黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第七十七話 信じるその先

(――おかしい)

 

 コートの中では誰よりも弱々しく、バスケットプレイヤーとしては心もとない。しかし独自の技術で仲間の信頼を得た頼もしい存在。それが黒子テツヤだ。そうであるはずだ。

 

(それなら、どうして)

 

 白瀧はもう一度頭の中で黒子という選手について考えていた。

 知る限りにおいて彼は一対一において全国で通じる選手ではない。少なくとも白瀧の中では影に徹する事でしか真価を発揮できない裏方の存在なのだ。

 同時に個人としては、黒子テツヤは何か信じられないことを成し遂げるという人物でもある。自分では想像も出来ない方向で、確実に結果を残す。どんな遠回りをしても最終的に何らかの形でチームに最大限の貢献をする。そういう素晴らしい人物だと認め、信じている。

 

(今度は何を企んでいるんだ、お前は)

 

 だからこそ、今回もまた何か理由があるのだろうと白瀧は想像した。

 ただ出てきたわけではない。きっと何か目的があって――そして、きっとそれを果たしてしまうのだろうと。

 白瀧は自身よりも小さく、恵まれない相手を羨ましく思いながらコートを駆けた。

 

 

 

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「火神君」

「あ? 何だよ」

「この後のことについてもう少し話しておこうと思いまして」

 

 ディフェンスに戻る最中、黒子は火神に考えを耳打ちする。

 彼が言っていた自身が活躍して白瀧や西村をかわすためのものだ。

 その内容を聞いた火神は大丈夫なのかと顔をしかめる。

 

「……いけるのかよ。だってそれって」

「はい。僕だけの力では意味ありません。ある意味彼らの出方次第でもあります」

「じゃあもし向こうがお前の考え通りに動かなかったら」

「いえ、それは大丈夫です」

 

 「何故だ」とまだ納得のいかない火神に、さらに黒子は説明を続けた。

 そして黒子がそこまで言いきれる理由に納得し二人はその場を別れた。

 確かに、黒子が機能すれば状況は好転する。

 なら託すしかない。黒子に。信じるしかない。相手を。

 

(マッチアップは――殆ど変わらない。少なくともディフェンスで大きく仕掛けてくることはなさそうだ)

 

 ボールを運ぶ西村は自身のマークにつく伊月をはじめ、誠凛の選手達の動きを見極める。

 特に彼が意識していた黒子は光月のマークについており、それ以外の選手も特にマークの変更は見られなかった。

 ならば今は深く考える必要は無いだろうと攻撃を組み立てていく。

 勢いをつけた前傾姿勢からの前進。そして伊月がコースを警戒すると同時にフロントチェンジで逆を突き、コースが空いた空へとボールを放った。

 

「ナイスパス!」

 

 光月が上空へ腕を伸ばし、ボールを受ける。

 そのままボールを降ろさずに体をゴールへ正対させてジャンプシュートを放つ。

 黒子の腕は届かず、光月が得点を決めた。

 (大仁多)92対84(誠凛)。

 大仁多も負けじとすかさず反撃。確実性のある光月が得点を決める。

 

「ナイッシュ! ……明、どうだ? 黒子の方は?」

「うん。マークについては前半戦と同じと考えて良いと思うよ。少なくともスティール以外についてはやっぱりそんなにプレッシャーを感じない」

「了解した」

(……となると、黒子を警戒すべきはやはりオフェンスか。ディフェンスはあいつのパスコースに捕まらないようにさばけばいい)

 

 白瀧と光月が短く意見を交わす。

 最初の攻撃は高いパスさえさばけば黒子のスティールは防げると光月を狙った。確実性と、そして黒子の動きの変化があればそれを観察しようとのものだったが。

 ディフェンスについては大きな変化は見られない。

 ならば黒子のオフェンスを見極めようと誠凛の動きを警戒する。

 

「もたもたするな! 走るぞ!」

『おう!』

 

 一方、誠凛は日向の掛け声に駆られるように全力でコートを上がっていく。

 最初の攻撃と同様に早いパス回し。誠凛が得意なラン&ガンだ。

 伊月や日向は勿論のこと、水戸部達も積極的にパスを回し、大仁多にコースを搾らせない。

 

(ちいっ! さすがにこれだとスティールも――)

「ッ!?」

 

 白瀧が止めようと足を動かすと、柔かい衝撃が行く手を阻んだ。

 それは黒子のスクリーン。西村がマークについていたはずの彼がスクリーンを行い、その間に火神が自由になるべく走り出す。

 

(黒子――!)

「西村っ」

「オッケーです!」

 

 即座にスイッチ。火神の後を西村が追い、白瀧も一歩下がってインサイドを警戒して。

 そして黒子にパスが回り、彼はパスの供給を止めた。

 

「ッ!?」

(パスを出さない?)

 

 ラン&ガンで攻めるのではなかったのか。思わぬ展開に白瀧はさらに混乱を深める。

 

「……お前は一体何を考えている?」

「何だと思いますか?」

「テメェ」

 

 気を削ぐような受け答えに、白瀧の口元が一瞬歪む。

 直後黒子の手首だけが動き白瀧の上空をボールが通過した。

 

「あっ」

「よっしゃあ。ナイス黒子!」

 

 そこに火神が駆け込み、パスを受け取る。

 助走の勢いを殺す事無くそのままレイアップシュート。

 フォローは間に合わずにボールがリングをくぐった。

 (大仁多)92対86(誠凛)。

 誠凛高校、連続得点に成功する。

 

「……やられた」

(相変わらずパスまでの動作が短すぎる)

「白瀧」

「はい、大丈夫です」

 

 ノーモーションからの高速パス。しかも視線は全く動かす事無く精密にパスを出せるのだ。わかっていても備えを完璧にしておかなければとめる事は白瀧でも難しい。ましてや黒子の個人能力を探っていた今は尚の事。

 山本に肩を叩かれ、「次は気をつけよう」と反省もそこそこに反撃へと移って行く。

 

(取られた分は取り返すしかない!)

 

 誠凛がオフェンスに長けているように、大仁多もオフェンスに長けている。

 西村は果敢に切り込んでいく。

 一度中にパスを通し、インサイドを意識させた後ぺネトレイト。

 キレの良いクロスオーバーで中へと侵入し――まだ、伊月が食らいつく。

 

「なっ!」

「舐めるなよ。無警戒なんては言わせない」

(もうこれ以上好き勝手にさせるものか!)

 

 伊達に小林や西村といった優れた司令塔を相手にしていたわけではない。

 鷲の目(イーグルアイ)を持つが故にスピードに目が慣れてきたのだろう。

 ついに西村のドリブルを捉え始め、体がそれに追いついてきた。

 

「鷲のマークはワシ、ノーマークってね」

「…………は?」

 

 伊月の咄嗟のダジャレに気づく事無く、西村は足の下からボールを通してドリブルを継続。

 だが位置取りはあまりよくない。

 白瀧は遠い位置だし、黒木はマークを外せてなく、黒子が見えない為に光月へのパスも危うい可能性がある。

 

「西村、止めるな!」

「――うすっ!」

 

 ならば、ボールはこの人に託す。

 サイドから走りこんでくる山本へ。

 位置取りが変わって山本が中央から突進。

 横から日向、さらにゴール下から水戸部も出てくる中、お構いなしにレイアップシュートを撃った。

 

「強引に撃ってきた!?」

(入るわけねえ! でも!)

「いいんだよ。入らなくて。そっちのセンターまで飛ばせたんなら十分だ」

 

 もうゴール下で、彼らを制してリバウンドを取れるものなどいないのだから。

 火神も白瀧が引き付けている以上、ゴール下(ここ)は大仁多の独壇場。

 がっしりとボールを掴み取った光月がそのままの体勢で着地。黒子の位置取りを確認してから腕を下ろし、西村へとボールを戻す。

 

「ナイスリバン!」

「うん、さあもう一回!」

 

 たとえ攻め切れなくてもゴール下で負ける筈がない。

 大仁多にとってこれほど心強いものはないだろう。

 その後、西村と白瀧の連携で突破すると最後は黒木のフックシュートで得点。無事に二点を追加した。

 (大仁多)94対86(誠凛)。

 

「誠凛も追いすがるが大仁多も譲らない!」

「……ゴール下にあんな野郎がいたのか。あれどこぞの若松とかいうセンターより強いんじゃねーの?」

「喧嘩売ってんのかテメーは!」

 

 殆ど直接的に自分の先輩を指摘している青峰に、当の若松はブチ切れる寸前だ。いつものことながら今吉や桜井が何とか押さえ込むものの、消化不良で若松の中で苛立ちが募っていく。

 

(わかってる。たしかにあいつの力は相当だってことくらい)

「……これは誠凛が崩すのは容易じゃねーだろうな」

 

 相手の実力を認めているからこそ、余計に腹が立つ。

 白瀧やガード陣の警戒を激しくすればするほどインサイドの脅威は増す。その逆も然り。

 この布陣を崩すことは難しい。

 何か、切欠を作る事ができれば。その何かを作れるか。

 

「まだ逆転できるぞ! 攻めろ!」

 

 攻め続けなければ突破口は見出せない。

 日向は渾身の力を声に篭める。

 再び誠凛はラン&ガンを展開。

 全力で相手のゴールへ向かって走り、パスをさばいていく。

 高速のパスワークは確かに大仁多ディフェンスも捉えきれない。

 そして再びボールは黒子へと渡り、彼は切り込んでいく。

 

「ぐっ。またっ!」

「このっ!」

 

 西村の一瞬の遅れで黒子はレイアップのフォームに入ってしまう。

 何とか西村が追いつき、さらに白瀧も横から跳ぶ。

 が、そこで黒子はパスアウト。近くの火神へとボールを放った。

 

「ナイス!」

 

 ドリブルで歩数を合わせるとダンクシュート。

 黒木や白瀧がとめようとするが、火神は容赦なくリングへ叩き込んだ。

 (大仁多)94対88(誠凛)

 誠凛、点差をこれ以上広げさせない。

 

「つられちまったか。おい、西村」

 

 白瀧は得点を決めた敵を苦々しくにらみつけ、声で西村を呼ぶ。

 

「もう調節できそうか?」

「……あと三回。いえ二回ください」

「よしっ。分かった。頼むぞ」

 

 深い説明は必要ない。

 それだけで情報を共有し、やってくれると信じて会話を終えた。

 黒子の動きに惑わされるのはもう終わりだと。

 

「……なーんか誠凛の11番を止められないな。そんな大した速さじゃないし、大仁多の選手なら止められてもおかしくないはずなんだけど」

「いや。これはおそらく相手が西村だからこそ止めることが困難になっている」

「征ちゃん? どういうことなの?」

 

 観客席で一人、葉山が疑問を呈するとそれに答えたのは彼らをよく知る赤司だった。

 実斑に捕捉を求められてさらに彼は話を続ける。

 

「元々西村は黒子の影の薄さに耐性があったようだが、それでもなお黒子の高速パスについていくのが精一杯だった。黒子はボールに触ってる時間が異常に短く、視線や表情からコースも読むことも難しい」

 

 集中力を最大限に高めて、ようやく黒子のパスを止められている状態だったのだ。

 そしてそのパスを止められたからこそ、止める為に躍起になっていたからこそ今黒子の動きに翻弄されている。

 

「パスを止める為にはひたすら黒子の動きについていき、周囲のパスコースを探っていくしかない。それで西村はパスの直前までは黒子を目の前で追い続け、パスの瞬間はその方向に上体だけ動かして黒子を封じていた」

「……それで?」

「だがそれは黒子に『パスしかない。パスが失敗すれば保持する』という前提があったからだ。それが今ドリブルに切り替わった事で前提が崩れた」

 

 黒子が切り込んでくれば反応が遅れ、さらに動かそうとしていた上体も硬直する。

 高速パスに対応するため今まで一瞬で動作の判断をしていた。

 その一瞬の不意をつかれることで二重の硬直が生じ、西村は黒子に対応できなくなっていた。

 

「じゃあ、あいつじゃあ黒子を止めきれないってことか? 今は白瀧も来ている様だが」

「……いや、おそらくもうすぐ西村がその動きに対応するだろう」

 

 伊達に帝光という環境下では生き残っていないのだから。

 その言葉で締め括り、視線をコートに戻す赤司達。

 直後の攻防は大仁多、誠凛共に攻撃を二本ずつ外して少し落ち着きを取り戻すかとも思われたが。

 

「黒木先輩、ください!」

 

 その場を活性化したのは白瀧だった。

 ディフェンスリバウンドを取った黒木からパスが通る。

 久方ぶりの白瀧の速攻。

 ドリブルしているとは思えないほどのスピードでコートを走っていく。

 彼に追いつけるのは火神がやっとであり、その彼もシュートフェイクに釣られてノールックパスを許してしまう。

 その先に駆け込んだ西村がボールを手にし、レイアップシュートを綺麗に沈めた。

(大仁多)96対88(誠凛)。

 西村と白瀧がタッチを交わす。二人の速攻、今だ止められず。

 

「よしっ!」

「……白瀧さん」

「あ? どうした?」

「もう大丈夫です」

「……そっか。わかった。頼むぞ」

 

 息を整えながら白瀧は西村の背中をポンポンと叩いた。

 大丈夫。こうして背中を押してやれば、きっと黒子を相手でもやってくれる。西村はそういう選手だとそう信じている。

 

「くそっ」

「キャプテン!」

「何だよ、黒子?」

 

 すぐに試合を再開しようとする日向に声をかけたのは黒子だ。

 

「……そろそろいけそうなので、試したいことがあります」

 

 頃合だと感じていたのは西村だけではなかった。

 黒子もまた決意を決めて進言する。

 幻の六人目の真意を発揮するのはこれからだと。

 

「考えがあんだな? じゃあ任せる」

 

 それならばこれは必要ない、と日向は伊月にボールを預けてゆっくりと走り始めた。

 

「あ? 何だ?」

「ラン&ガン終わり?」

(……むしろ速攻決められたからそのテンポにのってくるかと思ったけれど)

「お前ら、気を緩めるな! 強襲がくるかも知れない! 一本止めて点差を広げる! ここで決めるぞ!」

『おう!』

 

 早い攻めを終えたのかと、選手達に息を零す者が現れ始める。

 すると緩んだ空気を一蹴すべく山本は声を張り上げた。

 ここで得点を広げられれば大仁多優位の態勢を覆す事はより難しくなる。

 今は小林がコート不在だ。自分が纏めなければならない。山本は日向をマークしつつ、チームメイトへ檄を飛ばした。

 

「もう好き勝手はさせないですよ」

 

 険しい表情で西村は黒子をにらみつけた。

 

「立て直しはすみました。二度と先ほどと同じような手が通じるとは思わない方が良いですよ」

 

 最初は黒子のパス回しだけを警戒していたからこそ、周囲へ目を向けすぎたからこそ反応が遅れてしまった。

 ならばあくまでも動き出しは敵の手を見てから。

 腰を深く降ろしすぎないように注意し、適度に黒子に注意を払えば遅れを取る事はない。

 

「これ以上白瀧さんの負担を強いるわけにはいかない」

 

 そうでなくても火神との一騎打ちを繰り広げて消耗が大きいのだ。

 余計な負担は少しでもなくしたい。なくしてみせる。

 

「……よかったです」

「は?」

「やはり、君も彼も変わってなんていなかった」

 

 もう一度西村は息を零した。

 どういう意味だと、そう呟いて――黒子の姿が視界から消えた。

 

「――――ッ!?」

 

 消えた! 

 これはまぎれもなく黒子の視線誘導(ミスディレクション)の効果だ。

 西村なら対抗できると思っていたはずの、彼の技術。

 

「な、んで!?」

「……ありがとうございます」

 

 相手には聞こえないだろうが、それでも黒子は西村と、白瀧へ向けて礼を告げた。

 

 

――――

 

 

「火神君」

「あ? 何だよ」

「この後のことについてもう少し話しておこうと思いまして」

 

 話は第四Q開始直後、黒子と火神の会話に遡る。

 

「しばらくの間、僕は先ほどと同様わざとドリブルやシュートを狙っていきます」

「はぁっ!? お前、そんなのできねえだろ! これからも続けるのか!?」

「はい。できません」

「ふざけてんのかテメエ!」

 

 とても正気の考えとは思えない。

 当然納得できるはずもない火神は声を荒げたが、黒子は構う事無く説明を続けた。

 

「確かに出来ませんが、彼らの中での僕は違います」

「……は?」

 

 余計に意味がわからなかった。彼らの中でのとは、一体どういう意味なのか。

 

「白瀧君や西村君は僕の事を何か裏があると考えるはずです。あるいは出来るようになったのかのどちらかを。ゆえに西村君だけではない。彼を抜ければ白瀧君もフォローに来るはず。そうすればきっと僕を止めてくれます」

「止められてどうすんだよ!?」

 

 白瀧の守備範囲は前半戦でも痛い目にあったのだから重々承知だ。

 間違いなくヘルプでも黒子をとめられるはず。

 しかしそれでは得点できないではないかと火神は苛立ちをぶつけていった。

 

「目的は得点ではありません。むしろ僕に意識を向けさせることにある」

「……意識? それでミスディレクションが機能するようになるのか?」

「正確にいえば、ミスディレクションを機能させるために彼らの僕に対する存在感を高めます」

 

 西村は影の薄さに耐性があり、その動きに慣れているからこそパスを封じることに成功していた。

 ならばその前提を引っくり返す。

 黒子はあえて普段はしない通常のプレイを行って自分への視線を集めた。そうすることで再び影の薄さを取り戻す為。

 明るい環境から暗い環境に行けば何も見えなくなるように。

 一度そうなれば明るさに慣れた西村は影の薄さに対する耐性も薄くなり、その後もミスディレクションが機能し続けるかもしれない。

 

「……いけるのかよ。だってそれって」

「はい。僕だけの力では意味ありません。ある意味彼らの出方次第でもあります」

「じゃあもし向こうがお前の考え通りに動かなかったら」

 

 それこそ白瀧達がとめにこなかったら。

 黒子が決められるはずがないとわざと放置したら。

 

「いえ、それは大丈夫です」

 

 その心配を浮かべて当然なはずなのに。

 黒子は一切の迷いを浮かべずに断じた。

 どうしてそう言いきれる、と火神が問うと。

 

「彼はどんな時でも味方にとっての最善を尽くす。何より最悪のパターンを嫌う。白瀧君は、彼を信じた西村君はそういう人達です」

 

 一番ディフェンスがやってはいけないことは敵にフリーでシュートを撃たせることだ。

 プレッシャーもかけなければ成功率は格段に向上してしまう。

 白瀧達はそういうのを嫌う人間だ。

 どんな時でも、どんな状況でも全力を尽くして勝利を目指していく。

 

 

「それは僕に対しても変わりません。それは、三月に既に確認済みです」

 

 たとえ相手が黒子だとしても白瀧は全力を尽くす。

 かつて彼が栃木に引っ越す際に黒子はそう確信を得ていた。

 白瀧は黒子という選手を対等であると認め、全力を尽くしてくれると。

 そして白瀧がそうするならば、彼を信じる西村もまた、同じように動く。

 

 

――――

 

 

「ありがとうございます。白瀧君、西村君。僕を信じてくれて」

 

 だからこそ。こんな弱い自分を信じてくれたかつてのチームメイトに、黒子は最大の礼を述べた。

 西村のマークをかわし、フリーになった黒子は敵に気づかれることなくその懐へ飛び込む。

 伊月から水戸部へと渡り、再び伊月へと戻るはずだったボールが。

 ペイントエリアの中央で方向を変えた。

 

「なっ!?」

「え?」

「黒子!」

 

 その瞬間、黒子の姿を認識した大仁多の選手達に動揺が浮かぶ。

 何時の間に。いや、どうやって西村のマークを振り切った?

 そう彼らが考える隙も与える間もなく。火神が渾身のダンクシュートを決めた。

 

「ぐうっ!」

「ああああっ!」

 

 白瀧のブロックを吹き飛ばした火神が吼える。

 (大仁多)96対90(誠凛)。

 黒子の本領発揮。ついに誠凛も九十点台にスコアを載せる。

 

「っしゃああ!」

「ナイスです」

「おう! それよりも――ッ!?」

 

 黒子が復活し、白瀧を吹き飛ばした火神のダンク。これで勢いは誠凛が勝る。

 讃える言葉は良い。それよりも攻めようと、つなげようとした火神が違和感を覚えて顔をしかめる。

 たまらずその原因である右足を見つめ、悔しそうに歯軋りした。

 

「くそっ!」

「大丈夫ですか!」

「ああ。……黒子の事は」

「……すみません」

「そうか。気にするな」

 

 元々最後まで封じきるなんて無理があったのだから、と西村の手を借りて白瀧は立ち上がる。

 失敗を責めるよりも次の成功を求めるべき。

 そう前を向いて――誠凛の猛攻が襲い掛かる。

 

「手を緩めるな! ここで逆転するんだ!」

 

 誠凛は残る力を此処に注ぎ込む。

 決死のゾーンプレスを展開した。

 

「なっ!」

「うおおっ!」

(ここでオールコートで当たってくるか!)

 

 ボールを入れようとした山本の前に水戸部が立ちはだかり、各選手たちがボールを奪わんと大仁多の選手の行く手を阻む。

 

(……仕掛けてきたか)

「すみません。タイムアウトはやはり辞めます」

 

 その時、テーブルオフィシャルのスコアラにタイムアウトの申告を行おうとしていた藤代は、申告を取りやめた。

 黒子の復調とそれによる誠凛の猛追を警戒してのことだったが。

 

(ゾーンプレスは諸刃の剣。奪取率は高いが失敗すれば即失点に繋がる)

 

 逆に大仁多が再び勢いを取り戻す可能性もあるならば。

 賭けにのるのも一つの手。

 ましてや、このコートにおいては突破力に長けている選手が大仁多にいるのだから。

 

「ぐっ、こんのっ!」

 

 どうにか山本からボールを受けた西村だが、水戸部と日向のチェックに捉まり、中途半端にドリブルを中断してしまう。

 パスも容易ではなく、先にも進めない後にも引けない状況下に陥った。

 

(よこせっ!)

 

 そこに駆けつけたのは白瀧だった。西村の後ろに回りこむように急接近した白瀧は西村から直接ボールを受け取り、即座に方向転換。逆方向へ低く沈み込み、二人のマークを突破した。

 

「うおっ!」

「ッ……!」

「誠凛のゾーンプレス、最前線を突破した!」

「行かせるかっ!」

「白瀧!」

 

 だがそれで黙っているわけがない。

 すぐさま火神が立ちはだかり、伊月も戻りながら白瀧へと接近する。

 

「邪魔だああああっ!」

 

 クロスオーバーで切り返し、後ろに下がるドリブルで二人を引きつけ――トップスピードで二人の間を抜き去った。

 

「なっ!?」

(まだ、こんな速さが!?)

 

 火神の野生も、伊月の鷲の目も反応が僅かに遅かった。

 これで四人を抜き去った。後はパスさえ出してしまえば、白瀧の勝ち。

 

「白瀧さん!」

「ッ!?」

 

 再び白瀧の気を引き締めさせたのは西村の声だった。

 前傾姿勢で殆ど身動きの取れない彼の真横から、黒子の右腕が伸びてくる。

 

「っ、がああああ!!」

 

 強引に体を引き寄せて体を横に回転させる。黒子のスティールをロールターンで流れるようにかわし、白瀧はボールをキープし続けた。

 

(これも防ぎきった!?)

(白瀧の突破力が、誠凛の猛威を振り切った!)

 

 信じられない。誠凛の五人が前線から常にプレッシャーをかけつづけ、さらにミスディレクションを取り戻した黒子が不意をついたのに。

 それでもまだ白瀧はボールを守りきった。

 

「……やはりこれでも駄目ですか。でもこの勝負はもらいます」

「ッ!?」

 

 誠凛の最後の砦は黒子だ。もう前に彼を止められる存在はいない。

 だが黒子をかわすために体勢を崩した隙を、鷲の目は見逃さなかった。

 白瀧の死角である後ろから、伊月がボールを掠め取る。

 

「なっ!」

「伊月!」

「あっ! こんのっ!」

 

 勢い余った白瀧は数歩先へと進んでしまい、その間にルーズボールは黒子が確保。

 すぐに火神へとパスをして誠凛の速攻が始まった。

 

(まずい!)

 

 ボールを運んでいた白瀧に加えて黒木も光月も戻れない。大仁多のディフェンスが戻れるとしたら西村と山本しかいないだろう。それに対し誠凛は日向と水戸部がすぐに戻れる位置にいて、さらに残りの三人もボールを持ってゴールへと押し寄せる。

 このままでは確実に失点してしまう。敵の速攻を許してしまうわけにはいかない。

 

「くっそぉっ!」

 

 西村はドリブルを続ける火神を追いながら、何とか防ごうと横から手を伸ばす。腕は火神の体と接触して、それを見た審判の笛が鳴った。

 

(ファウルで止めたか。良い判断だ)

「よくやった。西村――はっ!?」

「えっ!?」

 

 自分も間に合ったかわからない。あのままでは決められた可能性の方が高いだろう。山本は西村を称賛して――審判を目にして、山本を含む大仁多の面々が凍り付く。

 審判は右腕の手首を左手で掴み、両腕を挙げていた。これが意味することは、つまり――

 

「ディフェンス! アンスポーツマンライクファウル! (大仁多)14番(西村)!」

 

 西村のアンスポーツマンライクファウルが宣告された。スポーツマンらしくないファウル。それを西村が犯したと。

 

「う、わああああ! 嘘だろ。大仁多、このタイミングでアンスポ取られた!」

「痛い。痛すぎる。よりにもよってここで!?」

 

 予想外の出来事に会場が騒然とした。

 西村をはじめとした大仁多の選手達は驚愕の余り、何も言葉を発せない。

 

「……今の、マジ?」

「審判は誰もディフェンスに戻れていないと判断したようだな。6番(山本)が一足先に戻れていたようにも見えたが」

「審判の見るタイミングが悪かったかもしれないわね。特に中高生の試合では教育的指導の為により厳しく取ることもあるって話を聞いたことがあるわ」

 

 アンスポーツマンライクファウル。オフェンスの速攻において、ディフェンスがオフェンスチームのプレイヤーとバスケットの間にディフェンスチームのプレイヤーがいない場合、速攻を止める為に後方あるいは横から接触を起こした際にアンスポーツマンライクファウルと判定されることがある。

 

「これで、流れは完全に誠凛だ」

 

 もしもアンスポーツマンライクファウルが宣告された場合、相手チームに二本のフリースローが与えられ、その後センターラインからフリースローを行ったチームのスローインから再開される。

 二本とも決めれば四点差。しかもさらにオフェンスを成功させればもう逆転は目前だ。

 まだリードはある。だが流れは誠凛に移行したと赤司は冷静に断言した。

 

『大仁多高校、タイムアウトです!』

 

 ここで藤代が取ったタイムアウトにより、試合は中断した。

 

(賭けに負けた。一手、あと一手遅かった!)

 

 藤代は自分の決断を悔やむしかなかった。

 突破できると信じていた。現に一度は敵の包囲網を突破した。

 最後の最後で相手の執念が上回っただけだ。誰も責めることは出来ない。

 これまでも何どもオールコートを単独で突破してきた白瀧に託した事は妥当な判断だし、彼自身誠凛の選手達を完全に置き去りにしていた。西村のファウルも失点を防ぐための最良の選択で、藤代もアンスポを取られるとは思っていなかった。

 

「……私のミスですね」

 

 責めるとするならば、あの場で決断を下した自分自身。

 結果論であるとは言え先ほどのタイミングでタイムアウトを取るべきだった。そう考えるばかりであった。

 第四Q残り六分。試合終了の時が近づく中、試合の行方はまだわからない。

 

 

――――

 

 

「皆、ここが正念場よ!」

 

 リコは称賛の言葉を手短に述べ、すぐに気を引き締めるように強く言い放った。

 彼女の声に当てられて選手達はすぐさま真剣な顔つきへと変貌する。

 ここまで追いついてきたのは十分な結果だ。

 だがまだ追いつけてはいない。追い越せていない。

 最後までリードを奪えて、ようやく誠凛は本当の喜びを手にすることができる。

 

「残り六分。向こうもこうなった以上はさらに点を取りに来るはず。その為にもインサイドを固めるわ。――鉄平! もう準備はできてる!?」

「ああ、勿論」

「水戸部君と交代で入ってもらうわよ。残り時間、全力で暴れてきなさい。ただし退場は許さないから!」

「わかっているよ。その上で、任せておけ!」

 

 勝利の為には欠かせないのが木吉だ。

 彼が復活すれば誠凛のインサイドは完成する。これで幾分かリバウンドを取れる回数も増えるだろう。

 攻守の要として、日向と共にチームを引っ張る。彼にしか出来ない事だ。

 

「ここからは木吉を起点に黒子君のパスを活かしていく。そこで確認したいのだけれど、火神君?」

「うす。なんすか」

「あなた、もう限界?」

「ッ!?」

 

 突如先ほど感じた違和感を言い当てられ、火神は表情に出してしまった。リコが見逃すはずも無く「やはりか」と息を零した。

 

「いや、待ってくれ! ですよ! 別に痛みがあるとかそういうのじゃなくて!」

「……でもこれからずっと、は無理でしょう。忘れないで火神君。まだこの大会は続いていくのよ」

「ッ」

「下がって、とは言わない。でも超跳躍のような無理はこれ以上しないで。勝ち上がっていくためにも」

 

 そうだ。火神の目標は全国制覇であり、この二回戦はまだ途中段階でしかない。

 本当に戦いはこの試合の後もずっと続いていくのだ。

 その為には今力を使い果たしてしまうわけにはいかない。

 火神は渋々と納得しそれ以上口を挟む事はしなかった。

 

 

――――

 

 

「…………すみませんでした」

 

 ベンチに座りこんでから、西村は頭を上げる事ができなかった。

 東雲から受け取ったタオルを頭からかぶってひたすら謝罪の言葉を並べていく。

 誠凛を勢いづかせる失態。それを一年であり本来ベンチメンバーである自分がやってしまった事に、西村は責任を強く感じていた。

 

「謝らないで下さい。これはあなたが背負う必要はない。まだ終わったわけではないんです。皆さん、頼みますよ!」

 

 本当なら指導者として西村の気持ちを落ち着かせたい。だが一分という時間上、彼だけに時間を費やすわけにはいかなかった。

 手短に西村を励ますと藤代は口早に今後の方針を語りはじめた。

 

「まず、小林さん」

「はい!」

「西村さんと交代で入ってもらいます。……西村さん、しっかり休んでいてください。小林さん、立て直しをお願いしますよ」

「はい!」

「……はい」

 

 監督の指示に小林ははっきりと、西村は今にも消えそうな掠れ声で応じた。

 

「誠凛のスローインは二本とも入るとして四点差。さらに誠凛の攻撃から試合は再開されます。そしておそらく、そろそろ木吉さんが戻ってくるでしょう。そうなると、誠凛はゴール下も厚くなる」

「ええ。残り時間が少なければ、木吉もさほどファウルを気にせずに攻め込んでくる可能性が高い」

「加えて日向さんや火神さんの個人技に長けた選手もいる。彼らに好き勝手させるわけにはいきません。――山本さん、白瀧さん」

「はい!」

「はい」

 

 誠凛の得点能力が高く、この試合でも得点を重ねている二人の選手。彼らを止めることを最優先事項と定め、藤代は地上能力に長けた選手達の名を呼んだ。

 

「残り時間、あなた方二人に彼らを止める事を一任します。何としても止めて下さい。一瞬もフリーにさせない覚悟でお願いします!」

「勿論」

「言われずとも」

 

 たとえ黒子が復活したとしても関係ない。

 この緊迫した状況下で、敵の得点源を自由にさせてなるものか!

 チームメイトが沈む姿に当てられて気迫は倍増した。

 

「小林さん、光月さん、黒木さん。三人はペイントエリアの守備を固めてください。黒子さんが自由自在に動く事が予想されますが、決して惑わされずに。お互いフォローしてください。そしてリバウンドを死守! 何が何でも取ってください!」

 

 残る三人にはゴール下を託した。

 木吉が戻るとなるとこのエリアの負担は非常に大きくなる。

 無冠の五将、ファウルを気にしなければこれ以上ないほどの脅威だろう。しかも誠凛は勢いに乗っている。積極的にシュートを狙ってくる可能性が高い。

 ゆえに小林達にどうしてもこのエリアを固めてもらう必要があった。

 さらに細かい説明を行って、ディフェンスの話を終えると次はオフェンスだ。

 

「オフェンスは、まず誠凛がオールコートを仕掛けてきた場合には小林さん、山本さん、白瀧さん。三人で連携してボールを運んでください。全員で声をかけあって敵の――特に黒子さんのポジションの確認を。火神さんや木吉さんがいる今、ロングパスはくれぐれも控えてください」

「白瀧君専用の、タッチダウンパスもですか?」

「ええ。あのパスは精密さが重要視される。オールコートで迫られれば小林さんでも狙って放つのは難しいでしょう」

 

 先ほど白瀧が集中的に狙われた事から、藤代はオールコートの対策はボール運びが得意な選手全員で行うように指示した。

 東雲から小林達の新技なら、との意見もでたが確実性を重視してこの意見は採用されず。

 残り時間が少ないことから藤代は少しでもリスクを避けるためにこの方法を選択した。

 

「オフェンスは――黒子さんのスティールが厄介なうえに、伊月さんもドリブルへの反応性が増している。ゆえにパスとスクリーンプレイで敵のディフェンスを崩す。低い場所ではいつ黒子さんが出てくるかわかりません。それを常に意識するように」

『はい』

 

 誠凛はスティールの名手黒子に加え、野生に目覚めた火神、鷲の目でスピードに慣れてきた伊月と地上戦も隙がなくなってきた。

 大仁多自慢のガード陣なら大丈夫だと気を抜くことは出来ない。誠凛のディフェンスを突破するため、藤代は選手達にいつもよりも幾分か語気を強めて指示を飛ばした。

 

「皆さん」

 

 そして一通りの指示を伝えた後、藤代は改めて告げる。

 

「――絶対に勝ちますよ」

 

 やはり笑みは消して、真剣な表情でそう口にした。

 

 

――――

 

 

 タイムアウト終了まで残り十五秒ほど。

 一足早く大仁多の選手達は立ち上がり準備を始めた。

 白瀧も当然同じように席から立ち、橙乃達にボトルやタオルを預け――彼の視線は未だに顔を伏せたままの西村へと自然に移って行った。

 

「おい、西村」

「……すみません」

「お前はいつまで謝ってんだよ」

「俺のせいで」

「馬鹿か。そんなの結果論だろ。速攻を防ごうとするのは当然だし、責任とか言い出したらその前にボールを取られた俺の責任だ」

 

 時間はないがまだ西村の顔は上がらない。

 説得を続けようとも、自分のせいだという自責の念を打ち消すのは容易ではない。

 

「また、余計な負担を――」

「……西村。お前もう余計な事を考えるな。お前の中でこの試合は終わったのか? 大仁多はもう負けたのか?」

「へ?」

 

 そんなはずがない。まだ続いている。あたり前だろう。――と、ようやく西村は顔を上げて白瀧の顔を見た。

 

「責任を背負うのは負けた後だけでいい。負けなければ責任じゃなくてただの反省点だ。俺達はお前の言う責任くらいで潰れるほど頼りなくはない」

 

 だから俺達を信じろ。俺達に託せ。

 ブザーが鳴る。

 先にコートに戻った四人に続いて白瀧も歩き始めた。

 

「十分後くらいにはお前の反省点を、笑い話にできるようにしてやるよ。俺の分も含めてな」

 

 背中越しに西村へ告げて、白瀧は表情を引き締めた。

 負けられない理由がまた一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「白瀧さん!」

「ッ!?」

 

 再び白瀧の気を引き締めさせたのは西村の声だった。

 前傾姿勢で殆ど身動きの取れない彼の真横から、黒子の右腕が伸びてくる。

 

「っ、がああああ!!」

「あっ」

 

 強引に体を引き寄せて体を横に回転させる。黒子のスティールをロールターンで流れるようにかわし――黒子の右腕は、白瀧の脇腹を直撃する。

 

「白瀧さんが死んだ!」

「すみません、手が滑りました」

「またこのパターンかよ!」

 

 白瀧の声が叫び声ではなくてただの悲鳴。

 黒子は大変なものをスティールしていきました。白瀧の命です。




作品内では半年前だけど、この世界的には4年前。懐かしい。

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