人というものは何か自分が経験していないような壮大なものを目にした時、大抵はそれに目を奪われて呆然とし息を呑む。
今眼前に広がっている光景も、俺達が時を忘れて反応を失うには十分なものだった。
「なっ……」
「何、これ……?」
呟きは果たして誰のものだったのだろうか。明を除いた俺達四人はその場に立ち尽くし、皆同じ様に視線だけを明へと向ける。
「皆どうしたの? 早く行こう」
ただ一人平然としている明は送られている視線の意味を理解できないのか、一人歩みを進めていく。その先にあるのは、まさに俺達がこのような状態に陥っている原因である、豪邸と呼べるほどの純和風の広大な屋敷だった。
「ちょっ、ちょっと待て光月! ここは本当にお前の実家なのか?」
「え? うん、そうだけど」
「それが何か?」とでも言わんばかりに首を傾げる明。問いかけた本田ももはや何を言ってよいのかわからず硬直している。
「……ちなみに、光月さんのお父さんのお仕事は一体何なのでしょうか?」
「えっと、お父さんは警察官をやってて」
「警察官!?」
「たしか栃木県警察の本部長って話していたかな?」
「本部長!?」
栃木県警の本部長。それが意味するのはつまり、明の父親がとてつもなく高い位に存在しているということだ。
(……白瀧さん、本部長ってどれくらい偉いんでしたっけ?)
(簡単に言ってしまえば栃木県警察の長だ)
(嘘でしょ……)
おそらく理解していなかったわけではなく、確認の意味をこめての問いかけだったのだろう。もはや驚きを通り越し、諦めや呆れの意味が篭ったため息が西村の口からこぼれる。
だがため息をつきたいのは俺達も同じことで。説明を聞いても受け入れることは難しかった。
「ってことはつまり、ここにはその栃木県警察で一番偉い人もこの中にいる、と」
「そうだよ」
「……おい、ヤバくね? 俺はそんな人がいるとこに行くとか聞いてないんだけど。小学生の頃、道に落書きしたことで捕まったりしないよな?」
「素直に罪を認めて自首しておけ。そうすれば罪は軽くなる」
「ちなみに白瀧さん。18歳未満である高校生が18禁の本を持っていることは罪にはならないんですか?」
「――とは言っても人間なんだから一つや二つくらいの間違いなら許されるだろう。だからそこまで気にするな」
「え?」
そう勇をサポートしてから早々に明の後を追う。後方から疑惑の眼差しを感じるが知らない。知ったことではない。大体あれは青峰が面白半分で俺に渡したものであるから断じて俺のせいではない。栃木に持ってきているのも青峰がくれた数少ない友情の証だと感じているからであって不純な理由は一切ないのだ。だから何も問題はない。
「細かい話はどうでもいいが。……同僚の家に遊びに行く感覚だったのに、こんなことになるとは想像もしていなかったぜ」
「まったくだ」
「どうしてこうなっちまんだ」と愚痴を零す本田に同意し、俺達は昨日のことを思い出していた。それはとても珍しく、控えめな明の提案によって始まったことだった。
「明の家に?」
「うん、皆でどうかな?」
着替えの最中、明から他の一年生四人への突然の誘い。勇が首を傾げると明はさらに続けた。
「皆栃木出身ということではないし、実家は遠いこともあるだろう? でも僕は地元出身だし、父さん達も一度チームメイトの顔を見ておきたいって言っていたんだ。どうかな?」
それは明が俺達へ家に遊びにこないかという提案だった。たしかに明の言うとおり俺や西村、勇に至っては栃木県外の出身。本田も栃木県内に住んでいるとはいえ遠い場所に実家があるという。
対して明の家はバスに乗れば10分ほどで着くところにある。親の意見もあり、息抜きにどうかと声をかけてみたということだった。
「俺は全然いいぜ。高校に進級してからはバスケ以外では殆ど遊んでいなかったし」
「特に予定は入っていないので俺も大丈夫です」
「……まあ一日くらいならいいんじゃね?」
「そうだな。部活も合宿が終わってIHまでは休みの日があるし、気分転換には丁度いいだろう」
「本当? じゃあ親にも伝えておくよ」
四人の賛成を得て、明は早速スマホを取り出しメールを打ち始める。おそらくは親への報告だろう。
それを見て、少し羨ましくもあった。
いくら覚悟をしていたとはいえ、親元を、故郷を離れたことに何も感じていないわけではない。すぐ近くに頼れる居場所があるこいつを少し羨ましく思った。
「でもチームメイトの顔を見たいというのなら、橙乃さんも誘ってみましょうか? 彼女もマネージャーとしていつも一軍に同伴していますし」
「やめておけ。いくら橙乃でも女性一人に対する誘いは抵抗あるだろうし……何よりこんなこと勇作さんに知られたら後が怖い」
「あー。……確かに。男からの誘いとなったらあの人普通に切れそうだな」
「そういやあの人ってそういう人だったのか……」
おそらく確実に切れるだろう。橙乃を誘わない理由は後者の理由が大きすぎる。理不尽な面があるので、余計なハプニングの可能性は排除しておいたほうが得策だ。
「うん、OK。父さんも日曜は空いているってことだから、今度の日曜どうかな?」
「日曜か。部活もないし丁度いいんじゃないか? なあ?」
「問題ないです」
「モチ!」
「覚えておくわ」
「じゃあわかりやすいように学校集合で。その後は僕が案内するよ」
この時は皆軽いノリだった。いや、日曜の当日も遊び感覚だった為に、皆動揺を隠せなかった。
バスに乗ること10分。歩くこと数分。俺達は驚愕させられることとなる。
――――
先頭の明に案内され、綺麗な廊下を歩く四人。
「……お母さんも随分と綺麗な人だったな」
「育ちがよさそうというか、なんというか……」
話の的となったのは、出迎えてくれた明のお母さん。今はお茶を出すと言って下がっていった。和服に身を包んだその姿はとても気品があり、振る舞いも優雅なものであった。
「家のことも含めて正直な話、羨ましい限りだぜ」
「果たしてお父さんの方は一体どんな人なのか」
皆感じたことは同じようで、果たしてお父さんはどのような人物なのだろうかと頭を悩ます。きっとお母さんが絵に描いたような女性だったからお父さんも立派な人物なのだろうが。
今まで警察の関係者とは面識がないので、人物像がまったく浮かび上がらない。
ドラマなどのイメージとしては階級を重視するエリート肌、真逆に実力を重く判断する柔軟な人物、堅物などがある。一体どれが当てはまるというのか……
「教育は厳しいけど普通の父親だよ。まあでも」
「――うん? おお、もう来ていたのか?」
考えに耽っていると、見かねた明が説明しようとして、その言葉を遮る人物が曲がり廊下から現れた。
「なっ……!?」
男性を見て、息を呑んだ。
筋肉質な肉体に加え、190cmに届くのではないのだろうかという、ボディビルダーを彷彿させるずっしりとした巨体。
日焼けしたのだろうか、やや薄黒い顔。そして右目に斜めに走る大きな傷跡。
初めて明を目にした時も大概であったが、それとは比べ物にならないほどの圧力を受け、四人は恐怖を覚え、混乱した。
(……え? 何、この人? 不審者? というか、暴力団? ヤクザ?)
(絶対堅気の人間じゃねえ! 何でこんな男が明の家にいるんだよ!?)
(……逃げるか。逃げ切れるか?)
(こいつ! ――ヤバイ!)
西村は呆然と立ち尽くし、勇は腰を抜かし、本田は半身を出口へ向け、俺は咄嗟に四人を庇う様に前に出て気当てを発揮した。誰一人としてまともな人間に対する反応をしていなかった。
右半身を前に構え、そして左手を後ろに見えるように回し……そして西村に合図を送る。指示は指と手首を動かすだけの簡単なもの。『5』『お前』『皆』『行け』の四つ。訳すと『5秒だけ稼ぐからお前は皆を連れて行け』というサイン。
しかしそれを実行に移すよりも男が口を開く方が早かった。
「……ほう。いい面構えをしている。澄んだ気迫も中々どうして清々しく感じるな。最近の若者は温いものが増えたとばかり思っていたよ。しかし」
瞬間、降りかかるプレッシャーが大きくなるのを感じた。
「誰に対して放っているのかな、その気迫は?」
大きく上がった口角を目にして、体が震えた。対峙するだけで押し潰されそうな重みが場を支配する。
武術を極めていくと構えただけで実力差がわかるというが、今の俺はそれを感じ取っていた。時間稼ぎにさえならない程の歴然とした差を。
(制圧はまずムリだ。だがせめて一撃当てる。……膝抜きで一気に踏み込む。後は相手の反応に合わせるしかない!)
敗北を感じ取り、打ち倒される未来が脳裏をよぎる。
震えが止まらない膝に力を込めて、相手をにらみつける。すぐには飛び込まない。一瞬でも隙があればと様子を窺いつつ、警戒していると――
「何しているの。部屋で待っていてくれるんじゃなかったの、父さん?」
明がいつもの声高で男性に問いかけた。
「……は?」
「え……?」
「おお、明か。すまんすまん。どうも今日は朝から腹の具合が悪くてな。そろそろ歳かな?」
「未だに現役で、しかもその豪腕ぶりで犯人を震え上がらせている人が何を言っているの……」
「はっはっは。そうは言っても最近は大事件も減ってきたからな。テレビに出る機会もなくなって少し思うところもあるのだぞ?」
戸惑い、反応を忘れる四人を他所に、明と男性は先ほどまでの緊迫感が嘘の様に気楽に話している。
「……父さん?」
「つまり、この人は……」
「光月の、父親?」
「嘘だろ……」
到底信じられないが、明の行動が俺達の考えを何よりも肯定している。
目の前の男性が明の父親であり、警察官――それも本部長であると。
……これ、実はどこかの犯罪組織のスパイであったというオチはないだろうか? いや、冗談抜きでその方が信じられる。口にすることは憚れるが、この顔は捕まえる側ではないだろう。
――――
その後、部屋に到着した俺達は明のお父さんと向かい合うようにソファに腰掛けた。お母さんより和菓子とお茶を出されて口にはしたものの、正直味など覚えていない。
どこから見ても悪人面にしか映らない男の顔を見て、まるでヤクザか何かの事務所に迷い込み、そしてどんな処分を下されるのかを待っているような気分だった。
「あらら、お口には合わなかったかしら?」
「ふむ。最近の子供はやはり洋菓子の方が好きだったか。すまないね」
「い、いえ。そんなことはありませんよ」
「美味しくいただいています」
緊張した顔つきを見て、見当違いな考えを浮かべる二人に否定し、さらに菓子を口に頬張った。
お母さんは当然だけど、お父さんも口調も丁寧だし普通に接するだけなら優しそうなのだが。顔が全てを台無しにしてしまっている。
和菓子の甘みも幾分か薄れているように思えた。甘いものは嫌いではないはずなのに。
「今度、皆で全国大会に出るんでしょう? 全国常連の高校と聞いていたけど、素晴らしい結果ね」
「ありがとうございます。先輩達の活躍が大きいですけど、やはり俺達も何度か試合に出れて、やはり嬉しいですよ」
賞賛を受けて、勇が心底嬉しそうに笑う。あの激戦から日が経過しているとはいえ、他人に成果を褒められるのはやはり喜ばしいことだ。
「しかも君達はまだ一年生なのだろう。よく厳しい環境の中、耐えぬいて結果を出したものだ。明も君達の存在は非常に大きなものだと言っていたよ」
視線を明へ向けると同調して頷いていた。やはり笑みを浮べており、嘘を感じられない表情だった。
明の活躍も俺達には大きな安心感を与えてくれていたが、まあそこはお互い様ということにしておこう。やはりチームメイトの中でも同級生という存在はそれほど大きなものである。
「後はIHという大きな舞台で頑張りますよ。予選みたいな動きをできれば、きっと勝てると信じているので」
「頼もしいことだ。しかしすまなかったな、うちの明が足を引っ張ってしまったようで」
「いえ、そのようなことは――」
「予選の準決勝でも途中交代、決勝戦でも序盤は殆ど役に立てなかったと聞いた」
突如、お父さんの顔が強張る。
「あー、いや、確かにあの時はそうだったけど」
「最近たるんでいるのではないか? レギュラーを取った後から、お前の中で自分への甘えが出たのではないかと心配だ。それがチームに迷惑をかけるというのなら尚更な」
鋭い視線が明だけを捉える。
ただでさえ臆病な一面があった明は冷や汗を浮かべ、どう返答をすればよいのか迷い、口を閉ざしてしまった。
返答がないということを肯定と感じ取ったのか父親は続ける。
「お前はまだ未熟であるということを忘れるな。少し庭で体を鍛えてきなさい」
「え!? 今から!? いやでも皆もいるし……」
「彼らは私達が接待するさ。私から話したいこともあるし、気にするな」
「いや、でも……」
「どうした? 何か問題でも?」
「……行ってきます」
有無を言わさない圧力に当てられ、明は渋々と部屋を後にした。
……息子を相手に容赦ないな。しかも俺達が来ているというのに、か。
「随分と厳しいっすね」
「というか、庭とかあるんですか?」
「息子だからこそ、だよ。見たいなら君達も案内しよう。昔あの子がバスケを始めたときにバスケのゴールも作ったものでね。少しくらいならバスケの練習もできるはずだ」
「本当ですか!?」
「……すげえな」
予想を超えた環境のよさに、皆が驚いた。ゴールが家にあるというのは本当に羨ましい。バスケの練習をするにあたり、ボールは買えてもゴールを用意することは中々難しい。それが家にあるというのはかなり恵まれているといって差し支えないだろう。俺も羨ましさを覚え、少しよってみたくなってきた。
「――さて」
お父さんが一つ息を零す。一瞬、明という身内の者がいなくなってしまったことに気づいたせいで怖さが増大した。
「あの子は、明は部活でもきちんとやっているかい?」
しかし恐怖を抱く必要などなかったらしい。沈黙の後に放たれたのは一抹の不安を抱いている声だった。
「……どういう意味ですか?」
「聞いているでしょうけど、彼も実力を持っているし、試合でも活躍して皆頼りにしていますよ」
「そうか。だが、それはきっとあの子が平常心を抱いている時のことだ」
言葉の意図を理解したものはいなかった。皆首をかしげてその真意を探るが、思い当たることなどなかった。
「私はあの子が本気で怒る姿を見たことがない」
「……ええ、そうね」
その言葉に母親も頷いて、さらに話は続いた。
「人間には様々な感情があり、それが行動の理由となるものだ。その中でも特に怒りというものは凄まじい原理となりうる。……君達は、明が怒っている姿を見たことがあるかい?」
「……いいえ」
「今考える分には一度も」
「クラスの中でもそのような素振りはなかった気がします」
諭されてようやく気づいた。
確かに俺達は明が怒っている姿など一度も見たことがなかった。かつてあいつが中学時代の同僚である荻野と再会して侮辱された時も、奮起こそすれそれを怒ったことはなかった。
「本当に幼いころはそうでもなかったのよ? でも、昔この人に本気で怒られた時に怯えてしまった様で……」
「ああ。だが明は強い力を持っている。だからこそ、慣れぬ怒りを抱いた時、あの子がそれを制御できるかわからない。それが心配なんだ」
怒りを抱く前に、きっと何かが抑えつけるのだろう。自制心か、臆病な心が。
だがそれでも抑えきれないほどの感情を持ったのならば、無類の力を誇る明を止められるものはいないのではないか。それがきっと父親が危惧していることなのだろう。
「……失礼を承知で聞きますが、お二人は彼が出ている試合を観たことがありますか?」
ならばこそ、この悩みは俺達が解消しなければいけないものだ。
「いいえ。話では聞いていたけれど……」
「私も仕事があって中々行く機会がなくてね」
俺の問いかけに二人は難しい表情を浮かべて否定した。
大人にも色々事情があるのだからそれを責めるつもりはない。悩みを浮べてしまうことも理解できる。
だが、だからといって俺達までその言葉を肯定したくはない。
「俺達は全員が力を合わせて戦っています。俺達が明を助ける時があれば、逆に明が俺達を助けてくれる時もある。あいつが耐え切れない状況に陥ったならば、その時は暴走する前に俺達が助けます」
チームメイトとして当たり前のこと。助けて、助けられて、先へと進む。元々、一方的に助けるだなんて驕りだ。明は何もできない無能なんかじゃない。
「明を心配する気持ちはわかります。ですがお二人が考えているほど、彼は弱くはありませんよ」
仮にもあいつだって俺達と同じように、実力で今のポジションを勝ち取ったのだから。
「…………ふふっ。君は中々面白い男だな」
安心したのか、父親は表情を緩めて背もたれに寄りかかった。
「先ほど私を前にして四人を庇った時といい、迷いのない性格をしている。あの子も幸せものだな、君達のようなチームメイトに出会えたというのは」
今ここにはいない息子へと向けられていた不安の一部を減らすことは出来ただろうか。
幾分か安堵しているように見えるのは、自意識過剰ではないと思いたい。
「あいつだってレギュラーですからね。やってもらわなきゃ困りますよ」
「特にゴール下というのは、光月さんみたいな人がいないと話になりませんし」
「俺達にとっては体を張って助けてくれる、頼りになる存在です」
本田達三人もそれぞれが抱いている信頼感を口にした。
明が普段両親に何を話しているかはわからないが、決して頼っているのはあいつだけではないということを、今日改めて感じてくれればいい。そう思った。
「……そうだな。ならば私達からは一つ、君達にお願いしよう」
少し間をおいて、そして父親は告げる。
「あの子と、明と助け合ってくれ。先ほども言ったが、明は力がある。役立つ時もあるだろう。IHでも君達が共に喜ぶ姿を期待している」
「迷惑をおかけするかもしれないけど、よろしくね」
「……はい」
「勿論です」
「勝利の報告をあいつと共にしますよ」
「だから、応援していてください」
二人の頼みに、俺達は全員が頷き、そして改めて全員で勝利することを決意した。
――――
その後、四人は庭に案内されて光月と合流し、共に汗を流した。
夕食もご馳走になり、味に全員が満足すると光月がチームメイトを見送って自宅へと戻る。
「明、少し来なさい」
「え? あ、うん」
そろそろ明日の準備を始めようと自室へ戻る光月を父親が呼び止めた。
言われるがまま居間へと戻り、二人は真面目な表情を浮かべて向かい合った。
何か問題でもあったのだろうかと光月が悩んでいると父親が口を開いた。
「銀髪の少年には、気をつけなさい」
「え? 銀髪って……要のこと?」
何故、と戸惑う明を見て父親は話を続ける。
「彼は危険だ。迷いがない。なさすぎる。高校生ならばもっと自分のことを意識してよい時機。それなのに、私と初めて会った時にすぐさま前に出たことといい、他者への考えといい、意識が確固たるものとなっている」
今日一日の間に彼が見た白瀧の素振りを思い出し、そして彼の性格を分析していた。
「……それで?」
「彼は行動する時に迷いがない。おそらくは自分の進む道の先が危険だとしても間違いだとしても、目的の為ならば進める、いや進む人間なのだろう。だからこそその考えは強く、そして危険だ」
警察官として多くの人を見続けてきた観察眼が、白瀧要という男が危険であると見抜いていた。きっと白瀧は自らの目的を達成する為ならばどんな犠牲も厭わないと。
「だから、危険だって言うの? でも僕達は要を――」
「勘違いはするな。だから付き合いをやめろと言っているのではない」
反対の声を上げる光月を制し、父は本当に言いたいことを真っ直ぐ伝えた。
「だから、お前も助けてやりなさい」
「……え?」
「きっと彼もいつかは壁に衝突する場面があるだろう。その時に一緒に戦えるように、強くなりなさい」
進むことしかできないのならば、チームメイトとして彼を助けてやれと、息子に言う。
反対ではなく、むしろ光月の背中を押してあげたいという意味が込められたものだった。
「……うん」
「IH、勝利の報告を待っている」
「うん、頑張るよ」
いつもしているような返事であったが、しかし今は常時のそれよりも気持ちのこもったものだった。