まれるじゃすまないと思うが」
「馴れてる」
俺の台詞にヒースクリフはフッと笑う。
「キリトくんはどうしてだね?」
「エイトマンが動いたから動いただけだ。そいつはなにかしらないと動かない」
「なるほど…」
そこまで話すと、おそらく血盟騎士団員であろう男が立ち上がる。
「貴様ぁ!よくも俺達の忠誠心をぉぉっっ!」
だが、ヒースクリフはまったく動じずに指パッチン。その瞬間、俺とキリト意外のプレイヤーがその場に倒れ込んだ。
「麻痺毒だ」
ヒースクリフはそう言った。
「で、どーするつもりだ?真実を知った俺達を殺すか?」
「いや、そうしてしまってはおもしろくない。よく見破ったとしてエイトマンくんとキリトくんには私と戦う権利を与えよう。もし倒せれば全プレイヤーを現実へ帰れると保証しよう」
「「!」」
俺もキリトも驚く。
「それは、二人同時か?」
「どちらでも構わない。一緒に来たければ来てもいいし、別々がよければ別でやろう」
「……どうする?」
俺はキリトに聞く。キリトは一瞬迷ったが、ニヤリと笑って見せた。
「まさか、エイトマンと二人で共同戦線するなんて思ってもみなかったよ」
「そうですか」
「二人ともやめろー!」
「キリト!エイトーッ!」
「キリトくん!エイトくーん!」
クラインやエギルさんやアスナが止めに来るが、俺もキリトも無視。キリトが返事をするように三人に声を掛けた。まるで別れの挨拶のように。
俺はなにも言わない。死ぬつもりはないからだ。
で、俺とキリトら剣を抜き、それに応えるようにヒースクリフも剣を抜いた。
さぁ、終わりの殺し合いの始まりだ。