「……お前か」
携帯電話の画面に表示された相手の名前を見て、正直驚いた。何故このタイミングで、そして何故俺に電話をかけてくるのか。試合日程の都合もあって忙しいはずだし、その意図を理解できなかった。
今はあまりこの相手と話したくないという気持ちはあるが、折角の連絡を無視するわけにはいかない。友人として共に過ごしてきたあいつを見過ごしたくはなかった。
一拍置いて通話のボタンを押す。
「もしもし」
『……お久しぶりです。白瀧君』
「ああ、本当に久しぶりだな。お前から電話がかかってくるとは驚いたよ。ひょっとしてこれがはじめてなんじゃないか?」
『そう、ですね』
程なくして相手からの答えが返ってきた。
いつものように丁寧な口調で、しかしどこか沈んでいるような響きをしていて、大体の事情はわかっているが、俺が考えている以上の何事かがあったのだろうことが感じ取れた。
「それで? 一体何の用だよ……黒子。明日も試合があるんだろう? それなら俺と話している暇なんてないんじゃないか?」
『いいえ。その前に一つ、君に聞いておきたいことがあるんです』
電話の相手、黒子の言葉に思わずこめかみが動いてしまうのを抑えて、ただ冷静に己の心を落ち着かせることに専念した。
何を今さら、という思いが募った。しかし感情を言葉にすることはせず、淡々と相手の用件を窺うことにする。
「聞いておきたいこと? 俺にか?」
『はい。白瀧君にこそ聞いておきたいと思いました』
「ふーん。しかし折角かけてみてもらったのに悪いが……生憎、俺は今お前とは話したくはなかったんだけどな」
そうだ。出来ることならば今黒子とは話したくなかった。自分から余計な感情を持ち込みたくはない。だからこそ誠凛対桐皇の試合だって観に行かなかったわけだし、電話の主が火神であったらならば間違いなく電話に出ることはなかった。
『……わかっています。それでも、駄目でしょうか?』
俺の考えを知っても黒子は引き下がろうとしなかった。
決して強い口調ではない静かな声だったものの、自分から退くつもりはないのだという黒子の意思表示が伝わってくる。
……こういう時のこいつは絶対自分から折れたりはしない。中学時代からそれはわかっている。だからこそ自然とため息がこぼれていく。
「はぁ。……とりあえず事情を説明しろ。話はそれからだ。一体何があったんだ?」
『ありがとうございます』
こうなっては俺が折れるしかない。たしかに話すことで感情が湧き出す可能性もあるが、それ以上に友であった黒子を無視することによる自己嫌悪の方が酷くなる気がしたんだ。
そして黒子が一通り説明するまで、俺は一切口出しすることはしなかった。
――――
一通り黒子の説明が終わり、ようやく俺に電話をかけてきた理由がわかった。
「……火神の負傷か。そして火神のその後の発言でお前もどうすればよいかわからなくなったと」
『悔しい話ですが、そうなります。僕のパスも青峰君には通じず、誠凛も昨年のようにトリプルスコアで大敗してしまった。正直、今までの出来事が無意味だったと言われた様な気分です』
「しかも相棒の火神にまで否定されたらな。お前が悩むのも仕方ない」
今日の試合、桐皇戦の大敗により誠凛は内部崩壊とまではいかないものの、一人一人が
自信を喪失してしまっているという。加えて火神も今までのあり方に疑問を抱き、黒子にその答えを問いかけた。しかし黒子も答えを出せないまま解散してしまった。
『……昔、白瀧君はどう思いましたか?
“キセキの世代”の力を目にして、彼らが戦う姿を目にして、何を感じましたか?』
だがそれでは駄目だった。
このまま終わりにしたくない。相棒・火神の考えをもっと深く知りたい。そしてもう一度共に挑みたいと。だから似たような経験を持つ俺に聞いてくる。
“キセキの世代”に屈辱を味合わされた者の、ベンチで仲間が戦う姿を見ていることしか出来なかった者の気持ちを経験した俺に。
「はぁ………」
息を一つ零し、少し昔を思い出す。あの時の忌々しい記憶が、今でも鮮明に浮かんでくる。
「覚えているか黒子。俺達が中二だった時のことだ」
『はい。その時は僕もユニフォームをもらったばかりでしたのでよく覚えています』
「ああ。思えばあの年が帝光にとっては大きな変化が起こった年だった」
帝光にとっても、そして俺にとっても言えることだった。あの年は変動の年。おそらくは帝光中バスケ部の全員が何かしらの変化を経た、いや経てしまったことだろう。
「……太刀打ちできずに敗北した時は、俺も何もかもがわからなくなったよ」
『やはり、自分のバスケットスタイルのあり方が正しいかどうか悩んだということですか?』
「それだけだったらよかったよ。でもそれどころじゃない。むしろ今起こっていることが本当に現実なのか、それさえ信じられずにただ呆然としていた」
敗北の事実を受け入れることさえ難しかった。自分が今まで築きあげたもの全てが音を立てて崩れ去り、当然であったはずのものが呆気なく両の手から離れていく。
だからこそこれが現実なわけがないと。夢であって欲しいと。そう望んでしまっていた。
「その後、現実だと受け入れてからは……そうだな。本当に今のバスケットスタイルで通じるのか、自分のやっていることに意味はあるのかと自分に問いただしたよ」
『誰かに相談しようとは思わなかったんですか?』
「出来ると思うか? 確かにした方がよかったのかもしれない。けど、多分それどころではなかったんだよ」
『どういうことですか?』
「おそらくだが、周りが見えなくなっていたんだろうな。理解が追いついてなくて一人で考えたいとも思っていたし。……何より、変な意地があったんだろう。理解する一方でまだ諦めたくはないし、負けた時の話なんて基本はしたくないんだ」
『……確かに、選手としては当然のことですよね。すみません』
気まずい雰囲気を察した黒子が謝罪するが、今となってはもう過去のことだし『気にするな』と一言告げて話を続ける。
「ただ何れにしても、あの時は自信を失っていた。だからこそ誰かが隣で信じてくれたことが嬉しかった」
『……誰かが信じること、ですか』
「ああ。他人にとっては些細な言葉でもいい。それでも自分が求めている声をかけてくれる存在がいることで、見失った存在意義を確かめさせられたことで俺は立ち直れたよ」
脳裏に浮かぶのは二人の人物。中学時代に心が折れかけて、それでもなお立ち上がることができるようにしてくれた二人の顔だった。
きっとあの時声をかけてくれなかったならば、俺は今バスケをしていないはずだ。
『火神君も、そうだと良いのですが……』
「……そこを迷ったら終わりだぞ。自分の考えさえ正しいのかどうか迷っているのに、加えて仲間のことまで疑っていたら何も信じられない」
『白瀧君……』
「きっと火神も今のままでは駄目だと思っている。だからこそお前が信じてやれ。
間違っていることなんてないよ。今はただ足りないだけだ。だから道を曲げるな」
目標や手段を疑ってしまえば到達するまでの道のりを超えることなんてできるはずもない。
力のなさの為に今まで貫いてきた考えを諦めなければならないなんて間違っている。だからお前も逃げるな。
『……わかりました。ありがとうございます』
「ふん。本当に世話の焼けるやつだな、お前は」
『そうですね。君も、相変わらずのようで』
「は? それ褒めているのか?」
『はい。本当にありがとうございます。それでは火神君と話すことを考えたいので、失礼します』
「……え? ちょっ、おい!? 黒子!? まだ話が」
何度も呼びかけるが、無機質な音しか聞こえてこない。
……あの野郎! 用件を終えたらすぐにきりやがった……!
「あいつは人の話は最後まで聞けと習わなかったのか!? まだ話の途中だぞ!?」
練習中などでもこちらが話しかけている間に姿を消していた時のことを思い出す。
確かに『時間はないのだろう』と俺も言ったものの、普通こうもあっさりと切るか……? 向こうから電話をかけてきておいてこの始末はあまりにも酷い話だと思う。
「しかもよく考えたら、“キセキの世代”が戦っている時のことは全然話せてないし。……まあ、黒子が良いというなら別に構わないか」
ある意味では都合がよかった。俺自身、あの時のことは一番話したくはなかった。個人的には負けた時よりもあの時の方がずっと嫌な思いをしたから、助かったと言えば助かった。
「……残り二試合。果たして勝ち残れるか、誠凛」
決勝リーグは残り二試合。立ち直ることができなければ全国への出場は叶わない。
火神というエースを欠いた今、黒子が復活しなければ勝利は得られないだろう。
誠凛を全国で見ることができるかどうか。……一応楽しみに待っているぞ、黒子。
――――
そして翌日。決勝トーナメント二日目が行われる日である。
昨日の戦いの勝利により桐皇学園と泉真館がIH出場に一歩リードしている中、その桐皇学園と泉真館、そして大きく後退してしまった誠凛と鳴成の試合が始まろうとしていた。
「火神君」
「あ? なんだよ、もうすぐ試合始まるぞ?」
「少し、よろしいでしょうか?」
「……さっさと済ませろよ」
控え室にて黒子は火神を誘い、外へ出た。いつもなら文句が飛び出しそうな展開だが、火神は大人しく彼についていく。
火神の足にはテーピングが頑丈に巻かれている。昨日の青峰との試合で足を痛めてしまったためだ。第二Q途中で退いた為に重症と言うほどではないが、それでも今日のスターティングメンバーには名前が挙がっていない。
だからこそ日ごろの熱い闘志もなりを潜めており、黒子の提案も渋々とだが受けていた。
「で? 一体なんのようなんだよ? 先輩達にも聞かれたくないってことか?」
「まず始めに、君に謝らなければなりません。……すみませんでした」
「……は?」
事情も伝えず突如黒子が頭を下げてきたため、火神は混乱した。まだ話の用件もわからないというのにいきなり謝罪をしてきたのだから当然の反応であった。
「謝らなければならないって、何のことだよ? お前俺に何かしたのか?」
「僕が今までついていた嘘のことです」
「……嘘?」
上げられた顔は真剣なもので冷やかす気になどなれなかった。
だが嘘と言われても火神には何を指していることなのか見当がつかない。相槌を打つに留まり、黒子の次の言葉を待つことにした。
「以前、僕は火神君に君を日本一にすると、それが僕の目標だと言いました」
「それが何だよ?
「はい。ですが肝心な目標こそが、僕の目指しているものとは違うんです」
「どういうことだよ?」
誠凛バスケ部に入部する際にも黒子は『日本一にする』と公言していた。事実、今もかつての仲間であった“キセキの世代”の所属する高校をはじめ、多くの強豪校との勝負において勝利に貢献している。
それなのに、何が違うというのか。火神にはわからなかった。
「中学時代、僕はバスケが嫌いになった時があると言いましたよね?」
「……ああ」
予選トーナメント、準決勝・正邦戦の開始前に話したことだった。二年の先輩が昨年の決勝リーグで大敗してバスケに嫌気がさしたのと同様、黒子もバスケに対し負の感情を抱いたことがあった。
「あの時、僕は仲間とも意見が衝突し、自分の考えが正しいのかどうかさえわからなくなりました。
……その答えは中学時代に見つけることはできなかった。だからこそ高校では彼らと戦って、僕の考えを認めて欲しかった」
「おい、ちょっと待てよ! その言い方じゃまるで……」
「その通りです」
先の言葉を察した火神。黒子は頷き、火神が想像していた通りに口にした。
「僕は“キセキの世代”に僕のバスケを認めてほしかった。それこそが僕の目標だったんです」
火神を日本一にするというのは建前であり、火神を利用して目的を達成しようとしていたということを。
「……ハッ!」
裏切りとも捉えることができる言葉を耳にしておきながら、火神はうっすらと笑みを浮かべた。
「気づいてねーとでも思ったのかよ? 大方想像はできていたっての」
「え?」
「“キセキの世代”のバスケを否定しておきながら、やつらと同種の俺をサポートする理由なんて限られている。だからこそ今さらそんなの聞いたところで何とも思わねーし、俺は」
「いいえ。火神君は彼らと同種ではありません」
「……あ?」
お前の考えを気にしたりはしない、と火神が続けようとするが彼の声は黒子のバッサリとした意見に遮られる。
「海常や秀徳と戦った時も、火神君は僕を、誠凛を信じて戦ってくれた。
一人で自分の力を示すためではなく、チームとしての勝利を得るために」
「…………」
「昨日の桐皇戦、青峰君に負けた時はああ言っていたけど、僕はまだ諦めたくない。
確かに今回こそ駄目でした。ですがまだ終わっていない。今はまだ力が足りません。でも諦めなければ先へ繋がる。もっと力をつけて、今度こそ勝てるように」
昨日の試合だけでこれからの全てを諦めるわけにはいかない。
まだ機会は残されている。だからこそその時に昨日のリベンジを果たすためにも。
「僕はもう一度一緒に戦う為に、君を信じて戦います。
帝光中幻の
黒子は今一度火神に誓う。
出会った当初の時とは違う。本当の仲間として、誠凛の一員として。何よりも火神の相棒として。
真の意味で黒子が火神を信じ、彼の影として戦うことを決意した瞬間だった。
「……そうかよ。だが、どっちにしろ俺は今日の試合には出れねえ」
「はい。わかっています」
「けど、俺だってもう一度青峰と戦いたい。今度こそリベンジを果たしたい」
「僕も同じ気持ちです」
「青峰だけじゃねえ。まだ“キセキの世代”を全員倒していない。日本一にだってなれてねえ」
「ええ。まだ道は遠いです」
「だから、言いたくねえけど頼む」
黒子の強い決意を耳にして、火神はそれに応えるよう肩に手を置いて口にする。
「決勝リーグ、勝ってくれ。俺はIHであいつらと戦いたい……!」
「任せてください。……必ず、勝ちます!」
火神は黒子を信じ、黒子もまた火神を信じた。
――――
そして時間が経過し、いよいよ重要な戦いの始まりが近づいていく。
火神と黒子もチームに合流してからしばらくして、監督であるリコが腕時計を確認して立ち上がった。
「……よしっ! 10分前! 皆、行くわよ!」
弱気など一切感じさせない強い口調で選手達に呼びかける。彼女につられて伊月達もベンチから立ち上がり、顔を引き締めた。
「あー。カントク、ちょっと待ってくんねえ?」
「え?」
「日向? どうした?」
だがただ一人、主将の日向だけはベンチに腰掛けたまま手を挙げて全員が控え室から出て行くのを制止させる。
もうすぐ試合が始まるというのに一体何事かと皆が疑問を浮かべ彼に視線が集まる中、
ようやく日向は立ち上がり、口を開いた。
「始まる前に聞いておきたいけど、お前ら今どうだ? 鳴成に勝つイメージが湧いているか?」
それはきっと全員が抱いているであろう負の感情。
昨日の大敗によりチームの勝利を完全に信じきれないでいる彼らの不安を的確につく問いかけだった。
リコは何か意味があるのだろうと察して口を挟むことはせず、他の選手達は日向の言うとおり勝利の自信を持てずに無言を決め込んでしまう。
「だよな。まあ俺だって正直昨日の試合を気にしてる部分があるよ。
ようやく予選で去年の借りを返したっていうのに、また決勝リーグでズタズタにされちまったんだからさ」
ため息を一つ零し、頭をかきながら愚痴を零す。
しかしその直後『だけど!』と再び口火を切った。
「それがどうしたよ! 去年あれだけ悔しい気持ちを味わって、バスケを辞めたくなった。それでもバスケを続けてここまで戻ってきたんだろうが! 正邦に勝って、秀徳にも勝った! あと少しで俺達は目標のIHに行けるんだぞ!」
お前達ももう負けるのは嫌だろうと、二年生に呼びかける。
お前達だって勝ちたいだろうと、一年生に呼びかける。
ようやく彼らは日向が言おうとしていることを理解した。日向は主将の顔で皆に呼びかける。
「鳴成、そして泉真館。この残りの二戦は絶対に勝つぞ! 勝ってIHに行くんだ!わかったか!?」
『おう!』
日向の必死な叫びで目を覚ましたのか、選手達の顔つきが変わった。もはや反射的に喉から声を振り絞っていた。
引きずっている素振りを見せる事無く、主将として務めを果たそうとしている日向の姿勢が、仲間の意識を目覚めさせることとなった。
(……まったく。もう立派な主将じゃない)
――私が言いたいことまで言ってくれちゃって。
リコは少し寂しげに、しかしどこか嬉しそうな視線を日向へと送る。
「よし! じゃあ、カントク! 頼むぜ!」
「ええ! ……皆! まずは目の前に鳴成戦、全力で取りに行くわよ!」
『おう!』
一丸となって誠凛の選手達がコートへと向かっていく。彼らの後姿にはもはや昨日の大敗を感じさせるものは何もなかった。
――――
「……聞いたか? 今日の試合の話?」
「うん。聞いた時はびっくりしたよ」
場所が変わって栃木・大仁多高校の体育館。
土曜日の休日であり、藤代の出張という事情も重なって全体練習は午前中で切り上げ、午後は自主練習に励んでいる中、神崎と光月は先ほどまで小林が話していた話題で盛り上がっていた。
「まさか誠凛があの火神抜きで決勝リーグに挑むとはな。三大王者ではないとはいえ、相手だって予選を勝ち残ったチームだぜ? 本当に勝てんのかよ?」
偵察部隊より報告があった誠凛のスターティングメンバー。それはにわかに信じがたい面子となっていた。
伊月、日向、黒子、小金井、水戸部。
エースの火神がベンチスタートという予想外の構成である。
「火神は高さとパワーもあってリバウンドにおいても重要だったってのに。下手すれば前半で勝負が決まるんじゃね?」
「……そう、かもね」
光月はチラリと視線を横へ、白瀧へと向ける。黙々と、淡々とシューティングをこなしていくだけで東京都の試合を気にしている様子は見られなかった。
すると自分に向けられた視線に気づいたのか、白瀧が撃とうとしていたボールを腋に抱えて二人の下へと歩み寄った。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
「いや。そうじゃないけどさ。……要は、今日の誠凛対鳴成の試合、どう考えているんだい?」
「ああ、今日の決勝トーナメントの試合か? それなら決まっているだろう」
光月の問いかけに白瀧はフッと微笑を浮かべて答えた。
「余程の波乱がない限り、誠凛が勝つさ」
「……え?」
誰もが誠凛が不利であるとそう考えている中、白瀧は誠凛の勝利を信じて疑わなかった。
光月の問いかけにあっさりと答え、再びシューティングへ戻っていく。
「黒子が本来の姿に戻ったならば、何も心配はない。あいつとて帝光で『幻の
背中越しに届く声に、不思議と反論の意見は出てこなかった。
――――
「とうっ!!」
「ぬおっ!?」
鳴成のパスコースに小金井が飛びつき、ボールを奪い取った。高さこそないものの俊敏性には自信があり、相手の攻撃の芽を詰んでいく。
「くそっ、こいつら! 昨日の大敗で消耗していると思ったのに……!」
「むしろ絶好調じゃねえか!」
敵の予想以上の奮闘ぶりに鳴成の選手達は歯軋りした。ベストメンバーでないにも関わらず、前半戦誠凛にリードを許してしまっているのだから当然の反応だろう。
この試合で確実に勝利し、IHへの切符を手に入れようと考えていただけに、衝撃は大きかった。
だが誠凛の攻撃の手は緩まない。伊月が視線を動かす事無く、真横へのバウンドパス。日向の手に渡ると、瞬く間にスリーポイントシュートが炸裂した。
「よっしゃあ!」
「まただ! 今日何本目だよ、あの4番!?」
「全然外れる気配がねえ! 連続でスリーを決めているぞ!」
火神がいないこの試合、日向のスリーが誠凛の得点の大半を占めていた。
主将としての意識が変わったことで選手としても一回り成長したのか、日向の背中はいつもよりも大きく見える。今ならば全国区のチームを率いる主将と比べても見劣りしない。そう感じさせるほどであった。
「くそっ!」
「リスタート、早く! 取り返すぞ!」
悔しさを覚えながら、鳴成のスローインで再開。しかしボールは味方に渡る前に黒子にスティールされてしまった。
「なっ!?」
「はぁっ!?」
(一体いつから、どこから現れたんだお前!?)
存在していなかったはずの選手が突如現れ、ボールを奪っていく。二人が目を丸くしていると、黒子が体制を立て直し、シュートモーションへ移った。
「打たすか! この野郎!」
動揺こそあったものの、反射的に跳躍し手を伸ばす。
だが黒子は突如シュートから切り替えて横へ放るようにボールを手放す。そしてセンターの水戸部へパスが通った。
(パスかよ! こいつ!)
「させっか!」
今度は別の選手がヘルプに出て、水戸部のシュートコースを塞いだ。すると彼の指先を越えるように、水戸部はフックシュートを放つ。ボールは綺麗な弧を描いてリングを射抜いた。
「フックシューターか……!」
「よっし! ナイス水戸部!」
小金井が水戸部の肩を叩くと、水戸部も柔らかい笑みを浮かべてコクリと頷いた。
「悪いな! 俺達もIHの切符を譲るつもりはねえよ! このまま押し切らせてもらうぜ!」
前半終了の笛が鳴り響く中、日向は声を張り上げて高らかに宣言した。
(誠凛)47対35(鳴成)。誠凛高校、予選で三大王者を連続で破った勢いは消えていなかった。
―――――
日曜日、決勝トーナメント三日目。すなわち最終日である。
今日の試合は桐皇対鳴成と誠凛対泉真館。すでに桐皇は誠凛・泉真館を相手に二勝を上げており、どちらも大勝であったために東京都一位でのIH出場は確実視されている。
残りの二枠を誠凛、泉真館、鳴成の三校が争うことになる。
現状ではまだどの高校にも可能性が残されており、大仁多の選手達は全体練習に励む中、一体どの高校が勝ち残ってくるのか、心の片隅で考えながら練習に望んでいた。
「…………決まった、か」
藤代が練習を眺めていると携帯の振動を感じ取り、偵察部隊の報告を理解した。
「監督、どうしました?」
「いえ。東雲さん、この練習が終わったら皆さんを集めますので、準備をお願いします」
「はい。わかりました」
指示で用件を理解した東雲はすぐに橙乃にも声をかけて動き出した。
「……4対4、終了! 一時休憩とします! ――と言いたいところですが、皆さん、集まってください!」
ようやく休憩の合図があり、選手達が安堵したのも束の間。集合の指示を耳にして選手達の表情が変わった。
(これって、昨日一昨日と同じ展開じゃね?)
(ということは……)
(東京都の試合が全て終わったってことか)
声には出さずとも全員がこれから藤代が伝えようとしていることを理解した。
三日も同じようなことが続くのだから当然のことであった。しかし全ての結果が決まったということで選手達の表情には強張っている様子も見受けられる。
選手達が東雲や橙乃から補給を受け取っている中、藤代は全員が集まっていることを確認して口を開く。
「皆さん、よく聞いてください。
……東京都の決勝トーナメント、全ての試合が終了しました。これでIHの出場校が出揃いました」
そしてやはり内容は東京都の決勝トーナメントの結果。東京都の代表校が決定したということだった。
「まず東京都第一位は桐皇学園。全勝優勝を果たし、万全の状態です」
優勝は青峰を擁する桐皇学園。第二戦以降も青峰をはじめとしてレギュラー陣が相手を圧倒し、予選に引き続き全試合100点ゲームを達成した。
たとえ秀徳が勝ち残っていたとしても桐皇に勝てるかどうかわからない。それほどの実力を見せつけて全国への出場をものにした。
「そして第二位は泉真館。三大王者唯一の勝ち残りです。今年で11年連続のIH。チームの完成度も高く、侮れません」
準優勝は泉真館。秀徳・正邦と並ぶ三大王者の一角。
桐皇に優勝を譲る結果になったものの、今年もIH出場を果たすなど未だに実力は健在。
IH出場回数は全国各地の強豪の中でも飛びぬけている。
全国でも活躍が期待されているだけに、厄介な相手であった。
「そして最後、第三位ですが……」
残された最後の東京都の1枠。数多くの強敵を打ち破り、全国への最後の切符を手にしたのは――
「――誠凛高校。正邦・秀徳を破ったダークホースです。今日の泉真館戦もエースがいない中接戦を繰り広げるなど侮れません。初の全国でもあるので想像が一番難しい存在です」
黒子と火神が在籍する誠凛高校だった。
決勝トーナメント二日目、対鳴成戦は89対74で快勝。
最終日の対泉真館戦も敗れはしたものの85対82と最後まで試合の行方がわからない展開であった。
しかも火神抜きでこの強さを発揮した。代表校三校の中でも、最も注目すべき相手ともいえる。
「近いうちにIHのトーナメント表も発表されるでしょう。
皆さんも思うところがあるでしょうが、今はとにかく練習に励んでください」
以上です、と締め括ると選手達がその場を後にする。
誰もが気にしていた東京都の結果を知り、幾分か迷いが晴れたすっきりとした顔つきになっていた。
「勝ち残ってきたな、向こうも」
「……ああ。秀徳に勝った以上、そうでなければ困る」
山本が声をかけると、小林も嬉しそうに頷いた。
「まだ当たるかどうかはわからないが……おかげで闘志が湧き上がってきた」
「ああ。俺もだ」
宿敵を倒した相手と戦える可能性が残った。先のことではあるが、戦うことになるのならば必ず倒すと意気込み、胸を躍らせている。
それは彼らだけではなく、他の部員達もそうであった。
「……本当に白瀧さんの言うとおりになりましたね」
「ああ。正直な話、誠凛はもう予選敗退だと思ってたよ」
西村と本田の視線が白瀧に集まる。今彼は神崎や光月と話をしていた。
火神の離脱の話を聞いても誠凛が勝ち残ることを予想していた白瀧。まさか本当にそうなるとは予想外のことであり、確信していた彼以外は誠凛が鳴成に勝利したと聞いた時は驚愕したものだった。
「嬉しそうだな、お前」
「そう見えるか?」
「うん。……君の気持ちはわかるけどね」
「そっか。まあ実際嬉しいけど、駄目だな。中々抑えることができないか」
二人の言葉に首を傾げつつ、白瀧は笑みを深くして続けた。
「勝ち残ったならば倒すだけだ。……海常、桐皇、陽泉、洛山。そして誠凛。
誰が相手であろう負けるわけにはいかない。今度こそ必ず倒してやる……!」
決戦の舞台に立つ強者が決まったことで、より意識が明確になった。
白瀧もまた、ついに目前にまで迫った願いを叶える機会を手にし、胸を躍らせていた。
――黒子のバスケ NG集――
「聞いておきたいこと? 俺にか?」
『はい。白瀧君にこそ聞いておきたいと思いました』
「ふーん。しかし折角かけてみてもらったのに悪いが……生憎、俺は今お前とは話したくはなかったんだけどな」
そうだ。出来ることならば今黒子とは話したくなかった。自分から余計な感情を持ち込みたくはない。だからこそ誠凛対桐皇の試合だって観に行かなかったわけだし、電話の主が火神であったらならば間違いなく電話に出ることはなかった。
『……そうですか。残念です。もしも話を聞かせていただいたら、以前桃井さんがプールに来た時撮った彼女の水着写真を差し上げようと思ったのですが……』
「よし。とりあえず事情を説明しろ。話はそれからだ。一体何があったんだ?」
前言撤回。たしかに黒子とは因縁がある。だがそれ以前に大切な友である。ならば個人の私情など全てかなぐり捨て、頼みとあらば素直に受け入れるべきなんだ。それが友というものだ。
もう一つ。諸事情により、というかある御方のご命令によりボツになったNG集。
「覚えているか黒子。俺達が中二だった時のことだ」
『中二……つまり白瀧君が自ら『神速』と名乗っていた時のことですか』
「あれは俺がつけたんじゃねえよ! 赤司と一緒にすんな!」
白瀧、後ろ! 後ろ――!
おそらくこの話が今年最後の投稿となります。
今年は本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。