帝光バスケ部に入部してからの一年間。その時こそが、俺にとっては最も輝いていた時だった。後に俺達は全中三連覇という偉業を果たすわけだが、それよりも俺にとっては今も追い求めている舞台が中一から中二の時に立っていたコートなんだ。仲間と共に一緒に立っていたコートこそが、俺が立ちたかった場所なんだ。
まだあのころは良かった。俺だって皆と一緒にプレイできたのだから。
入部早々に俺や赤司、青峰、紫原、緑間はベンチ入りを果たし、一年の時からすでに周囲にその実力を認められていた。俺以外のメンバーはまだ今と比べると才能の開花がなかったため、それほどの実力ではなかった。周りの選手達より少し抜き出ているくらいの実力だろう。しかしだからこそ俺達はお互いを高めあい、試合に熱中していたのだと思う。5人全員がそれぞれの目標に向かってライバルに勝つために、練習に励んでいた。
途中で黒子が一軍に昇格してからはなおさらだ。あいつのようにたとえ運動神経に恵まれていなくても、隠れた特技を生かし自分にできることを精一杯やり、健気なまでにチームに貢献するような選手が現れて。……だからこそ黒子の分まで、あいつが俺にパスを渡してくれるだけ点を稼ごうと思った。それがあいつへの誠意に応える唯一の方法だと当時の俺は考えていたんだ。
『試合、終了――!!』
「よっしゃあああああ!!」
『帝光中学、ついに念願の優勝をもぎ取りました!!』
審判が笛を鳴らすのと同時に、俺は喜びのあまり力の限り叫んだ。
青峰も嬉しそうに駆け寄り勝利を共にわかちあう。もみくしゃにたたいてきて少し痛かったものの、そんなこと気にならない。……それどころか、むしろそれが勝った証だと感じて嬉しかった。ベンチメンバーもその場から立ち上がり、体を躍らせて喜んでいた。黒子も頬を緩ませている。桃井さんも歓喜の声を上げていた。赤司や紫原、緑間といった者達もあまりそういった動作は見られなかったものの、どこか嬉しそうな、ほっとしたような雰囲気を醸し出していた。
一年の全中。俺達は入部早々に全中優勝という輝かしい栄光を手に入れた。あの日ほど皆と喜んだ日はない。チームメイトと共に騒いだ夜はない。正に最高の日だった。
それからの部活も充実していた。全中が終わってからは黒子が一軍に完全に溶け込み、皆気遣いすることなく大きな問題も無く仲良く接していたのだから。時には喧嘩に発展することもあったが、それは相手を思いやってのことで、すぐにその関係は元通りに修復した。
幸せだった。ただ、皆と一緒にバスケができるだけで。それだけで俺は良かった。
だから、まさかあんなことになるなんて。……当時の俺は、想像さえしていなかったんだ。……いや、ひょっとしたら俺はただ考えたくなかっただけなのかもしれない。それまで想像していた、来てほしくない未来が現実になることを、変わらない自分の立ち位置が崩されることを。
全中制覇から時は流れ、俺達は二年生へと進級する。
去年全中を制覇したということでバスケ部の新入部員は急増したものの、俺達を倒すほどの人材がそうそう現れるはずがなく、レギュラーの座は不動のものとなっていた。こんな日がずっと続くのだと……そう当時の俺は思っていた。
「……二年の黄瀬涼太っス。バスケは経験ないけど、これから学んでいくんでよろしくお願いします!」
――あの男。黄瀬涼太が帝光バスケ部に入部するまでは。
「……夢、か」
眩しいほどに部屋の中に降り注ぐ朝の日差しと、小鳥のさえずりで俺はいつものように目を覚ました。
上体を起こし、腕を伸ばして残っている眠気を振り払う。いくらかストレッチをするとだんだんと脳が覚醒していく。うん、特に体に疲れは残っていないな。
体の状態を確認すると、部屋の中に設置されている冷蔵庫へと向かい、その中から紙パックの牛乳を取り出した。その中身をコップに半分ほど注ぎ、飲み干していく。ゴクッ、ゴクッと喉を鳴らして牛乳は体内へと吸収されていった。
「ふぅっ」
飲み終えると自然と口から息がこぼれた。これで一息ついたな。若干乱れていた脈も落ち着いてきた。残った牛乳は冷蔵庫にしまい、使ったコップをキッチンで洗う。
今日は待ちに待ったミニゲームの日なのだから全力で挑めないようでは困る。ただ、体の方は万全なんだが……
「……あんまり、良い目覚めではないな……」
水を止めながら出てきた夢の感想は、やはり良いものではない。
いつものような朝なのだが、先ほどまで見ていた夢のせいかあまり気分は優れない。繊細すぎるのもほどほどだな。
あの日――バスケ部の練習初日、橙乃に昔の話をされてからというものなぜか俺は毎日のように帝光中学時代の夢を見るようになった。俺がまだレギュラーの時代であった、懐かしい栄光の記憶。仲間と共にコートに立った輝かしい過去。
俺も未練がましい。夢にまであんな映像が映し出されるなんて。それほどまでに過去に囚われているということなのだろうか。
……だが、今は忘れよう。たしかにあのころには戻りたい。それでも、今日はこれからの未来のために大切な試験の日なのだから。
「まだ時間は……だいぶあるな。夢にうなされて早く起きてしまったのか? まあいいや」
時計に目を向けると、いつもよりも30分ほど起床時間が早い。朝食を取るにも十分余裕がある時間だ。
俺は体を完全に起こし、専用のジャージへと着替える。時間が余っているなら有効に活用するとしよう。俺は朝のランニングに出かける事にした。
そして授業も終えて本日の部活。
今日は皆ミニゲームということもあり、新入生は張り切っているように見える。まあ、久しぶりの試合形式ということで張り切っているやつもいそうだな。……主に俺。きっとこれが武者震いというやつだろう。
ロードワークやシュート練習などを終え、時間も頃合い。体も良い感じにほぐれているのでいつでも動ける状態だ。
「よしっ。それじゃあ一年と三年は集合! 二年はコートの準備に取りかかってくれ」
休憩中に小林さんの声が響く。指示通りに二年の先輩達は試合の準備に、俺達一年と三年の先輩方は小林さんのもとへと集まった。チーム編成などもまだ特に聞いていないし、これから詳しく話すということだろう。
「これから以前話した通り、一年生同士で五対五のミニゲームを行ってもらう。ミニゲームとはいえ、今日のゲームの動きを大きく評価するからな。今後のベンチメンバー選出にも関わってくるだろう。皆本気で打ち込んでくれ」
「チーム編成についてはすでに決まっています。今から名前順に1から6までのチームを発表しますので、呼ばれた方から準にビブスを受け取ってください」
簡単な説明が終わると次々と名前と番号が呼ばれていく。人数を考えて合計6チーム。となると単純に考えて勇や明と同じチームになる可能性もチームの数に比例して低くなる。二人とも一緒となればなおさらだ。
……ま、覚悟は決めておくか。敵になるというならば……誰が相手であろうとも容赦なく倒すだけだ。
最後の一人が名前とチームを呼ばれ、そのチームに合流した。
これで全員のチーム分けが終了。ちなみに俺のチームは3チームでメンバーは丁度5人。今はそれぞれのチームごとに集まって、挨拶を含めた試合前の交流中だ。
「……まあ、確かにありえないことではない。別におかしいことではない。しかし、だからといって……」
たしかに誰が一緒になっても構わないと思っていたのだが。……だがね、だがよ、だがな?
まさか本当にこんなことになるなんて、一体誰が想像できた? 目の前の現実が信じられず、俺は驚愕の色を隠せない。
「よう要! 今日もよろしく頼むぜ!」
「二人と同じチームなんて心強い。あらためてよろしくな」
「……ああ。俺もだよ。こちらこそよろしく」
俺にいつものように親しげに話しかけてくる勇と明。俺も不思議に感じつつも返事をする。
まさかの、俺と勇と明。信じられない話ではあるのだが三人が同チームになるという現象が起こっていた。
一緒に部活に入って行動することも多かったから、てっきり先輩達は俺達のうち少なくとも一人は引き離すと考えていたのだが。……俺の考えすぎか? 逆に連携のしやすさを優先したのか?
あるいは先輩達はこのチーム分け適当に決めたのか? いやいや、それってどれくらいの確立だよ!? えっと全体が33人だから……3/248くらいの確立か? 低すぎる、ありえないだろ! こんなところで無駄に運を使い果たしてたまるか! 頼むからそういうのは緑間を相手にしたときに使わせてくれ!
「たしかにこのほうがチームとしては機能しやすいが、どうも話が上手すぎる気がするんだよなぁ……」
……はあ。まあいい。今はチームの振り分け方についてとやかく考えるのはやめにしよう。どうせそんなことには意味がない。理由はどうあれ見知っている人間の方がやりやすいのは確かなんだ。むしろ喜ぶべきことだろう。
それよりもチーム編成において、ここで俺らのチームには一つ問題が発生している。今はその問題をどうやって解決するかを考えないと。
――――
「よし、全員チームは組めたな!? それでは、これより10分後に試合を始める。それまで各々のチームで作戦をたてるなり練習をするなり、各自自由に動いてくれ。二、三年はコートの整備ならびに審判を務める様に。
試合は前半10分、ハーフタイム5分、後半10分。片面コートで2試合ずつ行う。まず最初に1チームと2チーム、3チームと4チームが対決。ゲーム終了後に5チームと6チーム。そして第1試合の敗戦チーム同士だ。各チーム2試合行う。ポジションなどは自由に決めてもらって構わないし、6人のチームはそれぞれの判断で選手交代してくれて構わない。では、第1試合のチーム達からアップを始めてくれ」
小林が今回のミニゲームの説明を終えると、1年生はそれぞれのチームにわかれて作戦会議へと移って行く。中にはまだ馴染めていない顔ぶれの者達もいるだろうが、今回のミニゲームは一年生同士の交流を深め、お互いの力を知れるチャンスでもある。
マネージャーの東雲と橙乃にいくつか指示を出すと、小林はもうすぐ3チームと4チームの試合が行われるであろうコートへと目を向けた。
「……あら? ひょっとしてもう試合始まっちゃいますか?」
「うん? ……藤代先生! お疲れ様です!」
「ああ、小林さんもお疲れ様です。遅れてしまってすみませんね、どうも仕事が長引いてしまって」
肩に届くほどに伸びた金髪の、メガネをかけている中年男性がコートを見ている小林へと近づいていった。『藤代先生』と呼ばれた彼は、小林とは違って流暢な話し方でどこかつかみどころの無いように感じられる。
「皆、藤代先生がいらっしゃった。挨拶を!」
「「お疲れ様です!!」」
「ああ、いえいえ。皆さんもお疲れ様です。どうぞそのまま各々の仕事を続けてください」
部員全員が監督に向かって挨拶する。大半の一年生達は彼と会うのが始めてなため、最初は誰なのかわからなかったようだが、今ので彼が誰なのか理解したようだ。
「それで小林さん。今日がたしかミニゲームの日でしたよね?」
「はい。これからまさに始まるところです。チームもすでにわかれていますし、……先生のお目当てであろう選手も、もうすぐそこでプレイしますよ」
「ああ、彼ですか。……あの銀髪の子ですよね?」
「はい。彼が白瀧要、期待の
藤代監督の問いに小林は肯定して白瀧の姿を見た。
白瀧はすでに推薦入試の際に藤代監督と面識がある。だがこうしてコートに立つ彼をこれほど近くで見るのは初めてのことだ。どうしても彼に意識が集中してしまうのは仕方がないことだろう。
「それで、彼のチームはどんな編成になっていますか?」
「3チームですね。以前体力測定で取ったデータもありますが……こちらになります」
小林は手元から一枚の紙を取り出して藤代監督に手渡した。藤代はそれを興味深そうに眺めていく。
渡された紙は3チームに所属している五人のメンバーの中学時代のポジションや、体格測定などで判明した選手の大まかなデータであった。
書かれていること選手データは以下の通り。
パワー:3
スピード:5
柔軟性:4
スタミナ:5
パワー:5
スピード:4
柔軟性:3
スタミナ:4
パワー:3
スピード:4
柔軟性:2
スタミナ:3
パワー:2
スピード:3
柔軟性:3
スタミナ:2
パワー:4
スピード:2
柔軟性:3
スタミナ:3
以上の5人である。ちなみに記されている選手パラメータは5段階評価であり、東雲と橙乃が体力測定の計測値から判断して一定の基準で数値化したものだ。ある程度のずれはあるだろうが、それでも今彼らの状態を知るには十分すぎるほど正確なものだ。
「……これはこれは。もろにポジションがかぶっているじゃないですか。おまけにこのチームは……肝心なチームの要となる
「ええ。全体的に今年の新入生はガードの選手が少なかったことに対し、フォワードの選手が多かったですからね。これからコンバードする選手もいるでしょう」
「たしかにインサイドは強そうですが、問題はゲームメイクにボール運びですかね。どういう試合展開になることやら」
藤代の言う通り、白瀧が所属する3チームは神崎以外の4人の選手が他の選手と誰かしらポジションが重なってしまい、しかもその分司令塔となるポイントガードが不在という事態が起こっている。体格がいいセンターが二人、それに加えて白瀧もいるため身体能力はそれなりであろうが、個々の能力が高かったとしてもチームとして機能しなければ意味がない。この試合は選選手個人の動きだけではなく、チームとしての動きも見るのだから。
「大丈夫ですよ。仮にも百戦錬磨の男がいる上に、白瀧を含めて三人は仲がいいようなので、上手いように対応してくれるでしょう」
「……へえ。そうなんですか。それは小林さんが最初からそれを目的として組ませたのだと解釈してもよろしいのですか?」
藤代が探るような視線で小林を見る。事の真意を知りたくなったのだろう。とても
今回のチーム編成にあたって藤代は何も関与していない。試合形式も含め全て小林や東雲達、最上級生達の間で決められたものだ。
「そうですね。色々と試してみたかったとは思います。果たしてあいつがどう動くのかを」
小林の視線の先にいるのは期待の新人・白瀧。彼がチームの中心となってなにやら作戦を立てている。フォワードとしての実力がとてつもないということはすでに理解している。その上で、白瀧がリーダーシップとして動けるか、またこの困難な状況を打破できるのかを小林は試してみたかった。
――――
「とにかく今回オフェンスはインサイド主体でいく。明と渡辺、二人でゴール下を固めてくれ」
「わかった」
「おう!」
3チームは現在作戦会議中。このメンバーの中では俺が一番実力があるだろうということで、俺が指揮を執らせてもらっている。すでに親しくなっている明や勇だけではなく他の二人も文句を言わずに納得してくれたので大助かりだ。
……幸いにも今回は体格に恵まれた選手がチーム内に二人もいる。本来ならば俺もリバウンドに参加したいところではあるが、この二人がゴール下に陣取ってくれれば問題なくリバウンドも決めてくれるだろう。外には勇もいるし、十分得点源になる。
「ディフェンスは今回は急造チームだし、無難にハーフコートマンツーマンでいく。抜かれたらすぐにフォローに回ってくれ」
本来なら今回の試合は片面である上に試合時間も短いからオールコートマンツーマンでもいいんだが……その分選手一人一人の負担が大きくなるし、そこまで徹する必要は無いだろう。先輩達も動きを見れればよいと考えているはずだからな。
「ああわかった。しかし、問題は試合中の細かいゲームプランだ。それはどうする?」
「今回は俺が臨時の
「たしかにそれが無難だろうが……ちなみに
「いや、一度もない」
「ちょ、それで大丈夫なのかよ?」
「なんとかするさ」
勇の心配は最もだが、俺がどうにかするしかない。別に過小評価をしているわけではないが、正直な話、他のメンバーには荷が思いだろう。今までは赤司という絶対的指揮官がいたからポイントガードなんてやったことはないけれど、それでも役割は十分理解している。それにポジションから考えて俺がこの中では適任だろう。他のやつらだとスピードや視野、ボールハンドリングなどのバランスが厳しそうだ。
「まあ、細かい話はおいといて。……アップ始めるぞ。行こうぜ」
ミニゲーム開始まで残り数分、そんなに時間は残ってない。ボールを持って、五人全員がゴール付近に集まる。最終調整として何本かシュートを放つが……問題なくボールはリングをくぐっていく。ま、大丈夫そうだな。他の面子も気負った様子は見られないし普段どおりにやれればいける。
しばらくシュートを撃っていると、コート外に三年の先輩が集まってきた。よく見るとその中には藤代監督や小林さん、さらにはマネージャーである橙乃などの姿も見える。もう一つのコートと比べてやけに先輩達の姿が、しかも重要人物が多く感じられるのは、よほどこの試合に興味を持たれているってことか?
「よし、両チーム集合!」
この試合の審判を務める二年の先輩の言葉を受け、皆ボールを片付けてコート中央へと集合する。
俺も体を慣らしながら歩いていく。……あ、そうだ。試合が始まる前にあいつに言っておくの忘れてた。
「明、ちょっといいか?」
「うん? なんだい要? 何か言い忘れていたことでもあったのか?」
「ああ、ちょっとだけ耳を貸してくれ。お前に一つ言い忘れてたことがあった」
前を歩いている明を呼びとめて、あることをそっと耳打ちする。聞き終えると明も「わかった」と返してくれた。
これでいい。なにせ、このミニゲームが先輩達に見せる最初の試合だからな。そのためには明にひとつやってもらいたいことがある。
――――
「よし、両チーム集合!」
審判役の先輩が声を張り上げてコート上の選手達を呼ぶ。
その声に従って選手達が次々と集まってきた。3チームと4チームの戦い。その中でも私はお目当ての銀髪の男性を探すべく視線を3チームの方へと移す。するとほどなくしてその姿は見つかった。
「……?」
しかし、当の彼はチームメイトである大柄な人――たしか光月君、の耳を借りて何かひそひそ話しをしている。今度の作戦のことを話しているのかな?
ああいうところを見ても、これから試合をやるんだな、って思えてどんどん胸が高まっていく。
「……ようやく、白瀧君のバスケを見られる」
彼がスタメンで出場する試合を見るのは実に3年ぶり。こうして試合開始の挨拶の際に、彼がコートにいる姿、私はどれだけ待ち望んでいたことだろう。最初から最後まで白瀧君がコートで躍動する姿。……それを見たくて、私はマネージャーになったんだから。
光月君と別れると白瀧君もボールを片付けてセンターラインへと向かう。……と思ったら、何かに気づいたのだろうか足先を変えてこちらのギャラリーに向かって歩いてくる。そして、私の目の前で止まった。
「……えっと、白瀧君?」
「橙乃さん。以前の話で伝えられなかった俺の意志を……この試合で見せる。俺のバスケで」
「……うん」
「それだけだ。それじゃあ」
予想外の事だったけれど、白瀧君は手短に用件だけを述べてすぐに行ってしまった。
……白瀧君の意志? それをこの試合で見せつける? どういうこと……つまり、それはまだ白瀧君が諦めていないってこと?
「どうしたの橙乃さん? いつの間にか白瀧君と仲良くなっていたの?」
「……いえ、違いますよ東雲先輩」
ニヤニヤと含んだ笑みを浮かべながら尋ねてくる東雲さんには軽く否定しておく。
仲良くなんてなれていない。まだお互いのことさえほとんど理解できていないのだから。むしろこの間の会話では私のせいで嫌な空気にしてしまった。
……だから、白瀧君。もう一度見せて。あなたのバスケを。私の目に焼き付けさせて。
――――
センターラインを挟んで10人の選手が向かい合う。両チームともメンバーが五人ずつのため、今回はこの選手達が交代することなく最後まで戦いぬくことになる。
3チームは黄色の、4チームは赤色のビブスをつけている。この自チームの色を見て白瀧はなぜか心底嫌そうな顔をしていたが、その理由は本人のみぞ知ることだろう。
お互いの顔合わせの中、やはり警戒すべき体格の良い相手選手に目が行く。……しかし、4チームの選手達にいたっては一番体格の良い光月よりも、その隣の銀髪の男――白瀧要へと注意が行った。
(これが……帝光中学三連覇の原点となった、『神速』か)
(5番もそうだが、それでも警戒すべきはやはりこの男だ)
(こうやって向かい合っているだけで……それだけで伝わってくる)
――『神速』。その二つ名を初めに呼んだのは一体誰だっただろうか。もはやその名前を聞いただけで相手は警戒するほどになっている。
何度か練習で顔をあわせてはいる。話をしたこともある。しかし、こうやってコートで敵として向かい合うとなると今までとは違った迫力があった。それは数多くの激戦を繰り広げてきたものだけが持っている……気迫そのもの。
――帝光の原点。帝光バスケ部が全中三連覇に至る布石となった男。今でこそ天才の影に隠れているものの、当時は他のメンバーの誰よりも評価が高かったのだ。なぜなら彼は一年の大会記録の中、チーム内で青峰に次ぐ得点数、赤司に次ぐアシスト数を記録し、その存在を日本中に知らしめたのだから。
「それではこれより、3チーム対4チームの試合を始めます。……礼!」
「「よろしくお願いします!!!」」
今、白瀧の高校での始めての試合が、そして彼にとっても久しぶりのスタメンでフル出場する試合が、始まろうとしていた。たとえ公式の記録に残らなくても人々の記憶には残る。そしてこれからの未来への架け橋となる。
3チーム スターティングメンバー
#4
#5
#9
#11
#12
4チーム スターティングメンバー
#4
#6
#7
#9
#11
ちなみに、当時のキセキの世代の成績。
・得点数 青峰>白瀧>緑間>赤司>紫原
・アシスト数 赤司>白瀧>緑間>青峰>紫原
・ブロック数 紫原>緑間≒青峰>白瀧>赤司
・リバウンド数 紫原>青峰>白瀧≒緑間>赤司
・スティール数 白瀧>赤司>青峰>緑間>紫原